4 通りすがりの魔導士です
ソファで休んでいたら欠伸が出た。
風呂で緊張し過ぎて疲れたかな?
少し眠くなってきたし。
「マスター、そろそろ寝た方がいいんじゃないいですか?」
冷たい果実水を持って来たルナがそう言って隣に座った。
「そうだね、それ飲んだら寝るかな」
「二階の奥の部屋に、寝具の用意をしておきましたので、使ってください」
いつの間に?
メイドスキル完璧だな。
「ありがとう。ルナも早めに休みなよ」
そう言うと、ルナは『ん?』と首を傾げた。
あ、やっぱり可愛い。
「私はホムンクルスなので、基本的に睡眠は必要ないんです。それに、魔獣が少ないとは言え、一応警戒もしておかないと」
「え? 寝ないでも大丈夫なの?」
「魔力が少なくなったら、睡眠で回復しますけど、今日はほとんど魔力を使ってないから平気です」
そういうものなのか。
「魔力が少なくなったら、遠慮しないで言うんだよ?」
「わかりました」
ルナは嬉しそうに言った。
翌朝、目が覚めて階下に降りるとルナが朝食の用意がしていた。
「おはようございます。よく休めましたか?」
「おはよう。ぐっすり眠れたよ」
「それはなによりです。ちょうど起こしに行こうと思ってた所だったんですよ」
テーブルには美味しそうな料理が並んでいる。
「マスターは先に食事していてください」
ルナはまたキッチンに向い何かを用意している。
「待ってるから、一緒に食べよう」
「っ……はいっ」
キッチンからそう答えるとルナは飲み物を乗せたトレーを持って戻ってきた。
「お待たせしました」
そう言いながら、席に着く。
朝からしっかり食べて、出発の準備をした。
外に出てログハウスの前に立つと、ひんやりとした空気が気持ちいい。
まだ日が昇って数時間といったところだろうか。
リストバンドに魔力を流すと一瞬でログハウスが収納庫に消えていった。
スムーズに出し入れ出来るようになってきたな。
「さあ、出発しよう」
俺達は近くの集落に向かって歩き始めた。
昨日のルナと縞ウサギの戦闘を見た後、何となく自分の魔力の流れや使い方が解った気がした。
戦闘中にルナが一瞬で上空にいる縞ウサギの上に移動したのは、身体に纏うようにした魔力を強化して身体能力を瞬間的に引き上げたからだという事も解った。
試しに身体能力を強化して軽くジャンプしてみたら、500メートル位飛び上がって死ぬかと思った。
悲鳴を上げながら落ちてきた俺を、ルナがしっかりキャッチしてくれた。
逆お姫様抱っこだった。
「……ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
ルナは嬉しそうだ。
助かった。力加減が難しいな……。
ん? こちらこそ?
「なんなら、このまま集落に向かいましょう」
ルナはなんか嬉しそうに俺を抱えたままスタスタと歩き出した。
胸が、当たってる? 俺はおっぱいの感触に全神経を集中させる。
いや、そうじゃなくて。
「ゴメン、ちょっと、降ろしてください……」
何度かそう訴えると暫く進んだ後、ルナは残念そうに俺を降ろした。
「えーと、ありがとう」
「いいえ、またいつでもお運びします」
そう言ってルナはニッコリ微笑んだ。
俺は気持ちと下半身を落ち着かせると、さっき上空から見えた事を伝えた。
「上から見えたんだけど、この先に煙が上がってる所があったよ。そこが集落なのかな?」
「煙、ですか?」
そう言った瞬間、ルナの姿がブレるように消えた。
今回はちゃんと目で追える。
高い木の上空までジャンプしたルナは、俺の目の前にスタッと着地した。
「マスター、あの煙は生活で出る煙ではなく、火事の煙のようですね」
そう言ってルナは表情を曇らせる。
「火事か……とにかく行ってみよう」
俺達は足を速めて集落に向かった。
近づくにつれ、木の焼ける臭いが漂ってくる。
「マスター、まもなく集落が見えてきます」
そう言って、歩く速度を少し落とす。
小高い丘に出ると、眼下に集落の様子が飛び込んできた。
山あいの窪地に位置し、中央に小川が流れている、その小川の周囲に20棟ほどの家が見えた。
元、家だったと言うべきだろうか、それは無残にも焼け落ちて、あちこちでまだ火がくすぶっている。
「何だ……これは?」
俺は言葉を失う。
集落の中央付近に4、50人程が集まって座らされていて、その周囲を鎧を着て剣や槍で武装した男達が取り囲んでいた。
集まっていたのは若い女性や子供の姿が多く、男性や老人の数は少ない。
「襲撃されているのは間違いないですが、襲撃者は野盗などではなく軍隊です」
「軍隊? それが何でこんな場所で集落を襲うんだ?」
俺達は小声で話しながら、気づかれないように注意して集落に接近していく。
「盾の紋章を見ると王国の北に位置するノルゲン帝国のものです。ですが、ここまで来るには王国の領内を通らなければならないのですが……神殿にいる間は戦争が起こっていると言う情報は入ってませんでしたから、おそらく内通者がいたか、偽装という事になりますね」
この世界の地理はまだよく分からないけど、昨日聞いた話だと、北には山脈があって通れない。だから東から迂回しないと来れないか……。
何が起きているんだ?
死角から集落に入り、集団にゆっくり近づいていく。
すると、集団の方から声が聞こえてきた。
「いい加減に出せよ! いったい何人殺されるまでしらばっくれるつもりなんだ!? ここに隠れ住んでいる事は分かってんだよ!」
指揮官風の男が怒鳴っているのが見えた。
「そう言われましても、私どもには何のことやら……」
「そ、そうだそうだ! 帝国の軍人が王国でこんな事をして許されると思ってるのか!」
集団の先頭に立つ老人がそう答えると、後ろにいた男達も声を上げる。
「フンっ」と指揮官風の男は鼻で笑うと、部下に何やら指示を出した。
すると帝国の軍人達は武器で脅しながら、集団から男性と老人を引き離して、一か所に集め始めた。
「女、子供は帝国に連れて行く! どうせこの中に紛れているだろうからな。他は殺せ!」
指揮官風の男はそう言うと、ニヤリと笑って踵を返した。
沸きあがる怒声と喧噪。
「待ちなさい!」
そう言って集団の中程から、頭からフードを被った一人の小柄な人物が立ち上がった。
「私の事を探していたんでしょう! 他の人には何もしないでっ!」
「んー? お前が王の姪か?」
指揮官風の男が振り返って言った。
「そうよ! 私が現王の兄の娘《ソランジェ・フォン・ヨークシャン》よ!」
小柄な人物はフードを取り、輝く金髪をなびかせて言い放った。
「その髪の色、ふん、間違いなさそうだな」
「だったら……」
「だが、女子供は連れて行くし、他の者には死んでもらう」
「……そんな、どうして?」
「どうして? 決まってんだろ。帝国では奴隷制度があるからな。それに死人に口なしだろうが」
「ククッ」と指揮官風の男は楽しそうに笑った。
金髪の少女が悔しそうに唇を噛んでいる。
「姫様、姫様だけでもお逃げください」
「私どもが盾になりますから」
「どうか、姫様!」
周りの女性達が少女に声を掛けるのが聞こえてきた。
「ルナ……」
「はい」
「俺はあの人達を助けたい」
「はい。マスター」
「あいつらに勝てるか?」
「問題なく」
俺は収納庫から女神に貰った断罪の剣を取り出す。
日本刀のように反りの入った片刃の剣で、刀身は怪しく銀色に輝いている。これは持ち主が罪と認識した物なら、どんな固い物質をも断ち切れる剣だ。
俺はあの人達を助けたいし、あいつ等が許せない。
だけど、俺に人を切れるんだろうか? 殺せるのか?
これはゲームや小説じゃないんだぞ。
でも、やらないと助けられないとしたら……。
「マスター? マスターはまだ剣で戦わなくても大丈夫ですよ」
ジッと剣を見詰めていると、俺が考えていた事が分かったのか、ルナが優しくそう言ってきた。
「だけど……」
「私一人でも大丈夫ですし、それにマスターには……」
「……ん?」
「トードがあるじゃないですか」
あ……! そう言えば結局トード押し付けられたんだっけ。いらないと思ってたけど、貰っておいて良かった。
ルナを一人で戦わせる訳にもいかないし、剣がまだダメでも魔法なら俺も戦えるか?
「そうだな、ありがとうルナ」
「いえ、そんな」
俺が礼を言うと、ルナがテレテレしている。
それを見て、気持ちが少し楽になった。
やるだけ、やってみるさ。
「奴隷どもを荷馬車に乗せろ! オイボレと野郎どもはさっさと殺っちまえ!」
怒鳴り声が聞こえて来た。
俺はルナと目を合わせると、集団の中へ一気に駆け出した。
俺は女性と子供の集団の前に躍り出る。
その先には指揮官風の男とその護衛らしき軍人が4人いた。
金髪の少女は指揮官風の男に捕らえられている。
別の集団ではルナが、老人と男性を処刑しようとしていた軍人の前に飛び出して牽制している。
「なんだ! お前等は!?」
指揮官風の男が声を荒げたが、流石にまだ落ち着いていて油断なくこちらを観察するような目で見てくる。
「通りすがりの魔導士です」
俺は右手に剣を構えながら答えた。
「ハッ。魔導士? お前、ハッタリもたいがいにしろよ? お前の髪真っ黒じゃねえか! 魔力のカケラもないんだろ?」
護衛らしき男はそう言うと急にニヤニヤしだした。
「お前、ハッタリ小僧のくせになかなか良い剣持ってるじゃないか、俺が使ってやるから置いていけ!」
「おい!あの小娘の耳の形見てみろよ! 妖精族じゃないか? 髪の色からしてシルフかウンディーネってところか? 売ったらとんでもない額になるぞ」
「おいおい! 妖精族なんてとっくの昔に絶滅したんじゃなかったのかよ! 小僧は殺してもいいけど、小娘は殺すなよ!」
「隊長、やっちゃっていいっすか?」
護衛の男達はそれぞれ勝手なことを言いながら近寄ってきた。
対峙してみると相手の強さがなんとなく分かるようになっていた。
この軍人達からは何の脅威も感じられない。
昨日縞ウサギと戦っている時のルナの方が、何十倍も強そうだった。
「……お前達、このまま国に引き返せば、今なら見逃してやるぞ?」
さっきまで緊張してたのが馬鹿らしくなって、俺はそう提案した。
「ガキが、調子に乗りやがって……馬鹿馬鹿しい、さっさと殺っちまえ!」
指揮官風の男がそう叫ぶと同時に護衛の4人が襲いかかって来た。
……遅っ。
魔力で身体強化していると、普通の動きは遅く見えるんだな……。
2人が先行して切りかかってくるのを右、左と半歩づつ動いて躱し、横から切りかかって来た刃を一歩後ろに下がって躱して、最後の1人が突っ込んで来る所にカウンター気味に左手で掌底突きを入れる。
掌底突きを入れられた男は後ろに10メートル程飛んでから地面に叩きつけられた。
うん、左手も全く傷んでないないな。
左手を何度も握りながら、チラッとルナの方を見ると、ルナは残像を残しつつ処刑しようとしていた軍人の首をぽんぽん刎ねている。
……ルナは怒らせないようにしよう。
剣を構えて唖然としている3人に向き直り、手を突き出して魔力を込めると、俺と3人の足元にそれぞれ魔法陣が浮かび上がった。
《トード》それをイメージした瞬間、3人の姿は小さなカエルに変わっていた。
「お、お前、今、何をした!? 今のは魔法、なのか? お前等、何者だ……?」
カエルに変わった3人はぴょんぴょんと川の方に跳ねて行く。
周りを見回すと立っている軍人はこの指揮官風の男だけになっていた。
「……くっ」
金髪の少女を突き飛ばすと、男は一目散に駆け出したが、いつの間にか先回りしていたルナを見て動きを止める。
ルナは、両手にまだ血が滴る短刀を持ったままゆっくり近づいて行く。
「待って! その男は殺さないで!」
金髪の少女がそう言うと、ルナの両手から短刀が消えた。
と同時にルナの体が一瞬ブレる。直後、男の背後に現れると、その首筋に手刀を叩き込んで気絶させた。
===================================
名前:セガワ=ソータ
種族:人間
職種:青魔導士
魔法:《スキャン》、《トード》、《リトード》
技能:ユニークスキル『ラーニング』
獲得スキル『身体強化』『魔力操作』『魔力感知』
耐性:なし
===================================