3 カエルがダメなだけなんです
眩い光が収まると、鬱蒼とした森の中にいた。
「ここは……?」
俺は辺りを見回す。
木々の間からは木漏れ日が射し込み、ヒンヤリとした空気と微かに湿気を含んだ土の香りがする。
森の匂いって久しぶりに嗅いだな。
「ここは、ヨークシャン王国の北端に位置する森の中で、付近には小さい集落がありますね。王都からは大分距離が離れています。ここより北には険しい山脈が列なっていて、山越えは不可能とされています」
独り言のように口にした問に、詳しい答えが返ってきたのに驚いて振り向くと、同じように周りを見回していたルナが、こちらを見て微笑んでいた。
「詳しいんだね」
「私にはマップ機能がありますから」
「マップ、機能?」
「はい。神殿にあるマップクリスタルとリンクしていて、現在地や周辺地図などが分かるんですよ」
「……なるほど、スマホのナビみたいなものか」
なんか表情だけじゃなくて、口調もちょっと変わった?
まぁ堅苦しいのよりは良いか。
「……マスター、スマホノナビって何でしょう?」
「えーと、俺のいた世界のマップ機能ってことかな」
ルナはちょっと不思議そうな顔をしていたが、俺の答えを聞いてニコッと笑った。
あ、やっぱり可愛いな。
無表情の時はどこか作り物みたいな感じだったけど、今は生き生きとしているな。
ずっと神殿にいたみたいだし、この世界に来て嬉しいのかな。
まだあまり異世界って実感ないけど、俺も一人じゃないのはちょっと安心する。
「よし、取り敢えず、その集落に向かってみるか」
「はい、マスター。魔獣が出るかも知れないので、マスターは私の後ろから付いてきてください」
「え?」
「魔獣が出るかも知れないので、マスターは私の後ろから付いてきてください」
「いや、そうじゃなくて、魔獣なんて出るの?」
「この世界の生き物は魔力を持っていますから、《魔力を持つ獣》略して魔獣ですね」
略してなのか。
「魔獣って強いの?」
「この辺りには、それほど危険な魔獣は出ないみたいです。仮に魔獣と遭遇しても私が対処出来るので安心していてください」
ルナは腰に手を当てて、胸を反らしながらどや顔で言った。
ん?意外とおっぱい、大きいかも……。
森の中を暫く進んでいくと、ルナが何かに反応したように見えた。
「魔獣の反応があります。数は1」
ルナはどこから出したのか両手に短剣の様なものを持っていた。
「マスター、ゆっくり付いて来てください」
そう言うとルナは森の奥に静かに進んで行く。
魔獣か……ようやく異世界ファンタジーっぽくなってきたな。
そういえば、俺武器持ってないけど……。
すると木々の間に動く物体が見えた。
魔獣も気付いているらしく、耳を立ててこっちを見詰めている。
あれは……ウサギか?
長い耳とか体つきは似てるけど、大きいな。毛の色が黒地に白のしましまだ。
「縞ウサギです」
そう言うとルナは音もなく駆け出して一気に縞ウサギに接近する。
縞ウサギが身を屈めてルナの上空に飛び上がった瞬間、ルナの姿が一瞬ブレたかと思うと、縞ウサギの更に上空に姿を現した。
短剣が煌めいた、と思った時にはもう縞ウサギの首が飛んでいた。
俺がゆっくり近づくと、ルナは息一つ乱していなかった。
「縞ウサギはお肉が美味しいらしいですよ」
そう言って縞ウサギを手早く解体していく。
あっという間に毛皮を剥ぎ取り、肉を切り分けると残りを埋めて歩き出した。
「肉と毛皮、は……?」
いつの間にか無くなっている。
「容量は少ないですけど、私も収納庫持っているんです」
そう言ってルナは手首にはめた白いリストバンドを見せる。
俺の手首にはまっているのと色違いだ。
その後は、魔獣と遭遇することなく、順調に山道を進んでいく。
「マスター。後数時間で集落に着きますが、その前に日が暮れます」
山歩きを始めてから5、6時間経っただろうか、だいぶ日が傾いて来た頃にルナがそう言い始めた。
そういえば一気に歩いて来たけど、全然疲れないな。
これも女神が強化してくれたからか?
「夜中に着くのもなんだから、どこかその辺で野営にしようか」
そう伝えると、ルナは少し考えた後、繁みの方を指差した。
「この先に少し平らな場所があるみたいです」
ルナが指差す方を見ると、繁みの先に巨大な木があり、その先に少し開けた場所があった。
「で、野営の準備って何すればいい?」
「マスターは創造主様から女神の収納庫を貰っていたと思うのですが、その中に必要な物をいくつか入れておいたと伺ってます」
「ん? これか」
俺は右手首に着けた黒いリストバンドの様な物を見る。
《リストオープン》――そう念じると、収納庫に入ってるアイテムリストが頭に浮かんできた。
野営に使えるのってどれだろう?
ん? これは――
「マスター、お風呂の準備できました」
「お、ありがとう」
そう言って俺はお風呂場へと向かった。
脱衣場があり、その奥にかなり広めの洗い場と浴槽がある。もちろん、たっぷりのお湯が貯まっている。
「ふぅー……体力的には全然疲れてないけど、癒されるな」
俺は湯船に浸かりながら手足を伸ばし、先ほどまでの事について考えていた。
――これは?……ログハウスってリストにあるけど、そんなものも入ってるのか?
試しに、目の前の空き地に取り出すイメージをする。
スッと音もなく、いきなり目の前に丸太を組んで作られた、立派なログハウスが出現した。
「うおっ!」
ビックリした。
ルナも同じようにビックリして、目を丸くしている。
「マスター、これではちょっと野営とは言えないんじゃ?」
「いやでも、それっぽいのはこれしか無かったよ」
「そうなんですか……創造主様のことですから、もしかしたらサービスなのかもしれませんけど」
「……取り敢えず入ってみよう」
俺はルナを促して、中に入ってみる。
中に入ると更に驚いた。
1階には大きなテーブルと椅子が八脚あるダイニングと、使い勝手の良さそうなキッチンがある。広いリビングには暖炉があり、幾何学的な模様の布が張られたソファが幾つか置かれていた。2階に上がると、寝室が4部屋もあった。
何人で使うと思っているんだろう?
1階に戻り、まだ見てない所に行ってみたら、大きなお風呂まで付いていた。
キッチンに置いてあった、魔力で冷やす冷蔵庫みたいな物の中に食材も入っていたので、ルナが手早く料理を作った。
「うまい。こんな立派な食事ができるとは……」
正直、異世界で冒険で野営だから、食事に関しては全く期待してなかったが、さすが神殿でメイドの格好をしていただけの事はある。
ちなみにこの世界に転移する時、ルナは動きやすそうな、露出度高めの忍者みたいな格好をしていたが、今はいつの間にかメイド服姿に戻っていた。
俺は普通の冒険者風の服装の上に、女神様から貰った真っ黒なフードつきのローブを着ていた。
今はローブを脱いだだけである。
冷蔵庫に入っていた野菜と縞ウサギの肉を煮込んだシチュー、柔らかなパンにサラダ、見たことないフルーツまで出てきた。
ルナも給仕の合間に一緒に食べていたが、ほぼ俺と同じ位食べていた。
食後に、神殿でも飲んだ紅茶のような物を飲んでまったりしていると、ルナがお風呂の支度ができたと呼びに来た。
そしてお風呂タイムである。
温まったし、そろそろ出ようかと思っていたら、脱衣所に人の気配がする。
え? まさか、そんなお約束の展開があるの?
俺は慌てて風呂から出ようとするが、一足遅かった。
「お背中をお流しますね」
そう言って、少し恥ずかしそうにしながらルナが入ってきた。
一応タオルで前を隠してはいるが、はみ出した部分が丸見えである。
「いえ、結構です」
湯船に沈み込みながら、かろうじでそう答えるのがやっとだった。
だって母親以外の女性の裸なんか見た事ないから、しょうがないだろ。
俺は出るに出られず、湯浴みをするルナをチラチラ見ていた。
……ええ、見てましたけど?
「失礼します」
そう言ってルナが湯船に入ってきた。
俺は出るタイミングを完全に逃して端の方で小さくなっていた。
「仲良くなるには裸の付き合いをすれば良いと伺っていたのですが、どうでしょうか?」
ルナはそう言うと、ススッと俺の横に移動してきた。肩が触れ合う位に近い。
「え? あー……そうなのかな? って言うか誰にそんな事聞いたの?」
「創造主様です」
あのカエルめ。
俺は極力隣を見ないようにして、話に集中するとこにした。
ドキドキが止まらない。
「神殿で会った時と雰囲気が随分違うけど、こっちが素なのかな?」
「あ、えーとですね……その、創造主様には言えなかったんですが、私、カエルとかそういう系かなり苦手で。それで、嫌な顔しないように表情を固定してたんです」
本当に申し訳なさそうな顔をして言った。
「そうだったのか、それは……なんか大変だったね」
「いえ、創造主様にお仕えする事はとても誇らしい事ではあったんですが、でもマスターと一緒に行くように言われた時、本当に嬉しくて、初めてワクワクした気持ちになりました」
決して創造主様が嫌だった訳ではないんですよ。と言って嬉しそうに笑っているルナを見て、ワクワクした気持ちになったのは俺もだよ、と思った。けど口にはしなかった。
だって恥ずかしいじゃん?