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1 女神の声が聞こえたよ

 素粒子物理学研究所――

 ここでは電子加速器を使った荷電粒子の加速実験や反物質の対消滅実験、粒子放射線治療装置の研究・開発等が行われている。



 まだ日も昇らない早朝。と言うか深夜。この日行われる事になった公開実験の為の実験室。

 地下にある実験室の中央には、今回の実験で使用するとみられる巨大な装置が置かれている。

 装置の両側からはパイプが伸びていて、そのまま両端の壁の中にまで続いている。


 隣接するコントロールルームの壁際に並べらたデスクにはいくつもの書類が積み重ねられ、空の紙コップやペットボトル、それに何かの記号や数式の様なものが書き込まれたメモ用紙が至る所に散乱していた。


 準備に駆り出されていた研究員達は、ある者は椅子を並べてベッドにしたり、またある者は床の上に直接横になったりとそれぞれ仮眠をとっている。



 まだ誰も出勤するはずのないこの時間、怪しい人影が実験室の中に侵入してきた。

 その人物はコンソールの前に座ると、ブツブツと呟きながらも慣れた手付きで画面を操作していく。

 コンソールの明かりで照らし出されたその顔には、うっすらと笑みが張り付いていた。




 朝の渋滞が終わった時間帯の首都高速湾岸線。

 そこを走る乗用車の助手席に乗る少年。


 目付きの悪い不機嫌そうな顔をしたその少年が運転席に座る母親に話しかけた。


 「母さん、本当に俺がその実験に立ち会ってもいいのか?」

 「当たり前でしょ。今までの実験は全て成功してるし、わざわざ公開にしたんだから見なきゃ勿体ないわよ」

 「それもそうか」

 少年は鋭い目付きをしたまま少し笑ったようだ。


 少年――瀬川蒼太は目付きが悪い為、周りからはいつも不機嫌そうだと言われているが、どうやらこれが彼のデフォルトの顔らしい。

 15歳にしては大人びた雰囲気と割りと引き締まった肉体。

 運動は何をやらせても、直ぐにそこそこの域に達するが、いわゆる器用貧乏と言うやつで、どれも長続きしなかった。

 なので今は部活とかも特にやっていないが、この年代の男子の例に漏れず、自室で密かに身体を鍛えてはいる。



 車が素粒子物理学研究所の地下駐車場に止まった。


「予定より遅くなったわね。昼飯は実験の後でもいいでしょう?」と母親に尋ねられた。

「かまわないよ」

 朝食の時間が少し遅かったせいか、まだあまりお腹は空いていないのでそう答えた。

 それよりも、早く実験を見てみたいという気持ちの方が強かった。




 「うわ・・・」

 母さんに連れられて実験室に入ると、そのあまりの迫力に思わず声が漏れた。


 慌てて周りを見回すと、顔見知りの研究員達がニヤニヤしながら軽く手を上げて挨拶していた。


 「蒼太もなかなか可愛い所あるじゃない」

 そう言いながら近寄って来たのは、白衣を着て眼鏡を掛けた可愛らしい顔立ちの主任研究者だ。一見、学生にも見えるが、これでも俺より年上の娘がいるシングルマザーだと言うのだから驚きである。


 「ヨーコさん、俺だって驚いたり感動したりするんですよ?」

 「そうなの? いつもふてぶてしい顔をしてるから、あまりそういう感情を持ってないのかと思った」


 あなたに会う度に見た目年齢と実年齢のギャップに驚いているんですが……。そんなことを考えながら他の研究員にも挨拶を返していたら、ヨーコさんがジト目でこちらを見ていた。


 「……何か?」

 「今、何か失礼な事考えてたでしょう?」

 「いえ、何も」


 なぜ分かる?

 内心少し驚きながら、いつも通りふてぶてしく見られる顔をして答えた。


 「思ってたより見学者少ないんですね」

 なんとなく気まずいので話題を変えてみると、ようやくジト目を止めたヨーコさんが答えてくれた。


 「まぁ、公開と言っても派手なデモンストレーションがある訳じゃないし、来てるのはもの好きな学生とかスポンサーのお偉方位じゃない?」


 なるほど。見ると遠くの方では母さんが偉そうな人達と何やら真剣な表情で話をしている。




 しばらくすると研究員達が慌ただしく動き出した。

 まもなく実験が始まるようだ。

 ヨーコさんが良く通る声で、テキパキと指示を出しながら陣頭指揮を執っている。


 流石に様になっているな。と感心していると、こちらを見てドヤ顔をしてくる。


 だから何で分かるんだ?

 科学か? これが科学の力なのか?


 くだらない事を考えているうちに、実験がスタートした。

 巨大な装置が耳鳴りのような音をたてて稼働を始める。

 俺はコントロールルームで刻一刻と数値が移り変わるモニターを眺めていた。

 数値が安定してくると、危険はないからと言って、ヨーコさんが俺を装置の近くまで連れて行き細かい説明を始めた。

 

 暫くすると衝撃波のような音と振動が何度も伝わってきた。


 「ちょっと確認してくるから、ここで待ってて」


 ヨーコさんは怪訝そうな顔をしてこの場を離れた。


 そう言えば母さんに聞いていた話だと、実験中は機械の稼働音しかしないはずだっな。


 ぼんやり装置を眺めていたが、暫くしてようやくそんな事を思い出した。

 衝撃音と振動はまだ続いている。

 やっぱり何かトラブルでもあったのかと周りを見回そうとしたその時、一際大きな振動がして鮮やかな光の線が体を通り抜けた気がした。


 視線を上げると、みんなが遠巻きに俺を見ているのが見えた。



 それはうっすらと白く輝く膜のようなものだった。

 それが俺の体を包み込むように球状に拡がっている。


 皆何かを叫んでいるようだったが、周りの音が遮断されているみたいで何も聞こえない。

 靄が濃くなっていくように、だんだんと視界が白く覆われて行く。

 母さんが必死に飛び出そうとしてるのを、ヨーコさんが懸命に押しとどめているのが見えた。


 だが、不思議と焦りはなく、気持ちも落ち着いていた。

 二人が何かを叫ぼうと口を開きかけたその時。


 俺の視界は、完全に白く塗りつぶされた。



 外側から見たソレは、少年を中に取り込み白く輝く大きな繭のようにも見えた。

 周囲の人間は呆然とソレを見つめていたが ハッと我に返った者が助け出そうと駆け出そうとした。


 その時、繭のようなものが、一瞬震えたかと思った瞬間、中心に向かって収縮を始めた。


 「あっ」

 誰かが声をあげた。


 繭は次第に小さくなって点のようになり、何も残さずそのまま空中に消えていった。


 その場に居た全員はただそれを見ている事しかできなかった。




 視界が白くなり、母さん達が見えなくなると同時に、足元から重力が消えた。

 立ったままハンモックで揺られているような不思議な感覚。


 さて、どうするか。

 閉じ込めらたのはわかったけど、ここから出れるのか?


 手足を動かしても、バタバタと空回りするだけで前には進めない。


 浮いてるっぽいな…。

 思ったよりまずい状況かもしれない。


 その時、不意に周囲を覆う白い壁が収縮を始め、こちらに迫ってきた。

 思わず腕を前に突き出すと、何の抵抗もなく腕が壁を突き抜ける。

 あれ?

 と、思う間もなく、俺の体を白い光が通り抜けていった。


 光が通り抜けた先にあったのは真っ暗な世界。


 もしかして、俺死んだのか?

 さっきの白いのに押し潰されたって訳でもなさそうだけど……。

 母さん達は、大丈夫かな?

 

 ふと気がつくと、光が1つ近付いてきてるのが見えた。

 いや、俺が近付いているのか。

 

 だんだんと速度は上がり1つの眩い光が目前に迫る。

 そのまま吸い込まれるように俺はその中に飛び込んで行った。



 光が収まると、目の前には荘厳な神殿のような建物があった。

 いつの間にか夜になったのか、満天の星空も見える。

 足下に柔らかい土の感触がある。

 とりあえず、無重力状態からは解放されたようだ。


 すると、どこからか声が聞こえてきた。


 「私の名は《ヘケト》女神です……」


 俺はあたりを見回すが……誰もいない?


 「私はヘケト。女神です」


 また聞こえる。

 どうやら、声は足元から聞こえてくるようだ。


 「ようこそ私の神殿へ!」

 「……へ?」

 「ここは、転生の神殿です」

 「……は?」


 確かに、目の前には厳かな雰囲気の神殿のような建物がある。

 そして目線を下に向けると……女神を名乗る、カエル?


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