72.先輩と彼女
僕は…彼女に疑問を覚えながらも…先輩の代わりに、霧摩先輩を励ます事の使命感で頭がいっぱいだった。
それでも、挨拶ぐらいはしておかないと…
「よろしく、えっと…ごめん…名前…なんだったっけ?」
そう考えたのは良いけど、僕はこの人の名前を思い出せなかった。
「め…冥乃…」
彼女は一言そう言うと…そっぽを向いた
「こら〜、冥乃ちゃん!!史一ちゃんの方がお兄ちゃんなんだから!そんな風じゃ駄目だよ!」
僕と彼女のやりとりを見ていた先輩が体を起こし、冥乃ちゃんに注意する…
冥乃ちゃんは、霧摩先輩に叱られて、しゅん…と顔を俯ける
そして、霧摩先輩が今度は俺の方を向き…
「ごめんね、冥乃ちゃんは人見知りが激しいんだから…」
申し訳なさそうに…いつもと同じ表情で俺に接していた…
嫌な予感がした…一人置いて行かれるどころか…自分の立場を失っていく予感が…
でも…
「ごめんなさい…」
彼女のこの一言に…俺は…なぜか、今さっきの不安を打ち消された…
そう…仲良し三人組じゃなくても…4人組で良いんじゃないのかと、そう思えた。
「いいよ〜それより、今度から…よろしく!」
俯いている彼女に僕がそう言うと、霧摩先輩が嬉しそうな顔をした。
僕だけで霧摩先輩を立ち直らせたかったが、どうやら、霧摩先輩はこの子を拠り所に立ち直ってくれたようだった。
僕はその事はもう良いと思った…だけど…
それから数日が過ぎ…
「史一さん…こんにちは…」
冥乃ちゃんが僕に挨拶をしてくれるようになった…
まだ少しぎこちないが、初めよりはマシだった。
「いま、花瓶に水を入れてくるので…姉さんと話をしていてください」
彼女はそう言うと、僕の横を通り、いつもの様に、僕は先輩のベッドの隣の椅子に座る。
霧摩先輩は…眠っている…安らかに…気持ち良さそうに眠っていた…
話をしていてって…寝ているのに…まだ、僕の事を警戒してあんな事を言ったのかな?
「んっ…史一ちゃん…?…!!」
そう考えながら、寝顔を見ていたら、目を覚ました先輩は、慌てて顔を隠す…
「別に涎も垂らしてないから、安心して良いよ」
僕がそう言うと、顔を真っ赤にさせた霧摩先輩が何かを言おうとしたが…僕には聞こえなかった
眼が覚めたから、僕は彼女が言っていたように、お喋りを始めた
今日、学校であった事、給食の話、勉強の事、思いつく事を手当たり次第に話していて…
ふと、霧摩先輩の顔を見ると…
霧摩先輩は、入口の方に目をやっていて…寂しそうにしていた…
「霧摩先輩?」
僕が呼ぶと、慌てて、僕の方を見た。
「えっ、あっ…ごめんなさい…なに?」
そんな先輩を見て僕は…
「別に良いよ、いつも僕ばかり話していて…少し飽きるよね…」
僕は…本当は違う理由だと思ったが…この事が口に出た…
「そっ…そんな事ないよ!!史一ちゃんは、私のお見舞いに、ちゃんと来てくれるんだよ!」
霧摩先輩は大声で僕に話しかけ…僕の目をしっかりと見る…
「飽きてなんかいない…私は、まだ学校に行けないから…その事を話してくれるだけでとても嬉しいんだよ!!」
霧摩先輩がそう言ってくれて…僕は…
「うわぁ!?史一ちゃん!!泣いている!?ごっ…ごめんね!!急に怒鳴ってごめんね!!」
いつの間にか泣いていた俺に慌ててドタバタして…
「びっくりしただけで泣くなんて…子供…」
いつの間にか、花瓶を持った冥乃ちゃんに…鼻で笑われた…
泣いてない…くらいは…言わせてほしかった…