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「蟻」  作者: ムラ
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中編

 ――蟻が『地球の支配者』……なんですか?


「かつて恐竜たちは己の肉体を極限まで大きくし、地球の至る場所を闊歩するにまで至った。

 そして今現在、脳を大型化させた人類が高度な文明を築いて繁栄を欲しいままにしているよね。


 対して遥か古来より存在してきた昆虫たちはというと、これらとは全く逆の進化を遂げてきたんだ。

 自らを小型化して多様化を図った結果、地球上のどの生物よりも多く繁殖し、広く分布するに至った。


 中でも『蟻』は、その個体数と分布域において群を抜いている」


 ――推定で数兆匹いるんですものねぇ。


「仮に地球の占有率を『種族ごとの個体数と分布域』で判断するなら、地球は『蟻の星』と言ってしまっても過言ではないだろう」

 

 ――たしかに。

 そう考えると、なんだか気味が悪い話ですね。


「あっはは! そう思うかい? 

 でもそれは……『主観の相違』ってヤツじゃないかなぁ?」


 ――と、言いますと?


「ま、あくまで「仮定」の話だけど。

 もし仮にかれらと意思の疎通が出来るものなら尋ねてみたいもんだ。

 

 キミたちは、人間ぼくらのことを一体どう思ってるんだい? ってさ――――」



 ◇


 仕事の帰り道、僕はあるスーパーに立ち寄った。


 理由は、今現在僕の部屋の中を我が物顔で徘徊している、あのくそどもを、一匹残らず駆除するためだ。

 

 ヤツらが僕の部屋に出現して、既に3日が経った。

 この3日間、ヤツらは何故か深夜にだけ出現し続けた。


 僕がぐっすり眠っている最中、必ず1~2匹が僕の身体をゴソゴソと這い回り、そして必ず僕の安眠を妨害するんだ。

 ヤツらは、僕が安眠しているタイミングで敢えて僕にちょっかいを出し、ワザと安眠を妨害し続けているような、そんな気がする。

 

 いや、そうに違いない!

 そうに違いないんだ……!

 

 たかが蟻なんかに そんな知能があるのかどうかは知らないけれど、とにかく……


 ムカつくんだ!

 ムカつくんだよ!

 あの蟻どもが、無性に……!!


あいつら……! 僕が必ずこの手で! 

 一匹残らず殺し尽くしてやる……!!)


 あの蟻どものせいで、僕はここ3日もの間、まともに眠る事が出来ないでいた。

 だから僕は、仕事中に些末なミスを連発してしまい、たった3日……たったの3日間で、入社以来ずっと守り続けて来た会社内での僕の信頼や評価は、急落の一途を辿り続けていた。


「おいお前、一体どうしたんだ?」

「らしくねぇなァ、オイ!」

「なんだか顔色悪いですよね、先輩」


 遂には、僕の様子を見かねたのだろう職場の同僚や後輩の女の子たちすらが声をかけて来る始末に。

 入社以来ただの一度もミスをせず、与えられた仕事はなにもかも完璧にこなし続けて来た僕が……

 ははっ、なんてザマだ。 


「じ、実は……」

 

 けれど、現状をただ悲観していてもどうにもならないし、それに情けない話ではあるけれど、たかが数匹の蟻相手に、僕は精神的な余裕がほぼ尽きかけていて、本当に限界ギリギリだった。

 もうワラにでもすがる思いで、僕は職場の同僚たちに悩みを打ち明けることにした。


「――と言う訳で、今ちょっと、困ってて……」


「そうか……」

「なるほど、そうだったのか」

「それは大変ですねぇ」


(――あ、あれ?)


 僕はてっきり「なんだ、そんなことくらいで」って感じに呆れられたりするのだと思っていたのだけれど、彼らは意外にも僕の悩みを真剣に聞きいてくれた上に、


「専門の業者に頼まねーのか? 害虫駆除の」

「いや、さすがに……蟻がいるとはいっても、ほんの1~2匹が出てくるくらいじゃあ……」

「じゃあ殺虫剤だな、もちろん蟻専用」

「え? あ、うん」


 割と具体的な対策を考えてくれたのだった。


「まぁ、種類けっこうあるしな。あ、置きエサ式のヤツが効果高いんじゃないか?」

「いや、下手にエサ式のを設置すると、逆に蟻を多くおびき寄せる事になるんじゃ?」

「だがさっさと始末するに越したことはないか?」

「あ、わたし蟻にチョークが効くって聞いた事あります!」


「え、えっと……?」

「いいから! お前は俺らがメモったもん全部まとめて買っとけ!」

「あ、ああ。分かったよ……」



 ◇



 諸々の買い物を終え、意気揚々とマンションの自室に戻った僕は……

 ――愕然とした。

 

 玄関の扉を開けた途端、蟻数匹が僕の視界に飛び込んできたからだ。


 パッと見ただけで、その数は10数匹ほどにまで増えているじゃないか!

 玄関からリビングにかけて、黒い点が悠然と並び、行進している……!


「……ふっ、ふふっ! はっ! あははは!!」


 蟻たちの様子を見て、僕はもう、なんだか頭に来すぎて、逆に笑いが込み上げてきた。

 

 なんだ? 一体なんなんだ? 

 このクソ蟻どもは、一体どういうつもりで僕の部屋を闊歩していやがるんだ……!?


「ふふッ! 上等だ! 上等だよ!!

 思い知らせてやるぜ! このクソ蟻どもがァ!!!」


 僕は自分の足元近くにいた数匹の蟻を土足のまま踏みつぶしてグリグリと踏み付ける。

 そしてそのまま、さっき買い物をしたスーパーのビニール袋に手をつっ込んで蟻用殺虫剤を取り出し、それを蟻の行列めがけてブシュ――――! と、一気に噴射させた。 


 踏み付けられた蟻はペシャンコになりながら、その節足をピクピクと痙攣させ、殺虫剤を浴びせられた蟻たちは、一斉に慌てふためき、そしてもがき苦しみながら、必死に僕から逃げていく。


 けれど、逃げる力も次第に弱まっていき、力尽きて動きが止まる。

 僕はそれを見届けて……


「ハッ! くたばったか! ざまぁみろ! このクソ虫ども!!」


 僕は殺虫スプレーを持ったまま、その場で思い切りガッツポーズした。

 今まで散々苦汁を舐めさせられてきた分、このクソ蟻共の死にざまを眺め、いくらか溜飲が下がった。

 けれども、これで僕の部屋にいる蟻が全てが死んだとは限らない。

 

 そう、これで全てのカタがついた訳では――――!


(そうだよ、これで全部の蟻がくたばったって確証がある訳じゃないんだ!) 


 蟻が列を為して歩いていたのだから、どこかに出入り口……いや、ひょっとしたら巣なんかがあるんじゃないか? と思い、部屋中の怪しげな箇所を自分なりに探してみた。

 けれど、なんていうか、それらしい箇所が見つからない……というか、さっぱり見当がつかなかった。


(くそっ、ダメだ。全然分からない……!)


 どこもかしこも怪しく見えるし、逆に何の変哲もないようにも見える。


 ――とはいえ、さっき殺した蟻以外は他に蟻がいる様子はなく、仮に何匹か取り逃がした蟻がいたとしても、それを正確に見つけ出せるだけの力は僕にはない。 

 僕の部屋の中を、蟻がうじゃうじゃと何匹も這い回っている事が腹立たしい事に変わりはないけれど、


「……ふぁあ……、くッ!」

 

 急に眠気が襲ってきた。

 

 ここ数日ロクに眠れていない事もあり、僕の身体が強く睡眠を欲していた。

 出来るだけ早く眠らないと、翌日の仕事に更に支障が出るのは火を見るよりも明らかだろう。


(――くそッ! 仕方ないな……!) 


 やむを得ず、蟻の駆除と蟻の巣の捜索は断念することにした。

 さっさと最低限の食事やら入浴やらを済ませ、トドメに布団の周りにチョークで幾重にも線を引いた。

 なんでも蟻が嫌いな成分がチョークに含まれているだかで、結果として侵入を防いでくれるんだとかなんとか。


 とにもかくにも、


(これできっと、まともに眠ることができる……!)


 一仕事終えた満足感とともに、僕は照明を落として床に就いた。

 久々に味わえるであろう熟睡への予感に心を躍らせながら……!



 ◇



「――おはよう!」 


 久々に、僕は気分良く出社した。


「あ! おはようございます先輩!」

「よぅ! 今朝は顔色いいじゃないかお前!」

「ちゃんと眠れたのか?」


「ああ! 皆のお陰で蟻に邪魔されることなく、ぐっすりと安眠できたよ!」


「そうか! それは良かったなぁ!」

「良かったですねぇ! 先輩!」


「皆のお陰だよ! 本当にありがとう!」


 ――ああ、良かった。

 これで何もかも、無事に解決する事ができた!

 もう二度と、あんな蟻どもなんかに僕の平穏な人生を邪魔されてたまるかってんだよ……!


 ざまぁみろ!

 

 これで……! 

 これで、これでやっと……!

 



「――――――――グァあッ!?」


 

 ――という、夢を見ていたんだが糞ったれ!


 突如、僕の胸に激痛が走ったんだ!!


 それはまるで、焼けた鉄の針かなにかを強引に押し付けられたような、そんな激痛だった!

 僕はその激痛に耐え切れず、思わず目を覚して起き上がる!


「くそッ! なんだってんだよ一体!?」


 部屋の照明を急いで点灯すると、黒く小さな無数の点が、僕の体じゅうを這い回っているのを視認した。

 10匹……? いや……! 20匹以上もの蟻たちが、うじゃうじゃと僕の身体にまとわりついていた!!


「う、うわァああああッ!?」


 体じゅうを手で振り払うと、何匹かの蟻が布団や床の上を散り散りとなって逃げ去っていく。


「くッそォオ! くそアアアッ! 一体なんなんだよコイツらァ!!」


 地べたを逃げ回る蟻どもを素足で何匹か踏みつぶしてやりながら、まだ僕の身体に張り付いている蟻どもをどうにか振り払おうと両手で思いきり身体を叩きながら浴室へと駆け込み、温度設定など一切省みず、僕はシャワーの冷水を体に思い切り叩きつけた。 


 シャワーの水流に流された蟻たちが、ジタバタともがきながら、排水口へと消えていく。


「はぁ、はぁ……!」


 くそッ!

 くそッ……!


 くそッ! くそッ! くそッ! くそッ! くそォオッ!!

 

 一体どうなってるんだ!? 

 なんなんだ!? ほんッッとに!!

 

 殺虫剤も! チョークのおまじないも!

 全部が全部! てんで意味がなかったって言うのか!?


 ふざけんな! ふざけんなよ!? 


 それになんだ!?

 この……胸の……虫刺され? みたいな痕は……!?


 僕の胸の中央に、先刻の激痛で刻まれたのであろう湿疹が出来ていた。

 蟻の牙に噛まれたような一対の小さな、数ミリ程度の刺し傷と水ぶくれ。

 そしてそれを大きく取り囲むように、500円硬貨くらいの大きさの、赤い腫れが出来ていた。

 

 最初こそ激しく痛かったけど、見た目の割にすぐ痛みも痒みも引いたのが救いだった。


 でも蟻がまだうじゃうじゃいる事とか、そいつらに噛まれた事だとか、色々と気味が悪いってことに変わりはないし!

 あと……なんか気のせいか、どこかから蟻の臭いのようなものが、なんか僕の体から漂ってきてるような気がするんだよ……!!

 

 ああ、くそッ!


 とにかく「蟻」に関する全てだ! 

 全てが! ムカついてきた!!



(よし、こうなったら……!)



 決めた……!

 後先の事なんてどうでもいい……!

 もう、本当に知らないからな!

 幾ら金がかかろうが、もう知ったこっちゃない!!

 

 この(クソ)どもを確実に死滅させられるのなら、僕は何だってしてやるぞ!!


 僕はある決意を固め、浴室を後にした――――

 

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