僕とアナタ
街の外れにある小高い丘、そこには錆びが侵食し、何故ここに建てられたのか理由すら忘れ去られてしまった古い鉄塔が聳えていた。そんな鉄塔の足下で、僕は一人寝転がっている。僕のお気に入りのこの場所では錆色の街が見下ろせて、どこか儚い気持ちになれる。
ふう。と、どこからともなく漏れるため息。
僕はここで、ずっと気になっているアナタのことを想う。
アナタは何でも出来て、どんな大人にも認められて、溢れんばかりの賞賛と期待をその身に受け止めてきたのだろう。
その点僕はというと平凡で、上手くやれることもあるけれど、やっぱり失敗することの方が多いわけで、掃いて捨てるほどの挫折と後悔をしてきたし、たぶんこれからもすると思う。
大人は僕らに結果を求める。知らず知らずのうちに要求されている。
アナタはいつも笑顔で答えて、誰が手を貸さずとも完璧にこなすのだ。日に日に増える、家に帰ると増えるその傷と共に。
何でも出来てしまうアナタに、僕は目を逸らしてまう。
簡単に「頑張れ」なんて言うな。そんな単純なもんじゃないんだ。
「やればできる」なんてクソくらえだ。あんた達のモノサシで僕らを測るな。
だから彼女は傷つくんだろう。
そうやって口に出す勇気がない自分を見て、なんて、情けない…………。
そして今日も僕は一つ、後悔を増やしていくのだ。
何でも出来てしまうアナタは、賞賛を浴びる一方で学校でも心無い侮辱を受けることもあった。妬み、嫉み、ただ腹が立つから。いい顔をされたくないから。媚売り野郎。
同じクラスのあいつら。そのやり口は陰湿で、アナタは日々心に、体に傷を増やしていく。どうして大人は誰も気づいてやれないのだろう。
ある日、アナタはぽつりと呟いた。
「もうすぐ世界は終わるんだよ」
その時、僕はアナタが何を言っているのか理解できず、ただ、アナタが冗談なんて言うんだと単純にそう思った。ある意味、的を射ていることなのかもしれないけれど。
この世界はどん詰まりだ。
AIやアンドロイドといった科学技術の発展の代償はとても大きく、取り尽くされた資源はもうほんの一握りしか残っていない。人類の発展は低迷。安寧を求め、代替エネルギーの開発に力を入れていたようだったが、そんなものもとうの昔に耳にすることすらなくなった。
つまり、先がない。
少ないエネルギーのほとんどは都市部に集中し、地方の街の多くが廃れに廃れた。その余波は郊外にある僕らの街にまで及んでいる。
世界が摩耗していくのと同じように、同時に人々の心も摩耗していった。不自由はない。だが、希望もない。なら世界が終わると表現したって差し支えないじゃないか。
今日も傷を増やすアナタに、希望はあるのだろうか。僕は眼下に広がる錆色の街と、微笑むあなたの姿を重ねる。
簡単に「頑張れ」なんて言うな。そんな言葉が彼女の自由を奪うのだ。
「やればできる」なんてクソくらえだ。その言葉は鎖となって彼女の首を絞めるんだ。
だから彼女は苦しむんだろう。
だけど僕は声に出せなくて、そんな自分がどうしようもなく憎い…………。
そしてまた一つ僕は後悔を増やしていく。
カラスたちが一斉に巣に帰る頃、僕もそろそろ帰ろうかと腰を上げた時だった。
僕の視界は確かにアナタを捉えた。
何か理由があるわけでもないのに、僕にはアナタに合う資格がないように思えて咄嗟に隠れてしまう。
何でも出来るアナタは鉄塔を上り始め、平凡な僕は何故かアナタの後を追い始めた。
……どうしてだろう。アナタから目を逸らし続けたのに、今だけは、アナタから目を逸らしてはいけない。そんな使命感にも似た何かに僕は突き動かされるのだ。
それはたぶん、アナタの表情がとても晴れやかだったから。いつも無理に作った笑顔を絶やさないアナタが、本当の笑顔で、とても、危うく見えたから。
カンカンカンと乾いた音が響く。僕の足音も響いているはずなのだが、アナタにはまるで届いていないようだ。
アナタの苦しみを僕は知らない。アナタがどれだけ努力しているかを僕は知らない。アナタが本当に喜んでいる姿を、僕は知らない。みんなみんな、アナタに『優秀』というレッテルを貼り付けて満足している。何でも出来て賞賛を浴びるアナタの本当の姿を知る人は、いない。
僕以外は。
アナタが頑張る代償に傷が増えていっていることを僕だけが知っている。アナタが頑張る代償に後ろ指を指され嘲笑された時、校舎の陰で一人泣いているのを僕だけが知っている。その度に手を差し伸べることもせず、目を逸らし続けてた自分の不甲斐なさに後悔を積み重ねてきた。
しかし今だけは。
アナタが夕焼けに飛び込んだ今だけは。
僕は決して後悔をする選択をしてはいけない。
簡単に「頑張れ」なんて言えない。アナタが傷を増やし、苦痛を背負ってしまうから。
「やればできる」なんて言えるわけがない。その言葉が持つ残酷さに僕は気づいてしまったから。
何も気づかない大人は貴女に結果だけを要求するのだ。
目を逸らし続けた自分と決別しよう。せめて今だけは声を出し、手を差し伸べよう。
これ以上、後悔を増やさないために。
僕の腕が千切れんとばかりに悲鳴を上げる。
アナタの呆気にとられた顔を見て僕は安心した。
「もうすぐ世界は終わるんだよ」
そんなことはない。
そんなことはさせない。
たとえ世界がどん詰まりだとしても、まだ息をしているのだ。
アナタは、息をしているのだ。
傷だらけのアナタに言おう。
「もうちょっと頑張ろうよ。君ならできる。僕も、傍にいるからさ」
燃えるような夕焼けの中、僕は彼女に微笑んだ。
アナタよどうか、命に向き合って。
この物語は以前に投稿した『世界が終わるその時に』のサイドストーリーであり本編です。何故別々で投稿しているかというと、物語のコンセプトが全く違うからです。でも、この物語を読むと『世界が終わるその時に』の解釈が変わったり、新しく発見があるかもしれません。ということでぜひ前作も読んでみてください。宣伝? いやいや決してそのつもりはないですとも。
何はともあれ最後まで読んでいただきありがとうございます!
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