-伝説の存在-
今はフラムの目の前にいるのは、インスタントを破壊されて困惑している響也という少年だ。
悠斗が言っていた『連れ去られた友達』のひとりなのだろう。
いつもなら自分で解決させるのがフラムのやり方なのだが、今回ばかりは仕方ない。
なんといっても《背理教会》が絡んでいるのだ。
嫌々だが仕方ない。
響也と呼ばれる少年を止めるとしよう。
それが師匠からの弟子への修行の労いだ。
「『影縫い』」
そう呟いて右手に握っていた短剣を響也の『真後ろ』に投げた。
もちろん掠りすらしない。
だが、狙いは響也ではない。響也の『影』なのだ。
短剣は響也の影を深々く貫き、地面に突き立った。
たったそれだけで響也の一切の動作を封じた。
しかし、これは魔法とは少し違う。
古代魔法『影縫い』。
刺した影の持ち主の行動を一切封じるという阻害魔法の1種だ。
普通の魔法と『古代魔法』と呼ばれるものの違い。
それは、古代魔法には『一切の詠唱』が必要ないのだ。
必要なのは古代魔法ごとに変わる専用の武器と少量の魔力のみ。
先程フラムが投げた剣は『影縫い』専用の短剣型武器である『縛影』。
それに魔力を流すだけで古代魔法が起動し、発動する。
これだけ聞くと古代はおろか最新鋭な気もするが、そうではない。
古代魔法は遥か昔に存在したと言われる『忍者』と呼ばれる魔法使い集団が作り上げた魔法なのだ。
忍者とは隠密行動を得意とし、気配を殺し敵を討つという戦い方をしていたらしい。
その結果生まれた魔法が、『攻撃魔法への魔力消費を最低限に、自己強化魔法に魔力を使う』という発想から作られた古代魔法だ。
可能なかぎり『隠密』や『気配遮断』の自己強化魔法に魔力の大部分を使い、古代魔法の少量の魔力で戦う。
これが伝わってきた伝説上の存在、『忍者』。
「生存確率ノ低下ヲ確認。コノ身体ヲ放棄シマス」
「あぁー? 何言ってんだお前?」
「ぐ……ぁぁぁぁッ!」
「ッ! ちょっと常人にしては異常な魔力量だぞお前」
「セナァァァ……ッ! 悠斗ォォォ……ッ! アァァァァッ!!」
突如、縛られていた響也が発していた機械音が生身の人間の声に変わった。
そしてフラムの『影縫い』を破壊するほどの高濃度の魔力を発する。
フラムはこの現象について知っていた。
伊達に研究なんてしていない。
「『リミットブレイク』か……やっぱり汚い魔法だ……」
「アァァァァァァァッ!!!」
『リミットブレイク』。
この魔法は自己強化魔法に分類されるが、自己強化なんて生易しいものではない。
使用者の魂を魔力に置き換えることでほぼ全ての魔法の影響を無効化し、圧倒的な力と速度を得られる禁術の類いだ。
普通、『リミットブレイク』を使用した者は帰ってこない。
その魂が無に還るまで魔力を放出し続けるからだ。
だが、生憎にもフラムはただの魔法使いではない。
「『クリアキャスト』」
「アァァァ……ァァ……ぁぁ…………」
相手に付与されている魔法を強制的に無効化する阻害魔法『クリアキャスト』。
フラムはセナが苦しんだこの魔法が使える。
だが、この魔法には大きな欠点がある。
それが今回、フラムしか『リミットブレイク』を防ぐことが出来ない理由だ。
『クリアキャスト』は使用者の干渉力が対象者の干渉力を上回らなければならないということ。
セナが使う『バーサク』程度の干渉力強化ではエレナに勝てなかったのは仕方がない。
だが、今回は話が違う。
命と引き換えに得る魔力を上回らなければならない。
それは、使用者も同等のことをする必要があるということを指す。
だが、フラムにとって、元は人間である響也の『リミットブレイク』後の干渉力など弱すぎるのだ。
付け焼き刃では本当の天才には敵わない。そういう訳だ。
「ちょっと疲れたな……色々あったしな。こいつを回収して先に戻るとするか」
フラムはそう独り言をこぼし、響也を担ぎ上げ隠れ家に『ループ』した。
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懐かしい夢を見ていた気がする。
体が重い。口の中が血の味で気持ち悪い。
血……血……?……ち……ち……チ……チ……
「あ、あぅあぁぁぁッ!」
目の前には……鎖に縛られた少女がひとり。
思い出したくない感情が頭の中を埋め尽くす。
爪がグッと伸び、先端が鋭利になる。
ブチッと音とともに黒いツナギの背中部分が破れ、黒いコウモリの羽の様なものが生えた。
「い……ヤ……ぁ……ッ!」
銀髪の輝きが増し、銀色の瞳が一瞬にして血のような赤色に変わる。
そして最後に、耳が尖り、犬歯が伸び、鋭利になった。
目の前にいる少女の……血が見たい。
「嫌だ……イヤだ……けど……けど……ッ! あなたの血を……ちょうだいッ!」
たった一歩踏み出しただけで空中に佇む少女の眼前まで移動した。
セナや悠斗の使う『クイック』にも負けない速度。
「ッ!」
「アハハッ! 遅い遅い!」
襲いかかる鎖を全てはじき返す程の反応速度。
圧倒的な戦闘力を誇るベルの正体。
それは、伝説上の存在『ヴァンパイア』の末裔だ。
ベル自身、自分がヴァンパイアである事を嫌ってはいるが、ヴァンパイア化した時の戦闘力は凄まじい。
しかも……
「『ドレイン』ッ!」
突き出した右手から魔法陣が展開され、少女から赤い粒子、魔力を吸収する。
阻害魔法『ドレイン』だ。
そう。ベルはヴァンパイア化している状況下だと魔法を行使できる。
「ッ!!」
少女が数十本もの鎖を同時に放った。
それは四方八方からベルを囲い、一瞬で拘束する。
だが、
「あなたの血を……吸わせてよッ!」
バキャンッという激しい音とともに鎖が千切られる。
今のベルは少女の血を吸うという欲望のままに動く殺人鬼だ。
魔力強化によって普段の2倍のリーチにまで伸びた『魔法鎌ヴラド』が高速で振るわれた。
少女も鎖を飛ばして交戦するが、ジリジリと押されている。
そしてその時は訪れた。
少女を絡めていた鎖の最後の1本が放たれたのだ。
もちろんベルはそれを容赦なく叩き落とす。
そして次の瞬間には、ベルの牙は少女の首に突き立っていた。
「いただきます……ッ」
「あぅ……ッ!」
血を吸い終えたベルが艶めかしく微笑む。
ヴァンパイアの吸血には、欲求を満たすこと以外にもうひとつ効果がある。
それが、数時間だけ吸血した相手を操ることが出来る。というものだ。
「しばらく眠ってて?」
「あ……ふぅ…………」
少女は言われるがままに崩れ落ちるようにして眠りに落ちた。
その瞬間、ベルのヴァンパイア化も解除される。
ブワッと魔力が拡散し、一気に脱力してその場に倒れた。
口の中にさっきとは味の違う血が残っている。
ベルはヴァンパイア化が解けているにも関わらず少し微笑んで意識を落とした。