-敵か味方か-
王国は広い。
王の住まう王城がある王都とそれを取り囲う城壁、その向こうには広大な城下町が広がり、さらにそれを城壁が囲う。
直径5キロメートル。
それが王国の全貌だ。
悠斗は今、長距離スコープ『イーグル・アイ』の限界距離、ティルと月詠が戦闘を行っている王国郊外から約2キロメートルの場所に立っていた。
運良くそこには監視塔があり、その屋根に登るとティル達の戦闘がよく見える。
『魔法銃アポロン』を構え、目をこらす。
『イーグル・アイ』が強化するのは視覚だけではない。
装着している限り、最大3キロメートル先の音を聞くことが出来るのだ。
だからティルの叫び声はうるさいほどハッキリと聞こえた。
「『シングルショット』」
悠斗は詠唱し、魔法銃の引き金を引いた。
当てる自信はあった。
今度こそ凛華を取り返す。
その意志は誰よりも強い。
それなのに、銃弾は月詠の刀に弾かれた。
そして、次の瞬間には……
「邪魔をするな。今の余はお主の相手をしているほど手が空いていない」
「1キロはあったのに……ッ!」
「いいな? 邪魔をするな。余は余の目的を……仇を討たねばならんのだ……ッ!」
「ひぃッ!」
月詠から溢れ出る殺意の濃度にみっともない声が漏れる。
俺はやっぱり隠れ家最弱なんだ……
目の前にいる仲間を救うことすら出来ないなんて……
『悠斗、大丈夫やで。うちは絶対戻ってくるから』
「凛華……?」
「だそうだ。だからすまぬがこの娘の命、預からせてもらうぞ」
「お前は敵なのか……?」
月詠は一瞬悩んだような表情を浮かべ、次に少し微笑んで言った。
「場合による、な」
そう言って月詠は姿を消した。
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燃え盛る城下町。
そこかしこから聞こえる悲鳴、絶叫。
王国が炎に包まれているのを見るのは一体何回目だろうか。
俺は……俺達は、二度とこんな地獄を作らせないためにいるんじゃなかったのか……
俺は城下町の真ん中で膝を着いて動けなくなっていた。
それには理由がある。
燃える王国よりも、俺にとってはずっと地獄だ。
目の前にある、フラムの亡骸は。
「嘘だろフラム……? お前が負けるなんて有り得ないだろ……? なぁ、返事してくれよ……母さんッ!」
カルナが死んだ時とは違う。
怒りなんて無い。
ただただ悲しい。
俺の両頬を涙が伝う。
無力。あまりに無力だった。
目の前のフラムは身体中を貫かれたのか、無数の刺傷がある。
息もしていない。
魔力も視えない。
誰がどう見たって死んでいる。
そんなことは分かっている。
でも、俺にはそれが信じられなかった。
フラムの事だからいつもみたいに何も無かったかの様に目を覚ますのではないか?
そんな考えが頭にへばりついて離れない。
だってフラムは最強の魔法使いなのだ。
王国の全魔法使いのトップに君臨する実力者なのだ。
フラムは死なない、絶対に。
「俺、まだ教えてもらってないことたくさんあるんだ……そうだろ……? 『とっておき』、教えてくれるんじゃなかったのかよ……だから目開けてくれよ……師匠なんだろ……? 頼むよ……まだ超えられてないのに……」
視界が歪んでしまうくらいに涙が出た。
自分にとって母であり、師匠であったフラムがいかに大切か理解出来ていなかった。
いつも危ない時は助けてくれた。
いつも間違った時は正してくれた。
そんなかけがえのない人を失って正気でいられるほど俺は強くない。
「童、立て」
「凛華……?」
「違うぞ。余は月詠。いいから立て」
頭上から降り注いだのは凛華の身体を乗っ取っている月詠の声だった。
無機物を思わせるような冷たい声。
まるで刃を首筋に当てられているような殺意。
「お主が今やるべき事は泣くことではない」
「お前に……何が分かる……ッ! 親を失った気持ちがお前に分かるのかッ!」
「分かるぞ。余は目の前で両親を殺された。あまりに無力の余の目の前でな。その仇が……」
月詠はそこで言葉を止め、目の前の燃え盛る住居の屋上を指さした。
そこにいたのは、腰まで伸びた長髪に鍛え上げられた肉体、全身をピッタリと包む黒のスーツ。
「奴だ。『特異点の観測者』」
「あいつは……」
「やあ、セナ・レイズ。そして……月詠」
聞き覚えのある声だった。
そう、あの時。
俺が一度月詠に敗北し倒れていたところを救ってくれた恩人。
「デューク……?」
「その名は偽名だよ。僕に名前は無いからね。月詠が言ったように『特異点の観測者』、そう呼ぶといいよ」
「お前……ここで何してる……」
「見たら分かるじゃないか。フラム・レイズの始末。それが僕の目的だからね」
あぁ……こいつが……こいつがフラムを……
「お前を……殺すッ!」
「よせッ! 童ッ!」
「『ディバイン』ッ!」
月詠の制止を無視し、『ディバイン』を発動。
黒雷が俺の体を包む。
今回は悪魔らしいが、身体の支配権は譲らない。
こいつは俺がこの手で殺す。
「うぉぉぉぉぉッ!」
「"翔ける意志のブリューナク"」
「『リバース』ッ!」
世界が灰色に染まる。
たとえこの命が犠牲になっても、この男だけは仇なのだ。
殺さなければ、フラムに合わせる顔がない。
それなのに……
「どう……して……ゲホッ!」
俺の背中を1本の槍が貫き、地面に刺さっていた。
穂が異常に長く、斬撃も可能であろう槍。
あまりの痛みに耐えられず、『リバース』が解除される。
どうして停止した世界で俺に攻撃が届く?
俺の詠唱より先に詠唱していた単語が魔法名だというのか?
それでも『リバース』の発動中に俺に攻撃を与えるなんて……
「君のその覚醒魔法は決して世界の時間を止めているわけではないよ。ただそう感じるレベルで脳を超加速させているだけなんだ。だからね、加速した君の動体視力を超える速度で攻撃すれば……わかるね?」
「そんな……事が……出来るのか……?」
「可能だよ、僕ならね」
俺の覚醒魔法が完封されている。
察した。
こいつには勝てない。
でも……それでも……ッ!
「立たないと……勝てない……ッ! そうだろ……フラム……」
「その通り。余も奴に用がある、手を貸してやろう。『四ノ太刀・満月』」
月詠がいつの間にか抜刀していた黒刀を振るう。
黒刀は俺を貫く槍を切断した。
切断された槍は魔力となって霧散、俺は倒れそうになる体に鞭打ってなんとか立ち止まる。
「これもまた運命だね。でも、君は殺さないと……月詠」
「やれるものならやってみよ。余はかつての余ではないぞ」
「それは楽しみだよ。またいい顔で死んでくれよ?」
「抜かせ。この下郎が」
観測者と月詠の魔力が爆発的に跳ね上がった。
俺も負けてられない。
すぐそこでフラムが見ているのだから。
デュランダルを握り、構える。
次の瞬間、月詠の姿が掻き消えた。




