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見習い魔法剣士の英雄譚  作者: 清水 悠燈
魔法界の危機編
58/66

-月の女神-

 空気が震える様な衝撃。

 悠斗の動きは抜群に冴えている。

 あの霧に引けをとっていない。

 遠距離型の悠斗が近距離戦闘でここまで強くなるとは……

 全く思いもしなかった。

 それなのに俺は一瞬でねじ伏せられてベルの魔力を消費させている。

 ただの足でまといじゃないか。

 デュランダルの性能を真に発揮してからどこか自分は強くなれたと思い込んでいた。

 でも、違った。

 昔に比べて確かに強くはなっている。

 保有魔力も干渉力も魔法の扱いだってレベルは上がった。

 そうなのは俺だけじゃない。

 ベルも悠斗も凜華も。

 もちろん敵だって実力を上げてきているのだ。

 当たり前だ。

 何もしない奴なんていない。

 今だって悠斗は霧と戦いながら強くなっている。

 金属と金属のぶつかる音が幾度となく響き渡る。


「へぇ……」

「……ッ!!」

「動きがだんだん良くなってるなぁ……ッ! そういうの、嫌いやないでッ!」

「喋ってる暇なんてあるのかよッ! 『バースト』ッ!」

「ぐぁッ……!」


 鍔迫り合いをしていた悠斗が叫んだ詠唱。

 それにより左手のアポロンの銃口の先に魔法陣が展開される。

 そこから一瞬にして数十発の魔力弾が放たれ、霧を貫いた。

 霧が吐血し、撃たれた場所から大量に出血して地面に膝を着いた。

 あの霧が劣勢に陥っている。


「はぁ……はぁ……はは……くはは……はははははッ! 効いたなぁ……ゲホッゲホッ! ますます気に入ったわ……」

「そうかよ。俺の勝ちだ、凜華を返せ」


 不敵に笑う霧の額に右手のアポロンを押し付ける悠斗。

 どう見ても悠斗の勝ちだ。

 それでも霧は刀を離さない。


「凜華を返せッ!」

「やっぱ魔法っておっかないなぁ……あんな連射、現実のハンドガンじゃ無理やもんなぁ……」

「『リロード』『シングルショット』」

「あぐぁッ! いいねぇ……」

「狂人かよ……『シングルショット』ッ!」


『リロード』という詠唱で魔法陣がアポロンを潜る。

『シングルショット』は『バースト』の全弾発射ではなく単発発射らしい。

 悠斗は拷問するかのように霧の右肩を狙い撃つ。

 それでも霧は笑みを浮かべていた。

 その様子は悠斗の言うように狂人そのものだ。

 何か策があるのか?

 でも、凜華を取り返すには今しか……


「『シングルショット』」

「ぐぅ……ッ! 両肩撃つって酷いことするなぁ……?」

「なら早く凜華を返せよッ! 次は足だ」

「そろそろかなぁ……?」

「何がだよ……」


 霧がそう呟いた瞬間、空気が変わった。

 何か恐ろしい、身体が勝手に震えてしまう様な空気だ。

 俺もちょうど治療を終えた。

 万全と言っていい。

 ベルの回復魔法のレベルが上がっている証拠でもある。

 何が来てもどうにか出来る。

 俺が守ってベルが回復させる。

 何とかなるはずだ。

 けれど……


「ベル……下がれ……」

「え……?」

「魔力がフラムの次元じゃない……」

「ッ! すごい寒気……セナ、悠斗が……ッ!」


 空間が歪んだ。

 そう錯覚するほどの魔力が霧の握る刀から放たれた。

 近くにいた悠斗が勢いよく吹き飛ばされる。

 もちろん俺もベルも。


「行ってこい、月詠」


 霧がそう呟いて右手の黒刀を手放した。

 すると黒刀は黒い雷を纏って空へ飛び去り、すぐさま屋敷に落ちる。

 再び空気が震える。


「ベル、悠斗と一緒に逃げろ……俺が食い止めるから」

「それじゃあセナが……ううん、分かった。絶対帰ってきてね……!」

「当たり前だろ」


 俺はデュランダルをきつく握り直して霧に向ける。

 霧は既に満身創痍といった様子でピクリとも動かない。

 それでも何をしたか分からない以上油断は禁物だ。


「ははは……ようやくオレの……オレの夢が叶った……」

「夢……?」

「もうすぐ分かるさ……」

「何が……」


 霧は口だけは動くようで不気味なことを言い出す。

 散々攻撃を受けてボロボロになることが夢?

 マゾか?

 いや、違うな。

 なら一体なんだ。

 特殊な状況下で発動出来る魔法……?

 その条件が瀕死に陥る事だとしたらまずい。

 とんでもなく強力な魔法だ。

 俺がそこまで考えを至らせた瞬間、嫌な予感がした。

 身体の全身が防御しろと警笛を鳴らす。

 直感的に防御の姿勢を取った。

 次の瞬間、それは来た。


「ぐぁ……ッ!!」


 デュランダルを通して両肩に衝撃。

 たまらず吹き飛ばされる。

 視覚できない何かが衝突したのだ。

 今の衝撃が瀕死の代償なら良かったのだが……


「ほう、余の斬撃を防ぐか。褒めてやろう。と言っても余はこの身には慣れておらんのでな、全力とは言いきれんが……」

「凜華……?」


 俺の目の前にいたのは紛れもなく凜華だ。

 だが、その目は異質その物だった。

 瞳に浮かぶ三日月の紋様。

 そして纏う魔力も凜華の魔力とは違う。

 あれは凜華であって凜華でない誰か。

 そう思うしかなかった。


「凜華……だよな……?」

「違うぞ童。余は月詠。夜を統べる月の女神である。今はこの娘の身体を依り代にせねば現界出来ぬ不安定な物ではあるがな」


 凜華を依り代……?

 アナスタシアの憑依と同じような物ということか?

 そんな強力な魔法、無理矢理使おうものなら並の代償では足りない。


「霧……お前……ッ!」

「分かったやろ? 凜華は最高の器、オレの相棒のな!」

「ふむ。ここで力の差を見せつけるのも方法としてはありか。だが、魔力が足りんな。そこの娘、いい魔力を持っておる」


 そう言って月詠が刀を向けたのは倒れ込んだまま動けないが意識はあるマツリだった。

 マツリは一瞬驚いた表情を浮かべ、すぐさま絶望した。

 月詠から放たれる濃密な殺気に、自らの死を悟ったのだ。


「や、やだ……死にたくない……ッ!」

「そう悪く思うな。余の一部になれるのだ。光栄に思え」

「や、やめろ……やめてッ! 嫌だッ!」


 ストン。

 月詠は叫び散らすマツリの胸に静かに黒刀を突き立てた。

 声にならない叫び声を上げて痙攣するマツリを見て口を歪ませる月詠。

 突き立てられた黒刀を中心に魔力が吸い上げられていた。

 それもかなりの速度で。

 吸い取られた魔力は黒刀を通して月詠の身体に馴染んでいく。


「……ッ!!」

「悪くない味よ。余の保有可能魔力の十分の一にも満たんかったがな」


 魔力を完全に吸い切られたマツリの身体が灰となって消えた。

 その光景を俺は見ていることしか出来なかった。

 いや、一歩でも動けば死ぬ。

 そう思わせるほどの殺意が充満していたのだ。

 このままではまずい。

 先程までの悠斗の発砲音を聞いた近隣住民が連絡して警察が来てしまうかもしれない。

 これ以上犠牲を増やさない為にも来てもらっては困る。


「童、気にすることは無い。既にここは余の領域。結界『夜の世界』の中である。余が認めた者以外何人たりともここには入ることはおろか視覚することも出来ん」

「ッ!」


 心を読まれた?

 いや、表情に出すぎていただけか?

 警戒は怠らない方が良さそうだ。

 どちらにせよ、安心は出来ない。

 ならどう倒す?

 覚醒魔法で一気に片付けるか?

 でも月詠を倒して凜華を救えるかは不明だ。

 魔法での契約はそう簡単に解除することが出来ない。

 考えろ。考えろ考えろ考えろ……!

 すると突如、背後から爆音が響いた。

 そして俺の横を魔法弾が通り抜け、月詠へ一直線に襲いかかる。

 が、それはいとも簡単に斬られた。


「悠斗……? ベルも……! どうして逃げてないんだッ!」

「逃げようにも結界から出られないんだよ! それに、もう手の届く所に凜華はいるんだぜ? 取り返さないとだろ……ッ!」


 予想外だ。

 いや、頭の片隅にはあったか。

 悠斗もベルも結界に取り込まれていた。

 人数でいえばこちらの方が有利だが、相手の一人は自称女神。

 あの速度、凜華だけのものでないのは確かだ。

 実力でいえば敵の方が圧倒的に有利である。

 何か逆転するには必要だろう。

 その何かを見つけるまで耐えるしかないのか?


「そこな魔銃士、お主余の依り代と何か関係があるらしい」

「いつの間に……ッ!」


 瞬きした一瞬の隙に月詠は悠斗の懐に入っていた。

 悠斗も反応が遅れる。

 その一瞬がやはり命取りとなる。


「依り代に暴れられては面倒なのでな……早々に退場してもらう」

「『バースト』ッ!」

「『四の太刀・満月』……」


 悠斗が魔法弾を放ったとほぼ同時に、月詠が黒刀を振り下ろした。

 驚くべきはその速度。

 音速を超える魔法弾よりも黒刀が振り切られる方が速かった。

 それでも弾が斬られた訳では無い。

 月詠の計算が外れたのか。

 そう思った。

 だが、そんな甘い考えも次の瞬間には頭から消えていた。


「弾が消えた……!?」

「ふむ。いい器だ。余の剣術を生身で振るって耐えうる身体があるとは……ますます気に入ったッ!」


 心底気持ちよさそうに笑う月詠。

 悠斗の放った魔法弾は黒刀の通った残像に触れ、消滅したのだ。

 並の剣士じゃない。

 速度において全てが俺達を上回っている。


「そう悔しがるな童。余に並ぼうなど馬鹿な事は考えん方が良い。人間や魔法使いが到達出来る領域に、余はおらんからな」

「俺はまだ全力じゃないぞ……ッ!」

「全力……そんなものたかが知れておる。だがまあ、見るだけなら良い。かかってくるといい。余も試したい技があるのでな……?」


 消費魔力を抑える必要はもう無い。

 ならば全力で魔法を行使して凜華を取り戻す、絶対に。

 俺はデュランダルを掲げ、魔法のトリガーを引いた。


「"剣よ"ッ!」

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