-凜華の過去-
「おい凜華、腰が入ってないぞッ! 何度も言ってるやろうがッ!」
「は、はいッ! ごめんなさいお父さんッ!」
うちの父はうちが幼い頃から刀の指導に熱心だった。
うちはどうやら『天才』らしい。
確かに教えられた事はすんなり頭に入ってくるし、体もそれについてくる。
うちの才能に気づいてからの父の行動は早かった。
1に稽古、2に稽古、3、4が無くて5に稽古。
そう思わせるほど竹刀を握らせた。
学校には通わせて貰っていたが、友達と呼べる存在は作ることが出来なかった。
稽古と言ってカカシに似た的を何度も何度も叩いた。
叩いて叩いて何体も破壊した。
それでも稽古に終わりは無かった。
「その程度でバテてるんか……今日の残りは明日やれ」
父は稽古が終われば必ずこの言葉を口にする。
何度も母に助けを求めたが、母も父と同じで稽古に専念するように言った。
この家族にうちの味方はいない。
うちの味方をしてくれるのは、身につけた技と竹刀だけ。
ある日うちは稽古を抜け出して逃げた。
だがそんな時、あまり口を聞かなかった兄の霧が稽古に励む姿を見つけ、感動した。
道着を着て汗だくになりながら竹刀を振る兄の姿が輝いて見えたのだ。
「凜華? なんでここに?」
「えっと……稽古抜け出してきた……」
「ダメやろ? ほら、稽古に戻れ」
「うん……」
感動が一瞬で吹き飛んだ。
結局兄すらもうちの味方ではなかった。
その事実が幼かったうちの心を深く傷つける。
涙が溢れそうになったが、真田家の人間たるもの人前で涙を流すな、という家訓を思い出して抑え込んだ。
けれど、そんなうちの姿を見た兄はこう言った。
「もう……仕方ない子やなぁ……たまになら来てもいいから、な? オレは暇やから時間が空いたらおいで。お菓子あげるから」
その言葉を聞いた瞬間、真田家と稽古に囚われていた灰色の世界が色付いた。
兄はうちの味方でいてくれる。
嬉しさのあまり、流してはいけないはずの涙を流してしまった。
その日以降、うちは稽古を抜け出しては兄の稽古を眺めるようになった。
今日も自分の稽古を抜け出して兄が稽古を行っている部屋に足を運んだ。
うちの家は異様に大きく、敷地内に3つの稽古場がある。
うち専用の稽古場に兄専用の稽古場、残る1つは今の真田家の収入源である一般用の稽古場だ。
ここで子供や大人に剣道を教える事でお金を得ている。
兄専用の稽古場はとても明るい雰囲気に包まれていて、隅の方にテーブルもある。
兄は稽古を終えるといつもそこでうちにお菓子を出してくれた。
「今日は駅前で美味しいって有名なバウムクーヘンやで! 凜華好きやろ? バウムクーヘン」
「うん! 好き! ありがと!」
「明日はちゃんと稽古行くんやで? そしたらまた買ってきたるから」
「うん! 約束する!」
「凜華は偉いなー」
こうやって兄と過ごす時間がうちが『生きている』と実感出来る唯一の物だった。
けれど、そんな幸せな居場所が身内の父親にバレない訳がなかった。
兄はこっぴどく叱られ、うちと会うことを禁じた。
「この子は特別なんや。普通のお前が関わっていい人間じゃない」と言って。
そう言われた兄はそれから数ヶ月後、うちが『真田流双剣術皆伝』の称号を得たという話を聞いて出て行ってしまった。
この時からまた、世界が灰色になったような気がする。
ひとつ、またひとつ、大切な物が手の届かない所へ消えていく。
そのうち学校にも行かなくなった。
きっとうちはこのまま剣だけの人生で死ぬのだ。
せっかく女に生まれたのに、恋もせず、一生独りで過ごすのだ。
ならいっそのこと、兄のようにこの家から出て行ってやろう。
そうすれば強さにしかこだわらないバカみたいな真田家の血筋から逃れることが出来る。
うちはうちのしたいように生きたいのだ。
それから7年もの年月が経って、うちは本当に家を出た。
と言っても行く先など無い、ブラブラと歩くしかない旅だ。
幸いお金はある。
物欲が無かったせいでお小遣いは貯まっていたのだ。
数日なら野宿でもして暮らしていける。
その数日の間に仕事を見つけて生活を安定させる必要がある。
大丈夫、うちなら大丈夫や……
そう言い聞かせて頑張ってきた。
それなのに……
ほんの1週間も無い間に、うちは真田家に戻っていた。
理由は簡単。
捕まったのだ、警察に。
犯罪を犯した訳ではない。
父親が行方不明と言って警察に操作を依頼したのだ。
警察から逃げられるはずがない。
うちは出禁にされ、また稽古漬けの日々が始まった。
世界に神様がいるのなら、きっと神様はうちの事が嫌いなんだろう……
「誰かうちを連れ出してくれへんかな……」
あれから1週間が経った。
外側から鍵をかけられた部屋で、うちはぼんやり鉄格子の取り付けられた窓から夜空を眺めて呟いた。
うちの寂しい心とは裏腹に、夜空は惚れ惚れするくらい星が綺麗に光っている。
ため息が零れた。
涙が自然と流れてきた。
泣いてはいけないというのに……
そんな時、うちは彼女に出会った。
涙ながらに眺めていた夜空に覆いかぶさるように現れて、マントを翻した燃える炎のように赤い髪の女性に。
彼女は鉄格子越しに、うちに向かって手を差し伸べた。
「なぁお前、この世界がつまらないんだろう? 逃げ出したいんだろう? なら、私と来るといい。飽きないくらい笑顔で過ごせる人生を送らせてやろう」
「あ、あんたは誰や……!」
「私か? あぁ、すまない自己紹介を忘れていたな。私はフラム・レイズ。とある魔法の世界から来た魔法使いだ」
フラムという女性の目は嘘を言っていない。
この人は本当にうちのことを……
いつの間にか『消滅』していた鉄格子を無かった物として、うちはフラムの差し伸べられた手を握り返した。
どうなっても、今より悪い環境は無い。
ならば、一か八か挑戦してみても悪くないと思った。
去り際に、うちはメモ用紙に『魔法界に行ってくる』と殴り書きして机に置いておいた。
「さようなら」と呟いて……




