-剣士降り立つ-
幼い頃から剣術の名家・真田家の長男として剣の道を歩んできた。
それは今も変わってはいない。
『真田流抜刀術』を皆伝まで上り詰め、最強の剣士となる。
そうなるはずだった。
歯車が狂い始めたのは妹・凜華の誕生からだ。
オレが11歳になった頃に凜華は生まれた。
凜華はとにかく異才の少女だった。
『真田流抜刀術』『真田流走破術』『真田流体術』『真田流柔術』を7歳で皆伝まで極め、13歳になる頃には極小数しか極めることが出来なかった『真田流双剣術』の皆伝の称号を得たのだ。
そんな天才に両親が凜華に依存するまでにさほど時間はかからなかった。
両親が与える愛情のベクトルはオレではなく全て凜華へ向いた。
オレはその頃に気付いた。
『努力は才能を上回る』と言っていた奴が居たが、あんなものは嘘っぱちだ。
『努力は本物の才能の前では無に等しい』のだ。
そう気づいてからというもの、居場所を得るために凜華を甘えに甘やかした。
だがそれにも限界がある。
凜華が4つの『真田流皆伝』を得た事を知ったオレは家を出た。
凜華のいる真田家にオレの居場所は無い。
どう足掻いても作れないのだ。
それから10年。
オレは『真田流抜刀術』だけを磨き続けてきた。
ただ意味もなく修練を積んできた。
どれだけ鍛えようとも凜華に敵わない事は分かっている。
でも、オレにはこの道しかない。
辞めるという選択肢は無かった。
「凜華はもう17になるんか……どれほど強くなったんやろな……」
この10年間で様々な出会いがオレにもあった。
それは主に異世界を研究する研究者。
オレは大学に進み、異世界学を専攻する研究者になった。
卒業しても研究を続けた。
その成果を試す時が今……
布袋から中身を取り出す。
黒い鞘とそれに収まる刀。
俺と10年以上も共に過ごしてきた相棒である。
深呼吸して刀を鞘から高速で走らせた。
姿を現したのは光さえも飲み込むような艶消しの黒の刀身。
『斬魔刀月詠』という銘の真剣だ。
その斬れ味は鉄も豆腐同然というレベル。
「真田流抜刀術……『絶空』」
四角形を作るように刀が空を斬る。
一般人では目視も不可能な程の速さだ。
だが、これはただの素振りではない。
四角形に斬られた空間がゆらゆらと揺らいでいる。
そこに月詠を刺し込んだ。
グニャリと視界が歪む。
「行ってくるか……」
そのまま四角形に吸い込まれるように霧はその場から姿を消した。
辿り着いたのは機械化の進む今の人間界では考えられないほど広大に広がった草原だった。
ここは異世界。
やっと夢にまで見た異世界に降り立つことが出来たのだ。
真田流抜刀術『絶空』は人間界と魔法界を繋ぐ空間の歪みを切り裂く秘術で、オレが作り出した技だ。
これは決して魔法ではない、『技術』だ。
魔力がほぼ皆無と言っても過言ではない人間に『空間魔法』なんて大層なもの使えるはずがない。
魔法がダメなのだから技術に頼るしかないのだ。
辺りを見渡すと巨大な壁と門が見えた。
恐らくあの中に魔法界の人類がいる。
都合の良いことに入口もすぐ近くだ。
堂々と歩いて門の前に立った。
関所というのか、ローブを被った男2人がオレの前に立ち塞がる。
「ようこそレティーナ王国へ。旅の方ですよね? 目的は?」
「おぉ、日本語が通じる……! えっと、滞在?」
「分かりました。何か身分を証明出来る物は?」
「むむむ……免許証で大丈夫か……?」
「えっと……まあ、分かりますのでどうぞ。おい門を開けろッ!」
大丈夫なのか、こんな緩さで。
日本語が通じるし文字まで漢字平仮名片仮名で大丈夫のようだ。
これには少し感動した。
全く違う文明を辿ってこんな奇跡があろうとは。
まあ、昔の誰かが伝えたのだろうが……
と、細かいことは置いておくとしてレティーナ王国なる国に足を踏み入れることが出来た。
「おぉ……マンションとかある……魔法の世界と言えばもっと古い感じやと思ってたけど、近代的やなー……」
と言ってみたものの付近にはまだ草原しか広がっていない。
正確には2キロメートル程度先の光景だ。
真田家の一員たるもの周囲への警戒を怠ってはならない。
そういう修行をし過ぎたせいで目がとても良くなった。
これも魔法ではなく技術と言えるだろう。
とりあえず情報を得るためには2キロメートルは歩かなければならないらしい。
面倒だし裏技で行こう。
月詠を鞘に収めたまま握り腰を落とすように深く構える。
そのまま軽く1歩踏み出す。
「おわッ!」
風が全身を叩いた。
そして、一瞬にして1キロメートル程度移動する。
真田流走破術『疾走』。
自己強化魔法『クイック』に劣らぬ速度で移動する事が出来る『技術』。
だが、普通の『疾走』でここまでの速度は出ない。
月詠の特殊な力で『疾走』など1部の技が異常に強化されているのだ。
もう1歩踏み出す。
またも風に全身を叩かれ、高速移動する。
2キロメートル目。
しかし、月詠の『疾走』はデメリットがある。
それもいくつも。
そのひとつは『直進しかできない』。
そしてもうひとつ、『抜刀しなければ止まれない』だ。
ということは、このような場合は最悪だと言える。
「人……ッ!」
偶然にも直線上に人がいた場合、流石のオレでも止まるのは困難だ。
普通に衝突すれば吹き飛んで死んでしまうし、抜刀したらしたで一刀両断。
正直考えている暇もない。
吹き飛んでも死なないことを祈るか?
いや、無害な人を殺す程オレは悪じゃない。
仕方ない、後者でいこう。
「間に合えッ!」
ギュンッ! と風を勢いよく斬る音が響いた。
目の前には先程の人が。
いや、待てよ。
この人が助かったとして、今の状況をどう説明する。
いきなり目の前に刀を持った不審な男がいるんだぞ?
最悪だ……
「ひ、ひぃぃぃッ! は、《背理教会》だぁぁぁッ!」
「ちょっ! 落ち着けって! オレはそんな意味分からん奴ちゃうって! 逃げんなーッ!」
意味不明な言葉と共に逃げられてしまった。
後で面倒な事にならなければいいが……
と言ってるそばから敵意がたくさん。
異世界に来てからほんの少ししか経っていないというのに……
もう疲れた。
何人かのローブを着た男達がオレを囲むように立った。
雰囲気的にはこの世界の警察だろう。
こんな辺境の街にこんなに早く来れるものなのか。
「貴様ッ! 《背理教会》の者かッ! 武器を置いて手を上げろッ!」
「違うんやけどなぁ……ほい、これでええか?」
「動くなよ……? 詠唱する素振りがあれば殺すッ!」
「物騒やなぁ……でも、お縄にかかるのは勘弁……なッ!」
「なッ!? 貴様ッ!」
警察に捕まるほど面倒そうなことは無い。
後々面倒になるだろうが、逃げよう。
地面に置いておいた月詠の柄を思い切り踏みつける。
勢いで跳ね上がった月詠を握る。
ここまで約1秒。
オレを囲む警察達が杖らしき物を構えたのが見えた。
異世界の魔法……少し見たかったな……
月詠を抜刀し、建物の屋根へジャンプする。
ここからの『疾走』なら誰も追えやしないだろう。
だがしかし……
「おっとォ……黙ってお縄にかかっとけば死なずに済んだのになァ?」
突如にしてオレの目の前に雷が落ちた。
いや、正確には雷を纏った人だ。
白いローブの若い男。
右手には大剣を握っており、身体から電気を放っている。
「痺れるなぁ……大剣と雷の魔法か?」
「そういうテメェは自己強化魔法での白兵戦がお得意かァ?」
「あいにく、魔法は使われへんな」
「ハッ! 人間かテメェッ! なら死ねェッ!」
自己強化魔法が何かは知らないが、この男、剣筋は悪くない。
それに雷を纏っているせいで近寄るのも難しそうだ。
だが、人間だと分かった時のあの殺意は何だ?
いや、そんな事は後だ。
目で分かる。
こいつは修羅場を潜ってきた奴の目をしている。
相手が殺す気で来るのだ。
こちらもそれ相応の対応をしてやろうじゃないか。
「真田流抜刀術皆伝・真田霧。相手になったる……ッ!」
「ティル・フェレラルだァ……ぶっ殺してやるよッ!」




