-仲間の意味-
タウラスの足は確かに俺に向けて振り下ろされたはず。
それなのに俺は意識がある。
生きている。
「まったく、世話がやけるわね」
「アナスタシア……?」
俺を庇うように目の前に立っていたのは、気絶したはずのアナスタシアだった。
更に奥には怯むタウラスが見えた。
驚くことにアナスタシアはとてつもない魔力を纏っている。
それに、普段は下ろしている水色の髪が何故か今はツインテールに結ばれていた。
「違うわ。私はセイレーン。契約主の彼女の身体を借りているにすぎないただの精霊よ」
「精霊を……憑依……?」
「そうね。何千年と生きてきて、私が憑依を許したのはこの子だけよ。彼女はそれだけの素質がある。とりあえず下がっていなさい。四大精霊の力、あなたに見せてあげる!」
『精霊憑依』。
契約主と精霊が密接に繋がっていなければ不可能な精霊使い最高位の魔法。
自らの身体を精霊に委ね、精霊本来の力をもって戦う自己強化魔法の一つだ。
だが『精霊憑依』も俺の『ディヴァイン』や『リバース』と同様に自己強化魔法の範疇に無い強力な魔法。
代償が無い訳ではない。
大概の場合、その代償は精霊が決める。
四大精霊の代償とは一体どのようなものなのか。
アナスタシアはその代償を払う覚悟があったということだ。
一目見ればわかる。
彼女は強い。
「グオォォォッ!」
「ひれ伏しなさい。神獣程度が四大精霊の私に歯向かわないことね」
バシューンとくぐもった音と共に視界が霧に覆われる。
水系統領域魔法『ミストフィールド』。
視界を妨げるだけでなく、霧に接触した者の魔力を吸い上げる強力な魔法だ。
何より凄いのが、俺のいる場所には一切霧が来ていないこと。
これはとてつもなく繊細な技術が必要になる神業だ。
流石は四大精霊。
魔法の操作が尋常じゃなく上手い。
「グ、グォォォ……ッ!」
「ッ! 小賢しい!」
タウラスが抵抗するように重力魔法でセイレーンを地面に叩きつける。
だが、霧のせいで精度が悪く、バランスを少し崩した程度に留まった。
セイレーンがこの隙を逃すはずもなく反撃を始める。
タウラスの足元に巨大な魔法陣が広がった。
「くらいなさいッ!」
激しい水音が響き、極太の水柱が放出された。
俺の見たことの無い魔法だ。
正面に水柱を射出する魔法は知っているが、その応用か。
タウラスも負けじと自分に重力魔法をかけ、水圧に抵抗する。
しかし、それだけで終わらない。
激流を放出し続ける魔法陣の下に、更に大きな魔法陣が展開される。
水系統特有の青色ではなく、氷系統の水色の魔法陣。
直後、バシィィィィン!と凄まじい音を立てて水柱が氷柱へと姿を変えた。
タウラスは氷に閉じ込められている。
魔力視で見ても魔力を感じられない。
完全に死んでいる。
これほどまで強力な氷系統魔法を俺は知らない。
「口ほどにもないわ。そう、セナ・レイズ、あなたに言っておきたい事があるわ」
「な、何を……?」
あまりに圧倒的な強さに動揺しすぎて言葉が出ない。
タウラスには『無限魔力放出』による鉄壁の防御があるはずなのだが、そんな物無かったかのように圧倒した。
化け物だ。
だが、そんなことお構い無しにセイレーンを纏ったアナスタシアが俺に詰め寄ってくる。
とても近い。
「アナスタシアを悲しませたらただじゃ置かないなら。殺すわよ」
「は、え、はぁぁ!?」
「それだけ。じゃあね、身体は返すわ」
「ちょっと! 待てよ!」
なんてことを言いやがる。
静止の声を聞かずにセイレーンは去ったのか、アナスタシアの身体からフッと力が抜けた。
力を失ったアナスタシアは、そのまま俺の方へ倒れ込んでくる。
急いで抱き抱える。
気を失っているはずなのだが、アナスタシアの顔は少し微笑んでいるように見えた。
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「お、おったおった! やっぱりセナ達もクリア出来たんやなー!」
「凜華達もか。無事みたいだな」
「もちろんやで! カルナ達も無事やで!」
結局俺達のステージはそのまま先へ進めばゴールだった。
そして、ゴールにしばらくいると研究室に飛ばされたのだ。
そこには魔法騎士団の面々がいた。
全員無事らしい。
「流石、フラムが鍛えただけはあるわね……」
「マリー……ッ!」
「約束通り、フラムは返すわ」
突然現れたマリーが隣で項垂れているフラムを俺の方へ投げ飛ばした。
片手で軽々く投げた所から、意外と筋力はあるらしい。
飛んできたフラムをキャッチし、魔力視を発揮する。
外傷は多いが、呪いの類いの魔力は一切感じない。
ただ、底無しと思っていた魔力が微塵も残っていなかった。
「面倒くさいから魔力は抜いてあるわ。で、あなた達はどうする? フラムを取り返したから逃げる? それとも……私とやる?」
「やってやるさ……と言いたいけど、逃がしてもらえるなら逃げるね」
「いいわよ。深追いは禁物だものね。あなたはよく分かってる。また会う時を楽しみにしてるわ。『テレポート』」
「な……ッ!」
「王国に返してあげるだけよ。とって食おうってわけじゃないんだから気にしないことね」
マリーの発動させた『テレポート』の魔法陣が俺達を包む。
そうして気づけば王都にいた。
メンバーはフラムもベルも含めて全員いる。
とりあえず今は二人を病院に送るべきだろう。
カルナとステラに二人を任せ、残りのメンバーで拠点に戻った。
「皆に報告がある。あ、アナスタシアはそこに寝かしておいてくれ」
「オッケーオッケー。で、報告って?」
「他でもなく俺のことなんだけど、『リバース』の代償の話はしただろ?」
「何か失うってやつか?」
「そうそれ。それなんだけど、もうひとつのオリジナル魔法を使っている最中なら使っても問題無いみたいなんだ」
『ディヴァイン』中の『リバース』を何度も使ったので代償は覚悟していた。
それこそ死んでしまうことすらも。
けれど、何の代償も無かった。
これは大きな発見だ。
この組み合わせなら大抵の敵は圧倒出来る。
「でも、それ絶対見落としてることあるで? 強力な魔法ほど代償は大きくなるっていう法則あるやん?」
「だけど、実際にはなんとも……」
「そのもうひとつの方の代償は?」
「え……?」
「もうひとつのオリジナル魔法の代償は何?」
「知らない……」
そういえばそうだ。
俺は『ディヴァイン』の代償を知らない。
この魔法も強力だ。
それこそ普通の自己強化魔法では不可能なレベルで感覚を研ぎ澄ませてくれる。
何かに身体のコントロールを奪われる時もあるが、それが悪い方向に向かったことは無い。
けれど、もしだ。
もし『ディヴァイン』に代償があったとしたら……
俺は本格的に戦えない身体になるかもしれない。
「やっぱり……うちの意見やけど、その2つのオリジナル魔法、使わん方がええで」
「セナ、俺も凜華の意見に賛成だ。同じ隠れ家のメンバーとして、親友として、お前にこれ以上傷ついて欲しくない」
「そうだけど……ッ! きっといつか……いや、もうすぐ戦わなければならない時が来る……その時俺は黙って見ているなんて出来ないよ……ッ!」
まだ大丈夫なんだ。
まだ戦える。
代償はまだ俺の身体に現れていない。
少なくともこの間だけなら俺は戦える。
周りにどれだけ反対されようと、もう響也のような犠牲を出したくない。
だから、戦わないと……
「凜華、悠斗……俺は戦わないといけないんだ……」
「セナッ! あんた、うちらが心配してんのわからんの!? もっと修行してからでも遅くないやん! そんな危険な魔法無しでも戦えるくらい強くなるまで我慢出来へん!? 出来へんのならいいわ。今ここで足の骨でも腕の骨でもうちが砕いたる……ッ!」
凜華の言う通りだ。
俺は黙って修行して真っ当な道で強くなるべきだ。
そうすれば悠斗と同じレベルには強くなれる。
魔法の才能が無い俺でもだ。
だけど、それじゃあきっと遅い。
マリーは見逃してくれたが、もうすぐ攻めてくる。
恐らくとんでもないレベルの化け物を送り込んでくるはずだ。
それを俺が止めなきゃ誰が止める?
凜華が?
無理だ。
きっと『瞑想』出来ないし、『瞑想』が切れる前に決着は付けられない。
ラグナロクとの戦闘で敗れたのはそれが理由だ。
実力は本物だが、長期戦や連戦に向かない。
悠斗は?
無理だ。
長期戦や連戦に向いているけれど、恐らく集中力が持たなくなる。
弓は集中力が命だからだ。
カルナは? ステラは?
無理だ。
2人とも強いけど、大物に勝てる火力が無い。
セイレーンを纏ったアナスタシアは?
勝てるかもしれない。
けれど、彼女もセイレーンの求める代償を払っているわけで、タダであの実力を出せる訳では無いのだ。
こうなれば俺しかいないじゃないか。
誰も失いたくないんだ。
なら、時間を止めて戦える俺しかいない。
数が多くても、動かなければただの的。
強力な魔法生物でも、動かなければ全力の攻撃で屠れる。
俺が……俺がやるしかないんだ……
ベルもフラムも傷ついた。
もう、これ以上は我慢出来ない。
「セナ……お前は……」
「悠斗……お前なら分かってくれるよな……? 俺は……もう誰も……失いたくないんだ……ッ!」
「ッ!」
「俺が……俺が戦わなきゃ……皆が傷つく……ッ! 来いよ凜華ッ! 俺はこんな所でやられるわけにはいかないんだッ! 止められるものなら止めてみろッ!」
俺は一体何を言っているのだろうか。
信頼出来る2人にだから本音をぶつけられる。
けれど、これは嫌われてしまうな……
でも、それでいいんだ。
どうなれ最終的に皆が無事でいられるなら……
「セナ、それは皆思ってることだ。お前だけが傷ついていい理由になんてならないッ! 響也の仇を取るんだろ? なのに、俺も行かせてくれないなんて酷いじゃねぇか……ッ!」
「悠斗……?」
「さっきも言った通り、オリジナル魔法は使わせへん。けど、安心しセナ。うちらがおる。うちらが支えたる。そんな代償あるもんよりも、うちらの信頼の方が強いッ! せやろ、セナ?」
「凜華……お前達はどうしたいんだ……?」
2人の言葉に揺さぶれる所はあった。
けれど、それでは先程までの話と噛み合わない。
2人は俺に戦って欲しく無いんじゃないのか?
「決まってるやろ! 『一緒に』戦うんや! それが《魔法騎士団》やろ?」
「一緒に……」
「おう。力を合わせてって奴だ。分かるだろ、団長さんよ」
あぁ、なんだ……簡単な事じゃないか……
アナスタシアの『精霊憑依』を見てから焦っていたのだ。
俺1人で強くならなければ、と。
でも、違うじゃないか。
俺には《魔法騎士団》の皆がいる。
ならば、力を合わせないでどうする。
力を合わせれば、きっとどんな敵でも倒せる。
そんな気がした。
いや、絶対そうだ。
俺はどうしてこんな馬鹿なことに気づけなかったのだろうか。
「わかったよ……力を合わせよう。皆の力が合わされば、どれほど強い敵でもきっと倒せる……」
「あぁ!」「うんうん!」
なんだかスッキリした。
俺には支えてくれる仲間がいるんだ。
きっと大丈夫。
突然、拠点と扉が開かれ、王国の魔法使いが息を荒らげて入ってきた。
もう始まったのか。
まったく、敵もせっかちだ。
「報告します……ッ! 王都の上空にて敵影を確認ッ! 《背理教会》マリー・グラフェスと思われますッ!」
「よし、2人とも、行こうッ!」
「「了解ッ!」」




