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見習い魔法剣士の英雄譚  作者: 清水 悠燈
魔法騎士団編
34/66

-劣情-

 徐々に《背理教会》の強襲は減少していき、ここしばらくは全くと言っていいほど無くなった。

 幹部のアルデバランも討伐し、今回の騒動の原因は同じく幹部のマナト・グラフェスだけだ。

 マナトはアルデバラン程の強敵ではない。

 ただ、出没しないせいで戦闘出来ていないのが現状だ。

 そんな状態の王国に一通の手紙が届いた。

 差出人は不明。

 内容は、

『フラム・レイズの身柄は預かった。彼女の命が惜しければ、ベルという少女を指定した場所に寄越せ』

 という物だった。

 俺は一目見た瞬間に、思わず吹き出してしまった。

 あのフラムが?

 王専属魔法使いにして、最強と名高い魔法使いのフラムが?

 そんな事あるはずがない。

 その場で大声で笑った俺を見て、王国のお偉いさん達はきつく睨んできた。

 怖いです。


「で、その内容が本当とは信じ難いんじゃが、念の為じゃ。《魔法騎士団》団長セナ・レイズ。お主にもベルを連れてこの場所へ行ってもらいたい」

「俺とベルがその手紙の差出人の所へ……?」

「そういうことじゃ」

「わ、わかりました、王の命令とあらば」

「頼りにしておるぞ」


 という訳で、俺とベルは招待不明の敵の指定した場所に行くことになった。

 ちなみにベルに拒否権は無かった。




 ───────────────────────




 また地下だった。

 何故かかなり明るい。

 あの手紙の差出人が《背理教会》の人間だとすれば、《背理教会》はかなりの地下好きなのかもしれない。

 モグラか、奴らは……

 ただ、前回と違うのは何の魔物も出ないという事だ。

 これがかなり気楽で良い。


「それにしても、魔力が何も見えない……何かそういう仕組みなのか……?」


 王の命令だから仕方なく来たが、左眼を失明している病人に任せる仕事ではない気がする。

 王の側近のクロエという魔法使いもかなりしんどそうだったし、王の近くでする仕事はかなりブラックかもしれない。

 ため息をつきながら慎重に進んでいく。

 すると突然、ずっと沈黙を守っていたベルがピクーンと跳ねた。


「セナ……血の臭いがする……ッ!」

「わかった……戦闘態勢」

「うん……」


 ベルは『魔法鎌ヴラド』を、俺は『魔法剣デュランダル』を取り出し、警戒態勢を取る。

 ベルの『血』に関する情報はとても信用性が高い。

 さすがはヴァンパイアだ。

 俺には少しも臭わない臭いを的確に嗅ぎ分けて進んでいく。


「この先の部屋から臭うよ……」

「い、犬みたいだな……」

「失礼だよ!? も、もうやらないもん……」


 ベルが頬を膨らませて抗議してくる。

 なんだこの可愛い生き物。

 と、敵がいるかもしれない場所でやる事ではなかった。


「とりあえず、侵入するぞ……ベルはバックアップしてくれ」

「了解……」


 ドカンッ!と扉を蹴り飛ばして部屋に侵入し、デュランダルを構える。

 部屋の中には何の気配も無く、魔法トラップも置かれていなかった。

 けれど……


「あぁ……君が僕のベルが愛する男か……それに、君から来てくれるとは思ってなかったよ、ベル……」

「誰だ……ッ!」


 背後から、高速で剣が振り下ろされてきた。

 寸のところでデュランダルが防ぐ。

 あっと少し遅ければ死んでいた。

 ギリギリセーフ。

 デュランダルで敵の剣を力ずくで弾き飛ばし、敵の顔を確認する。

 その顔は、明らかに子供の顔だった。


「僕を知らないのか……なら覚えておくといい。僕の名前はマナト・グラフェス。君の隣にいるベルを貰うためにここにいる」


 こいつが幹部!?

 だが、一撃を受けたから分かる。

 確かに彼の実力は幹部相当だ。

 だからといって、この年齢で人を殺させるなんて……


「安心してよ。僕はまだまだガキかもしれないけど、君よりは強いよ、セナ・レイズ」

「その発言、前にも聞いたよ……」


 似たような台詞をカルナから聞いた気がする。

 こいつがマナトだとするならば、魔眼使いだ。

 確か能力は『読心』。

 無心になれ、俺。

 考えずに感じて戦え。

 そうすれば勝てない相手ではない。


「ベル、行くぞ……ッ!」

「う、うん……ッ!」


 大体の戦い方はわかっているよな? と合図を送ったつもりなのだが、ベルの返事は曖昧な気がした。

 本当に大丈夫なのだろうか。

 いや、ベルも心配だが、今はこいつを倒さねば。

 ここにマナトがいるということは、フラムは本当に捕まっている可能性が高い。

 あのバケモノを止められるとは考えにくいが、相手は何をするかわかったものではない集団だ。

 よし、今から考えるのは無し。

 無心で戦う。


「……ッ!」

「まだ読めてるよ? それに……ベル、君は恐れているね……?」

「ダ、ダメッ! それは言ったら……ッ!」

「なるほど……君の弱みは……握ったよ」

「ゴチャゴチャうるせぇ……ッ!」


 出来るだけ無心で戦っているつもりだが、マナトはことごとく全てを防いだり回避したりしている。

 そして、気になる事も増えた。

 ベルは俺に何を隠している?

 弱みになるほどの何かをベルは抱えているのか……?

 ダメだ。

 今は考えている場合ではない。

 直後、俺の体が吹き飛んだ。


「なっ……ごふ……ッ!」

「僕の力が魔眼だけだと思っていたのか? 甘いな……こんな奴にエレナもアルデバランも負けたのか。ガッカリだよ……」

「なるほど……剣も魔法も、負けてないってことか……!」

「いや、違うよ」


 恐らく俺が吹き飛ばされたのは風系統魔法。

 マナトは俺と似た戦闘スタイルなのか。

 そしてまた、気づけば目の前にマナトがいた。

 速すぎる……ッ!


「僕の方が強い」

「ぐぁ……ッ!」


 マナトの持つ細剣が俺の腹をあっさりと貫いた。

 そこを中心に、身体中に痛みが駆け回る。

 何故だ……今までの痛みじゃない……?

 鈍く深く、ヌメっとした痛み。


「僕の『呪剣イザナミ』の固有性能は痛いだろう?」

「呪剣……?」

「その通り……僕の抱く劣情が強ければ強いほど力を増す……ッ! 僕は今、僕のベルが愛してやまない君に激しく嫉妬してる……ッ! ベルは僕のモノだッ! 僕が奪うと決めた……ッ! お前みたいな人間が、僕の邪魔をするなよ……虫唾が走るんだよ……ッ!」


 何を言うのかと思えば、自己中心的過ぎる。

 それに、ベルは俺のものではない。

 まして、マナトのものでも……ッ!


「う……おぉ……ッ!」

「まだ動けるのか……ッ! だけど……もういいや」

「……ッ!」

「お前には飽きた。お前なんかがいた所で、何も変わらない。ベルは僕のモノだ。お前なんかじゃ、取り返せやしない。だから、大人しくここで死ね」


 マナトの左眼が輝いた。

 しまった……魔眼……ッ!

 意識が急に身体から手放された。


「命令だ。ここで今すぐ自分の首を斬れ」


 たった一言。

 拒否権は無かった。

 抵抗しようにも、身体はもうマナトの支配下にある。

 また人の身体を……ッ!

 だが、今回こそ打開策が無い。

 口も動かせなければ、デュランダルを呼ぶことすら出来ない。


「や、やめて……ッ! あなたのモノになるから……ッ! だからセナを殺さないで……ッ!」

「ふーん……分かってくれた? 僕の方が強くて、君に相応しいんだって」

「分かった……分かったから早く……ッ!」

「仕方ないなぁ……なぁんて、言うと思った?」

「え……」

「ほら、死ねよセナ・レイズ」


 ズシャッ。

 人というのはこんなにも簡単に死ねるのか。

 視界がグルングルン回転する。

 宙を舞っている気分だ。

 まあ、当たり前か。


「嫌……嫌ァァァッ! セナァァァッ!」

「アハハ……アハハハハッ! 無様だよッ! 最高の最後を見せてくれたッ! さあ、ベル。行こうか」

「嫌だよォォッ! セナッ! セナァァァッ!」


 俺は首を跳ねられたんだから。

 そりゃ視界も回るし、意識も遠のく。

 そうか……俺……


 死んだんだ……

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