-劣情-
徐々に《背理教会》の強襲は減少していき、ここしばらくは全くと言っていいほど無くなった。
幹部のアルデバランも討伐し、今回の騒動の原因は同じく幹部のマナト・グラフェスだけだ。
マナトはアルデバラン程の強敵ではない。
ただ、出没しないせいで戦闘出来ていないのが現状だ。
そんな状態の王国に一通の手紙が届いた。
差出人は不明。
内容は、
『フラム・レイズの身柄は預かった。彼女の命が惜しければ、ベルという少女を指定した場所に寄越せ』
という物だった。
俺は一目見た瞬間に、思わず吹き出してしまった。
あのフラムが?
王専属魔法使いにして、最強と名高い魔法使いのフラムが?
そんな事あるはずがない。
その場で大声で笑った俺を見て、王国のお偉いさん達はきつく睨んできた。
怖いです。
「で、その内容が本当とは信じ難いんじゃが、念の為じゃ。《魔法騎士団》団長セナ・レイズ。お主にもベルを連れてこの場所へ行ってもらいたい」
「俺とベルがその手紙の差出人の所へ……?」
「そういうことじゃ」
「わ、わかりました、王の命令とあらば」
「頼りにしておるぞ」
という訳で、俺とベルは招待不明の敵の指定した場所に行くことになった。
ちなみにベルに拒否権は無かった。
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また地下だった。
何故かかなり明るい。
あの手紙の差出人が《背理教会》の人間だとすれば、《背理教会》はかなりの地下好きなのかもしれない。
モグラか、奴らは……
ただ、前回と違うのは何の魔物も出ないという事だ。
これがかなり気楽で良い。
「それにしても、魔力が何も見えない……何かそういう仕組みなのか……?」
王の命令だから仕方なく来たが、左眼を失明している病人に任せる仕事ではない気がする。
王の側近のクロエという魔法使いもかなりしんどそうだったし、王の近くでする仕事はかなりブラックかもしれない。
ため息をつきながら慎重に進んでいく。
すると突然、ずっと沈黙を守っていたベルがピクーンと跳ねた。
「セナ……血の臭いがする……ッ!」
「わかった……戦闘態勢」
「うん……」
ベルは『魔法鎌ヴラド』を、俺は『魔法剣デュランダル』を取り出し、警戒態勢を取る。
ベルの『血』に関する情報はとても信用性が高い。
さすがはヴァンパイアだ。
俺には少しも臭わない臭いを的確に嗅ぎ分けて進んでいく。
「この先の部屋から臭うよ……」
「い、犬みたいだな……」
「失礼だよ!? も、もうやらないもん……」
ベルが頬を膨らませて抗議してくる。
なんだこの可愛い生き物。
と、敵がいるかもしれない場所でやる事ではなかった。
「とりあえず、侵入するぞ……ベルはバックアップしてくれ」
「了解……」
ドカンッ!と扉を蹴り飛ばして部屋に侵入し、デュランダルを構える。
部屋の中には何の気配も無く、魔法トラップも置かれていなかった。
けれど……
「あぁ……君が僕のベルが愛する男か……それに、君から来てくれるとは思ってなかったよ、ベル……」
「誰だ……ッ!」
背後から、高速で剣が振り下ろされてきた。
寸のところでデュランダルが防ぐ。
あっと少し遅ければ死んでいた。
ギリギリセーフ。
デュランダルで敵の剣を力ずくで弾き飛ばし、敵の顔を確認する。
その顔は、明らかに子供の顔だった。
「僕を知らないのか……なら覚えておくといい。僕の名前はマナト・グラフェス。君の隣にいるベルを貰うためにここにいる」
こいつが幹部!?
だが、一撃を受けたから分かる。
確かに彼の実力は幹部相当だ。
だからといって、この年齢で人を殺させるなんて……
「安心してよ。僕はまだまだガキかもしれないけど、君よりは強いよ、セナ・レイズ」
「その発言、前にも聞いたよ……」
似たような台詞をカルナから聞いた気がする。
こいつがマナトだとするならば、魔眼使いだ。
確か能力は『読心』。
無心になれ、俺。
考えずに感じて戦え。
そうすれば勝てない相手ではない。
「ベル、行くぞ……ッ!」
「う、うん……ッ!」
大体の戦い方はわかっているよな? と合図を送ったつもりなのだが、ベルの返事は曖昧な気がした。
本当に大丈夫なのだろうか。
いや、ベルも心配だが、今はこいつを倒さねば。
ここにマナトがいるということは、フラムは本当に捕まっている可能性が高い。
あのバケモノを止められるとは考えにくいが、相手は何をするかわかったものではない集団だ。
よし、今から考えるのは無し。
無心で戦う。
「……ッ!」
「まだ読めてるよ? それに……ベル、君は恐れているね……?」
「ダ、ダメッ! それは言ったら……ッ!」
「なるほど……君の弱みは……握ったよ」
「ゴチャゴチャうるせぇ……ッ!」
出来るだけ無心で戦っているつもりだが、マナトはことごとく全てを防いだり回避したりしている。
そして、気になる事も増えた。
ベルは俺に何を隠している?
弱みになるほどの何かをベルは抱えているのか……?
ダメだ。
今は考えている場合ではない。
直後、俺の体が吹き飛んだ。
「なっ……ごふ……ッ!」
「僕の力が魔眼だけだと思っていたのか? 甘いな……こんな奴にエレナもアルデバランも負けたのか。ガッカリだよ……」
「なるほど……剣も魔法も、負けてないってことか……!」
「いや、違うよ」
恐らく俺が吹き飛ばされたのは風系統魔法。
マナトは俺と似た戦闘スタイルなのか。
そしてまた、気づけば目の前にマナトがいた。
速すぎる……ッ!
「僕の方が強い」
「ぐぁ……ッ!」
マナトの持つ細剣が俺の腹をあっさりと貫いた。
そこを中心に、身体中に痛みが駆け回る。
何故だ……今までの痛みじゃない……?
鈍く深く、ヌメっとした痛み。
「僕の『呪剣イザナミ』の固有性能は痛いだろう?」
「呪剣……?」
「その通り……僕の抱く劣情が強ければ強いほど力を増す……ッ! 僕は今、僕のベルが愛してやまない君に激しく嫉妬してる……ッ! ベルは僕のモノだッ! 僕が奪うと決めた……ッ! お前みたいな人間が、僕の邪魔をするなよ……虫唾が走るんだよ……ッ!」
何を言うのかと思えば、自己中心的過ぎる。
それに、ベルは俺のものではない。
まして、マナトのものでも……ッ!
「う……おぉ……ッ!」
「まだ動けるのか……ッ! だけど……もういいや」
「……ッ!」
「お前には飽きた。お前なんかがいた所で、何も変わらない。ベルは僕のモノだ。お前なんかじゃ、取り返せやしない。だから、大人しくここで死ね」
マナトの左眼が輝いた。
しまった……魔眼……ッ!
意識が急に身体から手放された。
「命令だ。ここで今すぐ自分の首を斬れ」
たった一言。
拒否権は無かった。
抵抗しようにも、身体はもうマナトの支配下にある。
また人の身体を……ッ!
だが、今回こそ打開策が無い。
口も動かせなければ、デュランダルを呼ぶことすら出来ない。
「や、やめて……ッ! あなたのモノになるから……ッ! だからセナを殺さないで……ッ!」
「ふーん……分かってくれた? 僕の方が強くて、君に相応しいんだって」
「分かった……分かったから早く……ッ!」
「仕方ないなぁ……なぁんて、言うと思った?」
「え……」
「ほら、死ねよセナ・レイズ」
ズシャッ。
人というのはこんなにも簡単に死ねるのか。
視界がグルングルン回転する。
宙を舞っている気分だ。
まあ、当たり前か。
「嫌……嫌ァァァッ! セナァァァッ!」
「アハハ……アハハハハッ! 無様だよッ! 最高の最後を見せてくれたッ! さあ、ベル。行こうか」
「嫌だよォォッ! セナッ! セナァァァッ!」
俺は首を跳ねられたんだから。
そりゃ視界も回るし、意識も遠のく。
そうか……俺……
死んだんだ……




