-心の闇-
こんなはずではなかった。
私はセナに命じられた通り、フラム様かティルさんを呼ぶだけでよかったはずなのだ。
それなのに、何なんだこれは。
「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!」
王都が再び火の海になっていた。
私の相棒である『魔法鎌ヴラド』を握り直す。
ヴァンパイア化は出来ていない。
素の私では実力は中の下程度。
到底目の前の敵には敵わない。
まだフラム様の所にも辿り着けていないというのに……
「降参したらどうかな。僕には勝てないよ、君じゃ」
「まだ……わからないよ……ッ!」
「諦めなよ。僕は君みたいな子、嫌いじゃないんだ」
目の前の少年。
恐らくまだ子供だ。
茶髪を短く整え、右目と左目で色が違う。
右目が赤で、左目が茶色。
セナのような特殊な目かもしれない。
そう何度も注意しているのだが、少年の握る細身の片手剣に全く歯が立たないのだ。
攻撃が当たりもしないのは、少年が予知系統の自己強化魔法の保護下にあるからだろう。
全く厄介な相手だ。
それに、こんな子供に行為を寄せられてもあまり嬉しくない。
「今度こそ当ててみせる……ッ!」
「無理だよ、君には」
「やあぁッ!」
左上から右下にかけての切り下ろし。
すかさず胴を狙った横薙ぎ払いでなら回避は難しいだろうか。
「それは左上から右下。次は右からの横一閃といったところかな」
「やっぱり……先読み……ッ!」
「正解。この右目の『魔眼』の力だよ」
「なるほど……理解したッ!」
「分かったところで対処できないよ」
私の攻撃を全て回避した少年が、右手の剣を軽くひと振りする。
サクッと軽い音がして、腹部の鎧とその下の服だけを綺麗に斬った。
マジックメタルがこんなに簡単に斬られるとは。
並の剣じゃない。
「んー! やっぱり綺麗な肌だね」
「ッ! ど、どこ見てるのッ!?」
「胸はちょっと少ないけど、顔もスタイルも完璧だ! どうかな、僕の物にならない?」
「胸……そんなもの……なるわけないでしょぉぉぉッ!」
「おわッ!? 今のは読めなかった! 危ない危ない」
子供のくせに生意気な。
何が胸だ。
胸なんて無くたって死にはしない!
あったら少しは良いこともあるかもしれないが……
いや、無いものを欲しがっても仕方が無い。
って、誰の胸が無いんだ。
この少年、ぶっ飛ばしてやろうか。
怒りの念を込めて少年を睨みつける。
「怖いな……そんなに胸を気にしてるの? 大丈夫だよ。胸の小さい女の子が好きな人も世の中にはたくさんいるから、ね?」
「敵に慰められても嬉しくないよッ!」
「あははッ! 気に入ったよ! ますます欲しくなってきた!」
「絶対にあなたの物にはならないからッ!」
「それはどうかなー?」
気づけば目の前に少年がいた。
全く見えなかった。
脅威的なスピードだ。
少年が私の顎を右手でクイッと上げる。
「僕の目を見て」
「やめてッ! やめ……て……って……ば……」
「ほら、落ちた」
「…………」
彼の目と私の目が合った瞬間、意識が一気に吸い取られていく。
少年の左目から目が離せない。
まさか左目も『魔眼』だったなんて……
やだ……やだよ……助けて……セナ……ッ!
私の願いは届くはずもなく、ただ意識の奥深くへ流されていく。
「ベルッ!? お前、ベルに何したッ!」
「ん、お仲間かな? 彼女、ベルっていうんだね……彼女は僕の物になったんだ」
「ベルを離せッ! じゃないとボクにも考えが───」
遠ざかる視界にステラの姿が見えた。
ダメだ。
その子と戦ってはいけない。
そう言いたかったのだが、私の喉は言うことを聞かない。
そのまま私の意識は、私の奥深いどこかへと閉じ込められた。
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目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。
キョロキョロと周りを見渡す。
何も無い部屋だ。
「目を覚ましたかい?」
「はい……」
目の前に突然現れた少年が言葉を放った瞬間、身体が勝手に動いて返事をしていた。
とても気持ち悪い感覚だ。
視界は自分の物なのに、身体は別の誰かの物。
私に残された感覚は視覚だけなのか……
他はあの少年の支配下にあると考えた方が良い。
「そういえば、名乗ってなかったね。僕は《背理教会》幹部の一人、マナト・グラフェス。以後お見知りおきを」
やっぱり幹部だったか。
どうりで年齢と釣り合わない実力を持つ訳だ。
目の前に敵がいるというのに動けない事が悔しい。
悔しくて悔しくて仕方が無い。
けれど、今の私では何も出来やしない。
どうしてだ。
どうして私はここまで無力なんだ。
フラム様やセナの助けが無ければ、敵の目の前で呆然とすることしか出来ないのか。
そんなのは戦士と呼ばない。
私が戦っている理由。
それは一体何だったのだろうか。
戦うと決めて、フラム様にヴラドを与えられた時、私は何を願ったのか。
思い出せない、何も。
「少し疲れただろう。しばらく休むといい」
「はい、ありがとうございます」
また口が勝手に言葉を紡ぐ。
私は一体……何がしたい……
もうそんなことすらも分からなくなってしまった。
セナ……セナに会いたい。
彼ならきっと助けてくれる。
彼といれば戦う意味も思い出せるかもしれない。
けれど……けれど……
『セナ様は私が貰いますから』
セナにはアナスタシアがいる。
二人の関係に、きっと私の居場所なんてない。
あの夜の事も……
この気持ちは私の奥深くに留めておくべきなのだ。
だけど、どうしてかこぼれてしまう。
セナに会いたい。
そんな気持ちが溢れてしまう。
恋だなんて、幸せなものか。
これは私を縛り付ける枷かもしれないのに。
もう考えるのも嫌になってきた。
このまま深い深い眠りについてもいいのではないか?
だってセナは助けに来ないだろうから。
「そろそろ解除しても大丈夫かな?」
「あぐ……ッ!」
ブチッと感じた事の無い痛みが全身を駆け巡った。
けれどすぐにそれが私の意識を沈めていた魔法の解除だったことに気づく。
腕も足も動かせる。
でも、とても抵抗する気になれなかった。
「ねぇ、君の心をここまで追い込んだ原因は何?」
「え……?」
「君の心は深く傷付いている。その原因を聞いているんだ。あるでしょ?」
「そんなもの……私は……」
本当は気づいている。
マナトは人の心を覗くことが出来るのだろう。
攻撃の先読みも、この恩恵だ。
記憶を読める程の力なら、私が今嘘を吐いても簡単にバレてしまう。
無駄なんだ、何もかも。
「諦めないでいい。言ったはずだよ? 僕は君が気に入ったって」
「ど、どういうこと……?」
「簡単なことだよ。僕が君の心の傷の原因を無くしてあげよう。なに、少し手を貸すだけだよ」
「手を……貸す……?」
「そうさ! 君の心を傷つけるあの少女を消そうじゃないかッ!」
「アナを……消す……?」
マナトが何を言っているのかよく分からない。
敵の私に手を貸す?
それでアナスタシアを消す?
分からない。
でも、アナスタシアがいなくなれば、セナは私のものに出来るのではないか?
セナが私のものに……
「"その目を閉じよ"」
ビクッと身体を震わせる。
意識はある。
けれど、心から闇が溢れて止まらない。
恐らくは精神干渉魔法だろう。
もう自分で自分が抑えられない。
「セナは私が貰う……だから、アナスタシアには消えてもらわなきゃ……消さなきゃ、私の手で……」




