3. 自動車事故って、どういうこと?
手直ししながら第3話を投稿。
次は早めに投稿したいと思っています。
バスを降りたとき、わたしはすっかり疲れてた。
振り返ると、荒れた岩山のところどころに葡萄畑が見える。斜面を利用して栽培しているみたい…近くの枝には、まだ小さく青い葡萄の房が見え隠れしている。
平和な風景、よね。
停留所の後ろに見えた雑貨屋に入って、冷たいお水がないかたずねてみよう…空気が乾燥してて体中が乾いた感じがするわ。
「こんにちは。あの…アックア・ミネラーレ(ミネラル・ウォーター)あります?炭酸抜きがいいんだけど…」
「あるわよ。ちょっと待ってて、すぐ飲むの?お嬢さん」
「そうなの。もうのどがカラカラで…」
真理亜の口ぶりが面白かったのか、タバコとバスの切符の他にもなんでも売っている、という雑貨屋のおかみは、笑って大きな冷蔵庫を開けた。
「そりゃあ、大変だわ!大急ぎで飲まなきゃね!」
親切に大ぶりのグラスまで貸してくれて、礼もそこそこに真理亜は一息に飲み干した。
「ああ、生き返った!」
「いい飲みっぷりだこと!それにしても、ここらじゃ見ない顔だねぇ。学生さん?観光客でもなさそうだし」
「学生よ、高校の。親戚の伯父さんちに来たの」
「へーえ、お嬢さんみたいな娘さんだったら、伯父さんも鼻が高いだろうねえ。可愛がってもらってるんだろ?」
「それが、一度も会ったことがなくって。遠くに住んでるもんだから、会うのは初めてなの。実は家の場所も良く分からなくって…アルベルト・ティツィアーニ、って人なんだけど、おばさん、知ってる?」
にわかに、おかみの顔が曇った。
「アルベルト・ティツィアーニ…って、それじゃ…お嬢さんの父親は、あのアントニオさん?東洋人と結婚した?」
「おばさん、パパを知ってるの?」
知ってるもなにも、とおかみは続けた。
「あのくせっ毛の、やんちゃ坊主!小さい頃はそりゃあ悪ガキで、近所のガキどもとしょっちゅう悪さしてましたよ!そうかい、あのアントニオさんの…わたしも歳をとるもんだ。でも…アルベルトさまは…伯父さんは、残念でしたねぇ…」
懐かしそうに遠い目をしたおかみの、最後の言葉に真理亜は不吉なものを感じた。
「あの…伯父さんが残念だったって…何かあったんですか?」
言おうか、言うまいか、と迷っているようだったが、おかみは、
「いずれわかることだから…」
と、衝撃的な事実を告げた。
「シニョール・ティツィアーニは亡くなったんですよ。もう二ヶ月にもなるかねえ…シニョールだけじゃあない。奥さまのシニョーラ・アマリアも、ひとり息子のステファノさんも…自動車事故でね、海に落ちたんです」
「うそ…」
あまりのことに、真理亜は言葉を失った。
「嘘なもんですか。テレザ大奥さまが頑として許さなかったから、まだ正式なお葬式はしてないんですけどね…それでも、遺体のあがったご夫婦の棺だけは、この前神父さまが説得されて…ご家族だけで敷地内の墓所に納めたってことらしいの。ステファノさんの遺体は、とうとう見つからなかったって…大奥さまにしてみりゃあ、信じたくないんでしょうけどねえ…お気の毒に、お身体を悪くなさって。この頃では寝たり起きたり、まったくのご病人になってしまわれて…以前はあんなにお元気でいらしたのに」
ひざが、がくがくと震える。へなへなとその場に座り込んだ真理亜を、おかみは慰めた。
「お可哀そうにねえ…折角はるばる東洋からいらしたってのに…」
その言葉で、真理亜ははっと気がついた。
「おばさん!パパを見なかった?わたしのパパとマンマ。わたしより先に、こっちに来てるはずなの」
「アントニオさんが?…いいや、見ませんでしたよ。そうですか、アントニオさんが…でも、おかしいねえ、それなら注文が増えそうなものだけど。うちはお屋敷に食材を納めていますんでね。確かここしばらくは、注文に変わりはなかったと思いましたがねえ」
やっぱり変だ、何かが起きてるんだわ、と真理亜は思った。
「おばさん、お屋敷って、どこ?わたし行ってみる!テレザ大伯母さまのお見舞いもしたいし…」
「ちょっとお待ちになって。もうすぐうちの息子が畑から帰ってくるから、車で送らせますよ。その荷物じゃ、あの坂はきついですからね」
そう言われておかみの指差す方角を見てみると、小高い丘の上に、葡萄畑に囲まれた赤茶色の館が見えた。
ちょっと待って。あれって…まるで中世のお城じゃない!
「あ…伯父さんちって、あのお屋敷?」
「そうですよ」
真理亜の想像をはるかに超える館が、どっしりとふもとを見下ろしている。
「もとは貴族の別荘だったのを、先々代が買い取って手を入れなさったものです」
聞くと、このあたりの葡萄はほとんどがワイン作りに使われて、出来上がったものは、ティツィアーニ家が良い値で買い取ってくれるということだった。
大会社の社長だというのに、村人といつも気安く話をしたり、収穫祭には世話役を買って出たりして、一家はみんなに愛されていた。
「だからご一家のお葬式には、みんなが行きたかったんですよ…最期のお別れを言いに、ね。でも、大奥さまのお気持ちを考えると…まだ後継者も決まっていないですしねえ。アントニオさんは、跡継ぎの話で来たわけじゃ?」
「そういう話じゃなかったと思うわ。大伯母さまのお見舞いに行くって、家を出たんだもの。そうでなきゃ…」
真理亜は、やはり二人は、何か途方もないことに巻き込まれてしまったのではないか、と考えた。
『わたしもヴィーも、伯父さん一家が亡くなったなんて知らなかったし、もしかしてパパたちも知らなかったんじゃないかしら』
物思いに沈んでしまった真理亜に話しかけることもせず、おかみはそっとしておいてくれた。
店の裏手から物音が聞こえた。どうやら息子が帰ってきたらしい。
おかみが奥に消え、しばらく話し声がしていたが、ふたたびおかみが出てきて言った。
「息子に話しておきましたから、車に乗ってくださいな。ええと、そういえば…お名前は?」
「真理亜です。マリア・サクラダ」
「そう、シニョリーナ・マリア。じゃあ荷物を持って…気を落とさずにね」
お読みいただきまして、ありがとうございます。