2.いざ、シチリアへ!
1話が読みにくかったので、改行その他をその内変えようと思っています。
それでもまだ読みにくかったら、また考えます。
「あんの、バカーッ!」
真理亜が出かけたきっかり二時間後、寝不足の顔で、乱れた黒髪の美形は、吠えた。
近所の犬たちが、怯えたようにつられて吠えた。
「この、大馬鹿野郎っ!」
そのまたきっかり二時間後、東京の下町の純和風の家の畳の部屋で、きっちり白髪頭を五分に刈り込んだ、小柄な老人に怒鳴られている男がいた。
『政さん』こと、市谷政男である。
百八十五㎝の大柄な身体をひたすら小さくして、嵐が過ぎるのを待っている。
「あの真理亜の前でそんな話なんぞした日にゃあ、そのまんまで済みゃあしねぇってことぐらい、分かってるだろうがっっ!」
怒鳴っているのは桜田大造、真理亜の祖父である。
「申し訳ありませんっっ!」
頭を畳に擦り付けて、ひたすら謝るしかない。
昨日はチリエージェを出た後に、この同じ場所でこの老人の娘夫婦の『失踪』の話をしたのだ。孫息子が出発するという話とともに。
だが…フタを開けてみると、孫娘が、行ってしまったのだ。
「ヴィットリオが行くってぇならまだマシだ。だが、真理亜が一人でなんて、冗談じゃねえ!…よし、こうなったら、俺が行く!」
「申し訳ありま…え?ええっ!」
ふんっ!と、鼻息も荒く大造は決めた。
こうなると、もう誰にも止められない。政は密かにため息をついた。
「おやっさん…俺も行きます。真理亜嬢ちゃんを行かせちまったのは、俺の責任です」
言葉も通じない外国に大恩人を一人で行かせることは、この男にはできない。
「ヴィットリオさんは身動きできませんから、俺の方ですぐに切符とホテルの手配をしますが…おやっさん、パスポートはお持ちで?」
「忘れたのかぃ?三年前に町内会で、韓国に焼肉食いに行ったじゃねぇか!」
「あ、そうでした。それじゃ、旅仕度だけしてください。手配が出来次第、お迎えにあがりますんで」
うむ、と大造はうなずいた。
「…真理亜、百合子、待ってろよ。俺が必ず助けてやる!」
大事な娘の夫であるアントニオの名前などは、ちっとも出てこない男であった。
そうして真理亜よりも一日遅れて、男二人は機上の人になった。
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シチリアは地中海最大の島、なんだって。地図の上じゃあ、ブーツのつま先で蹴飛ばされそうな位置ね。ヴィーの目を盗んで、昨日のうちに『シチリア特集』の載ってる旅行ガイド本を買っといてよかったわ。
『シチリア島は、古くはギリシャとカルタゴ、ローマなどの間で争われ、またイスラムやノルマン人の支配を経て、1860年にイタリア王国へ統合され、現在はイタリア共和国である』
ふんふん。二千年ほどの間に色々な国や文化が、かなり強引なかたちで島を訪れた、ってことね。結構ヘヴィーな歴史じゃん。
パレルモからの交通機関は、っと。
空港から鉄道と高速バスがあるみたい。でもトラーパニで降りたほうがいいのか、マルサラまで行った方が村に近いのか、よく分かんないな。空港に観光案内所とか、あるかなぁ。
こういうときは、日本がどんなに便利に出来てるか、良く分かる。
まあ、行ってみたら分かるでしょ。とりあえず今は寝とこう。今朝は早かったし…
ふあ~ぁ、あくびがでちゃう…
ちょっとわたしにはエコノミー席は狭いかも…でも、無駄遣いはできないからなぁ…
『当機はまもなく・・・』
なに、なんか言った?
ああ、機内アナウンスだったのね。ちょっとだけ眠れたみたい。
うーん、座ったまま伸びをするのって、腕しか伸びた気がしない。降りたら屈伸しなくちゃ。足、むくんじゃった。
ローマで乗り継いで一時間とちょっと、やっとパレルモ空港だぁ…これで飛行機から解放される。
濃い~いおじさんばっかり乗ってた飛行機にさようなら、ってカンジ。
天気も上々!
パパの故郷って、こんな匂いがするんだ。
「あ、いい風…」
ぐるっと海で囲まれてても、日本よりはずっと乾燥してるみたい。八月にしてはそんなに暑くない気がする…あ、でも陽射しは眩しいぞ、日焼け止めを持ってきたのは正解ね。
「さて、と…案内所は、っと。あっちね」
えーっと、まずユーロを十分に両替して、地図を買って、駅の案内所でもっと詳しく尋ねて、目的地までの交通手段を確認する。こんなとこかな?
「マルサラならトラーパニ回りだね。マルサラ行きはあと二十分ほど後だよ、お嬢さん。どこまで行くんだい?」
シチリアは初めてだというと、気の良さそうな係員のおじさんが聞いてきた。
「親戚の家がマルサラの近くにあるんです。この村なんですけど、マルサラで電車を降りたら、その先は路線バスとかありますか?」
「そうだね、時間までは分からないけど、バスはあるよ。ただ、停留所から結構歩くかもしれないねえ。迎えは来ないのかい?」
「一人で行って、びっくりさせたいの」
「そうかい。まあ、シニョリーナは言葉が出来るから…近くの人によく聞いて、道を間違えないようにね。バスの切符は乗る前に買うんだよ。気をつけて、特に、男には気をつけて行きなさい」
日本から一人で来たと言うと、一緒に地図を覗き込んでくれた親切な係員のおじさん。ありがとうを言うとき、ついお辞儀がでちゃった。
習慣なのよね、やっぱり。おじさん、笑ってたもん。
早く切符売場に行こう。あと十分ほどしかない。
イタリアの駅って、改札口はないのよね。ホームに設置された打刻機で、切符に日付を打刻する、なーんて、本で見たとおりだけど、使い方まで丁寧に教えてくれて…あのおじさんに感謝、だわ。
でも面白―い!こっちの人が日本に来たら、自動改札機から切符が出てくるのを面白がるのかなぁ?すっごいカルチャーショックだったりして。
「ほんとに、ところ変われば、ってカンジ。聞かなきゃ全然分かんなかったわ」
お辞儀と一緒で、独り言は自然と日本語が出てきちゃう。
あ、知らないおばさんに振り返られちゃった。気をつけなきゃ…これじゃあわたし、不審人物になっちゃうわ。
う、それにしても荷物が重い。乗車口の段差がきついわー!
さあ、ここからは居眠りは出来ないわよ!わたしは一人旅で、ここは日本じゃない。ぼんやりしてたら、荷物が消えちゃうことだってあるんだから!
あ、窓側に座れそう。でも荷物を持ったままなら通路側よね。重くて、棚に上げらんないもの。
はー、座ると落ち着くなんて、オバさんみたい…汗かいちゃった。
あ、出発だ。
パレルモ市街とは逆方向に進むんだもんね、湾の向こうには…ジンガロ自然公園のある半島が見える。
みんなと一緒に、来たかったな…やだ、涙出そうじゃん。感傷的になるのは、まだ早いわよ!
ここは一発、シチリアの地図でも見て、これからのことを考えよう。
なんせ表記は全部イタリア語だもんねー、会話は出来ても読み書きは自信ないし…しっかり見て覚えておかなくっちゃ、地名はちょっとやばいかも。案内板とか見慣れてないし…うっかり見落として、わけわかんないとこにいっちゃったら話になんない。
ちょっと待って。わたしったら、もう来たことを後悔してるの?
少し、そんな気分かも。ここにヴィー兄がいたらな、って思うもん。
それでも、不安でいっぱいのまま一人で待つのは、我慢できないわ!
がんばれ、わたし!がんばれ、真理亜!
マルサラはもうすぐよ!
読んで頂きまして、ありがとうございます。