女神様の願い
「ふーん、それであんな公園のど真ん中で倒れてたのか」
ウアルフェにこれまでの経緯の説明を受けながら、最初にルキエナにあったときの姿を思い出す。
「そういえばあの時『もうどうでもいいよ』とか言ってたけどあれってその無気力の瞳とかいう宝玉に気力を奪われてたから?」
「お恥ずかしい話ですが、その通りです」
「うーん、でもあの時、公園に宝玉なんて落ちてたか? まあ日も沈んで外も暗かったから何とも言えないけど」
顎に左手を当てて恭一が記憶を探る。
「で? これからその宝玉を探しに行くのか? もう外も暗いし、明日にしたほうがいいんじゃないか? あーでも神様なんだからその力使えば、すぐ見つかるか?」
恭一が尋ねると、ウアルフェが首を左右に振る。
「基本的に異世界の神は自分の管轄外の世界では、神力に制限がかかって大幅に弱められてしまうのじゃ、特にこちらの世界にある存在に対しては神力の行使すらできん。まあそうしておかんと、異世界の神が神力を使って侵略してくる可能性があるからのう。<世界の防衛システム>という感じかのう?」
「でもさ、そんな状況で宝玉を回収するつもりだったんだ?」
「ああ、あの宝玉は元々ワシらの世界のものじゃから神力を行使できんじゃ。それで宝玉の力を抑えてから回収しようとしたんじゃが 宝玉の力からルキエナを守っておった防御術が防衛システムに引っかかったようじゃな」
「はい、いつの間にか効果が減衰していてその隙をつかれて気力を奪われてしまったんです。」
「え?じゃあ宝玉を見つけてもまた気力を奪われるんじゃないか?」
「ふむ、一度力を抑えこんでおるし、隙をついたとはいえ女神であるルキエナに力を使ったのなら相当に宝玉の力は弱まっているはずじゃ。しばらくは猶予がある。それに防衛システムにも抜け道のようなものがあるにはあるからな」
「おお、それはどんな方法だ?」
恭一の質問にウアルフェが得意気に説明する。
「うむ、一つはこちらの世界を管理しておる神に交渉して神力の制限を解除してもらう方法じゃな。まあ今回はイーゼリアの厄介事がこちらの世界に舞い込んできた形じゃからな。交渉すれば、この街、宝天市じゃったかな? 宝天市内で宝玉の回収、及びそれによってもたらされた悪影響の解決、という範囲なら向こうさんも解除してくれるじゃろう。まあそれでも何度か打ち合わせをせねばならんから、ちと時間がかかるな。まあ地球の管理神とは時々会ってお茶したりする仲じゃからな。すんなり解除してくれるじゃろう。」
ウアルフェが自慢げに胸を張りながら両手を腰に当ててうなづいている。
それを恭一がジト目で見る。
「え? 茶飲み友達? じゃあもしかしてこっちの神様もロリ女神とか?」
恭一が冗談まじりに言うとウアルフェの顔色が変わった。
「バカモノ! 滅多なことを言うでない! バチを当てられてしまうぞ!?」
ウアルフェがあまりに真剣に言ってくるので、内心当たっているのかと思いつつ、
「ああ、悪い。気をつける」
と恭一は素直に謝った。
「やれやれ、相手は神なのじゃぞ? 聞かれておったらどうする? これから彼の神との交渉が控えておるのじゃ、機嫌良くいてもらわねば困る。お主もこの世界で長生きしたかったら二度とそのようなこと口にするでないぞ?」
「お、おお分かった」
ウアルフェの警告を恭一は内心ビビリながら承知する。
「まあ良い、それよりもうひとつの方法について話そう。その方法とはこちらの世界の人間をワシら異世界の神との間に縁をつくるという方法じゃ」
「縁?」
「うむ、まあ、具体的に言えば、地球の人間がワシら異世界の神を正しく認識してワシらに対して供物や祈りを捧げられて、それに報いて、ご利益や加護を与えるということじゃ。これに関しては防衛システムには掛からぬ」
「なるほど」
恭一がうなづきながら聞いていると、ウアルフェの恭一を見る目つきが少し変わったのを感じた。
「ところでのう、実はワシらが加護を与える条件を満たしておる人間が居るのじゃが」
「ふーんそんな奴が……そいつはどこに?」
恭一が尋ねると、ウアルフェはじっと恭一を見つめている。
「……」
ルキエナも恭一を見つめている。
「お、おい、それってまさか!?」
「うむ、恭一、お主じゃ。お主はルキエナに夕餉を馳走しておる。それから風呂場という禊場も貸したのう? これらは供物に当たる」
「マ、マジで?」
「それでのう、恭一」
ウアルフェが恭一を上目遣いで見つめてくる。非常に可愛らしいが嫌な予感しかしない。
「宝玉の回収を手伝――」
「だー! 皆まで言うな! やっぱりそうきたか! どうせ加護で守ってやるからお前が宝玉取ってこいとかそういうことだろ!?」
「なんじゃ、物分りが良いな。そういうことじゃ」
「『そういうことじゃ』じゃねえ!」
どうにか断ろうと恭一は必死に言い訳を考える。
「神様ですらやられちまうんだろう?俺みたいな一般人じゃ無理だって!」
「いや、お主、公園でキューブを拾ったときワシとすぐに交信できたじゃろう? 実はあれ自体がかなり稀なことじゃ。お主常人より神力に対して親和性が高いぞ。もしかして先祖か何かが神官をやっとったんじゃないか?」
「まあ……親父の方の血筋が田舎の方で代々神社の神主やってた家系らしいけど」
「うむ、それなら加護も強くかかるし適性バッチリじゃな!」
ウアルフェが両腕を前に組んでしきりにうなずく。
恭一はそれでもどうにか断ろうと更に頭をフル回転させる。
「でも、こっちの神様と交渉がうまく行けば神力だって使えるようになるんだろう? だったらそれまでまてばいいだけの話じゃないのか?」
「もちろん交渉はする。しかしそうしとる間にも事態が悪くなる可能性もある。ましてや交渉が長引いて手遅れになることも考えられるし、こちらからも動けるようにしておきたいんじゃ」
「恭一さん……」
ルキエナが恭一に縋るような目を向けてくる。
「恭一……」
ウアルフェが縋るような目を向けてくる。(但し上目遣いで若干あざとい)
二人の女神に見つめられて恭一はうなだれてため息をつく。
「はあ……面倒なことになってきたぞ」
と小さく呟いた後、
「わーかったよ。やればいいんだろ?」
恭一は渋々承諾した。
「恭一さん!! ありがとうございます!」
ルキエナが嬉しそうに抱きついてくる。
「ちょっルキエナ!?」
どうにか恭一は受け止める。
押し付けられる胸の感覚に照れながらルキエナの背中に手を回すべきか迷っている。
その様子をみてウアルフェがニヤニヤしながら声をかける。
「フフフ、意外と純情じゃな。まあ良い。ワシはワシでこちらの神との交渉に入るからお主らはお主らで動いておくのじゃ。ああ恭一よ、お主はワシらの加護を受ける事になるが、反対に神罰の対象にもなる。あまりワシのことを幼女だロリだ言っておると……わかっておるな?」
笑顔のままのウアルフェから底知れぬ威圧感が伝わってくる。
「はい! わかっておりますとも! ウアルフェ様!」
あまりの恐怖に恭一は敬語で敬礼した。
それを見てウアルフェが満足そうにうなずく。
「うむ、良い返事じゃ。それでは交信を切るぞ。二人共頑張るんじゃぞ」
キューブから光が消え、投影されていたウアルフェも姿を消した。
「フウ、最後の方のウアルフェの迫力、すごかったな」
恭一は気が抜けたようにテーブルに突っ伏した。
「もう! あまりあの方に失礼なこと言わないでくださいね? 私の上司ですしとても偉い方なんですから」
ルキエナが恭一に呆れた眼を向ける。
「悪かったって、気をつけるよ。それにしても宝玉の回収か、うまくいくかな?」
「きっと大丈夫ですよ。私も協力しますし」
「根拠のない自信だなあ、逆に不安になるぞ」
「根拠ならありますよ! 私これでも女神なんですから!」
ルキエナが誇らしげに胸を張った。
その姿に恭一がジト目を向けて言う。
「女神ねえ、その割に公園で倒れてたんですが?」
「あう、恭一さんが意地悪です」
ルキエナが口を尖らせて拗ねる。
「アハハ、冗談だって」
恭一はルキエナのその姿がかわいくて笑ってしまう。
そのあと二人はリビングでテレビを見て過ごした。
「そういえば、ルキエナってこっちの世界の知識ってあるのか?」
恭一が情報バラエティー番組を見ながら疑問を口にする。
「ええ、こちらに来る前にだいたいの知識は入れてきました。でも宝玉を回収したらすぐにイーゼリアに戻るつもりでしたし、知識として覚えているだけというのがほとんどですね。このテレビという箱も今日初めて見ました。」
「ふーん、そっか。じゃあこっちの常識もある程度は理解してるってことか?」
「そうですね。ある程度、でしたら」
ルキエナが自信なさそうに答えた。
恭一がふと時計を見る。
「お、こんな時間かそろそろ寝るか。明日は宝玉探しだろうし、体力温存のためにも早く寝た方がいいだろう」
「わかりました」
「それじゃルキエナが寝る場所に案内するからついてきて。お袋の部屋使ってもらうから」
恭一がルキエナを寝室に案内する。
寝室の前に来たところで不意に疑問が湧いた。
「というか神様って寝る必要あるのか?」
「基本的には睡眠は取らなくても問題ないのですが、まだこちらの世界に認められていない状態で顕現しているので睡眠状態になることで神力の消費を抑えられますね」
「そっか、じゃあどうぞ」
恭一が寝室のドアを開ける。
「とりあえずここで寝てくれ」
「わあ、素敵なお部屋ですね」
ルキエナが興味深そうに寝室を見回す。
「ああ、遠慮なく使ってくれ。じゃあおれは自分の部屋で寝るから。おやすみ」
「あ、待ってください恭一さん」
自室に向かおうとした恭一をルキエナが呼び止めた。
「ん? どうした?」
恭一が振り返る。
「本当に、今日はありがとうございました。宝玉の回収を手伝って下さるなんて感謝しきれません。明日からもよろしくお願いします」
ルキエナが恭一の手を両手で握って、間近で恭一の顔を見つめてくる。
「お、応」
恭一は顔を赤らめながらもどうにか答える。
「それじゃあ、おやすみなさい恭一さん」
「ああ、おやすみ」
ルキエナが寝室に入りドアを閉めた。
恭一は頬を赤くしながら自室に戻り、ベッドに入ったが、至近距離でみたルキエなの顔が頭から離れず、なかなか寝付けなかった。
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