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第8話・激突する使徒と使徒

野戦陣地でドラグーンを中座させてタキは地面に降り、作戦会議をするとして呼ばれていたテントに向かっていた所、



「軍曹、これを見てくれ」


ラインヤード少佐の使いと言った、イダンクイユ中尉とやらが書類を見せて来た。



反射的に受け取ってしまう。




火力 S

機動 S

精密性 A

運搬 A

治療 A

通話 B

索敵 B

容量 S


生体魔導兵器適性 S


特記

【極めて高い性能の魔力防壁顕現を確認。

火炎、衝撃、範囲高熱攻撃を好む傾向あり、魔力投射攻撃の連続発動に優れる】





(・・・生体兵器乗り?こんな風に細かく表させられるのか?)

にしてもバランスよさげだなーと、タキはふと思った。




「もしかして、これは・・・今から戦う相手・・・という事でしょうか?」



「極秘だ、君が見たのを私は黙っている。そのつもりで」


いきなり何て物を見せやがると、タキは無言になった。



それをどう感じたのかイダンクイユは続ける。


「そうだ、とてつもない相手だ、ただしこのデータはあくまで参考に留めて欲しい、4年は前の物だ、能力の向上や発展は高い可能性であり得る。

それに帝国の数値をミトラウス式に直して表している、ズレも有るだろう」



「4年前ですか」



イダンクイユは重々しく頷く。



その前に、タキは色々聞きたい事があるのだが聞いていいのか迷っていた。



わざわざ作戦会議の前に見せてくれたのだから、重要なやり取りなのだろう。


そうでないといけないはずだ。極秘の何かなのだ。



タキがしかめ面になった事で、イダンクイユは充分に深刻さが伝わっていると思ったのだが、まずタキはこれがどの位の物なのかさっぱりなのである。



ベテランの生体兵器乗りなら、相手の詳細査定を見ると勝ち負けから、被害の度合い、目的を達するのにどの位の戦力が必要になるかまで勘と経験から弾き出すのだが。


タキはまだそこに居ない。


この世界の平均的な生体兵器の操縦士の【威力】を把握出来る程の知識がなく、数値から想像出来る程の経験値もない。



以前、ほんの少し聞かされただけである。



だいたい自分の細かいデータも見せてもらってないのに、他人のデータを見せられて深刻ぶられても困る。




「・・・中尉殿」


「・・・どうした?」




「・・・これは・・・強い奴の数値で・・・よろしいのでしょうか?」



「・・・」



イダンクイユはそこで初めてタキが詳細査定に詳しくない事を知って、(ついでに自身の詳細査定も知らされていない事も知って)

手短に説明するべく慌てた。





タキも、加護持ちが来るのだとようやく理解して、周囲の物々しさと歩兵達の死にそうな顔に納得した。












「中尉、本当にこの軍曹を使うんですか?」


「・・・詳細査定は教えてもらえるんですよね?」




タキがイダンクイユ中尉に伴われテントに入ると、歩兵部隊の指揮官、副官。

そしてドラグーンに乗る操縦士達が地図を前に、待っていた。


全員がごつい面構えの中年だった。



空気が硬い、何で若過ぎるタキがここに居るのかと眉をしかめられている感じだ。



合計で9名の強面の男に待ち構えられた形、

タキはおっかない少佐よりは多少はましかな、等と失礼な思考で緊張を誤魔化す。



相対するのではなく、共闘する味方なのだからこの場合は、強そうなのはむしろ嬉しく思えてくる。



ほんの少しだが顔見知りも居るのだ。



一人は資源調達の際の上官、レェッケルン少尉。



同じく資源調達の別部隊から横滑りしてきたピオメンテ曹長。


前者とはそこそこ接しており、後者とは同じ資源調達部隊からと言う事で挨拶位は済ませてある。


とりあえず知っている人が居るのは精神的に楽だ。



苦い顔をしながら、値踏みをするような目を向けて来るのは初顔合わせになる残りの7名。



その中から先の質問が上がったのは、タキが作戦会議が始まってもテントを出ていかず、中央から来た中尉の従者ではないのがはっきりしてからだった。



「貴族のご子息に戦歴をつけさせたいと言うなら別でやってほしい、守りきる自信はない」



「レェッケルン、このガキ使えんのか?」


「それほど酷くはない、しかし相手がな・・・軍曹、病気は持っていないのか」



冷たい目、迷惑そうな顔と共に、次々に意見が上がって来るのをタキは冷静に見ていた。


(こいつら全員、使えるな)


若すぎる戦士、しかも厄介な任務に投入である。


世間ずれしていればまず何かしらの事情、コネの存在を予想する。



なのに誰もタキにへらへらとはすり寄ってこないのだ、修羅場での結果にしか興味がない連中なのがここで確定。


加えて歩兵部隊の指揮官であるゴッツ大尉の言葉と来たら無表情、無感情に

「魔導騎兵の編成、運用は受領した命令書通り中尉にお任せしますが、中央から来ても死ぬ時は死にますよ?」



と、中央から参謀本部の命令書を持ち派遣されて来たイダンクイユを脅す始末。



(こいつらやりなれてんなー)

というのがタキの感想だ。


前の人生で知り合った、敵にしちゃダメーな人達と目付き顔付き喋り口がそっくりなのである。


誰だろうが邪魔者は排除して、やれる事を出来る連中だけで事にかかろうとするこの態度。



仕事をお願いするには悪くないタイプだ。


(初の【本命】が相手だからな・・・強そうな奴が周りにいてくれんなら大歓迎よ)


ミトラウスにとって良いかどうかはタキには関係ない、今回の人生において片付けるべき仕事が一つ、向こうからやって来てくれるのだ。



自分が戦う事なく、帝国の加護持ちが死んでしまえば万々歳だった。





上官も含む猛者達に突き上げられる事になったイダンクイユだが、貴族階級の若手とは言え、鍛えられていない人間ではない。

加えて今回の任務に限り、彼は特佐権限を預かっている。


涼しい顔で命令書をいくつか取り出し机に並べながら口を開いた。


「タキ軍曹の参加は決定されている事だ、参謀本部は彼の能力に不足はない物と判断している。

査定は明かせない、しかし諸君らに比べ劣る物ではない事は保証しよう」



そこで言葉を止め、一枚の命令書を手に話を再開した。


「今回の任務

クベルツィネー・バルベラーニ・・・この対象を殺害する事なく帰還させてくれ」



ベテラン達は激怒し、タキは顔をしかめた。



「いつものやり方と思うんだが、わざわざそう言うって事はいつも以上に一方的にやられてこいって事か?中尉殿」


「棒立ちにでもなってろ、ってのか?」



既に喧嘩腰の反発にもイダンクイユは狼狽えない。


「高度な政治的判断と影響から、参謀本部が決定した。

ゴッツ大尉、よろしくお願いいたします。

レェッケルン少尉、よろしく頼む」



冗談ではないとなおも言い募ろうとする彼らの中から


「ではせめて、歩兵は下げておいてくれませんか?」



タキはそう口にした。



お偉いさんの命令ならばこの場は諦めるしかない、せめてやりやすいようにさせて貰おうとの考えだ。









「軍曹・・・歩兵部隊の指揮官は俺なんだが?」


特佐権限のイダンクイユを除いては、歩兵部隊の長であり、この中で最高階級のゴッツはこめかみをひくつかせた。



「歩兵では生体兵器の火力に抵抗しきれません、失礼ですが大尉には死んで欲しくない」


「貴族の小僧が・・・てめえが俺の生き死にを決めるってのか」


イダンクイユ中尉がゴッツ大尉を宥めつつ押し止めた。


「タキ軍曹、もしもの時の囮に必要だぞ?」


「ゴッツ大尉に死んで頂く必要は有りません、お任せ下さい」


「・・・君の意見は参考にしよう、しかし作戦は所定の物に従ってもらう。

ゴッツ大尉、歩兵は後方に配置してもらえますか」



「参謀本部はこのガキの言いなりですか――――中尉殿?」



「何の話か分かりかねます、こちらの命令書にあるように【対象を殺害する事なく帰還させるのに最適と思える手段の適時運用】の話です。

よろしくお願いいたします」



「参謀本部がこの小僧のやり方に任せるって事かと聞いてんですが?」


「命令書にある通りです、奮起に期待致します・・・タキ軍曹、これでいいか?」


「ありがとうございます、中尉殿も危険ですので、後方へお願いいたします」


「・・・その方がいいのかね?」


「恐縮ですがどうか、そのようにして頂けると」



勝手に話を纏める二人。



男共は、特にゴッツは視線でタキとイダンクイユを殺しそうな雰囲気だった。






タキを嫌がる彼らにしてみれば、今回は、貧乏クジだが悪くない任務だった。


何せ相手が相手だ。


足掻いて足掻いて時間を稼ぎ、稼働限界を迎えて帰ってもらう。


これだけの事を待つ間に何人やられるか。


ドラグーンが全機沈んでも足りない可能性が高い。


味方にまともな連中は期待出来ないのもいつも通り、戦死は当然覚悟の上。


しかし予想に反して、集められたのはお互いにベテランと分かる面子、何名かは共同任務についた事があった。


この面子で戦えるなら一矢は報いれるかも知れない。


(どうせ死ぬなら目に物見せてやる)



どの順番で死ぬ事になるかが主な話題になりそうなヤバさに変わりはないが、彼らはそうして何とか闘争心を燃やしていたのだ。




自惚れになるが、生体兵器乗りとしてはミトラウスでもレベルの高い連中が集まれたと言えるだろう。


逆に言えば、このレベルの経験者を用意して突っ込まなければならない事態ともなる。


彼らは色々な感情が混ざった苦笑で挨拶を済ませて、人生最後となる戦いに取り掛かろうとした。





なのに、中央から来た貴族のお方と分かる中尉さんが生体兵器――魔導騎兵の編成に口を出して来たのだ。


おまけに若くてちっちゃい軍曹を参加させるつもりと来ている。


参謀本部からの命令書を持って来た貴族階級が気を回す相手。

つまり同族。


この場で自身の経歴を考えているのであろう少年。



死んでも時間を稼いで、仕事をやり遂げようとしていた自分達に対する侮辱と言える。



あげくに歩兵の運用にまで口を出してきたのだ。


死にたくはない、が、自分が何度、帝国相手に生き残ってきたと思っている?貴様がおむつをしている頃から逃げ回っていたんだ。


(下がってろ・・・だと、今更)



ゴッツ大尉だけではなく全員が、懐に忍ばせている、携帯型の魔導器に手を伸ばさないように我慢をするのは、大変な苦労だった。










「足ひっぱんなよ」


とにかく逃げ回る。最終的にはこれに尽きる打合せを終了させ、それぞれが自機へ乗り込もうとした所タキにかけられた言葉がこれだ。



この程度で済んでいるなら、まあ、大丈夫だろうとタキは思った。


打合せが終了した直後に、怒りを隠そうともせずに退出したゴッツ大尉とその副官を、タキは走って追いかけ頭を下げ、何かを一言二言、話していたのだ。




その光景を見たから、ドラグーン乗り達は、ぎりぎりの所で我慢しているのである。



いつもの事だと、何とか、納得して仕事にかかろうとしていた。





8機のドラグーンが、歩兵の歓声に見送られ野戦陣地を出た後。



周りの者達の怒り、ふて腐れているような感情をタキは感じていた。


(そりゃそうだよな)



だからタキはそろそろ言ってもいいかと考えた。



「レェッケルン少尉、よろしいでしょうか?」



「何でしょうか、タキ軍曹殿」


声は冷たい。



「皆さんにお伝えしたい事がありまして、発言の許可を頂きたいのです」



「・・・自分の許可でよろしいですか、どうぞお好きになさって下さい」


「ありがとうございます、では」


他人行儀な態度を気にしないように、タキは普通に礼を言った。



下手な事言ったら殺してやる。周りのドラグーンからいよいよ本気の殺気を感じ、冷や汗をかきながらタキは何とか堂々と喋れた。






「帝国の加護持ち、事故に見せて殺っちゃいましょう」








彼らは最初何を言っているのだと思い、帝国の加護持ち、という単語に引っ掛かりを覚えて。


「・・・何だと?」



「帝国の加護持ちです。そいつ殺っちゃいましょう」



「・・・・・・・・・」



「イダンクイユ中尉には流石に言えませんから、先程はあのような態度を取っておりました、申し訳ありません」



「・・・正気かおまえ」



「【間違って】やっちゃっても、何とかなる伝が有るんです内緒ですよ」



「・・・それが嘘だったら俺達はどうなる?」



「どうせ死ぬならやられて死ぬより、勝った後に死にたくないですか?」



とんでもない話、無茶苦茶な話だった。



しかし





勝つ。


帝国に勝つ。


その言葉は、言われた本人達も気付かぬ内に、心身に刻みこまれた虐げられてきた思考に、驚く程に心地好く響いた。



「・・・・・・だが相手はクベルツィネーだ」



「そうだな・・・悔しいが奴の魔力防壁が緩む頃にはこっちは全員死んでいる」



タキの言葉に一瞬でも揺れたのは間違いない。

しかし自分達の戦力と相手の戦力を比べるとやはり、不可能としか思えない。



彼らの内何人かは、過去に加護持ちと演習した経験がある、ある意味貴重な経験者の集まりだ。


クベルツィネーと出会った者は居なかったが、それでも予測はつく。


豊富な経験が冷静に計算をしてしまう。無理だ。



しかしタキは続ける


「これでも火力、出力には自信があるんです・・・やってみませんか?・・・レェッケルン少尉どうでしょうか」




「・・・軍曹、実際にどうするつもりだ。

クベルツィネーは帝国の加護持ちの中でも特に堅い相手だ。

Aランク複数人の全力攻撃が命中しても有効打に遠い

・・・ましてこっちを薙ぎ払える火力も保有している。

撃ち合いは不可能だ、話がそれで終わりなら黙って引っ込め」



タキ機の死角にいるドラグーンが、静かにタキへの攻撃準備を始める。


これは彼らなりの思いやりである、戦いに逸る馬鹿を死ぬ前に負傷後退させてやる。


よくある事、味方の指揮を混乱させる人間に下がってもらうだけ。




ところが、タキは後ろからの攻撃準備を察知したのだ。


黙ってやられない位置へ機体を移動させ、防壁を張る



タキはその動きには何も言わずに

「自分がそのクベルツィネーとやらの機体を何とか無力化まで追い込みます、ただその時点で自分も動けなくなると思いますので、ゴッツ大尉に先程、止めをお願いしてきました」



「・・・さっき?」



「はい、こっそり事故を起こしましょうって。

ただ手が足りなくて、それで皆様にも頼りたいな、と」






操縦士達は呆れ返った、こいつはヤバい、頭がおかしい。

しかし、この感覚。


(面白い)、と。



やってみてもいいのでは、ないだろうか?と。思ってしまったのも事実だった。



タキから立ち昇るような、魔力の色に、黒くて綺麗なその色に当てられたように。



勝ってみたくなったのだ。







タキには勘が働いていた。

分かる。この中では自分が最もでかい力を保有している



彼らが恐れる防御能力を誇る相手・・・それに対し自分の力は恐らく、通用する。


いけるはずだ。何かが訴えてくる。やれる、と。



問題は・・・目標に付きまとう護衛と、向こうに完全に止めを刺す所まで持って行けるかどうか、この二つ。



加護持ちだろうが何だろうが、搭乗機を破壊してしまえば、後は生身。


極端な話、自分は重傷、クベルツィネーとやらは無傷、しかし機体は互いに稼働不能の状況になれば後は生身の勝負。


ここはミトラウス、一応こっちがホームなのだ。


タキの仕事は、クベルツィネー・バルベラーニを疲労困憊に追い込み更に、搭乗機を大破以上に出来ればその時点で成功。



温存させておいた味方歩兵は嬉々として襲いかかって始末を付けてくれるだろう。


排除対象の要人が、少ない護衛で飛び込んで来たのだ、チャンスを逃したくない。




その為に、あの場で袋叩きになる恐怖に耐え、会話を誘導させて、やたら協力的なイダンクイユ中尉に下がってもらったのだ。


命令書通りに動いて、後は不幸な事故だ。



タキは目撃者は少ない方が良いと、判断した。


(せっかくの機会を、政治的な判断とやらで潰されてたまるか)




若造に良いように使われてしまう彼らは可哀想だ、厳しい処罰が待っているかも知れない、ひょっとしたら処刑もあり得る。


だが自分は多分死ぬまでの処罰はくらわないと思える。



なら良いのだ。



「レェッケルン少尉・・・いかがでしょう」


どうしても駄目なら、ミトラウスを脱出だ。



まるで悪魔のような甘い響きの提案に、ドラグーンに乗る猛者達はニヤリと笑った。








ゴッツは先程、若い軍曹から言われた言葉を反芻していた、


―――――帝国の加護持ち、事故死します。

―――――状況を整えますので後詰めをお願いします。



流石に調子にのり過ぎた若い貴族が、形式だけでも頭を下げに来たかと思っていたゴッツは一瞬、何を言われたのか分からなかった。



―――――縄張りを侵した馬鹿の末路を教えてやりましょう。


ぺこりと頭を下げると、その若造はさっさとドラグーンに乗り込んでしまった。



「・・・」


冗談でも言っていい物ではない。



(あのガキ、本気か?)


しかし、冗談で言ったのではない事はあっさり分かった。


あれは、殺った事がある人間の目だ。

泥を啜った事のある人間の目だ。

・・・自分と同じだ。



「・・・くくく」



向こうの人間かと思えば、どうやらこっち側の人間だったらしい。



ゴッツは、若い若い軍曹の、灰色なのにどす黒い目の色を思い出して、嬉しくなった。


(・・・ふん、生意気な。タキって言ったか。

おもしれぇじゃねえか)



何度も帝国の糞共に笑われながら逃げ回る記憶が思い返される。


この気持ちは何だろうか?

・・・ゴッツはこの戦いで死ぬつもりになった。



よく分からんが自分は、何故かあの若造を気に入ったようだ、手を貸してやろうと言う気になってしまう。


(一目惚れかよ、気持ちわりい)


笑えてくる。



あの軍曹が、殺らせてくれるらしい。



「・・・重歩兵と騎兵の配置を変えるぞ、それから隠れるのが上手い奴連れてこい」


部下に命令を下す。



むかつく帝国の加護持ちを殺してから、ぶち殺してから死のうと決めた。







ガラスヤ丘陵、東部における。エヴァルトとミトラウスの第二次演習。


その演習がいつ始まったのかは、はっきりとは分からない。

最も早く、敵を感じる事が出来た者に言わせればこうなる。



命を絶つべき相手が感じられた瞬間だ、と。








「・・・・・・・・・」


「クベルツィネー様?」




「何でしょうか、この不愉快さは」


エレファンティーネが鳴いている。

いや、魔力が震えている、自分の魔力が、たぎっている。



「は?・・・何かございましたか」


慌てるようなボーマンの声。



これが分からないのか、この方達は?この身体をかきむしられるような不快感が?



「・・・先に行きます」


クベルツィネーはエレファンティーネの歩行を、高速走行へ切り替える。


高速型のゼブラートの巡航速度を超える速度。


「クベルツィネー様!?」


慌てる親衛隊達は既に後ろ。



(近づけば近づく程・・・何?)



とにかく許せない。何かが、いる。









「1時警戒!一機、いや、二機!?反応二つ!

接近してくる!距離4000・・・速い、170キル以上・・・でかい反応、親衛隊の奴じゃねえぞ!?」


索敵でAを誇る、ホリージョ曹長が叫んだ。



ある程度の高低差と、岩陰と、多少の森林、待ち伏せに使えそうなそんな場所がいくつかあると、地元の人間であるジェンバ軍曹が周囲を案内していた時だ。




「二機?一斉射撃で迎撃するぞ!

魔力は抑えて隠れろ!・・・来るのが速いな」とはレェッケルンだ。


もう少し時間があると思ったのだが、思っていたより早い接触になりそうだ。



大きく息を吐いて、魔導回路に魔力をみなぎらせる。

内の半分を周囲へ溶け込ませる為の偽装に使う、不自然に大きくなる魔力反応をぼかして、察知されるのを防ぐ技術の一つだ。



「一機は更に速度が上がった!・・・すまん、ぼやけた!2800!」

ホリージョからの報告、敵も魔力反応をぼかしたようだ。


集中しているであろうホリージョ、Aランクの索敵を接近しながらもすり抜ける技能。



来る。始まる。


全員が唾を飲み込んだ。





(・・・何故その距離から走って来る?)

レェッケルンは、気になった。


加護持ちとは言えまだ少し、遠い。しかも二機?


奇襲か?

わざわざ消耗して派手に走って来る?

親衛隊の先行か?クベルツィネーについていける奴

・・・いや、待て。


【あいつら】に常識は。


二機?二、機?

・・・両方生体?・・・保証は?



レェッケルンは嫌な予感から叫ぶ。


「全力散開!」



ドラグーン各機は隊列をほどき、回避機動へ入る。



ドラグーン達が散開した数秒後に、元居た場所へ上空から、人間の頭位の大きさの火の玉が突っ込んで来た。




ミトラウスの者もよく知る魔導兵器搭載用の術式。


炎系武装フレイムアロー





見慣れた魔力発現現象のそれは、

地面への着弾と同時に大爆発を起こした。






本気で散開して、30メル以上は動いていた各機をそれでも激しく揺さぶる爆圧と、装甲を焼く熱量。




(隠蔽してこの威力かよ・・・!)



彼らの中で最強の火力を持つ火力Aのジャーヒンでも、これと同レベルの物を出すには数秒の集中と保有魔力の何分の一使うかを計算して、撃たねばならない威力。


それを初手からいきなりだ。

魔力を更に食う面倒な隠蔽術式まで加えて。



しかも第二波、第三波が続々と飛んでくる。


一発ずつではなく、四、五発ずつのセットで。



愕然としながらも動き続けるレェッケルン達に襲いかかってきた。



戦闘開始からわずか十秒足らず。


猛者揃いとは言え、既に心が折れかける攻撃。



傲慢聖女 クベルツィネー・バルベラーニ



(・・・本当に何とかなるのか、これが?)


やると決めたが、それでも、逃げ回る以上の事は出来ないのではないのか?




レェッケルンを始めとする、ドラグーンに乗るミトラウスの操縦士達は、怯えを含みながらも機体を振り回していく。



まずは、消耗だ。消耗させるのだ。


次いで親衛隊との分断。


後はあの若造に押し付ける。


駄目なら仲良くあの世行きだ。



心臓の鼓動が激しくなる彼らの目に――――

――――大型の生体魔導兵器が、高速で接近をかけてくる姿が投影膜に映り始めた。










タキは背筋がぞくりとした。


だがそれは攻撃の威力にではなく、凄まじい嫌悪と憎しみが伝わって来るからだった。


・・・不愉快だ。



(あれか・・・)



抉れてクレーター状になっている地面を横目に、タキはドラグーンを接近してきた帝国の生体魔導兵器に向かせる。




「・・・象?」


ごつくてパワフルで二足歩行する象が、巨大な魔力の奔流と共に、壁みたいな圧力を持って突撃してきていた。



誰が乗っているのか?


決まっている、あんな【綺麗できらびやか】で【憎たらしい】魔力の色。



加護持ちだ。




魔神が殺してこいと言った奴。



「・・・嫌悪を抱くか・・・なるほど・・・こういう感覚か」



魔力を魔導回路から砲撃機構へ。


発現させる術式兵装の選択。


威力、射程、両方の高性能さから使い勝手の良い

雷撃系武装ライトニングウィップを起動、高速射撃。




「これは殺したくなる」



ドラグーン2~3機を呑み込む厚みを持った巨大な雷の刃が二本。



聞いた者の鼓膜を破壊する勢いの放電音を轟かせタキ機から発生したそれは超高速でエレファンティーネへ追尾、接近していく。



姿が霞む勢いで跳ね、激しい回避運動を始めるエレファンティーネの外周を雷撃はあっという間に囲んで逃げ道を塞いだ。



雷撃の速度と操作に戸惑ったような反応をわずかに見せたエレファンティーネが魔力防壁を展開する前に、雷撃を収束。



視界が真っ白になるのと同時に轟音。



ほんの少しの静寂。



・・・雷を弾く形で悠然としているエレファンティーネがゆっくりと歩いていた。無傷と一目で分かる。


魔力防壁は堅固かつ高速の発動が出来るようだ。




「・・・そりゃこの位じゃやられてくれないよな」



タキは挨拶は終了したとばかりに、笑いながら次撃の用意に入る。


動きは見えていた。

行ける。



立ち止まるエレファンティーネはタキに狙いを定めたようだった。



機体各部から煙のような蒸気のような物を吹き出して。

圧力が増した。


魔力防壁を張ったまま、フレイムアローが発現してくる、巨大。数は十六発。



投影膜に映る魔力の反応を示す赤い揺らめきは、赤を通り越して深紅に変化した。





「そうだどんどん来い!」



大気を燃やしながら大火球の群れがタキへ殺到してきた。



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