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第7話・神敵

薄い緑色と、枯れた茶色の短草で構成されている、まだら模様の絨毯のような代わり映えの少ない景色。


背の低い草花や、散在する樹木が精一杯の自己主張をする事で、多少の変化をもたらしている開けた場所。


草原。


その一帯を住み処とする四足の獣、二足の獣、鳥、昆虫が大小の区別なく息を潜め、少ない起伏や岩の陰に、姿を隠している光景がそこにあった。



彼らの表情の変化は人には分からないものだが、しかし警戒の態勢をとっているのだということは見て取れる。


そういった動きを取らせる原因は、彼らよりはるかに大型の獣達、その移動により生まれる足音と振動がそれだ。



荒野を東へ突き進む六体の大型の獣達と、それに守られるかのように群れの中心を歩く、更に大きな一体の獣。


歩行する二足二腕の群れ。



周囲を見渡す眼光は緑色に輝いている。

狩りを終えた後なのか、これから狩りを始めるつもりなのか。


どちらにせよ、自分が獲物になるのはご免とばかりに怯えて姿を隠す獣達。


隠れる者達に気付いているのかいないのか、暴力と補食の匂いを撒き散らしつつ歩く彼らは、しかし獣ではなく



『ここまで来ても第二線に当たらずとは・・・

ミトラウスの賊軍共はうろたえるのが特技か?』


『まったくだ。

最も、連中があらかじめ態勢を整えていたとしても、我々の動きを止められる訳もないだろうがな』


獣達の二体は声帯を振るわす事なく、人語を使い意志疎通をした。


正確には、その内側にいる人間の若者二人が、だ。



『卿ら、退屈なのは分かるが敵地ですぞ』


太くはあるが、どことなく勘にさわる高い声が、増長は慎むようにと前方から響く。


無駄口を叩き始めた目下の者を諫める言葉を放ったのは、一応は群れの二番手に位置する者。



『しかしながら、ボーマン卿、既に戦線を突破してから十時間ですよ?

・・・我が帝国の力を見せつけようにも、これでは』


『手応えのある戦場を期待して進んでみればこのような・・・連中の無策無能ぶりを笑う他ないではありませぬか』


戦ではなく演習というのが一応の名目なのだが、若い声はそれを区別しないのか、できないのか。


『騎士として堂々と戦おうにも、相手が姿すら見せないのです。

ならば友と共に退屈を紛らわし、心を落ち着ける。

それも務めでありましょう』


若者の言葉に、隊内から同調が生まれた。


『大体、ミトラウスの連中はこんなものだ。

帝国が生かしておいてやっているのを己の力と思い上がる・・・愚か者の思考なのだろう』


『同意だな』


『そもそも、奴ら一つの国なのか?

私は連中の振る舞いを見ては、ならず者の集まりだと思っていたのだが?』



落ち着いている、というには緩みが大きい。



・・・それもある意味では当然と言える。


彼らは単なる人でも、もちろん獣でもないからだ。



ベルトルト大陸の西方にある大帝国、エヴァルト。


それに属する貴族階級の者であり、なおかつ軍事組織に当たる帝国神軍の軍人たち、であり。



自らの内包するエネルギー、

魔導力で稼働する獣を型どった人造の大型兵器―――


エヴァルト帝国 帝国神軍・第21期・特別機建造計画にて製造された高速陸戦型


生体魔導兵器 ゼブラート



―――特務親衛隊用の高性能量産機に乗る権利を与えられたエリート。それが彼らだ。



彼らが搭乗する愛機を進ませるこの地は、祖国であるエヴァルトではなく隣国のミトラウスと言う国の領土になる。



敵国だ。



国交はある、民間レベルでの貿易や交流も少なくはない。


しかし味方か敵かの極論で問われれば、敵。そう断じる相手だ。



『あらかじめ通達されてなければ、まともに部隊も用意できないか・・・滑稽だな』



一人が呟いた内容に笑い声が広がる。


それは他者を虐げるのに慣れた物を多分に含んでいた。








今現在の彼らの行動に外交的な手続きや政治的な配慮は一切ない。


無許可での行いになる。


立場、権力の過多が有るとしても、他国の領土を進軍する彼らに何故ここまで気負いや緊張がないのか?




簡単な話だ、勝っているからである。



歴史、生産力、人口、格。


エヴァルトとミトラウスでは、エヴァルトの方が強大。だからどんな振る舞いも許される。


否、エヴァルトは正しいのだ、許す、許さないの話ではない。

生殺与奪は帝国が決める。


帝国の者はそう信じているからだ。



どんな無茶もごり押しすれば通る位には、力関係はエヴァルトに傾いている、遠慮など要らない。



彼らにして見れば、祖国の為に、無法者をひねってやろう位にしか感じない程簡単な話だ。



平等だろうが不平等だろうが、とにかくも二国間の正式な協定により、一定の頻度で組まれ実行される双方の軍の練度維持、向上の為の軍事演習。


昨日行われたそれが今年三回目。



これにエヴァルト側の一部隊として参加していたのが彼ら。


いつもの話だが今回の演習もエヴァルト側の圧倒的な勝利だった。


彼らの部隊にはほとんど出番もなく、逃げ惑うミトラウス軍の者達を笑っていただけだ。


しかしながら、ある提案・・・と言うよりは親しい仲間内での戯れ言に近い物が、誰からとなく上がる。



《近頃の連中は身の程を弁えぬ行いが目立つ、ここはもう少々躾が必要ではないか?》


黙って的になるか、逃げ惑うだけなら可愛いげもあるが、ここ数年妙に小賢しい動きが目立つ。

演習での話に限らず。


周りは皆、そう言っている。彼らもそう思っている。


―――少し震えさせてやるべきだろう。


そんな、血気盛んな若者達のよくやる雑談。




しかし彼らの行動に自由を与える権限と、増長させてしまう後ろ楯を持った者がそれを聞き、実行に移してよい、と判断した事が、今、状況をここに至らせる事となる。






周りの機体より一回り大きい機体。


大柄な体躯、太い腕、重そうな身体を巨大な脚部が支える。



排熱板である大きな耳が頭の両側に。


顔部分の中央に存在する、長く伸び、垂れ下がった鼻。


実際には強制排熱機を兼ねた魔力発現機であるそれから、くぐもった、しかし重厚さすら漂う音と共に、辺りを焼く程の熱気を吐き出した。


その機体は、目線を若い搭乗士が乗るゼブラートに向け、声を発する。




『構いませんよ、異端者の姿は見えないのですから。

鋭気を養うのも騎士の務めでありましょう、わたくしが許します』



美しい声。



聞く者全てに清涼感を感じさせる、品の良い女の声が響いた。



声と視線を向けられた者だけではなく他の者達の機体までが、中央に位置するその機体に向き直り、頭を下げ


『光栄です大尉』


次々とそう口にする。



ボーマンと呼ばれた男の機体も向き直った。


『クベルツィネー様、申し訳ありません。私が間違っておりました。お詫びを。お心遣い感謝いたします』


その声には、礼儀正しくはあるがどこか異質な物が混じっていた。




軍人が上官に規則正しく感謝をするのではなく、貴族階級の男性が、貴婦人に対する穏やかな物を含んでいた態度でもなく、騎士が姫君に対し愛と忠誠を示すのとも違い。



きわめて純粋な、絶対の信望がそこにあった。




『皆様の尊い志に感銘を受けただけ。わたくしはそんな皆様の盾となり休息を見守りましょう』


女の声は、コロコロと笑いながら今度は冗談めいた口調になった。



その声を聞いた若い戦士達は口々に


『これは・・・貴方にそう仰られては』


『ははは、参りましたな』


格式めいた雰囲気から今度は和んだ空気へ。

クベルツィネーと呼ばれた女性は空気を引き締めそして適度に緩めた。



自然にそれをやった。


行軍に飽きていた彼ら、軽い談笑はまだ続いていたが周囲への注意は取り戻したようだ。


こんな物だろうと、彼女はそれに満足すると視線を前方に戻す。


静かに魔力を練り上げ、機体の各所へ行き渡らせ効率的に歩行させるべく制御する。


大型機体の滑らかな挙動として現れたその動きは、単なる歩行だが、美しさがあった。


それに見惚れるように声が上がる。


『エレファンティーネの調子は大変良い様に見えます、クベルツィネー様』


『恐れ入ります。私の半身ですから』



彼女が。クベルツィネーが乗る群れの中心に位置する一際大きな機体。


誤解を怖れず説明するなら、地球で言う〈象〉を二足歩行にさせたような感じと言える造形。


搭乗する者の趣味なのか、美術品の様な模様と装飾が主に首周り、腰周り、そして背中に施されている。




エヴァルト帝国・神聖局製・特別生産機

皇0013型改・クベルツィネー・バルベラーニ専用機

機体名 エレファンティーネ



大型の重い機体ではあるが、足回りの強靭な生体筋による力が高い瞬発力を保障する、機敏な機体。


全身各所に搭載された肉厚な装甲による高い防御能力。


特別機用に強化されている内蔵型増幅器と魔力発現機により強烈な魔導顕現力を誇り、大抵の敵は止める所か相対すら出来ずに沈んでいく程の破壊力を持つ。



難点は機体に高熱が発生し易く、生体の損耗と劣化が早い所。


その為に他機体とは比べ物にならない部位交換頻度の多さと、整備での繁雑さがあり、量産機に比べ3倍以上は金と人手を取られる面倒さを合わせ持つ機体でもある。


が、彼女にとっては、これは皇帝陛下から預かった神の尖兵たる証であり、【使命】を抱く自分の力を余す所なく顕現させてくれる半身なのだから、欠点はどうでも良いのだ。




帝国随一の信仰と共に、祝福を受ける彼女が血肉を分け魔力を込め、造り上げられた機体。


文字通りの半身たる存在。



だから彼女は性能に不満はない。


彼女が降りたその後のエレファンティーネを、生体技士や魔導技士達が万全にするのは神命として当然の事なのだから。


彼らが己に尽くし己が彼らを導くのは当然の事なのだから。




―――これが彼らが祖国にも敵国にも好き勝手に動ける理由だった。


神と皇帝陛下の名の元にクベルツィネーが

【聖人クベルツィネー・バルベラーニ】が。


帝国に生まれた【加護持ち】が専用機に乗り、彼らを率いているからだった。




そのクベルツィネーは慈愛に溢れた笑みを浮かべ、まだ見ぬ異教の者を思った。



彼女には政局や地理的なパワーバランスと言った事は分からない、階級はお飾りな物で名誉階級に近い。


軍事も政治も分からぬ。そんな彼女がわざわざここへ来た理由。


(まったく、東部軍管区の方達にも困ったものです・・・恐れ多くも神の使途が、堕落したミトラウスに、生まれたかもしれないなど・・・有り得ません)



それは同行している若者達のプライドを満足させる為でも、帝国への忠誠を見せる為でも、ミトラウスの者達を諫める為でも、痛い思いなどをさせる為でもない。



彼女は、東部に配置されていた部隊に居た帝国ヴァヒター教信徒からの報せに眉を潜めたのだ。


ミトラウスに加護持ちが存在するかも知れない。



それが事実かどうか確かめるべく、否、偽称である事を証明し、そして真の祝福というものを愚か者達に見せる為に国境線から奥深くへ入ったのだ


親衛隊の若者達は利用されたに過ぎない。



(我が真なる主よ。貴方の為にわたくしが、使徒を名乗る邪神の使いを滅ぼしてご覧にいれましょう)




もちろん彼女は、国を同じとする愚か者達とは言えミトラウスに住まう全ての者に罰を与えるつもりはない。


真なる主と皇帝陛下は慈悲深い方だ、だから今回は。



その使徒を名乗る邪神の使いと、それを生ませた血族と、それを育んだ村落とそれが属する地域と。


思想汚染されてしまったであろう者不幸な者達、全て。





つまり彼女に敵対する者全てを浄化する。





それだけで済ますつもりだった。


(それで充分でしょう、道を間違えそうな者が悔い改めるにも、時間が必要なのですから)


まずは不浄なる者達を浄化し、神の元へ誘って差し上げよう。



クベルツィネーは地図を眺めた。

後半日程度の位置に町が一つあるはず。



まずはそこで住民の思想から調べてみるつもりだった。

















林道を進む荷車の揺れる音を聞きながら、徒歩行軍をするバドバ軍曹は最悪を通り越し、絶望的な気分だった。



馬とカバの中間にあり得そうな姿形の人造生命体に引かせた、木製の物資用車。

それ一台に歩兵小隊が一つ付く形で歩いていて、内の一人が彼だが、3日前にいきなり所属する部隊へ下って来た移動命令に、その時点で嫌な物を感じていたのだ。



アイロニィラウスと言う大型の拠点都市、その管理区域に属するウロウスという二線級の田舎都市に歩兵として配置されて6年。



生まれ故郷でもあるウロウスでそのまま軍に入り、

まぁまぁの古株として数えられるようになったある日だった。



酒の好みどころか、女房よろしく飯の味付けの好みまで分かって来た付き合いの長い中尉。


バドバが所属する部隊の長である彼が、地方軍司令部からの直伝命令を受け取り、その珍しい相手に内容の確認をとっている最中、直接どこぞの佐官が乗り込んで指揮権を持っていった。




彼はウロウスに配置されていた部隊全員の人事書類を手に取ると、こちらの疑問等は無視して通告を開始。


一定評価の者達から人員を抽出して混成部隊を編成すると言い出した。



集められていた指揮官や古参の下士官達はその言葉を聞いた瞬間、顔が真っ青になった。




一定評価というのは能力の査定が一定以下という言うひねくれた意味で、それで混成部隊を編成するという事はつまり。


とどのつまり帝国が、予定されていた演習以外にいきなり何かをやるつもりで、もしくは既に始めている事があり。



それに対し相手がいないと困るから、こちら側から緊急に演習の相手を。





ミトラウス側から、的として、死ぬ奴を用意するという意味だった。






そこに集められる事になってしまったバドバ軍曹だが、それでも彼は最初激しく落ち込みはしながらも、下士官らしく何とか上手く周りの兵をまとめつつ生き延びようと、最低限以上の仕事はするつもりでいた。




条約により実弾を使った演習。


演習の名を借りた帝国の侵略もしくは、

兵員の練度を維持向上させるのが目的の生け贄。


色んな戦場で駆り出されて侮蔑混じりに不意に殺られてしまう。




悲しい事だが、これはミトラウスの日常、いつもの事だ。



そこで、いかにも派手にやられたように逃げ回って見せ、実際は可能な限り被害を抑えつつ、帝国側に高笑いと共に帰ってもらうのがミトラウスの戦法だった。



屈辱的だが、国力の差は仕方ないのだからと、反撃は限定的な物に留め、そうして何度もしのいで来た。



バドバには言いたい事は山程あったが、若い頃から今に至るまで彼にはどうしようもなかった。



その内、ミトラウスと帝国の間はいつもこんなものだと、もう慣れた。



もちろん不満はあるが、戦死が嫌なのではない。


怖いが、嫌だし怖いが、それでも国の為に必要だからと無理矢理納得させる術を覚えたとも言える。




分かっている。しょうがないのだ。


バドバは覚悟のうえで志願した人間だった。


徴兵よりは志願の方が、ましな待遇になる程度のものだったがしょうがないのだ。


食えないのだから。

家族も食わせねばならない。



死んだとしても、遺族年金で家族は最低限食っていける。

残った家族を国が餓えから守ってくれる、その事だけでもミトラウスでは恵まれている方だ。



それに帝国も、毎回大損害を与えて来る訳ではないのだから、生きて帰る事は不可能ではない。



最低な計算だが年に4回から8回は演習が行われ。


戦死は1、2割。負傷は3、4割。


負傷で給金の微々たる増加、重症でそこそこの増加。


回復不能な負傷は年金とともに除隊。



奴隷に比べりゃ大分まし。



だからこんな、上の無茶なやり方に下も付き合っている。

自分だけは今回も生きて帰れると信じて。






しかし、帝国は予定されている演習とは別に、たまに露骨に八つ当たりの様なやり方で仕掛けて来る事があった。



それが起きると今回の様な事になる。


人員が用意出来ていない、地形を充分に把握出来ていない、上手く囮をやれそうな猛者が居ない地域に来られた、とにかく準備が出来ていない、等々。



そういった場合どうするのか?


色々あるが、対策として近場から用意する。

とにかく来てほしくない所に来る前に何とか用意する。



そういう話になってしまう。



普段駆り出される場合に比べて、遥かに死傷率が上がるのがこれだ。



バドバは、たまたま今回のそれに当たった。

それだけだ。


とにかく面白くないが、話としてはそれだけだった。





だから彼は最初、彼と同じくウロウスから集められた者達も、ミトラウスの軍人として仕事をしよう、その上で生き延びようと、そう思っていた。




しかしだ。






(・・・本当に・・・こいつは)


時間が経つにつれ、バドバの顔を曇らせていく物が次々と見えていた。




ウロウスとその周辺の都市、町村からかき集められたであろうこの部隊、驚く程の酷さだった。



まず臨時の指揮官として着任した大尉殿が酷い。


雰囲気からベテランなのは間違いないのだが、ろくでもない。



名前だけを名乗ると後は、直接連れて来た子飼いらしき少数の部下とのみ入念な打ち合わせを開始。


聞き耳を立てれば、何と彼らだけはいかに生き延びるかの会話。



他の士官や下士官はほったらかし、こちらから何を言っても「適当にやれ」の一言のみ。


兵達を見る目はひたすら無感情だ。

物を見るかの如くに。




自分が配属された隊の少尉に目を向ければ、いかにもといった感じの若い貴族の三男殿。



大変綺麗な軍服であり、ぴかっぴかの階級章と、よく分からない小さな小さな勲章が胸に付いていた。



強がる事も出来ないらしく「よろしく頼む」と言ったきり歯の根がかちかちと鳴っている。




小隊内に古参などは見当たらず、周りの隊に目を向ければ、ちらほらといるやっと中堅クラス以上に見えそうな人員は自分を含め一桁台と言う始末。



歩兵中隊が二つ、馬を使う騎兵小隊が二つ、対生体兵器用の大型魔導器を持つ重歩兵の小隊が一つ。



数だけで言えば何とか大隊もどき、にはなりそうな数なのだ。


なのに経験のある人間がほぼいない。


自分を含めそこそこ動けそうなのは1割程、他は全て新米か、如何にも使えなそうな連中ばかりと来た。



しかも監視の為の憲兵と督戦隊がちらほらと居る。



督戦隊が居ると言う事は、恐怖に駆られて逃げるような新米と問題のある連中が集められている証であり、命令なく下がったりすれば処罰される窮屈な戦闘が待っている事になる。




おかし過ぎる。


あり得ない。



いつもなら指揮官やら下士官にはかなり頼れそうなのいて、彼らが整然と撤退や散開を指揮したりするのだが、

この編成は何なんだ?



元々ウロウスに居た部隊に限ってもベテランの歩兵は居たのだが、彼らは一人も来る事はなく心底気の毒そうな顔でバドバは見送られた。



緊張して顔を強張らせているだけの少尉に代わり、隊の人員を把握しようと周りの新米共に査定や経験を聞けばBランク評価を受けた者が僅か二名。


CとDだけで大半を占める、二線級どころか初期訓練すらまともに終わってなさそうな間に合わせ。



加えて、初陣だと言うガチガチの二等兵達の多さ。



支給された武器や装備品は最低限の旧式と修理品。


糧食や医療品は最低限、嗜好品も最低限。



話が出来そうな奴と情報の交換をしたが、どの小隊も似たようなものらしい。





――――全滅しても、何とか我慢出来そうな連中と編成。



そこへ思考が繋がると数少ない中堅達はピンと来た。




【あれ】が来る。




神の祝福を受けた人外の魔力を持つ化け物。



加護持ち。



帝国の加護持ちが来るのだと。そう気付いた。



自分達は帝国の加護持ちへの、生け贄に集められたのだと。



相対すれば死傷率7割を超すくそったれの神の使い。


演習とは名ばかりの一方的な見せしめ、場合によっては文字通りの全滅。


更に運が悪いと生きたまま捕らえられ異端審問と言う名の拷問。


帝国領に連れて行かれて、人体実験に使われるなんて話まである。



気まぐれ、予定外、政治、必要な被害。



色々なパターンがあるが放り込まれる兵にとっては等しく同じ意味だ。



地獄である。



バドバはそれに気づいた瞬間、身体中から気力が抜けていくのを自覚したのだ。




(嘘だろ何でだ、おれば真面目にやってたじゃないか

あんまりだ)



(いや、分かっている、分かっているミトラウスは食われるだけの国なんだ、こうやって帝国に誰かの命を差し出して時間を買うしかない)


(分かっている、ああけど畜生、畜生)



(怖い)


(怖い)


(死ぬのか?今回はダメなのか?俺は死ぬのか?・・・

誰が来るんだ?)


雑多な思考がバドバの頭の中を回っていたが、相手が誰になるのか?それが浮かんだ時、今度はそれだけが気掛かりになった。



(わからねえ、誰だ誰だ誰がくるんだ

降伏させてくれる奴か、逃がしてくれる奴か)


(知ってる奴か知らない奴か聞いた事ある奴か聞いた事ない奴か)



普段は意識する事もない帝国の加護持ち達の異名が、次から次に浮かんでくる。



(空の戦人なら多分全滅はない、皇族なんだから。

部下も降伏をさせてくれる連中が多いはずなんだ)


(毒蜘蛛も圧殺者も不死卿だって何割かは見逃してくれるって話を聞いた事がある・・・上手くすれば、逃げられるかも知れない)






(・・・だけど蛮族将軍と聖女だけは嫌だ)


(この二人だけは嫌だ)


(あいつらこっちを片端から殺してきやがる、殺し方でもろくでもない噂しか聞こえてこない)



的当ての的か害虫みたいにしか思ってないんだろうと、新米の頃に年が大分離れた曹長殿から教えてもらった事を思い出す。




・・・クベルツィネー・バルベラーニと、インギェッタ・ネールドリアンだけは嫌だ。



(嫌だどうしても嫌だこいつらだけは嫌だ・・・)





(神様・・・!!)




聞く限り最も嫌なその二人だけは止めてくれと、バドバは神に祈った。しかし




「嘘だろ!クベルツィネーが来るのかよ!?あぁぁっ糞っ!!くそっ畜生!」




前方の馬車に乗る指揮官、その子飼い連中の中からそう聞こえた。


黙れという叱責の声も。



何らかの形で情報を手に入れられる人間がいたのだろうが、気遣いはできない奴だったようだ。




それが聞こえたから、バドバは完膚なきまでに絶望したのだ。




・・・せめて着いてから聞きたかった。


いや、どうせ死ぬなら死ぬまで知りたくなかった。



最悪の気分のまま処刑台への道を進む事になる。


もう遺言すら書ききる気力がおきない


(くそったれ)



(くそったれ、何でだ

何でミトラウスに居ないんだ帝国には何人もいるのに、何で俺達の国には加護持ちが居ねえんだ。

何でなんだよ


教国は知らんが三人は居るって話だし、

仲違いばかりの連合にすら氷狼とか闇砕きとか居るだろ


何でミトラウスには居ねえんだ

一人位はいてくれてもいいじゃねえか)





「ちくしょう」


自分と同じくウロウスから一緒に集められた上等兵が何度めかの悪態を吐き捨てる。


普段は下の連中の面倒見が良い奴なのだか彼も事情に気付いたのだろう。


うつむいて一言も口を利かない。



相変わらず指揮官はごく近い者達としか話をしてない、隊の雰囲気等お構い無しだ。


貴族の少尉殿はただただ無言で歯を鳴らしている。



そんな光景を見せつけられる新米達は縮こまるばかりで

もうどうにもならない、



「逃がすな、足を撃てっ!」



・・・逃げ出そうとした兵士が督戦隊に問答無用で攻撃されたのも相まってもう士気はどん底だ。


しかもそいつは足だけ撃たれて馬車に戻されている。

装備の良い憲兵と督戦隊に逆らえる者は居なかった。






少しして、車を引かせる生体の足音とは別の足音が聞こえてくる。





「生体魔導兵器だ!ドラグーンだぞ!」


新米共が一挙に沸き立つ、彼らには頼りになりそうな最高の味方に見えるのだろう。



バドバはどんよりと振り向いた。


確かにミトラウスのカラーをした、片膝立ちのドラグーンを載せる大型の輸送車が、別方向から合流しつつあるのが見える


一台に2機を載せた物が4台。計8機、二個小隊。



大隊もどきに付くならまあ・・・贅沢な部類だろうとバドバは少しだけ慰められる。



(・・・こいつらだけ潰して満足してくれる奴ならいいんだが)


しかしバドバは経験から養われた観察力が嫌でも、その合流してきた魔導騎兵の陣容を悟らせしまう。



生体魔導兵器を運んでいる連中には余剰がないように見える。妙に人数が少ない。



魔導騎兵1個小隊には後方に技士や操縦士への医療兵、交換用の生体部位を運ぶ荷車や、それを護衛するための兵科がついてるものだが、それがない。




バドバは成る程と思った、専門知識や技能が必要な工兵や医療兵、整備や後方支援の連中が輸送車1台分くらいしか居ないのだ。


下手すると居ない兵科がある人数に思えた。



当然こっちには元からそんな連中は居ない

何割か医療、通話に心得がある位だろう


まともに戦う陣容には見えなかった。


こっちは死ぬのが確定、ドラグーン達は半壊ですめば御の字位の壊滅仕様の編成・・・完全に生け贄。





「・・・死にたくない」



思わず呟やいてしまって、聞こえたのか周りの空気を凍らせてしまった。

知るか、どうでもいい



最後に妻と子供に会いたい


バドバはもう何に祈れば良いのか分からなかった。














アイロニィラウス周辺にて、機体の慣熟訓練を行っていた。



事の発端はガラスヤ地区演習になる、終了するはずのこれが終わらない、らしい。



厄介な相手が来るのだと聞かされ、おっかない少佐の使いだと言う中尉の要請に従い、迎撃に駆り出される事になった。


あの少佐の使いかとびびり、速攻で返事を返し出撃用意を開始したのだ。



何故か狼狽する周囲はとりあえずほっといた。


淡々と態勢を整える彼に、その中尉は何故か目を赤くしながら




「こちらも全力で援護を行う。タキ軍曹・・・頼むぞ」


と妙に熱っぼい口調で話し掛けて来た。



だから彼は下手な事を言わない様にしっかりと答えたのだ。



「ご期待に添えましょう、・・・お任せ下さい」


脅しをかけられた少佐に、ごまをする為にも、彼の使いである中尉にしっかりと、


タキは答えた。






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