第5話・立場が上の人程、若造が調子に乗るのを許さない
「身体の具合はどうか?」
先程押し込められた小さな部屋とは大違いのまともな広さを持つ部屋へ案内され、
中で既に待っていた、いかにも修羅場を潜って来ました的な面構えをした男に近くへ来いと言われた際、もつれかけた足を見られた所への質問に対し。
「はい、・・・身体は動きます。
まだ痛みが残っているような感触もありますが大丈夫です」
男は軍服や階級章、制服の類も身につけていない為に立場が分からない。
それでも先程の大尉が親衛軍の将校であったためタキは目の前の男を親衛軍の、大尉以上の人間として扱い、答えはしたが。
(何でまたこんな怖そうなおっさんが出て来るんだよ・・・)
内心、もうお腹がいっぱいだった。
大変に疲労感が強く。
先程味わった痛みの感触が抜けきっていないのは嘘ではなかったが、両腕はおろか潰れた目まで治り機能に異常はない事に
(これが軍事用の医療系魔術ってやつの威力か・・・)
経済的に余裕がない下層民用の、気休めかそれよりは少し上程度の効果しかない医療系魔術の使い手と、良質とは言えない魔導器による【治療】だけを見て来たタキとしては。
(・・・すげえもんだ)と
まるでレベルの違う使い手と、その能力をきちんと発現させる事が可能な魔導器の質の高さに素直に驚いていた。
しかしながらその後には怪我の回復具合に比例するかのように眠気やら疲労感、空腹感が押し寄せて来て。
それに加え疲労感から来る、顔と姿勢の緩みに対しての言い訳として痛みが残っているような挙動を、タキが見せていた事で始った会話。
「貴様は速成教育中の下士官だったな
・・・体験はまだだったか。
民間用とは違うだろう?」
「はい、・・・」
タキはつい、その分相手を好きに出来るんですね、と皮肉の一つも続けてしまいそうになったが
「座りたまえ軍曹」
と、相手にさっさと会話を進められてしまった事で言わずに済んだ。
「はい、失礼します」
「怪我を急速に治せはするが、その分体力を消耗する代物でな。
眠気、空腹感はどうか?」
「お気遣いあり・・・」
問題はありませんと答えようとしたタキだが、椅子に座り身体が緩んだ途端に腹の虫が鳴ってしまった。
朝食を抜き、昼もまだ食べていない身体は空気を読んでくれない。
向かい合う形で正面に座っていた男に軽く笑われてタキは顔を赤らめ謝罪した。
「失礼しました」
「構わん、軽く食べられる物を用意したのはその為だ。
よかったら口にしたまえ」
テーブルの脇に、サンドイッチやチーズ、フルーツジュースやクッキーらしき物が乗った木製のトレイがあったのは、男が口にする為だろうと思って視界に入れないように我慢していたタキは、思わず唾を飲む。
「足りなければまだ用意させよう。
遠慮はいらない口にしたまえ」
「・・・ありがとうございます、ですが貴方は私に何かご用件がおありなのでは?
私は大丈夫ですので、どうぞそちらのご都合を先に」
先程の大尉よりも更に、小細工が通用しなさそうな男に対しタキは偽りのない緊張を見せながら下手に出る。
しかし。
「ふむ、ご都合と来たか」
男は不快になったのかどうか分からない笑みを浮かべた。
上官への指示と受け取られたのかとタキは慌てて言葉を重ねて弁明する。
「・・・申し訳ありません、余計な言葉でした」
「下層階級の出身には思えない口の利き方だと思ったものでね」
その言葉にタキは数瞬、色々と考え黙ってしまった。
男の方もそれ以上は口にせずにゆったりとしたまま、タキを見ている。
背中に嫌な汗が滲み出てくるのをはっきりと自覚しながら、表情を変えないように心掛け
「・・・周りに大人が多かったので自然と目上の方への態度など覚えたつもりですが、不自然でしたでしょうか?」
やっとそれを言った。
「それなりに教養と礼節を備えた人間が多いのか?
君の故郷は」
「本ばかり読んでいたせいかも知れません」
(・・・しまった日本とは環境が違うんだから)
教養などより農作業や、銭を稼ぐべく大工仕事などを覚えるべき貧しい地方出身の人間が、丁寧な言葉使いや歳に似合わぬ立ち居振る舞いを見せればどうなるか。
(ミトラウスが教育の質を抑えるのは、下層から目立って来る人間を見つけ易くする為でもあるのか・・・?)
などとひねくれた推測を立ててみるが今更の物だ。
タキは目の前の男に完全に【通常とは違う】警戒を抱かれているのを感じ取る。
顔を見た直後には、おそらくこの男が今回の件においての最高階級の人間だとは思った。
ミトラウス国内でもかなりの位置にいるであろう風格。
だからこそ会話が出来るのは歓迎なのだが、
タキはお偉いさんが来たのだから、
てっきり交渉になったものと思い込んだのだ。
まさかこんな怖そうな男が出て来て、まだ自分を警戒していたなど。
(やべえ・・・どうしよう)
引きずり出すべき相手が出て来たのだから、ここからは腹を割って喋ろうと思っていて(もちろん隠す事は隠すが)後は少しだけタキにとって旨味のある関係を。
そう考えていたのだが。
黙ってタキを見つめている男からは交渉の気配など感じられず、
値踏みが済んだらどうやって始末するか、などという気配すら感じられてしまっていた。
喋れば喋る程、墓穴を掘りそうな気がしたがタキにはこの状況で黙っている事が出来なかった。
「・・・失礼ですが、お伺いしてもよろしいでしょうか」
言い訳をしなくてはいけないように感じたのだ。
少なくとも先程のような屁理屈を言うのは絶対に止めておこうとも。
(くそが・・・厄日だ今日は)
タキは迷いはしたが、自分の今までの態度は目上の者へのそれとして、方向性は間違って無いハズだと。
大丈夫だと、慎重に言葉を選んで男に言葉を投げ掛けた。
「申し訳ありません、
目上の方への態度は教育されていますが、まだ未熟な所が気に障るかと。
先にお詫びを申し上げます」
「・・・構わんよ、何かな」
「名前を伺っておりませんので、貴方を純粋に目上の方と思って話をさせて頂きます」
「私の立場は君よりも下かもとは思わないのかな?」
「ご冗談を・・・」
「人は見た目では分からない物だと思っていてね・・・聞こうか」
男から許可をもらったタキは、軽口のような様子見の段階から一歩踏み込む。
見た目では分からない物だ、と言われた際の目つきが更に怖かったが、話をしなければどうにもならない。
それにこちらの事はもうばれていると思えてしまえば、逆に開き直るくらいの落ち着きも出て来た。
「・・・私は無事に帰る為に何をするべきなのでしょうか?」
「・・・・・・無事に帰る為に・・・か。」
男はタキのその問いが可笑しかったのか口の端を動かした。
「出来る限り協力をさせて頂きますが・・・」
「それでは君が先程通した意地が勿体ないと思うのだが?」
(・・・本気で俺を殺る気の目ん玉しといてよく言うわクソが)
ひしひしと冷たいモノを味わいながらタキは下手に出続ける。
「防諜とお聞きしたものですから、訓練の一環かと」
「・・・・・・・・・名前はタキだったな?」
「は」
「出身はティーンラウス管轄、ティント地方ソダ。
父の名はイサダ、母はノルベサ。父方、母方共に小規模な農業と酪農を生業としてきた家系の生まれ・・・何処か違うかな?」
「おっしゃる通りです。
祖父、祖母以上の事は分かりませんが・・・」
「借金は一族累計で約1700万ジェリー、返済完了額は350万ジェリー、経済的な理由を苦に自殺した一族は6名。
5親等以内に最も所得が多かった者は母方の祖母で名前はネリー。
ティーンラウス地方ルパドワード男爵家にてメイドとして雇用される、学力は足し算と引き算を使い、割り算と掛け算を多少こなす。
読み書きは男爵家の雇用時テストにおいて良判定。
32の時に暇を出され、その後は家庭教師を営む、58歳で死去、原因は老衰から来た肺炎」
「・・・」
「5親等以内に全国民が受ける魔力査定で最も優れた成績を見せた者は父方の曾祖父ダラニ。軍属。
11の時に受け結果、火力D、機動E、精密性B、運搬D、治療F、通話C、索敵C、容量Dの判定。
生体魔導兵器適性はC
体力テストと合わせ総合はD、
第二線の歩兵科兵士として一般的なレベル。
ティーンラウス北ネラダ地区に配属。
27歳にて帝国との特別演習中に戦死、最終階級は伍長」
「・・・」
いきなり何を・・・とはタキは言わない。
調べ上げているぞ、そういう脅しを含めたポーズのような物、そう思い黙っていた。
目の前の男は落ち着いた口調で、メモや書類を見る事もなく長々と述べていく。
ただタキの顔を見つめたまま、だ。
一族の資産、居住場所、職業、学力、魔力適性、他国への出入記録、病歴、犯罪歴、等。
それこそ何代も前から見ていたかのように、タキには見知らぬ親族の事も詳細に教えてくれた。
「・・・」
次から次へと、タキの家系に関するありとあらゆる情報が出て来る。
色々聞かせてくれるのは有り難いが、徹底的な調べ方をされていると思い知らされて憂鬱にもなって来た。
中でも気になったのが・・・
(・・・つうかちょっと待て、魔力の判定がそんな細かく出来るなんて聞いてないぞコラ)
下っ端に知らせてない事なんて幾らでもあると動揺させようとしているのか。
(ふざけやがって・・・)
しかし、苛立ちながらもタキはまだ言われていない類の話があると気づいていた。
思想傾向や宗教観だ。
数分喋り続けていた男は静かに言葉を止めると、立派な体格をした自身を少しだけ、タキの方に乗り出させた。
「・・・以上だが、何か間違っている所はあるか?」
(会った事もない親戚なんか知るかバカ)
「恥ずかしい話ですが、そもそも私は父と母の事もそこまでは詳しくはなく・・・申し訳ありません」
訂正する事などは出来ないと返した。
そうか、と気にした風もなく男は続ける。
「・・・一般的な家系と言える、目立った賞はないが目立った罰もない。
良心的な一般人の家系と言えるだろうな君の家系は」
「・・・恐れ入ります」
平凡だと言ってくれたにもかかわらず、言葉とは裏腹に男からの精神的な圧力が増大して来るのをタキは、それでも真面目くさった顔を維持して黙っていたが、帰って寝たいと痛切に願う。
落とし所や決着点が見えづらいこういうやり取りは神経が擦り減る。
嫌いだ。
「・・・失礼、平凡というのは余り誉められた物言いではないな。
特徴と言えるかどうかは微妙な所だが、君の家系にも見るべき所はある。
例えば、若干寿命がミトラウス国民の平均より長い者が多いのと・・・」
男はゆっくりとしかし直前までタキの顔面に自身の顔を近づける。
「一族は、ほぼ全員がヴァヒター教アスプリアン派を信仰している・・・と言った所かな」
(・・・来た)
タキは間近に迫った怖いおっさんの顔に思わずのけ反る。
・・・身体が勝手に動いたのだが、動いてからその方が歳相応だと思えた。
「・・・君は正道派からもアスプリアン派からも洗礼は受けていないそうだが、何故なのか聞いても?」
一族が、この世界の自分の家系にアスプリアン派が多かったらしいのは初耳だが、だからどうしたとタキは思う。
自分の洗礼については、洗礼など受けてもいいし、受けなくてもいい物だと知ってもいる。
受けておけば神の使徒として──洗礼の際の寄附額により扱いが変わる──教会で色々便宜を図ってくれるようになるが、逆に言えばその程度だ。
日本生まれ日本育ちの多喜の記憶があるタキには、金を積んでも神様は降臨してくれないのは当たり前の事だし、死んだ後に見れたのは魔神だ。
貧乏人には洗礼をしてもらおうが、止めておこうが大して変わりはないと思い。
こっちの世界でのやたらタキに洗礼をさせるのに乗り気だった両親には、赤子の時は泣きまくる事で、喋れるようになってからは、それより本を買ってくれと訴え、洗礼を止めさせただけだ。
まして洗礼は強制ではないのだったから尚更。
だからタキは正直に答える。
「お金がかかりますので。
家は裕福ではないのは早くから分かりましたから」
現在ベルトルト大陸に置ける全国的な宗教ヴァヒター教には二種類の考え方、派閥がある
一つは正道派。
簡単に言えば、この世界は神が見守っていてくれるので、人は自己の努力により自己を高めていかねばならない。と考える一派。
もう一つはアスプリアン派。
この世界では神が見守っていてくれて手を貸してくれるので、神様のやり方、運命にまず従って生きていきましょう。
という考え方。
派閥があるものの現状で別に仲たがいしている訳で無く、人材交流なども活発で、区別も緩い。
どっちだから、こうだ。
こうだから、あっち。
タキが調べた限りだがそういう厳しい所がないらしい。
タキの推測では、世に一つの価値観を押し付けられた事により不満を覚える連中を作らせない為の工夫と見ていたが。
とにかく、男の問いは、
だからどうした。と返しても問題はないものだ。
だからタキは慌てなかった、この程度か?いやまだまだと。
自分を引き締めたりもした。
目の前にいる男がきわめて危険な相手だと人生経験が教えてくれるのだから油断を戒めた。
ただタキと向かい合う男にとっては、タキの経験など格下のものでしかなく、だからこそタキの知識レベル、判断力、思考が手に取るようにわかった。
「・・・そうか。
神の祝福、違うな代理人の祝福は要らないと言う事か・・・」
「・・・は?」
タキは忘れているのである、自分の今の肉体年齢を。
自分の立ち居振る舞いが自然か不自然かどうか、客観的に見る事を怠ったとも言えた。
「名前はタキ、年齢は15。
・・・速成教育中の下士官、生体魔導兵器操縦士。
現時点で実戦に投入可能な能力を保有・・・」
男は身をテーブルの上に乗り出させたまま。
「笑わせるな」
タキを近くから見たままそう言った。
「このような家系から、こんな馬鹿みたいな魔力の持ち主が出る訳がない。
判断力、命令に対する順応性も年齢に比べ有り得ない。
言え・・・貴様は何者だ・・・?」
男の纏う気配が完全に変わる。
空気が張り詰め、物理的な息苦しさを覚える程の居心地の悪さ。
「・・・何か、気に障る所が・・・」
ありましたか?と言おうとしたが。
「もう芝居は結構だ、
貴様と同じ空間は不愉快だ。
全て話してもらうぞ軍曹、全てだ」
タキはわかった。
いや、気がついた。
ばれていて、嫌われている、と。
この男も自分と【合わ】ないのだと。
先程の大尉と同じか、それ以上に。
かなりの悪印象を感じるようだ。
つまり善性なのだろう。
会話が進むにつれ、冷静そうな男がどんどん表情を歪めていくのだから。
(本気でまずい・・・)
「魔力に優れる者同士の子が、必ずしも魔力に優れる訳ではない事はまだ分かる。
才が無い者同士の子が、必ず無能に生まれる訳ではない事も。・・・環境、素質、教育で能力は上下する事も分かる」
「しかしどんな人間も最低限、目上の者から教わる事がある。
・・・保護者が生きる世界と常識だ。
誰しも教わって成長をする、これが無い者、足りない者、間違っている者は大抵が早くに死ぬ。
残念ながら私自身の経験則から来るこれに当て嵌まらない例外は、天才と言われる異常者だけだ」
「・・・」
「だがそうであるのに貴様は何なのだ?
貴様の思考は?判断は?
行動の動機は何処から来る?
道理が解らぬ幼い頃に親の判断を覆させる?
何の為に?」
「・・・」
「貴様の親は腹の探り合いを教えられる人間であったのか?
物事の分析を教えられる人間であったのか?
貴様の幼少時は天才と呼べるような異常性は記録されていない。
なのに才がある。
有り得ん、知っていたんだろう自身を」
「・・・私は」
「伝わったはずだ。
私が何を考えている人間か・・・ごまかしは許さん、必ず事実を話せ。
何者だ・・・貴様」
「・・・」
タキは想像以上にヤバい相手に睨まれていた事を今更思い知る。
(・・・どうする、どうする)
「・・・」
(どうするどうするどうする)
「・・・」
(どうするどうするどうするどうするどうするどうする)
悩んで悩んで悩んで悩み抜いたタキは、もうこれ以上は黙秘が許されなくなるギリギリ手前で口を開けた。
なんとか開いた。
「・・・公主様の所へ話は行くのでしょうか?」
「私は何者かと聞いたのだが?」
「貴方の名前を聞かせて下さい」
「味方になると誓うと言うのか?」
男の要求に対して横暴だ、と言える立場にない。
しかし、か細いながらタキには希望が見えた気がした。
この男は俺の何かに少なからず惜しむ物を感じている、と。
立場か能力か、ならば。
「・・・貴方が私の味方になってくれるならば」
短い間にタキは必死で考えながらそう搾り出した。
数十秒の沈黙。
タキはひたすら待ち続け、耐える。
男が口を開いた。
「・・・公主直下親衛軍所属、【ラインヤード】少佐だ。
情報部を任されている」
男は、【ライデンクルス少佐】は所属と階級、役職はそのままに名前をラインヤードと名乗った。
騙したのではない、タキが事実を知らないだけだ。
「・・・情報部・・・ですか」
答えが返って来た事に安堵しかけるが、未だ関門の一つでしかない事を知る。
非常によくない相手だとタキは思った。
おそらく善性だろう事と、立場の方という事でも、両方の意味でだ。
最悪の相手だったが、それはさすがに顔に出さないように全力を尽くした。
(どう答えれば・・・)
「私は応じたぞ、貴様の答えを聞こうか?」
「ラインヤード様、撤収が終わります。
後は人員だけです、それと一つ報告が」
一般的な衣服を身につけ民間人に偽装した、若者と言える年の中尉がラインヤードに──偽名を使うライデンクルスに──後始末の経過を報告していた。
「ああ、何か?」
「民間人に偽装した【客】を一人処分しました、通信魔術の妨害エリア内です」
「他に何か合図を発信されたり、残され・・・いや、愚問だったな・・・わかった」
本来なら自ら出張るような真似はせず、部下達に任せておいてよい事で、最終的に報告を聞くだけで済むようなやり取りだが。
現場に直接来ているせいで、つい部下の仕事に口を出してしまう。
部下のやる気を奪うだろう行いは自ら戒めて自重していたが、やってしまったようだ。
「・・・ご苦労、戻っていい」
だからと言う訳ではないだろうが、部下に対して多少の申し訳なさから今のライデンクルスの機嫌は柔らかい物に属するだろう事を、若い中尉は察する。
「・・・お伺いしてもよろしいでしょうか」
中尉は躊躇いがちだが、それでもどうしてもと言いたげにライデンクルスに尋ねた。
「なんだ」
「彼は・・・・・・いえ、やはり自重します、申し訳ありませんでした」
ライデンクルスは軽く息をつく。
将校にあるまじき半端な態度をしてしまった中尉が何を聞きたいのかわかったのだ。
今回の任務。
ある人物──タキ──の思想調査を兼ねた尋問に、ライデンクルスは自分も足を運んでおり、部下達には経過を可能な限り即座に詳細に報告せよ、そう厳命していた。
実働する事こそ優先されるべき現場において、いちいち出張って来た上役に説明、報告する手間を掛けさせられるなど、下の者からすれば煩わしい事この上ない愚行。
仮にライデンクルスが下に置かれる状況でそんな命令を受けたとしたら、彼自身怒りを覚える話だがそうだとしても、今回は部下達にそう命じたのだ。
そんな面倒な任務。
それが出来る人員を連れて来ており、彼らはきちんと仕事をこなしてくれて、予想通り起きた幾つかのトラブルに対処もしてくれて、後は引き上げるだけになって。
自分の機嫌が悪くない物だと思った中尉が言いよどむ質問。
ライデンクルスは部下達に手間を掛けさせたと理解しているから、目の前の中尉に少しばかり報いる事にする。
傍に彫像のように控えていながら興味を隠しきれない、付き合いの長い大尉も同じくだ。
もちろん両名とも身元が固く、有能さを常日頃余す所なく発揮してくれるからこそだが。
「中尉・・・貴様は現在、対連合の防諜が任務だったな?」
尋ねてはいるが単なる会話のきっかけであり、ライデンクルスは彼の現任務内容と実績は全て承知の上だ。
「はい、私の現在の任務はその通りです!」
若者らしい・・・・・・軍内において良く躾られたと分かる若者らしいその態度は大抵の相手に好感を抱かせる物であり。
期待と、健全と言える範囲の名誉に対する欲が見えてしまう、いわば特別な仕事を欲しているやる気に満ちた若者の態度だ。
部下のそれを悪くは思わず、むしろ歓迎し困難かつ面倒な仕事を上手い事やらせるのがライデンクルスであり。
であるからこそ、ライデンクルスはそのキビキビとした態度からやる気を無くさせないように言葉を選んで命令を下した。
君を選んだよ、と言わんばかりに。
「そうか・・・そうだな、まずは貴様を付けるか。
中尉、貴官の配置を変更する。
現在の任務の引き継ぎを始めろ、終了次第公国軍に出向させる。
特定する人物の行動の支援、援護にあたれ。
・・・喜べ中尉、国内初の対象が相手の任務だ、責任は重大だぞ?」
期待通りの結果と、プライドをくすぐられる仕事を与えられ若い中尉は顔をほころばせる。
「公国初・・・では・・・やはり彼は・・・!」
彼にしてみればタキという加護持ちは、自分の属す国に初めて生まれてくれた存在だ。
神の祝福を受けた強力な存在、加護持ちと呼ばれる者が、ミトラウスを攻撃してくる憎き帝国に何名も生まれる一方で、ミトラウスには生まれてくれない不公平さ。
建国してまだ若い国だからという言い訳では慰められる物ではない。
それを覆してくれたのがタキという若い下士官である。
実力的にも心理的にも、やはり他が持っている大義名分を自分だけが持てないという事は辛いのだから。
「嬉しいのは分かるが余り大きな声で騒いで回らないようにな?・・・しっかり励め」
「はっ!!直ちに後任への引き継ぎに入ります!!」
分かりやすくやる気を溢れさせ始めた青年を見て、ライデンクルスは満足げな表情で頷いた。
この位は言ってやっていいだろう、これからは更に奴絡みで苦労をかけるのだから・・・などと考えるが当然顔には出さずに。
この若い中尉は、ライデンクルスとタキの会話内容を知らない。
・・・タキがどんな【説明】と【証明】をしたかなどは知らされない。
(・・・名前を名乗らなかった存在から命令を受けただと?
この国を守り抜けと、世界を変えろと・・・だと?)
ふざけた話だ。
嘘臭い事この上ないが、国のトップは手元に残したいと言っているのだ。
従う側の人間としては運用を考える他ない。
・・・少なくとも今しばらくは、能力とリスクを天秤にかけ生かしておく事にする。
不審な行動をするならば自然な形で事故死、戦死になってもらう事も選択肢からは外さないが。
脅しはかけた、後は本人次第。
(・・・本人次第・・・だが。
いや、あれは信用できんだろうな・・・)
先を考えつつライデンクルスは、タキが荷物を持たされてフラフラになりながら兵舎に帰っていく所を窓から眺めていた。
兵舎に帰りついたタキが先任軍曹から遅いと怒鳴られ、夕食を抜きにされ半泣きでベッドに入っていたと部下から聞かされたライデンクルスは、兵糧攻めは効くようだと。
タキに対して、そこだけは人間味を感じた。
魔力の査定をランクではなく細かく分けられるように変えてみました。
他にも修正するつもりです。
難産な話だった。