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第4話・日常とは変化して行くものでした

読んでくれている方、ありがとうございます。

お礼を申し上げます。

「防諜課の者だ。官姓名を言い給え」



椅子に座るやいなや。



狭苦しい部屋にて向かい合う年のいった大尉が、にこりともせずにそう言った。



ついでにタキをここへ案内して来た若い男も表情が無い。



「・・・・・・」



タキは黙っている。


防諜課と聞いた為、いきなり答えてしまってよいのかどうか判断しかねていた。



大丈夫な味方かどうか分からないのだ、彼等は。










魔導兵器がなくては魔力なんぞ役に立たない代物だ。



人が持つ魔力を魔導兵器で発現させる、ならば豊富な魔力を持つ生体魔導兵器乗りとしても、それらが無ければ歩兵と変わらない・・・魔力に特化した兵と言えど、体を鍛えるのは軍属の努める所だった。




朝起きて身支度を整え体操、長距離走から始まる生活にようやく慣れ始めたある日。



朝食の為に移動しようとした所、三倍以上は年齢が上の先任軍曹から特別訓練を命じられた。



内容は物資調達。


リストに記載された物を入手して戻って来る単純な物。



ただし場所は訓練場ではなく市街区、物は目印や適当な何かではなく嗜好品。


了解しましたとびしりと背筋を伸ばして返事をし、嫌がらせかと内心辟易しながら出発。




リストに記載された品の数と、店舗の散らばり具合から昼飯まで抜きになりかねないと焦りながら走っていると。



人気が少なくなった通りで恐いおじさん達に囲まれてしまう。


服装は一般的な市民が着る簡素な物なのに面構えと雰囲気がそこらのチンピラ共には見えない連中に、やばいかも等とびびっていると話があるのでついて来いと脅されここに居る。




逃げてもよかったのだが内一人がミトラウス公国親衛軍、曹長の階級証と身分証を提示してきたのもあり。


「君が特別訓練で調達を命じられた品物はこちらで用意する」


と、パシリをさせてくれた先任軍曹の名前、品物を書いたリストの写しを出して来たのもあり、敵対する連中ではない?

・・・訓練の一環か?等と思えて大人しくしていた。



だが、部屋に入れば背筋が凍る感覚。


(・・・嫌な空気だ)


他者の意思によって命を絶たれる経験をした多喜の記憶が、警告を発していた。









「どうしたのか、官姓名を言い給え。」




大尉はなおも名乗れと言う。



「はっ・・・。

官姓名で、ありますか」



「そういったはずだが?」



タキが素直に名乗るには大尉の雰囲気が冷たく、恐さを感じる物であった為に警戒心が先に立っていた。



(・・・防諜課って言ったか?情報部とかそういう奴らって事か?)



馴染みなどない。


前の人生は勿論、今回の人生でも今までの所まったく接点がない。



知識というか想像としては、以前の人生での創作物における情報部や諜報部と言った者達の描写を思い返すくらいだ。






下っ端一人をこんな面倒なやり方で、街中へ来させて話をする。


有り得るだろうか?




(・・・訓練・・・じゃないなこれ・・・)



念のいった対尋問の訓練だとして、将校でもない下士官一人ずつにこんな手間を掛ける物だろうか?



(あ・・・)



ぞくりと肌が粟立った。



(・・・魔神絡みの、方か?)



現時点で、別に目を付けられるようなやましい事はない、していないとは言えるとタキは己の言動を省みる。




今現在、ミトラウスという国の中では軍に属し、武力を持たされている人間であるものの。



環境と年齢により時期に違いはあってもほぼ全国民が受ける戦闘魔力査定において特優判定がつき、志願時に優遇措置が着いただけの下士官の一人でしかない。



だけ・・・というのは、査定で特優がついた人間は軍に志願した場合、公国公主に奨励のお言葉を賜り、直接志願の宣誓をするのが通例なのだが。




タキはその場において魔力に優れるのは自分だけではなく、他にも何人かいるのだと己を含む11人の志願者を見て、それ程珍しいレベルでは無いのだと初めて分かったものだ。



数値では無く区分による分類なのだからそういうものか、と。


最も、その内の何人かは後方に下がったり、魔力に優れるが【加護持ち】ではないと見極められたらしいとは聞いたが。



加護とは見極められる物だと聞いて、何故タキは自分がまだそれをされないのかと疑問にも思ってはいたがここに来て、これなのだろうかと感じたのだ。



しかし防諜課とは何故か?


タキにはそれが分からない、こういうのはもっと、最初からやっておくべき事ではないのか?

今更、結構な数の人間の前に出た後に何を防ぐというのか?





「官姓名はどうしたか?・・・聞こえないのか?」



「・・・っ、失礼しました。自分は」



既に大尉相手に二度の命令無視をしてしまった。



これだけでも相当にまずいのだから、相手方の目的が何にせよこれ以上返答しないで、三度目の命令無視をするのは得策ではないだろう。



かといって、こちらの情報だけを喋らせられるのは良くないとタキは思う。



向こうにも話をしてもらいたい。



重圧の中、こちらだけ喋らせられて、隠しておくべき事まで喋ってしまってましたでは済まない。



相手の求める所、こちらがごまかしておく所が分からない。



実際タキの考え過ぎで本当にただの訓練の可能性だって残っているのだ。



(・・・後は答え方と態度で、探りつつ切り抜けるしかないのか・・・?)



防諜課・・・防ぐという事は、自分が魔神の加護を受けている事を知り、外へ漏れる前に始末を付けるとかそういう事なのかと、嫌な予想を思ってしまう。


訓練中の為、武器は携帯していない。



──逃げなければならない場合、自分より体格にて勝るこの二人をまず何とかしなくてはならない。



更に外に待機しているであろう例外なく手強そうな数人も何とかしなくてはいけない。



(あああぁ・・・・・・しまった。

・・・外で話をするって言い張るべきだった)



(・・・本気で・・・まずいんじゃねえか・・・?)



(・・・あの魔神は上手い事ごまかしておくとか、俺を送り込む国の上層部に口利いて丸め込んでおくとか、それすらやってないのかくそったれが・・・!)



せめて自分に警告なり何なりと伝えてくれればいいのに・・・。



タキはそんな事を考えながら、覚悟を決めて口を開いた。




・・・とりあえず、考え無しの人間と思われるのは避けるように。





「・・・私は、ミトラウス公国に生まれ育った戦士の一人です」



「・・・官姓名を言えと言ったのだが?」




「はい、申し訳ありません大尉殿、私は全力を尽くし大尉殿と大尉殿の軍務にご協力を差し上げます。」



タキの前に座る大尉、その脇に控える曹長も変な物を見たと言わんばかりに表情を変えた。



何言ってんだこいつ?、的な顔に。



「・・・・・・・・・協力すると言うならば。

私の命令に従うべきではないのか?

何故答えないのか」



大尉は表情を険しい物に変える。



「はい、私は大尉殿の命令に従います。

ご指導ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」


タキはそう答えると真面目ぶった顔で真剣に大尉を見つめた。


いかにも自分は忠実ですよと言わんばかりの大真面目顔で。



内心は心臓バクバクだが。





「ふざけているのか貴様?」



怒鳴らずに淡々と話を続けて来る大尉の対応。



未だ表情が変わらない中、目の奥にだけは怒りが見え隠れし始めていて、タキが感じるプレッシャーは強まってくる。




相手の対人経験に豊富な物を感じ、タキは今からでも尻尾を振るべきかと思ったが堪える。



簡単に屈服すべきではないとの思いだ。



反発し過ぎるのも考え物だが、頷くだけの人間の行き着く先は使い勝手の良い駒。



(・・・駄目だろそれは・・・!)



一度手綱を握られてしまえば、逃げるにせよ勝つにせよ相手を出し抜くのは面倒になる。




ならば、扱いにくいながらも評価できるような所を見せ、少しでも軽んじられない位置に行っておくべきだろう。



タキはそう判断した。




「──いいえ私は全力で大尉殿にご協力差し上げます。

大尉殿は防諜を任務とされる方だと聞かされました、ならば自分もミトラウスの軍属として協力を差し上げたく思います。

軽々しく情報を口にするのは控えます」




もの凄い屁理屈なのは分かっている。



それでもタキは自信満々に見える様に言った。




変な思考をする人間、変わった思い込みをする人間に、事態や道理の説明をする場合は詳しく分かりやすい説明がいる。


話を聞き出す場合は更に手厚い説明が。



多喜の人生経験では何度かあった事だ。




それを演じてみる。




大尉は呆れたような表情を見せ、後ろの曹長は面白い物を見るかのような顔になった。



(よしこれでいい・・・俺だけが喋らせられると追い込まれるからな)



相手に、怒りでも困惑でも何でもいいから感情を引き出させて喋らせる。


そこから情報が手に入るかもしれないし、突破口が見えるかもしれない。



変人と思わせてマニュアル以外の対応を呼ぶ。



タキは自分で喋りながら取り敢えずの方針を、そう決定した。




「軍曹、本気で言ったのか?」


「はい大尉殿、自分は全力でご協力差し上げます」


大尉はあっさり表情を平静な物に戻しタキを見定める。



間髪入れずに真剣な顔を作って前を向くタキ。




「・・・・・・曹長、彼の目を覚まさせてやれ」



「はい大尉」



そんなやり取りの直後、部屋の狭さを感じさせない滑らかな動きで近づいて来た曹長がタキの顔面に重い拳を叩き込んだ。



正面からの、鼻を押し潰すような一撃。


タキの頭部がのけ反る。



拘束はされてなかった為に防御しようと思ったら、既に打ち抜かれていた。


(!?速っ・・・痛ってぇえ・・・!)



意識を刈るのではなく、じんわりとした痛みを与えるようにわざとキレを抑えた嫌らしい打撃だった。



「・・・がっ・・・うぉ・・・」



この曹長には生身の格闘戦では勝てそうにない事を感じ取る。


同時に大尉はこちらから自発的に、何かを聞き出したい事があるのだとも思えた。



口を割らせた後は用済みの存在へのやり方なら薬物だの拷問だの色々と、ましてやここは魔力なんぞある世界である。



(本当に手段を選ばないんなら、今の時点で俺は目か指か歯が無くなってただろうな・・・しばらくは死ぬ事はないか?)



・・・まだ致命傷を負わせるつもりは無く、優位な立場を確保して従えたいのかと思えるやり方のように感じたのだ。



しかし。



(喋ってどっちに転ぶかは・・・まだ口車で切り抜けるしかないな・・・・・・)



鼻血がぼたぼたと垂れて来ては服を汚すのをうんざりとしながら痛みに耐え大尉に向き直る。


涙が滲んで来たので隠さずに見せてやれと思ったのだ。



ついでに鼻もすすってやる。



積み重ねた主観時間では精神年齢四十幾つだが、今のタキの見た目は15歳。



理不尽な暴力に泣く寸前の未成年完成である。



「いだぃです」



良い具合に声もくぐもった。



この程度でこの百戦錬磨っぽい大尉がどうなるとは思ってないが、上手い事情けに訴えかける効果を発揮してくれればラッキー位に考えておく。



「官姓名は?」



「はい、ご協力差し上げます、頑張ります」



大尉が曹長に合図を下す。



(・・・そりゃそうだ、さて頑張るかね)



歯を食いしばった直後、今度はこめかみをぶち抜かれた。









殴られ過ぎて顔全体が痛みと熱を持ち、歯が何本か地面に落ちていった頃、演技ではなく本気で意識朦朧として来たタキはさすがに限界を向かえつつあった。



(やっ・・・べぇな・・・死んでも・・・構わない方・・・だったのか?)



肉体が強化され死ににくい身体になると聞いていた為にかなりの時間は耐えられると思っていた。



事実大柄な成人男性の拳を相当に喰らっても、まだまだと最初こそ歯を食いしばって耐えられる程度の被害で済んでいたのだ。



それを相手が根負けする一因にはなる、位には当てにしていたのだが。




成長途中の、しかも栄養状態が良いとは言えない環境で時を過ごして来たタキの身体には、体格に勝る相手の一方的な攻撃は辛かったらしい。




・・・やたら身体の芯まで嫌な衝撃が来るなぁ・・・とタキが気づいたのは次第に被害がおおきくなってからだ。



余り歳が変わらないようにも見える曹長は、人の殴り方を工夫出来る相手だった。



加えて携帯型の魔導兵器か、小型の魔導具でも使っているのか。



拳を痛める様子が、ない。




それでも頑張って耐え続けていれば、必ず向こうから譲歩して何を聞きたいのかを露呈してくるはず。



それから慎重に会話を進めようと考えていた。



今喋れば水の泡だと。




そう思ってはいたが・・・現在のタキは、片目を潰され両腕はへし折られ崩れ落ちそうになれば無理矢理椅子に座り直され、テーブルに突っ伏しそうになれば顔を持ち上げられる始末。





相変わらず大尉は官姓名を言えの一点張り。



さすがにタキは自分の判断に不安を覚えていた。



(・・・しくじった・・・か?)



本気で気が遠くなり始める。



(・・・やっぱり・・・魔神の加護ってのは・・・ばれてんのかね・・・俺の口から言わせて・・・そのまま・・・)



タキは殴られながらも、アガリアレプトとの契約の際に名前、目的等を漏らした場合のペナルティがあるのかどうかも聞いてない事を今更思った。



(・・・俺って奴は・・・何でこう・・・甘かっ)




「・・・官姓名は?」



曹長に顔を無理矢理上げられ、大尉からの何度目になるか分からない問い掛けにタキは視線を前に向かせる。



「・・・・・・まだ・・・がんばれ、ます大尉・・・殿」



ミトラウスの軍属として防諜に協力します、続きをどうぞ等と言うアホみたいな思い込みをまだしています、と受け取められそうなセリフを伝える。



意地だった。



しくじった・・・との思いは有るが、まだ可能性は有るかもともタキは感じている。



曹長の拳が最初の頃より威力が少なくなっているように思えるのだ。



これだけ痛め付ければ最早苦痛は不要と思ったのかと見ていたが・・・手加減を始めたのかもしれないとも思えて来たのだ。



殴られ過ぎて感覚が鈍ったのかもだが、曹長の打撃からは少なくとも鋭さは完全に消えており。


大尉からは見えにくい背中や腹部を中心に、そこを押し込むような物に変化していた。



それでも大柄な曹長からの拳は当然痛いのだが



(衝撃・・・・・・緩める、打ち方・・・?)



当初からの予定通りなのか、それとも殴り役の曹長の独断か。


(・・・・・・状況は・・・変化・・・する?)



タキにはその兆しだと思えた。


ならば今更引っ込みなんか付けられない。



何としても相手に譲歩させてやるとの一念でタキは我慢を継続する事にした。



また大尉からの問い掛けに的外れな返答を返し、繰り返されるだろう曹長からの打撃に待ち構えていると。




「大尉殿・・・これ以上は・・・危険です、いくら魔導具による回復措置があるとしても・・・限度が」



曹長が言葉を発した。



(・・・来た・・・!)




タキは知らず表情を変える所だったが、顔が腫れ始めていたので内心の変化は気取られずに済んだ。




「私はやれと言ったが・・・!?」




ここまでのやり取りの間で声を荒げる事はなかった大尉だが、曹長の異議にかなり厳しい声色になる。



その表情は曹長が命令に従わない事よりも、未だふざけた態度のタキが気に入らないと言わんばかりに憎々しげだ。



曹長とは長いのだろう。



(・・・思わず部下の前で・・・感情が漏れた・・・って所か?)



大尉が自分に向けて来る視線の中の、感情を見て取ったタキは半分予想が正しく、半分予想が外れていたかもしれない事を知る。




(この大尉は・・・善が・・・つよい側か?・・・・・・あー・・・くそ)



個人的に悪感情を持たれていたのか?等と考えていると。





「そこまでで良い、待て曹長」



上、誰も居ない天井から響いて来た、聞いた事のない声が曹長を停止させる。





(・・・・・・やっと来た・・・か・・・・・・あー・・・よかったわー・・・)



タキは後ろを振り返らずに、前にいる大尉を──納得の行ってなさそうな、それでも、背筋を伸ばし畏まる大尉を見て。



「私が直接話をする、2時間待つので彼を治療して上へ連れて来てくれ」



生体魔導兵器に搭載されている通信機越しの声の聞こえ方に似ているその言葉を聞いて。


(・・・上位者のお出ましだ)



タキは、おそらくは有利な状況へ一歩前進したであろう事を確信した。



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