第3話 自分の命は案外他人が握っている。
遥か昔。
神が、混迷を極めるこの世界を正さんと邪悪を滅ぶす為に戦っていた頃。
人は、法と正義と世界の守護者たる神に従う清らかなる正しき側と。
闇より生まれし存在。
悪魔の誘いに乗って堕落した下劣なる腐った愚かな恥知らずにも程がある畜生よりも価値の無い気高さのかけらもなくした存在する事自体が間違いの罪深き人の皮を被った呪われし魔物。
に分かれており。
自らの望む世界の為に争っていた。
輝きを現す偉大なる神からの祝福を受ける正しき者達は、堂々と誇り高く、手を取り合い、励まし合いながら整然と。
糞尿のような馬鹿悪魔の知性を感じさせない役に立ちもしない呪いくらいしか貰えない塵芥の様な連中は卑屈に罵り合い欺き合い裏切り合い見苦しく地べたをはい回り醜く動き回る程度。
正しい者達には土と水と緑が味方し。
唾棄すべき者達には災厄と苦難が押し寄せる。
そもそ
「・・・ふう」
そこまで文字を追った所でタキは読み進めるのを止める。
(またこんな感じか・・・よっぽど悪魔側が嫌いなのは・・・支持者を増やしたくなかったのはわかるけどよ。)
手袋をした手に持つ古い本をまじまじと見つめる。
表題は『神世録』。
古代史に分類される年代の断片的な記録や文書を収めた書物。
(およそ一般的な歴史の教科書と、大して記述が変わらないって大丈夫かこれ?。
最初期のベルトルト大陸に実在したっていう聖人と悪人との記録のはずだろうに・・・。
あざとすぎないか?。
・・・いや逆か?
こういうのが前提にあるから、今現在の書物はみんな疑いもなく似るのか?)
タキは手に持っていた本を、
一応は権威のある物なので慎重に。
本棚へ戻した。
(だとすると今現在、大陸に広く信じられている常識という奴は根っこが【神の側】の物か。国によっても強弱はあるんだろうが・・・【悪の側】は嫌悪。やはりそれが基本形か)
「・・・ふむ」
少し固まった首筋を揉みほぐす。
ここはミトラウスの公都ツェンゾール、その中心にある公宮殿区の一画。
公立図書館。
地下二階、地上三階の贅沢な造りの代物。
閲覧は身元保証と金銭手続きによる許可制の部外者お断り仕様、ただし金持ちや権力者は除くという庶民に優しくない運営方針。
その一階でタキは、
支給されたばかりの特別任務手当から受付に払った金額と、それの見返りに見る事が出来た書物の内容を比べ。
閲覧開始から2時間余り。
今の所は損になっているかなと思っているところだった。
落ち着いた雰囲気の内装に、
洒落た形の窓。
良く磨かれて手入れされた床。管理している司書の者達も教養と知性を感じさせる所作。
静かな仕事ぶり。
ゆったりするなら悪くない環境なのだが、時間と金を無駄にしたくないタキは、それらを味わうのはほどほどに次のコーナーへ向かう。
単純だが分かりやすい配置の本棚はタキには気に入る点だ。
面倒事は少ない方が良い。
棚の間を進みながら、自分の靴の底が、軽く床を叩く音を30回程聴いた所でタキは速度を落とし、本の群れに目をやる。
『生体魔力』
『人造兵器の変遷』
『魔導兵器の戦術』
『錬金術と魔法』
『魔力の強い野性生物』
『魔力の波長』
『魔導兵器の発展』
『祝福』
『偉大な先人達』
『戦史と魔法』
『神を模倣した兵器』
・・・
・・・
・・・
一冊を手に取る。
(・・・魔導兵器の発展・・・この内容は・・・見た事があるな。
・・・幾つかの本からの転載、表題と表現変えただけの焼き直しかよ。)
熟読せずにめくっていくタキ。
本の内容は、
魔導兵器は神が正しい側の者達に悪魔側との戦いの為に創らせた物で。
それを使って正しい者達は圧倒的大勝利をした事。
最初は携帯式の物で手甲、武器、盾だった事。
それが服、鎧、と変わり。
ある時。
馬車に組み込み、馬に代えて人造馬を生みだし引かせた所から今の、人が乗り込み操る魔導兵器の雛形が生まれた事。
それを面倒臭い言い回しと、神側への賛美と悪魔側への侮蔑で飾りまくっている。
(良く見るやり方か・・・うんざりするな)
簡潔に纏めれば評価もコストパフォーマンスも上がりそうな内容なのだが、非常に要らない記述が多い。
何せ三分の二は賛美と侮蔑である。
全体を通してそれなので、似た表現が多々見られ真面目に読んでいると、もう何を読んでいるのか分からなくなって来る。
この世界の書物はこういうのが本当に多い。
印刷や製本についてのある程度の技術はあるようだが、内容は偏りが強く客観性がない。
本一冊の値段も安くないと来れば知識を求める人間は限られてくる。
知識を蓄えるのに真剣なタキとて今までに内容を目に出来た本は50に満たない、そしてその全てがこんな調子だった。
面倒な言葉の雨を使って手間取らせる事で歴史を曖昧な物にさせる目的なら見事な物だとタキは思ったが、とりあえず棚に戻し他の本を手に取る。
閲覧許可は一日限り、日が沈むまで。
次はまた金銭を支払っての許可から取り直しである。
『神を模倣した兵器』
(初見だといいな・・・どれ。)
「・・・・・・。」
ページをめくる、めくる。
めくるに連れて目がショボショボとしてきた。
「・・・。」
・・・一言で言えば、つまり魔導兵器は万能という内容だった。
それだけ。
後は自画自賛。
上から下まで文字がびっしり。改行無しの目茶苦茶な状態。
「・・・。」
非常に面倒臭い。
それでも手に取った以上は流し読みでも最後まで目を通してみる。
「・・・。」
ページをめくる、めくる。
めくるめくるめくる。
「・・・」
めくるめくる、めくるめくる。めくるめくるめくる。
前言撤回。
タキは見切りをつけた。
次に手に取ったのは造りが新しい感じの一冊。
『魔導兵器の戦術』
これまでに似た物を何度も見た分野だが、タキの現在の職業が軍人という事もあって。
毎回使えそうな知識が幾つか見つかる、ハズレのない分野でもある。
(・・・国の管轄下に置いてある、素直なタイトルのレベルが知りたいってのもあるがな。)
「どれどれ?」
やはり神側への賛美、悪魔側への侮蔑はこれもまたしっかりある、が。
(・・・・・・)
ページをめくる速度が落ちる。
大半は、タキがこれまでに目にした事のある内容だが、初見の記述や考察も見受けられる。
いわく。
魔導兵器を造るには技術と知識と物資がいる、金食い虫という事を自覚するべき。
生体魔導兵器は皮や筋繊維、血液等の素材となる生物もだが工業力も必要になる、
生態系の保護は最優先に置かれなければならない。
敵国の戦力低下を狙う場合、兵ではなく技術者の暗殺や生態系を破壊する方が効果を認められる。
ただし悪影響は大。
また守る側は優秀な精鋭を歩兵と共に国境に投入、技術者の周囲は警護を常に置き名誉ある職として重用するべき。
歩兵用の携帯式魔導兵器は個人の資質によって砲、防空、遊撃と役割は変わる為、ある程度の種類を造るべきだが生産性を忘れてはならない。
人が乗る生体魔導兵器は生態系を消費、破壊する。
生産性を第一に物量を各地に配備するか、高品質な精鋭をある程度用意して弾力性に富む運用をするかは難しい所になる。
極めて高価、高品質な生体魔導兵器を一つと、安価な生体魔導兵器を百では百を用意するべき。
生体魔導兵器の攻め易さ、守り難さで小規模な戦闘は激化したが消費の面から全面衝突は起こりにくくなった。
より柔軟に動ける者を多数揃えるのが上策ではある。
戦力差を如何ともしがたい巨大な敵の場合、非道、外道の汚名を覚悟し敵国民間人、生態系の破壊に国力の全てを投入する。
自爆攻撃で砦一つ都市一つ潰せれば安い物と考えるやり方も無いではない。
大型の生体魔導兵器は、
少数で砦や都市を叩ける強力な兵器だが個人の資質により平均は上下するという事を肝に銘じる。
「・・・ふむ。」
タキは読みにくい中から何とかそれらを知識として引き出して息をついた。
(・・・間違いと思うのも無いでは無いけど・・・考えてるなこれ。・・・誰が書いてんだ?)
残りが数ページとなった頃。
これまでびっしりと埋め尽くされていた紙面に空白が目立った。
最後の一文を見る。
著者、エヴァルト帝国皇帝、イルギウス2世という名前を発見した。
「・・・向こうかい。」
午後、人によっては紅茶やお菓子を楽しむ頃。
タキは読書用に設置されている椅子に座り、机に頬杖をついて、あくびしながらも頑張って文字を追っていた。
地理の棚から、生態系の棚から、文化、童話、小説の類まで手当たり次第に本を取って来ては返し、持って来ては戻し、食事も取らずに読みふける。
知識は武器になる。
前はそれに気づくのと自覚するのが遅かった。
おかげで自分が生きていくだけでも大変な苦労を重ね、しかも失敗したのだ。
ましてや今回この世界でやるのは多くの人の思想を変える事。
武力、権力、財力もそうだが、とりあえず賢さはいる。
その為には知識の土台がいる、それは大きければ大きい程良い。
やっと大量のそれを知る機会に恵まれたのだ、気合いを入れ吸収しようと思っている、
のだが。
(・・・頭いてえ・・・)
休み無しで文字を追ったおかげか、さすがに飽きが来てしまう。
半日以下の時間で一階の本全てに目を通すのは無理な為、めぼしい物を可能な限りと思い今の時点で結構な量を読んだ。
「・・・今日はここまでかな・・・」
兵舎はもう少しで夕食の時間になる。
丁度良い。
利用時間にはまだ少し間があるが、昼を抜かれた腹の虫も邪魔を強めて来たので切り上げる事にした。
(収穫はあった・・・けど、・・・厳しいな)
図書館を出て石畳を歩きながら背伸びをする。
今日沢山の書物を見て確認できた事。
タキがこの世界で最初に書物を見た頃は。
その画一的な内容に適当な記録の物しか残っておらず、
体裁の悪さから文書量の水増しでもやっているのかとも思った。
が、大量の書物をようやく見れた今日。
【前世の】記憶を持ちつつ、酷く叩かれている【悪魔側】との契約を持っているタキには何となしに見えて来る物があった。
洗脳や情報操作のような物だと。
よその国については詳しく知らないが、ミトラウス国民の教育の平均値は高くないし、識字率が低い。
もちろん貴族の子弟用は違うそうだが。
最低限の計算と歴史。
簡単な読み書きを教えるだけの市民向けの学校に通ってみて日本との違いにショックを受けたタキならではの推測。
それがもし他の国でも似たような状態なら嫌な事が予測される。
大部分の人が【悪】に対し嫌悪の感情を持たされるよう誘導されており、どちらに味方するか問われた場合。
【善】に無条件で味方し、【悪とされる方】に敵対を選ぶ者が圧倒的多数になるという事が。
(多数から外れる奴ってのは絶対に出る物だが・・・生きていられるんだろうか・・・?・・・協力者どころか最悪、支持すら手に入れられないのでは・・・)
「・・・・・・・・・。」
真剣に考えねばならないのだが、全く希望が見えて来ない。
(・・・善側を名乗って革命・・・、新国家?・・・無法者を集め・・・危険危険!
・・・少数じゃなくて多数の支持が無いと意味が無いんだって。)
(・・・やっぱり強い国力を持った国で権力を手に入れるのが1番か?
となると近いのは帝国だが。
・・・ミトラウスの軍人が裏切るなら手土産がいる。
・・・いや馬鹿か俺は?
大陸で最も【加護持ち】が多いのが帝国だろうが。
下手すると一瞬で死にかねん・・・)
(直接行って他の国の動向も調べたいけど、許可なんて下りねえだろうなあ・・・諜報畑の連中に連れてってもらうか?
生体兵器乗りが護衛にとか言ってもらって?・・・だめだな怪しすぎる目を付けられるわ)
(今ある人脈はミトラウス国民の【加護持ち】である俺に対しての便宜だからな。
小遣いだの女だ家だのは貰えても、情報収集や人脈開拓に勝手に動き出せば処分する方法を取られかねん。)
(ミトラウスで権力と財力を手に入れて・・・乗っ取りをやるか、個人として信頼の置ける優秀かつ強力な仲間を手に入れて独立・・・傭兵をやるか。
・・・待て待て、出身国を裏切った元軍人の傭兵が他国で政治の中枢に入れるかあ?・・・持ち金取られて駒扱いだろ。)
如何に大きな影響力、発言力を手に入れるかを検討して、見通しが立たんなと空を見上げた。
(・・・あれ?)
タキはそこまで考えてふと気付く。
(・・・待てよ?俺は別に必ずしも権力を握る必要は無いんじゃねえか?
別にこの世界を支配だの征服だのできなくても、人の信仰対象を悪魔側に向く様にする事が出来れば最低限の仕事は果たした事になる。)
(神に対する信仰が強い今の状況を混乱さえさせられればいいんじゃねえか?)
(だとしたら今この大陸の一般的な神側信仰の大元・・・確かヴァヒター教だったか?
それに対してどうにかっていう戦略を練るべきか・・・そうか・・・国よりもそっちの方が・・・)
(・・・攻撃は駄目だな団結を呼んじまう・・・内部からの方針変更と、分裂工作、数年がかりの信仰対象のすり替え。・・・権威を失墜させるのは影響力低下が面白くないな。
いや待て、もし強力な悪魔崇拝組織を作れたらヴァヒター教には御退場願おう、作れなかったらそいつらを組織改革して使うんだ、よしそれだ・・・!)
「・・・よし。」
この世界に生まれ育ったまともな感性の持ち主からすれば、殺されそうな事を考えているという自覚はもちろんある。
しかし彼にはこの世界の行く末を案じるつもりは無い。
当然だろう、タキはこの世界を乱しに来たのだ。
ここに来たのは自分の為。
他人の人生を思いやる余裕など無い。
(戦争を起こしまくるっていうのもありかも知れんな。世の中が乱れれば人の心も揺れやす・・・そうか・・・国家間を煽るっていうのも。)
ベルトルト大陸、ミトラウス公国の若き軍人。
魔導戦士、兼、生体兵器操縦士
タキ軍曹はそんな事を考えながら夕暮れの中を歩いた。
「・・・図書館、か。どう思う?」
「学を深めたのか、この国の政事を調べたのかは判別しかねます。
ただ強い意思と志を感じますな、先は見えませんが、あれは力を手に入れると推察します。」
「・・・そうか。」
深夜。
公宮の一画。
室内の暗闇を、窓からの月明かりだけが照らす中、問うのは恵まれた長身体格に加え風格まで備えた老年の男。
ミトラウス7世。
「離反するか?」
「するでしょうな。」
眼光鋭い彼の問いに答えるのは、こちらもまた迫力を感じさせる同年代の者。
ミトラウス公国公主直下親衛軍、諜報部を統括する忠臣。
ライデンクルス少佐。
どう見ても修羅場をくぐってきましたという面構えの男。
「帝国との空気は年々冷えている、大規模な衝突は避けられそうにない、・・・あれは手放せん。」
「出世や金に興味はあるようです。
ただそれは過程に過ぎない位の欲に見受けられます。
見せ掛けの物では満足はしますまい。」
ミトラウス7世は用意できそうな役職を思い巡らす。
「・・・半端者共がな。」
「邪魔ですな。
ですが今の時期に人事で強攻策は裏切りを作ります、まして使えない連中はそういう時だけ良く働きますので。」
「ライデンクルス、状況を整えるまでどうやって繋ぎ止めておけばよいと思う?親か女か?」
「まず貴族の女を、次に優秀な人材を近づけます。
上と敬うか、仲間に取り込もうとするか、下に置き使いこなそうとするかで目指す所が見えるかと。」
「女に言い寄られて上官に目を掛けられる程度で喜んでくれれば有り難いがな。
・・・親は放置か?」
「本人の希望通りに第3都市スォーンに土地と邸宅を用意させそこに住まわせました、また別宅をスォーンより更に東の田舎に、こちらも本人の希望で用意しました。
・・・まだ資金も物資も運び込んではいません。」
「連合に近い土地か。
帝国とは反対だが。
・・・ミトラウスを離れる時は親を連れて東の連合国家へ逃げると思うか?」
「帝国には名の通った加護持ちが何名も確認されてますからな。
小、中規模国の寄り合いの連合の方が自分を高く買ってくれるかもとの考えかと。」
「帝国への内通は無しか?」
「今の所は。
将来の可能性までは否定できません。」
「・・・仕方ない、何とか早めに良い物を用意しよう。
・・・で?」
ミトラウス7世は息をつき話題を変える。
「やはり生体魔導兵器は正常に動くようです、平常以上に性能を発揮して。
帝国の新型を3機撃破です。」
ライデンクルスは密かに監視させていた自分の部下が報告をしてきた際、興奮気味だった事は話さなかった。
(諜報部の人間が・・・それ程の物か?)
彼がいれば帝国との武力衝突はやりようも有るのでは等と、
馬鹿げた報告をされた事を主に言う訳にもいかない。
「そうか。」
「魔力は大したものです、神からの祝福とやらに間違いは無いのでしょうな。
加護を持っているのは。
・・・それで、魔神の加護との噂ですが・・・」
「出所と拡がり具合はどうだ?」
「主に下級、それも前線に出る兵。
その中でも、彼に直接かかわりを持ったごく近くにいた少数の間で自然発生した噂のようです。
・・・加えて思想に偏りが見られる者に絞られました。」
ミトラウス7世は非常に厄介そうな事態が予想される話しの流れに眉をしかめた。
「・・・。」
「またの機会に?」
ライデンクルス少佐も、聞かないでおくかと言外に問う。
知らないで済まされる問題では無いが、実際ここで止めればライデンクルスの独断で隠蔽していたと、外に対し最低限の言い訳をする事も出来る。
主に対する気遣いと、やっぱり厄介な方向でした。
との思惑もこの時点で伝わったはずだ。
「・・・聞く。偏りというのはつまり?」
しかしミトラウス7世は聞く方向で進める。
ライデンクルスは言い回しに気をつけて言葉を連ねた。
「生きる上で遠慮を余りしなさそうな、・・・多様な生き方をして来た経歴の持ち主達、です。」
ミトラウス7世は、長年に渡り自分を支えてくれる忠臣のその言葉を吟味して、了解した。
「・・・ヴァヒター教は善き者とは見ないだろうな。」
「そういう種類の者同士で魔力の同調でもあったのか。
結果自然発生した噂かと、・・・ならば当たりかも知れません。」
「確認は・・・どうやるか。」
「そんな噂が立つ以上は、教会の力を借りるのは論外です。
ヴァヒター教正道派、
ヴァヒター教アスプリアン派
どちらも無理です。
本人に聞く訳にもいきません、・・・肯定でもされようものなら、ミトラウスは国ごと、毛色の違う神を奉っていると誤解されます。
・・・問題が表面化する前に処分を視野に入れますが?」
「・・・どう思う?」
ミトラウス7世は意見を求めた。
「戦死してもらいましょう。即刻。」
ライデンクルス少佐はきっぱりと言い更に続ける。
「他国からの情報操作の可能性も否定しきれませんがそんな噂が立つ時点で危険です、特に帝国は喜んで攻勢を強め」
「少佐の意見はわかった。
ならお前個人の意見はどうだ?」
「・・・それは、・・・。」急に臣下に対するそれではなく、昔からの友人としての相談に変わった事にライデンクルス少佐は戸惑う。
「どう思う?」
「・・・同じく、反対です。
ミトラウスは帝国に譲歩して生きていくしかない国、悪あがきは大目に見てくれたとしても反撃は許されないでしょう、危険です。」
「・・・お前だったらどう使う?」
「どうって・・・まさか反対して欲しくないのですか?」
「・・・。」
ミトラウス7世は一度まぶたを閉じ、少しの間沈黙。
目を開けないまま静かに話を再開する。
「ミトラウスを本当に独立した国にする機会かと思う。
・・・今のままでは帝国にとって都合の良い緩衝地帯でしか無い。西ベルトルトの交通の要衝にあると言っても裏を返せば、帝国、連合国家、教国に囲まれた逃げ場の少ない立地。
何処と何処が衝突しても余波を食らうのを免れない。
・・・いつまでも、だ。」
「落ち着いて下さい。
連中はそういう目的でした。
連合国家と教国に対する外交的な壁としての為に半ば無理矢理の独立。
押し付けられたとはいえ、貴方の家系は良く治めていると思いますよ?」
「何より腹が立つのは帝国の連中はこっちが勝手に独立して好きにやり始めたと言ってる事だ。
人が金を稼ぎ出した途端だ、恩知らずと。
返せだと?笑わせる。」
ミトラウス7世はそこまで話すと大きく息をついて身体を弛緩させた。
「・・・帝国をどうにか出来るとは思ってはいない、だが地図は書き変えられるかも知れん。
あれが生まれてくれたのだ、帝国にでは無い、ミトラウスに、だ。」
ライデンクルス少佐は、苦悩を吐き出した友人、そして仕えるべき主の視線を受け止めた。
目は今だに問うて来る。
お前ならどうする?と。
「公主・・・一つ、聞かせて頂いても?
何がそこまで貴方を?
まさか【加護持ち】が手に入ったからやってみたい、というのは無しですよ?」
「不利なカードでの理不尽な勝負を強いられ続けていたら、初めて勝てそうなカードが来たのだ。永遠の冷遇が先に見えていれば戦うだろう?」
「・・・」
ライデンクルス少佐はしばらく主の顔を見ていたがふと、諦めたような覚悟を決めたような顔になった。
「わかりました、ではあれは。タキは、保持を第一に考えます。
よろしいですか?・・・よろしいのですね?」
「ああ頼む。・・・苦労をかけるな」
シワが深くなりつつある友人同士で苦笑する。
「・・・まあ、何とかしましょう。」
この日ミトラウス7世は、古くからの友人を騙し切った己の演技に自嘲をした。
彼は友人に言って無い事がある。
夢を見た事を。
夢の中で自分はどうやら【お告げ】を下された事を。
貴様の国に良い戦士が生まれるだろう、と。
貴様の知る、名だたる祝福を受けた戦士達、それを凌駕しえる者を生んでやろう、と。
貴様の世界は大きく変わるだろう。
動け、と。
夢を見た当時、ミトラウス7世は帝国との関係に心底嫌気がさしていた。
そもそも帝国は周辺諸国への領土的野心を隠さない国で、
嫌われ警戒されていた国だったのだが。
流石に自国以外の全てに団結されて敵対されるのはよろしく無い、と何代も前の帝国宰相が一計を案じる事になった。
それが帝国領土からの独立、ミトラウス公国の誕生である。
当初、交通の要衝にあり生産力が悪くないこの新国家を東の連合、北の教国はある程度歓迎し。
対帝国政策の為に各種支援を始めたものの、その支援はすぐに同情と冷笑混じりの物に切り替わる事になった。
帝国はミトラウス公国にじわじわと圧力をかけ始める。
ごく小規模だが頻繁な武力行使。
断絶では無いが途切れやすい外交。
無視はされないが明らかに差別的な貿易。
あくどい所では軍の戦闘部隊、並びに後方支援部隊の練度維持、向上の為に軍事演習をやろうと言われる事だ。
実弾を使って。
帝国は出世競争に敗れた者をこの【問答無用の実弾演習】に投入し、理由、場所を問わず、
戦死が出れば当たり前にミトラウスに賠償と遺族への補償を要求。
拒否をすれば国境沿いの町を焼き、他国へ醜聞をばらまきおとしめようとする。
戦争ですらない、いたぶるだけの行為、見せしめのごとく。
搾り取られ、次から次へと支援され、また取られるこの国を、無理矢理に酷い状況に放りこまれた人々を何とかしようと方々に頭を下げに行く歴代の公国の主。
それを見て周辺諸国の者達は思う。
(自分の所ではなくてよかった。)
それだけ。
彼らにとっては帝国の第一次目標から外れる事は重要な事であり、ミトラウスが出来てくれたおかげで自分達は【後ろ】に下がる事が出来たのだから何の問題もなかった。
それがもう二百年近く。
帝国は敵を団結させる事なく力を蓄えたし、連合と教国は帝国が自分達に対し静かな為に小競り合いを始める始末。
考えた帝国の宰相はなるほど有能だったのだろう。
しかし帝国の汚濁を押し付けられたミトラウスの家系と民達はまさに地獄を味わったと言える。
それでも少しづつ少しづつ、亀のような歩みで必死に蓄え、鍛え、育てて来たこの国。
ようやく。
後少しで一息つけるかと思える位に育ったと、後継者を考えるミトラウス7世に諜報よりもたらされた帝国の動向。
-帝国によるミトラウス併合の政策が検討開始-
その時の記憶ははっきりとは覚えていない、
ただ激昂したのだけは確かだった。
そんな時に見た夢。
宣告。
その内容。
本来なら慶事、吉兆かと、
泣いて喜ぶ事かも知れない。
が、彼は誰にも言えなかった。
何故なら告げて来た者は。
その者はどう見ても【善き者】には見えなかったから。
感じる魔力か波動なのか。
雰囲気が余りにも・・・酷い。
隠す気が無いにも程がある程、露骨。
暗すぎる。
まるで闇を引き連れているかのように。
明らかに警戒を覚えさせられるその【何か】は言った。
【私の息子はきっと役にたつだろう】
その言葉を聞いた数年後、臣下の喜びの声と共にタキを見た彼は激しい目眩を覚えた。
同じなのだ。
同じ髪。
同じ顔。
同じ声。
・・・同じ雰囲気。
この国に生まれてくれた【加護持ち】はあの【善き者には見えなかった何か】と同じ。
あれの加護を受けた存在。
理不尽過ぎる、と叫びたくなるのを必死で堪え、タキに言葉をかけ、希望を叶えた。
お仕えします、との希望を。
友人が去って、
一人になり音がほぼ無くなった部屋の隅。
【お告げ】を見た頃の事を思い出していたミトラウス7世は、静かに窓から空を見ていた。
見る者が居れば彼の目は暗く、死相が出ているようにすら感じただろう。
(・・・殺しはしませんよ、・・・代わりに【御子息】には存分に働いて頂く。
それで良いのでしょう?
・・・魔神殿。)
月を見上げながら、今も見ているであろう【何か】に対し、ミトラウス7世は心の中で思い付く限りの恨み言を放った。