第2話 産声
2016、4、14修正しました
「ゴミのような負け犬人生お疲れ様でした、大村さん」
目の前に男。灰色の髪。
ぱっと見ただけで上質と分かるスーツ。顔立ちから30代と見えた。
白人だ。
嫌な目付きだ。
他人に命令し、見上げられ、仕えられる事に慣れた空気を纏っている。心の底から嫌いなタイプだ。
そいつに、にこやかに馬鹿にされた。
大嫌いだ。
激しく腹は立ったが、同時に、誰だこいつは? という意識も強い。見た記憶がない相手だ。
外国人の顔見知りはそれなりに多いが、自分が話すのは下っ端ばかり。
こういう、いかにも上の存在、という雰囲気の男は数える程しか知っていない。その誰にも該当しない
誰だか知らないがこいつは相当の奴だろう。
今まで目にしてきた中でも、飛び抜けて厄介そうな面構えだ。
…きっと権力なり財力なり十分に持っているんだろうな。
くそっ…。うらやましい。
俺だって本当はそんな風になりたかった。
…もう諦めているけどな。
「ははは。照れてしまうな…そんなに大した者ではないよ?」
あん? いきなり何言ってんだこいつ、俺は何も言って無いぞ?
口に出てたか?
「話をしてもいいかな? 君に仕事を依頼したいんだ」
話?…仕事?
「悪い話では無いよ。聞いてくれるかな?」
仕事か?内容次第じゃもちろん…。
いや…もう遅いか、失敗したんだ俺は…。
時間がない。
今日か明日には金が要るのに。時間がない。
「…もうお金は要らないんじゃないかな?」
何だと? ああ…そうか。
あんたがそれか。俺から回収に来た訳か。
よりによってこんな怖そうな奴か、参ったな。
いや、どうでもいいか。
どうせ生きてた所で大した違いは無いだろ…。
好きにしろよ。
売るなり消すなり好きにしてくれ。
「仕事を引き受けると受け取っていいのかな?」
…?
…違うのか? 誰なんだあんた? いや待て。
いや、何だ?
何処だここ。
俺はここにいつ来た?そもそも何処だここは?
真っ暗じゃねえか。
景色も空も地面も見えない、立っている感触すら無い。
目の前の男しか見える物がない…。
…何で相手の姿が見えるんだ?
「何でだろうね?」
確か…ついさっきまで…最後の事業。いや博打にも失敗して。金がなくなって。やけ酒を煽って後は…それで。
…そうだ、俺は確か海に投げられたんだ。
…どうなってる、あんなに痛めつけられたのに。
身体中にあった痛みが無くなってる。いや、感じなくなってる。
感触が無い。自分の体を触っても何も感じない。
死んで、るのか俺?
「うん、理解がまあまあ早いね君。助かるよ。
混乱はしないのかな。冷静じゃないか、ちょうどいい。死んで困らない程度の人材にしては見るべき所がある」
誰なんだあんた…?
「お迎えだよ。言っただろう、ご苦労様と」
本当に死んだのか、本当に終わったのか俺。
「今更かい? 観察力と認識力は大した事が無いのかな? それでは人間の世界は勝ち上がれ無いだろうね、負けて死ぬ訳だ」
あんた…その口の悪さでまさか天使様とは言わねえよな?…何を吹き出してんだ。
「…いや失礼。君、自分が天使や神の使徒に迎えられるような人間だと思っているのかなと思ってね」
…うるせえ。
自分がそんな大層な人間じゃねえのはわかってんだよ!誰なんだよてめぇは、悪魔か死神か。
「私はアガリアレプト…魔神の1柱だよ」
そうかよ、魔神かよ。お偉いさんだな羨ましいね。
俺ごときにお出ましか? 連れてくってのか?
下っ端仕事ご苦労様だな、さっさと地獄でも何処でも連れて行けよ。悪魔野郎。
「大村多喜、私は魔神だ。低級な連中とは一緒にして欲しく無いな…こちらにも誇りという物があるのでね」
へえ、悪魔に誇り? どんな?
「自身の功績に対する誇りだよ」
…功績か。……そうかよ、すまんな。
「謝るのかね。素直だな」
誰だってプライドとか大事だろ。
「私は君を下に見ていたんだが?」
…仕方ない、事実だからな。
こんな所で否定したって仕方ないもんなあ。
「…ふふふふ」
何だよ。
「いや失礼…意外と、と思ってね。思わぬ拾い物かな」
そうかいありがとよ、まあ短い間よろしく頼むわ。
で? あの世に行くんだろ?
地獄かやっぱり?いつ着くんだ。
「それなんだが、残念ながら君の魂は消失する」
ん? 何だ?
「君が人の世界に与えた影響なんだが。それは功績に対し天に迎えられるまでにも、罪に対し地獄へ落ちるまでにも届かなかった。
輪廻の理は一定以上の優秀な何かを残した者だけが残るんだ」
…分からない、つまり?
「誤解がある。良い人間は天国へ、悪い人間は地獄へというのは、人に伝わる間違いでね。
輪廻の理においては、何かを成し遂げなかった者は生まれ変わる事は無い。そのまま消える。つまり君は消える、残らない」
……。
……そうか………何か、か。何かを残した者か。
…成し遂げた事か。
じゃあ駄目だ。
何にもねえもんな俺。
努力も我慢もしないで言い訳ばかりだったもんなあ…。
周りに嫉妬してふて腐れてばっかりで。
挙げ句に楽して金が欲しいなんて。
結局、無茶苦茶な商売に手を出して失敗して……
そんなんじゃ何にも上手く行く訳ねえのに。
時間なんていっぱい。いっぱいあったのに…。
そうか、要らないのか俺は…本当に…!
「後悔しているかな?」
している。ああ後悔している。
後悔はいっぱいして来たけど、今になってまた後悔した。
「そうかい、結構」
ちっくしょう…。ちっくしょう、ちっくしょう。畜生!
…消える。
消える、地獄にすら行けない。罪人が行ける所からですら見捨てられる。全て消える。
そんなに要らないのか。
俺はそんなに何の価値もないのか。
「誤解して欲しく無いのだが、君は無価値という訳ではない、少しばかり足りなかっただけだ。そこで…」
やかましい!さっさと連れてけよ!消してくれ…!
…もううんざりだ。
「やってみないかな仕事を?」
……。
「話の進め方が意地悪すぎたな申し訳ない、現状を理解してもらいたかったのでね。もう一度言おう。
大村さん、君に仕事を依頼したい、やってくれれば」
……やれば?
「報酬として君の人生を、やり直す事が出来るようにしよう」
……馬鹿な、有り得ないね。
騙して何かするつもりなんだ、何か、何か。
絶対有り得ない、何のつもりなんだ。
「君は記憶を保持したまま生まれ直す事になる。
赤子からもう一度だ。…同じ世界とは行かないが、差位が無視出来る程に小さい、平行した宇宙の地球、わずかに違う日本になるだろう。」
……。
「たどる歴史に違いが出ない事は無いが、そこは覚悟してもらう他にない」
…そっちの世界の俺は?
「君が流産、死産になるはずの世界から選ぶ、君は君を殺す事はない」
本当に、やり直せる?
「わずかに違う世界でよければ」
………………何をすれば良いんだ?。
「…と言うのが依頼だ。」
………いや、無理じゃね? ハードル高すぎねえか?
善性が強い世界に生まれ直して世の中を掌握。
最終目的が【神の祝福を受ける】連中を全滅させて【悪魔】を崇める世の中にする事?
「理解が早くて助かるよ。そうだ」
……いや、あほか!
大量の神様の遣いと戦争やれってのか! あほか!
魔法がありの世界? ファンタジーか! 何でもありか!
勝てる訳ねえだろ! 馬鹿かお前!
信仰を書き換える? それこそ魔神の出番だろ!
あんたが出てって加護を受けた連中を始末すりゃあいいだろ!
何で同じ人間にやらすんだ! 勝てる訳ねえだろ!
「それだよ、まさにそれが理由だ」
それ?
「我々は高次元の存在、肉の身体を持たない。
人の世界に出るのに莫大な制限と制約が必要になる。まともに動くのが辛い程にね。
肉体があるというのは実は凄い事なんだよ?」
…だから協力的な人間を送り込んで使うって?
無理だぞ、さすがに。
「そうかな?」
……神さん、つまり【善】が強い割合を占める世界に【悪】として生まれて、状況をひっくり返せって事だろ。
荷が重過ぎる。
「善と悪じゃない抑制と混沌だよ。それで? どうするかな?」
…………やるよ。
「結構」
「……私の加護を得る事によって、まず非常に生命力が強まる。単純に死ににくい。勘が働き、進むか止まるかの事態に強くなるだろう」
そうか。
「金、権力を動かしてはやれない、出来なくも無いが君を目立たせる事になるので最低限になる」
その世界を監視する神、存在する神の使いに睨まれないようにする為だな?
「そうだ」
確認だが人の世界が選択した状況は神の使い。
人じゃなくて天使の方な? そっちには手は出せないんだな?
「それが何であれ人間達が自分の世界で選択、決定。
実行する事には。ただし助言はするだろうがね」
天変地異は起こされないのか?
「そこまで介入できる程の【門】を開くなら私も同じ【門】から天使を叩きに行けるよ。
【門】を開かない分、私の力の方が余裕がある」
そうか、わかった。
「予想はついているかも知れないが、君はいわゆる【悪性】だ【善性】に嫌悪を抱かれやすい、場合によっては命取りになる。味方を選んで早めに作りたまえ」
ああ。
「それと対自然界交渉能力…いわゆる魔法力という物は限界まで持たせるつもりだ。
容量と回復力、顕現力。君が行く世界では強力な武器になるはずだ、使いこなしてくれたまえ」
冗談じゃなく本当にファンタジーなんだな。
なあ。
「何かな」
何故あんた達は戦うんだ。
「天が勝つと、秩序と規律が強まるんだ。固定化されるだけの世界。…つまらないとは思わないかな?」
同感だ、下っ端が一生のし上がれないな。
そんな上は邪魔だな。ああ、あんたは上の人だったな。
人じゃねえか魔神か。
「やはり君とは仲良く出来そうだ。想像以上に苦労するだろうが頼むよ」
ああ。やってみる。
「君が自身を見失う事が無いように名前は同じにしよう、成功を祈る」
ベルトルト大陸。
北に大氷河と極寒の大地があり。
南は広大なジャングルが広がる。
東には穏やかな気候の盆地、さらに進むと大山脈。
西は巨岩と緑と激しい起伏が入り混じった、人の手の入り切らぬ土地。
多種多様な環境が詰め込まれる広大な土地を、更に大海原に囲まれた大陸。
そのベルトルトに幾つも存在する国家の中の一つ、
西方にあるミトラウス公国があった。
ほどほどに民から絞り取り、ほどほどに不正や不平等がある、そこそこの歴史を持つありふれた小国。
ミトラウスは公都ツェンゾールを頂点に、一級拠点都市と呼ばれる生産、経済、軍事においての重要都市を3つ配置しており。
それら拠点都市が、細分化された地方を管轄する体系を取る国だった。
その一つ、拠点都市ティーンラウスの管轄下に属する、ティント地方の寂れた農村。
そこに生まれ、幼なじみとして長い時間を過ごし、結婚して夫婦となった若い男女があって、彼らは。
初めて生まれる我が子につける名前に迷っていた。
出産数ヶ月前に夫婦揃って夢を見る事になる。
男か女かわからないが不思議な声。
二人の子の名は【私】が決めているという。
従いなさい、と。
戸惑いもした若夫婦だが、これは良いお告げかと喜び。
告げられた言葉を我が子の名前とする事にした。
赤子の名前はタキと名付けられる。
世界から愛される事を願って。