第1話 これが仕事です。
羽の生えたトカゲ。
牙は持たぬが砲を持つトカゲもどき。
生体装甲をまとい、人造の筋肉で動くトカゲ形の兵器。
人造生体兵器 ドラグーン・改
二足歩行をするという点は人と同じだが、姿形と大きさが違うそれが、跳ぶ。
空は飛べないが、跳ねはする。
大地、森。
視界に映るそれらの景色が目まぐるしく変わっていく。
操縦による運動で変えていく。
それを行うのはドラグーンの内に居る存在。
肉のような機械のような感触の、主を包み込むように造られたその場所、操縦席で。
張り巡らされた魔導回路に照らされる灰色の髪の少年。
彼の意思を伝達し、己の身体のごとく操作する為の操縦桿を握りながら。少年は激しく変わる景色を視界に収め座っていた。
軽く息をつき上空を見る彼。
その視界には青い空と、その中を高速で移動する三つの物体が映っている。
移動する物体には赤い揺らめきがまとわりついているが、これは少年の肉眼が直接捉えている物ではなく。
少年と外との間にある【投影膜】に備えられている機能の一つだ。
魔力の強さにより色の濃さと大きさが変動する赤い揺らめき、それが大きくなる。接近してくる物体群。
編隊を組み接近してくるそれらに対し、少年はドラグーンに回避運動を開始させる。
増幅させた魔力をドラグーンの砲型魔力発現機――魔法を使う為の媒体に送った。
風径の術式を発動させて重さを緩和、地面から数十センチの高さに浮いたままのホバリング運動。機体を鋭く横へ振った直後に右側へ紫色の光球が落ち、爆発した。
空を飛び回りながら、着弾時に熱量を発生させる炎属性の兵装、フレイムアローを撃ち込んでくる敵。
大型の翼を持つ、鳥と獅子の混ざったような姿、四脚式の人造生体兵器グリハン。
エヴァルト帝国製。高機動型の生体魔導兵器だ。
そのグリハン達の連続射撃を、浮遊を持続し滑るように回避するのは少年が乗る二脚式生体兵器─ドラグーン改良型。
同じくエヴァルト帝国発祥の人造魔導兵器。
やや猫背のがっしりした、砲撃戦型の機体である。
十年前から、あちらこちらの国に輸出され、それぞれの国で運用、模倣生産されるシンプルな物。
それの改造、改良を加えられた機体。
今、少年が乗るのは所属するミトラウス公国製のドラグーン改。背中から肩に被さる形の砲型発現機を二門持っている機体だ。
基本形の一門搭載から砲を増やし火力の増強を図った、良好な運動性だが新鋭機に比べれば全体的に劣る量産機。
生産を重ねるに連れ蓄積された技術や、生体部品の品質向上はあるとしても劣る。
その機体でフレイムアローを危なげなく回避しながら反撃を始める少年。
砲撃機構に【雷撃】を起動させるように魔導回路から魔力を伝える。
「あのドラグーン…運動能力が高い…っ」
「グリハンの速射能力で捉え切れないのか!?誰が乗っている!」
「公国製のドラグーンが何故あんなに…?」
グリハンの操縦士達は滑らかに動くドラグーン改に苛立ちを覚え、それが反撃に撃ってきた雷属性の射撃兵装─ライトニングウィップの長さに呆れ返る。
「…ふざっけるな!何だあの厚みは!」
地上から百メートルはあるはずだが、ドラグーンの砲撃機構から伸びた厚みのある雷撃。それが鞭のように3機のグリハンを追い回していく。
グリハンの操縦士達は雷撃の厚みに驚いたがその長さにも驚愕した。
平均的な操縦士が起動させるライトニングウィップの射程はその半分程だし、そもそも自在に動かせる代わりに細い雷撃を発生させる兵装である。
しかしながらドラグーンが両肩から放ってきた二筋の雷撃は大蛇のような迫力があり、激しい動きでうねりながら追い回してくるのを見れば、そこには威力と追尾性の両立を感じさせ彼らの背筋を凍らせた。
射程に優れる炎系の兵装に劣らない。
あれに接触すれば間違いなく装甲は焼き切られ、機体は損傷し墜落するだろう。
グリハン1番機を操る指揮官は後退をしたくなったが、まさか3対1の状態でそんな訳にはいかない。
与えられた命令はこの地域の帝国民以外の排除。
ふざけた言い回しなだけの制圧。
ミトラウス公国の領土を削り取る作戦の一環である。
領土拡張に積極的なエヴァルト帝国上層部からの命令、
国力に劣る公国の防衛網などと高をくくった連中の指示とは言え、これでは現場で指揮を取った自分の立場が危うい。
「…ミトラウスはいつこんな機体を…まさか搭乗者の能力ではあるま…加護持ち…?いや、有り得ん。そんな…」
彼は余計な事を考えだした己を内心で叱り付け、僚機に指示を下す。
回避運動に集中していたグリハン達は三方向からドラグーンへ接近をかけた。
余り時間はかけられない。
他国に力を見せ付けたいエヴァルト帝国の支配階級達は、耳に心地好い報告でなければ聞いてくれない。
他方面で展開中の連中が丸ごとライバルになっている、出世に取り残されたくないとの思いで。
それが分かるから彼の部下も猛然と突撃していく。
グリハン達はライトニングウィップをかい潜り降下。
横目にうねる雷撃が弱まり鈍りつつあるのを見て、ドラグーン搭乗者は限界が近い事を感じ勢いを増した。
(…魔力が枯渇してきた…? 当然だろうが! あれだけの動きをさせて…!)
「…よし!」
攻撃を中止して森へ逃げ込む動きを見せるドラグーン、
グリハン達は恥をかかせてくれた敵を、近接戦用装備の手斧で叩き切るべく降下していく。
彼らは帝国領にある前線拠点へ帰還する分の魔力の温存の為、射撃を3機中2機が止めている。
残る1機が放つフレイムアローとて、密度も威力も減らした軽い牽制程度の物になっていた。
だから森に隠れたドラグーンをあぶり出すのに、多少の時間がかかるのを理解していたし、油断は別になかった。
魔力がなければ魔導兵器は動かない、個々人の素質に差はあれど限界は平等にある。
動かせば限界。飛べば限界。撃てば限界。
最小限の消耗で出来る限りの成果を。
それが生体魔導兵器。
一部の例外はいるにはいるが、そんな【神に愛された】連中は大陸最強のエヴァルト帝国にも数える程しかいない。
(ミトラウスのような恩知らずの国に【加護持ち】が生まれるかよ…!)
指揮官はにやりと笑う。
高機動型のグリハンが、砲撃型のドラグーンに接近してしまえば優位に立てるのは明白。
実際に雷撃を停止して、鈍った動きで森に逃げ込んだドラグーンを見た彼らは勝てると確信もした。
グリハンの投影膜には、魔力反応により機能する赤い揺らめきが森の一部分に重なっているのが見えている。
それがドラグーンの位置。揺らめきは一つ、伏兵無し。
移動を止めて停止中。
動きを止め狙い撃つ気だろう。
牽制も撃てなくなったのか。
(びびらせやがって…経験の少ない新米だったのか?…雷撃は見事だったが。飛ばし過ぎたな)
グリハンの操縦士達は勝利を確信しながらも油断せずに、撹乱しながら接近の勢いを増す。
油断はしてなかった。
だから彼らは何が起きたのか分からない。
森の中から大気をつんざく轟音と共に、豪雨のごとく雷撃が吹っ飛んでくるのを見ても。
「っ!?」
光り輝く雨を見れたのは数瞬。
回避運動を取る空間も暇もなく、1機辺り百発以上の直撃を喰らって装甲はおろか、生体部品、動力炉、搭乗席。操縦士まで焼いた雷撃を喰らっても理解できなかった。
グリハン隊を指揮する男は一人だけ身体が焼かれる寸前に噂を思い出し。
(噂じゃないのか…しかし…これはまともな人間に出せる…魔力量じゃ…)
それだけを思って絶命。
炭になって墜落した。
その光景を離れた場所から見る8機のドラグーンがいた。その内の2機の搭乗者は手鏡のような大きさの通信機で会話をしている。
≪……どういう魔力量をしているのかしら…≫
黒髪を肩の辺りで切り揃えた少女はつぶやく。
独り言のようなその台詞に≪…本当なのかもしれませんな≫と引き締まった顔の中年の男が応えた。
≪何がです?…噂ですか≫
少女の態度は目上の者に対して礼を欠く声色だが、男は気にもせず続ける。
≪噂です。軍曹は極めて力の強い神からの、加護を持っているという奴です≫
≪下らないですね…! 嘘ですそのような話は…!…あんな奴に…ありえない…何で…≫
苦々しげに少女は吐き捨てた。
それを聞いた男は、さすがに仲間に対する態度ではないと嗜めようかと思ったが、自分とは違う少女の生まれと、少女の【護衛】に付いている6機のドラグーンを確認して言葉を飲み込んだ。
次の一言も口の中に留めて。
(…神ではなく魔神という話だがな…)
男は─ミトラウス公国・魔導兵器群第7独立試験少隊・隊長ヤーデイン中尉は。
また今回も実戦を経験出来ずに隣でふて腐れる少女─ビナ・マールマムーン中尉と、もう一人の部下であるタキ軍曹を比べてしまいその質の落差に目眩を覚えた。
(…形式上の事とは言え何故、私がこいつらの指揮官にならねばならんのか)
たった今3機の帝国新鋭機を一撃で、まとめて撃墜したドラグーン改。
こちらに合流してくるその機体に乗る軍曹。
名前はタキ。
重い灰色の髪を持つ15の少年だ。
上層部や支配階級に、扱いには注意せよ、しかし調子に乗らせるな、だが不信を覚えさせるな、逃がすな、目を離すな、いざとなれば始末せよ。
と面倒な指示を食らうはめになった存在。
公国の劇薬。
そのタキ軍曹から通信が届く。
≪ヤーデイン隊長、残存する敵戦力は確認出来ず。
簡易報告、増幅炉の試験起動は異常無し。
兵装、機体、異常無し。これより合流します。以上≫
若い声が事務的に現状を伝えてくる。
ヤーデインが声に若さを感じるのは当然だろう、なにせ歳は3倍近く離れているのだ。
自分とはまるで違う才能に暗い感情を覚えないでもないが、とにかく任務を終えなければならない。
≪了解だ軍曹……≫
何か声をかけるかと思ったが、ヤーデインは余計な事を言わないように返事のみで済ませた。
隣で護衛を引き連れているお嬢様が、不機嫌さを増すのが分かっているから。
片やミトラウス公国の名門マールマムーン伯爵家の令嬢。天才ビナ・マールマムーン。
戦闘を行いたいが実家が圧力をかけてくる為に、隠蔽技術や長時間稼動の為の魔力増幅器の記録取りをする、プライドが高すぎる少女。
片や平民、名字などない下層の者。
ただし公国の切り札になる可能性があると期待を受ける異才、タキ。
最低限の礼節は持つが、愛想を良くする事をしない若者。
嫌いな物が多い、命令拒否をやらかす、訳の分からないコネクションまで持つという極めて扱いづらい実力者。
あらゆる意味で面倒な存在の、二人を伴っての各種装備の実戦テストと遊撃警戒が今回の任務。
(…あくまで臨時編成だ、落ち着け俺)
面倒な特別遊撃任務ももう少しだ、そうすれば帰れる。
ヤーデインはそう自分を慰めた。
タキは自分の魔力の残量を量って、まだ問題無しと判断した。
個人的な感覚かつ曖昧なもので、最初は把握するのに苦労したものの、慣れた今では自身の体の事は手に取るように分かる。
【生まれた瞬間】から自我がはっきりしてたのは伊達ではない。
(…あのくそ魔神は魔力量と回復力の贈り物とか言ってたが…信用なんぞ出来んからな…)
タキは疲れたように背もたれに体重を預けた。
「今年で15か。あっという間だな人生ってのは……ホントに何やってたんだか、昔の俺は」
タキ軍曹。
【元いた国】では、
大村多喜という名前があった男。
(……今度は)
少年は、多喜だった自分の人生と最後を思い出し、気を引き締めた。
ある約束、契約が今の彼を動かしている。
「…大陸から【神の加護】持ちを一掃……か。…本当に孤立無援じゃねえか。どうせ生まれ変わらすなら仲間くらい用意しとけよ、悪魔野郎め」
元の世界に。日本にもう一度生まれ直す。
それが、大村多喜が提示された報酬。
その為にタキはこの世界でやり遂げなければならない。
自分を生まれ変わらせた魔神との契約を。