「不完全犯罪」。
『伸、おはよう。パパは今日も帰りが十一時過ぎになります。学校からの手紙は机の上に置いておいてください。 パパより』
小学校に入学してから、5度目の秋がやってきた。
相変わらず、世間はどうでもいいことをくりかえしている。
「世界は、面白いことで満ち満ちている。」こんなことを言ったのはいったい誰なんだ。世界に面白いことなんて、ただ一つしかないじゃないか。今観ている夜のニュースだって、おんなじようなことを繰り返している。
『えー、数年前から世間を騒がせている、埼玉県南部通り魔事件。昨日午後10時ごろ、38人目となる被害者が出ました。現場に、早瀬さんに行ってもらっています。早瀬さーん?』
『はーい!早瀬です。えー、昨日午後10時ごろに発生したとみられている埼玉県南部通り魔事件。事件は、私がいますここ、さいたま市で発生しました。今回の被害者は、五橋運輸社員の長道渉さん45歳で、鋭利な刃物で刺されて死亡しているのを11時頃、近所の方が発見しました。刃物は、刺したままになっていたようです』
そこまで視聴して、僕はテレビの電源を切った。こんなの、ただの暇潰しに過ぎない。
僕にとっての「面白いこと」は、世界で唯一つ。
今夜も、「面白いこと」を追及しに行こう。
月が綺麗だ。
夜十時半、木枯らしの吹く通りを僕は歩いていた。
いつものリュックに、いつもの″道具″。何度やっても胸が躍る。
対象は誰でもいい。ただ僕の喜びをを満たしてくれさえすれば。
こんなに面白いことは他にないと思う。なぜみんな理解しようとしないのだろう。
しばらく歩いていると、前方に人影が蠢いているているのが見えた。
口を歪めて、にやりとした。
今日は、この人にしよう。
徐々に人影との距離を縮めていく。あと十メートル、九メートル、七メートル、五メートル、一メートル、
――――三十センチ。
重い音が周囲に響いた。
――やった。
今回は、どんな人物だったんだろう。
回り込んで顔を窺い、言葉を失った。
――そんな。
まさか、そんなの嘘だ。
今日だって、置かれていたメモに返事を書いたのに。「わざわざ作らなくてもいい」と言っても朝食と夕食を毎日欠かさず作ってくれていたのに。
なんだって僕はこの人を。
嘘だ。そんなことあるはずがない。
嘘だ。
嘘だ――――
「伸、起きなさーい、朝ご飯よー」
一階でママの呼ぶ声がする。ああ、早く起きなきゃ。
「今行くよー!」
何段か階段を飛ばし降りて、ダイニングテーブルの席に着いた。
「伸、おはよう」
「学校はどうだ?」
ママとパパが僕に話しかけた。
「おはよう。学校は楽しいよ」
僕もにっこり笑ってそれに答えた。
僕達は幸せな三人家族。パパと、ママと、それから僕。
いつまでもこんな日々が続くといいな。
「ねえ、ママ。塩とってよ」
「はいはい」
ママが塩を取るために僕の裏へ回った。
「はい、どうぞ」
「うん、ありが――――」
ママの方を振り返ろうとしたところで、
頭を鋭い痛みが襲った。
……何で?ママはそんなことをする人じゃない、ママは――――
――――――あれ?
最初から、僕にママなんていなかったじゃないか。
……僕は、通りでうつぶせに倒れていた。
隣に見えるのは、僕のお父さん。
何とか上を見上げると、そこに立っていたのは男の人。
「こんばんは。君って面白い子だねぇ?」
男の人の口を歪めた笑いを視界の端でとらえた後は、なぜだかもう何も見えなくなった。