No.98:本能を絶ちきり最後の力を。
『さあここでキャッチャーの西口がマウンドのエース大場の元へ駆け寄ります。邦南高校は既に守備のタイムを3回使用しているためキャッチャーしかいくことはできません。』
川越『ここで何を言うかだな。今の状況、大場は相当しんどいはずだ。』
野中『もう直球は140km/hには決して届かない。こんな状況で、どうするか…。変化球も頼れる状態じゃないみたいだしな。』
大場『はあっ…はあっ…はあ…はあはあ…。』
西口(こんな消耗した翔真先輩…初めて見る…。)
『少しですが今、休んでください。時間とりましたから。』
大場『おう…。さんきゅ…。』
西口『…。空。綺麗ですね。』
大場『だな。絶好の野球日和ってやつだな。』
西口『…。やっぱ、不安ですか?』
大場『拓磨…。オマエ…嫌なとこズバッとついてくるな。』
西口『もともとそういう性格なんで。』
大場『不安か…。まあ…。8回に一気に7点取られてから常にだな…。正直なところ。』
西口『でも。それからこの回に取られるまで取られませんでしたよね。』
大場『まあな。オマエのリードに助けられたよ。』
西口『ありがとうございます。』
大場『小宮の事もあったりして、結構荒れてるやつっていうか、チャラいやつだけどよ、俺、結構信頼してんだぜ?お前の事。』
西口『僕も、翔真先輩の事、偉大だと思いますよ。ただ、先の事考えるの、やめにしませんか?』
大場『どーゆー事だ?』
西口『翔真先輩…肘痛めてますよね?多分代打平野の時の最後の下村フォークの影響だと思いますが。』
大場『よくわかったな…。まあ…大丈夫さ。』
西口『痛いからかばっちゃって力を制御したいのもわかります。人間の本能ですよね。痛いところの負担は抑えたいのって。』
大場『…。』
西口『でも…今は違うんじゃないですか?』
大場『ふっ…。確かに…な。』
西口『その人間の本能って、先の事考えてるから起きちゃうんだと思います。例えば練習中に足を痛めて練習をやめるのだって、“これ以上負担かけたらもっとひどくなるかもしれない”みたいな気持ちがあるからじゃないですか?つまり、今もそうなんじゃないかなって…。』
大場『俺が明日の決勝戦の事を考えてるって訳か…。確かに…そうかもな。』
西口『今日勝たなきゃ明日なんて無いんですよ。負けたら夏が終わるんです。こんなの、2年生の翔真先輩の方がよく知ってるはずです。』
大場『任せろ。お前の言いたいことはよくわかった。』
西口『え…。』
大場『たとえ今日肘がぶっ壊れて…どうなろうたって俺は知ったこっちゃねえ。肘が痛くて明日投げれないかもしれなくたって関係ねえ。未来の事はその都度その都度考えればいい。だからよ。』
西口『?』
大場『今日だけは…絶対に負けねえぞ。』
西口『はい。その言葉、待ってましたよ。』
『『『プレイ!!!!!!!!!!』』』
渡辺(翔真。苦しいだろう。俺が即行で仕留めてやるからよ。)
大場『仕留められるもんなら…』
『仕留めてみやがれ!!!!!!!!!!!』
ビュウッッッッッ!!!!!!!!!
渡辺『生意気な!!!!!!!!!!!』
スバーーーーァッッッッッンッッ!!!!!!!!
『か、空振り!!!!!!!!!!!!』
《146km/h》
『初球からいきなり146km/h!!!!!!!これはどーゆー事だ!?球威が戻ったのか!?!?』
西口『ナイスボール!!!!!!!!』
スバーーーーァッッッッッンッッ!!!!!
《144km/h》
『ボール!!!!!!!!』
西口(ボールになったが外角の惜しいところに決まった!)
ビュウッ!!!!
ズバン!!!!
『ボール!!!!!!』
『これも外に外れてボール!!カーブを使ってきました!!しかしストライク取れず!!!!!』
大場『はぁはぁはぁはぁはぁ…。』
西口(あと少しです!!翔真先輩!!!!!)
渡辺『俺が決める。一気にサヨナラに持っていってやる…。』
西口(カウント2ボール1ストライクか…。これ以上カウントを悪くしたくない…。押し出しなんか最悪だからな…。決まれば絶対にカウントの取れるボール…)
大場『…!!』
(((下村フォーク…。)))
西口(この1球が踏ん張りどころです!!!頑張ってください!!!!!チームのために!!!!!!)
ズクン…ズクン…
大場『俺の左腕が…泣いている…。』
『それがどーした!!勝手に泣いてろ!!!!!!!』
ビュウッッッッッ!!!!!!!!!
渡辺『甘い!!!決めてやるぜ!!!!!!!!!』
スッッットォーーッッッン!!!!!!!!!
ブン!!
『4番渡辺は豪快に空振り!!!!!!!これでカウント2-2!!!!!!!!さあ平行カウント!!!!!!次で一気に勝負に来るか!?!?』
渡辺(投げ方からしてもう肘でも痛めたのかと思っていたが。やっぱお前に手加減するのも違ったな。)
大場『次で決める…。スリーボールにしてる余裕はない。』
西口(下村フォークでこの試合、一気に閉める!!!あと1球です!!!!!!)
大場『勝つぞ…。みんな…。』
鬼頭『ったく…。翔真め。無茶しやがって…。まあそーゆーところが好きなんだけどよ。決めろよ。』
渡辺『本能で食らいつく!!!!』
ビュウッッッッッ!!!!!!
渡辺『勝つのは俺達だ!!!!!!』
スッッットォーーッッッン!!!!!!!
渡辺『またフォーク!?』
スカン!!
『ファール!!』
西口(当てたか…。)
渡辺(もうこの試合、何度も投げられてるからな…。やっとついていけるくらいまでになった…。)
西口(とにかくスリーボールにはしたくない。今の翔真先輩じゃ、いつすっぽ抜けが来るかわかんない。このカウントで決めにいかないと。)
大場(直球ね。)
ビュウッッッッッ!!!!!!!
西口(アウトロー一杯!!!ナイスボール!!!!!!!!!!)
カキーン!!
西口(くそ。そう甘くもないか…。)
『ファールボール!!!!!』
《141km/h》
西口(やっぱ球速も落ちてきた。初球の146km/hが最速だ。ストレートの球威がもう苦しいから今のアウトロー一杯の直球をファールにされた…。つまり…残された選択肢は…)
大場(下村フォーク…。いくしかないっしょ。)
ビュウッッッッッ!!!!
スッッットォーーッッッン!!!!!!!
西口(またまたナイスボール!!!!!さすが翔真先輩!!!!!!!!!)
渡辺『見える!!』
ズバン!
『ボール!!!!!!!!!』
西口(見送った…だと?)
大場(追い込まれていながら…ストライクからボールになる下村フォークを…。)
渡辺『もう俺に下村フォークは通用しねえって。もう見慣れちまった。』
西口(──なん─────だと────?)
ビュウッッッッッ!!!!!!!!!
渡辺(インロー直球!!!!!クロスファイヤーだが。)
スッカーーーーッッッン!!!!!!
『大きな当たり!!!!!飛距離は十分スタンドに届くが!?いや、ファールです。少し引っ張りすぎました。』
西口(下村フォーク!!!)
ビュウッッッッッ!!!!!!!
スッッットォーーッッッン!!!!!!
渡辺(まだ使ってくるか…。)
カッキィィーーーーーーッッッッンッ!!!!!!
渡辺『くそ。タイミングが合わねえ。』
西口(タイミングさえ合っていたらスタンドにこれも行っていた…。)
大場『はぁはぁはぁはぁはぁ…はぁはぁはぁ…はぁ…はぁ。』
(ヤバい…痛みで…肘が痺れてきやがった…。……。遠い…遠い…。ベースまでの18.44メートルが…遠い…。)
ふらっ…
西口(翔真先輩!!!!!)
マウンド上でふらつく大場。それを心配する女房役の西口。
大場『みんな…勝ちたいよ…おれ…勝ちたい…でももう…力がないんだ…。』
がしっ。
その時、翔真の肩に得体の知れない感覚が襲った。