No.83:独りじゃねえんだからさ。
芝田『今日俺はまだなんもしてねえ…。猪子石の3番だ。そんな俺がやるべきこと…それは…』
『勝ち越しのタイムリーで今日の借りを返すこと!!!!!』
カキーン!!!!!!!!!!
大場『え…』
『痛烈に引っ張った!!!!!!!!!飛距離は十分!!!!!!!ホームランか!?!?ファールか!?!?』
『ファールボール!!!!!!!』
西口『っぶねえ…。』
大場『クソ…。なぜ空振りが奪えない…。もう疲れたってのか…?』
小木曽『おっしいーっ!!!!!』
笠井(かさい:猪子石高校監督)
『よし!!次で息の根を止めろ!!!!』
鬼頭『翔真…』
(身体はかなり疲れてきているはずだ。だがそれを持ち前のど根性で正してきたが…。…。球威は変わっていないはず、だがなぜ打たれるのか?それはな…。)
(球威とか変化球のキレとかは根性でなんとかなっても…投球フォームが崩れてきてる…。右肩の開きがゲーム序盤と比べると格段に速くなって打者からすると自然と球が見やすくなってるはずだ。さらにそれだけじゃない…。右肩の開きが速くなれば当然ボールはシュート回転する。だからボールが飛びやすくなっているのも事実だ…。とにかくこのままじゃヤバい気がするぜ…。)
西口(なぜ突然こうなった…。球速表示を見る限りまだ疲れてはいないはず。だが若干シュート回転気味の直球になるときもある。だがシュート回転気味の直球になったとしても突然こんなバットに当てられるなんて…。)
カキーン!
『これも引っ張って打球は三遊間!!!!!強い打球で二塁ランナーは還ってこれず、これで一死満塁!!!!!!!ここで打席には…』
『4番、キャッチャー、渡辺くん。』
大場(ここで巡ってきたか…。カズキ。)
渡辺(奇遇だな。ま、俺が決めて楽にしてやるよ。)
高田『同点の8回裏ワンナウト満塁…ここで4番の渡辺…。』
谷口『高校通算70本。今大会も既に5本の本塁打。』
高田『そして5本のうちグランドスラムが2本…。』
谷口『得点圏…特に満塁が大得意の打者…』
高田『邦南にとって最悪の打者がここで巡ってきた。桜沢春毅、下村健太、そしてこの渡辺一紀。愛知の高校生三大スラッガー。』
『さあ大場、セットポジションから注目の第1球!!!!!!!』
ビュウウウッッッッ!!!!!!
ズバーーーーーッッッッッーッン!
《 146km/h 》
渡辺(右肩の開きが早いな。疲労でフォームが崩れたか。さあ気づくか?まあ無理やら。目の前のことでいっぱいいっぱいだもんな。オマエの目をみればわかる。…俺をどう撃ち取るかしか考えてないだろ。勿論それじゃあ自分を見つめることはできない。この勝負、既に決まってるやん。)
大場(俺の磨きあげた渾身のストレートが…)
『『『簡単に打たれてたまるかぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』』』
渡辺(悪いな。)
カッキィーーーーッッッーーィーーッッンンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
西口(ウ、ウソだろ…?)
氷室(終わった…)
大場(………。…。)
『入ったああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!打った瞬間!!!!!!!!!文句なしの打球!!!!!!!!!!!!!!!バックスクリーンの上を越えていった!!!!!!!!!!!!!!!!!ピッチャー大場は呆然!!!!!!!!!呆然!!呆然!!!!!!!!!!!!同点の8回裏、邦南ナインにとって最悪の、4点ビハインドとなる、勝ち越しの、グランドスラム被弾!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!まさかまさかの展開!!!!!!!!これまでヒットは初回の2本のみに抑えられていた邦南のエース大場から、この回一挙5安打を浴びせ、7点を奪ってきた!!!!!!!!!!!!これが優勝候補、春の大会準優勝校の4番の実力!!!!!!!!!!!!試合を一気にひっくり返した!!!!!!!!!!7-3!!!!!!!!!!』
大場『…。……。…。』
『5番、ファースト、坂本成生くん。』
カキーン!!!
『6番、センター、坂本良太くん。』
カキーン!
『7番、先ほど代打致しました、児玉くんに替わりまして、代打、松本くん。』
カキーン!
『これもクリーンヒット!!!!!!止まらない猪子石打線!!!!!!!これでまたワンナウトフルベース!!!!!!この回これで8本目のヒット!!!!この試合の安打数も二桁に乗せてきた!!!!!』
西口(ダメだ。グランドスラム被弾のあと、完全に翔真先輩の集中力が切れている。疲労と重なってボールが全然走ってない。)
『タイム、お願いします。』
『タイム!!』
西口(今日も投手は翔真先輩しかいない…。上社西戦で好投した氷室でもさすがに猪子石打線を相手にするのは無理だ。)
(どうすりゃいい…?何を言えばいい…?)
大場『…。……。』
西口『固いですよ。もっと切り替えましょ。』
大場『…。』
西口『聞こえてますか?』
大場『…ってくれ…。』
西口『はい?』
大場『…って……。』
西口『何て言いました?』
大場『帰ってくれ!!!!!打たれちゃいねえときに打たれちまった!!もうどうすりゃいいか…』
ガッ!!
翔真の左肩にゴツゴツした手が掛かった。
大場『健祐…せんぱい?』
松坂『落ち着け。独りになるな。全員野球しようぜ。』
大場『え…』
島谷倫『おれらがお前を責めるとでも思ったか?』
大場『…。』
すっ…
主将の副島が大場の左手首をつかむ。
副島『信じてんだよ。おれらは大場をさ。この左腕にこのチームの行方をどうされたって構わねえ。けどな、どうされたって構わねえけどさ、どうされたいか希望はある。』
大場『……?』
副島『俺たちを勝たせてくれ。それだけ。まあただの希望であってそうならないこともある。おれらみんな翔真みたいに野球のレベルは高くない個人の能力も高くない。翔真の足を引っ張ることだってしばしば。その度その度、翔真、笑ってくれたじゃん。ミスしても笑って気持ちを誤魔化してくれるお前に今まで何度と救われたか。だからお前がミスしたっておれらは何も悲しくはならない。どんな重要な場面で打たれたって、そのときマウンドに立ってる男が大場翔真ってだけで切り換えることができちまう。お前って存在だけでな。だからよ、まだ頑張ろうぜ。』
島谷倫『お前がしんどいときには、おれらに責任を押し付けりゃあいい。その責任を承って、処理するのが野手の役目ってもんだろ。』
松坂『試合はまだ終わっちゃいない。まだ最終回が残ってる。この回これで止めりゃあ、4点差で9回。十分可能性はある。』
大場『み、みんな…。』
松坂『何泣いてんだよ。バカ。』
島谷倫『負けりゃあ3年の俺たちはもうお前の後ろで守備することはないだろう。』
副島『負けちまったらそれはそれでしょうがねえ。もしそれが今日になるとしても。まあする気は更々無いけどな。ここからのお前のピッチング。全力で見守るからよ。思い切っていけよ。』
大場『はい!』
『8番、先ほど代打致しました、井上くんが、そのままバッターボックスに入ります。』
『プレイ!!』
大場『絶対に勝つ!!!!!!!!!!!!!!先輩達のラストゲームになんかしてたまるか!!!!!!!!!!!!!!!!』