No.45:走れ!小宮哲都!
代打に出た小宮は松葉杖だ。
前日の練習後に3回戦(愛農大名林戦)で死球をくらい痛めていた右足首を西口に暴行された際にさらに痛めてしまい(ヒビが入った)松葉杖になった。
打席での格好は、
バットを両手で持ち、左脇に片方の松葉杖、もう一方の松葉杖は打席のすぐ横に置いてある。
絶妙なバランス感覚。
ちなみに痛めている右足は浮かせている。
小宮(拓磨くん…。)
小宮は、あの時のことを思い出していた。
回想シーン↓↓
『ねえ!キミ!僕とキャッチボールしない!?』
家の近くの公園のブランコで一人で遊んでいた小宮(当時6才)に西口が話しかけてきた。
小宮『……。』
西口『ねぇ!聞こえてる!?』
小宮はハッと顔をあげた。
小宮『ぼ…僕のこと…?』
西口『うん!もし暇なら一緒にキャッチボールしようよ!』
小宮『…キャッツボール?』
西口『キャッツ?なにそれ?キャッチボールだよ!』
小宮『…。なにそれ?なんで僕なの…?』
西口『いつもなら一緒にキャッチボールやってる男の子が今日はいないみたいなんだぁ。だから今日は相手がいなくて暇なの!はい。これグローブ。』
小宮がグローブをはめてみる。
小宮『なにこれ。臭い。』
西口『そんなこと言うなよぉ!そのグローブ昨日手入れしたばっかなんだから!』
小宮『ご、ごめん。』
西口『いくよー!それ!』
ビュッ!
小宮『うわぁ!!』
(バシッ!!)
小宮は完全に怖がりながらもまぐれで捕球した。
西口『わぁ!キミうまいね!名前なんて言うの!?』
小宮『こ、こみや…てつと…。』
小宮は少し照れながら言った。
なぜなら今まで幼稚園の先生以外に名前を聞かれたことなんてなかったからだ。
小宮は今まで一人も友達がいなく、性格も内気だった。
西口『コミヤ、テツト…。じゃあテツくんね!』
『全ては、あの時から始まった。親が死んで妹が病気になって…これまで幾度となく野球から手を離そうとした。だけど無理だった。それまでは野球をしてればどんなときにも西口拓磨がそばにいた。唯一の心の休め時が野球だった。』
“だけど一瞬にしてその充実の時が消え去った。”
『全てはあの女…赤崎明日翔の仕業だ。西口は真実を知らずに…ただただ小宮に暴力をふるった。』
今ンチ裏で着替えている西口も同じことを考えていた。
“なぜ、オレは小宮を殴ってしまったのだろう…。”
“もっと深く考えていれば赤崎明日翔にもだまされずに…昔と同じ最高のパートナーと最高の野球ができたかもしれないのに…。”
二人は野球の時ならほとんど考えることは同じだった。
プライベートですらお互いの考えていることはお見通しだった。
いつも二人の笑い声が近所の町に弾んでいた。
西口は思った。
“なぜ…最高のパートナーを傷つけてしまったのだろう…。なぜ…どうして…。”
そんな言葉が頭をよぎる。
(ガチャっ!)
考えながらもベンチに入る。
そのとき…
『僕は今まで拓磨を恨んだことなんか一度もない。拓磨、むしろ僕は感謝してる。』
『何をだ?』
『決まってんじゃんか。あの時…キャッチボールに誘ってくれたこと。』
『お前は…このオレが憎くないのか?この1年…今までと手のひらひっくり返したようにお前にさんざん暴力ふるってきたこのオレを…。』
『うん!拓磨にどんなに殴られても、わかってたから。』
『…?』
『拓磨の中に昔の拓磨が見えてた。普通の人じゃ絶対にわからないよ。だけどね、僕にはわかるんだ。だって拓磨は…』
『うっ…。テツくん…。』
次の言葉が想像できた西口の目から汗が滴った。
『だって拓磨は、僕のことを親友だって言ってくれた、最初で最後の大好きな親友だから。』
(カァッッッキィーッッーーン!!)
西口『テツくん!走れ!!!!!!!』
『痛烈な打球が右中間を襲う!!!!!センターは今追い付いた!!!!二塁ランナーは悠々とホームイン!!だがバッターランナーの小宮くん!!まだ一塁に達していない!!!センターも一塁へ送球!!!!!』
小宮『絶対にアウトになるもんか!!!!!!』
小宮は松葉杖を使って一塁へ全力で向かう。
送球も素早い。
タイミングは微妙。
(バッ!!)
あと3歩。
小宮は松葉杖を投げ捨てた。
『ヘッドスライディングだ!!!!!!』
(ズザザザザザザァァァッッ!!)
小宮『ハァ…ハァ…。…。ハァ。ハァ…。』
『セーフ!!セーフ!!』
西口『よっしゃぁ!!!!!!!!!』
大場『西口!代走だ!』
西口『はい!!』
(パチン!!!!)
小宮と西口がハイタッチをして西口がベースの上に立つ。
『ナイスバッティン!!!!!!』
『あとは任せたよ!』
端から見ればただのハイタッチだが、二人の間では会話が展開されていた。
昔のように。
『ピンチランナー、西口くん。』
『見とけよ。テツくん。あとはオレがホームベースを踏んでやる!!』
西口が小宮の心に話しかけた。
小宮も応答する。
大場『あいつら…。』
それは誰の目にも明らかだった。
二人が最高のパートナーだということが。
『1番、キャッチャー、鬼頭くん。』
遂に同点に追い付いた邦南高校、二死一塁で打席に先ほどランニングホームランを放った鬼頭が向かう。