No.358:邦南にとって積極性とは
《この回、まず先頭の南條が鬼頭のウイニングショットの超高速シュートを打ち返して出塁。続く6番寺原が13球粘ってフォアボールでノーアウトランナー、一二塁。》
川越『8回裏の邦南と同じノーアウト一二塁か。』
野中『追う立場の邦南はバントを使わず積極的に攻めた。それが結局仇となってしまったが…。』
川越『ノーアウト一二塁という、見た目は同じだが状況は違う。5点ビハインドで終盤を迎えていた邦南はゲッツーのリスクをもってしても、上位打線ってこともあって強攻するのがベストだと踏んだ。しかし啓稜は5点リードで9回の攻撃。欲張らず、最悪無得点でも精神的ダメージは小さい。1点、またはそれ以上取って突き放せればなおよし。自分達のために取る得点というより、崖から落ちそうな相手を蹴り落とすための得点、みたいな感じだ。気持ちの余裕も違う。』
野中『ましてや下位打線。っつってもいい打者は揃ってるけど、ここは送りバントだろうな。』
川越『啓稜としては別に取れなくても良いが、邦南としては死んでも取られたくない、そんな次の1点だ。』
《ここで打席には7番岩崎!!先程の小宮との1年生対決ではレフトライン際にポトリと落とす技アリのツーベースヒットを放っています!!》
岩崎(サインはバント。まあ、当然か。)
西口(バントと見てまずここは間違いないだろう。博行先輩はフィールディング神だけど…)
ビュゴォォォォォォッッッ!!!!
岩崎(外角!)
コーン!!
岩崎(しまった!少し打球が強い!)
赤嶋『見物だな。』
霞『え?』
西口(サードいけるか!?いや、ここは大事に…)
『ひとつ!!!!』
鬼頭(丁寧に。)
《送りバント成功!!!これでワンナウト二三塁になりました!!》
赤嶋『…。』
霞『見物、ってヒロのフィールディングのこと?』
赤嶋『いや、違う。』
霞『ん?じゃあなにさ?』
赤嶋『…………、』
『目に見えない物が今、はっきりと見えた。』
水仙『目に見えない物?』
赤嶋『ああ。』
霞『何が見えたの?』
赤嶋『邦南の動揺だよ。』
霞『動揺?』
水仙『なんで今のプレーで?』
赤嶋『さっきの回、邦南は自分達が攻め続けた結果、最悪の結果が出てしまった。過程は確かに悪くなかったが、結果は最悪だ。これはさっきも言ったな?』
桜沢『おう。』
赤嶋『でだ、今の送りバント、正直三塁のタイミングどうだったか?』
霞『うーん、普通のピッチャーなら無理っぽいけど、ヒロなら間一髪アウトかなーって。ちょっと攻めるにはリスクあったけど、アウトの可能性も結構高かったような、高くないような。』
赤嶋『そうだ。ヒロと長い間バッテリーを組んでた俺からすれば、今のタイミングはヒロなら三塁フォースアウトが十分狙えるプレーだ。まずヒロのフィールディングがあればアウトにできただろう。西口もヒロのフィールディング能力の高さは知っているだろう。だが、キャッチャー西口は三塁ではなく早々に一塁を指示した。』
水仙『つまりどういうことよ?』
赤嶋『もう一度言うぞ。さっきの回、邦南は攻めた結果、最悪だった。今のプレー、どうだ?攻めたか?』
霞『攻めてはないよね?』
赤嶋『攻めてない。その通り。さっきの回の影響で、邦南守備陣が消極的になっている、動揺している。それが今のプレーで表れてしまった。』
桜沢『確かに…。』
赤嶋『アウトに出来そうにないバントを三塁攻めてないから言っているんじゃない。三塁アウトに出来そうなバントをアイツらが攻めなかったから言っているんだ。』
水仙『らしくないね。邦南。』
赤嶋『ここまで邦南が勝ち進んできたのは、勝負に恐れず、積極的に攻めて攻めて攻め続けてきたからだ。もし邦南が、積極性を失ったらどうだ?』
風岡『恐るるに足らんな。』
赤嶋『そういうことだ。』