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屍に生きる  作者: 水落護


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3/5

 男の心中は穏やかではなかった。時が経てば勢いの増す天候のように、女が倒れて起き上がらなかったところで見守ることなど忘れて急ぎ近寄った。


「アっ、ウっ…………」


 どう呼びかけようか迷ったものの、まともな声など出やしなかった。生きているのか死んでいるのか、微動だにしない女の姿に、男はいよいよ自分の息が荒くなるのを感じた。


 ひたりと首筋に指先を這わせると、弱々しくも血が脈打っていることを感じた。


 まだ生きているのだと確認すれば、男は周囲を見回して何か使えるものはないかと探した。しかしそう都合よく何があるわけでもなく、自分のただれた手のひらを見つめて男はただひそかに考えた。


 ──許されるだろうか。


 そんな思いが男の中を巡った。もし彼女に触れれば、後戻りはできなくなってしまうだろう。沸々と湧き出る欲望に歯止めが効かなくなってしまう。この身が長くないことを男は知っていた。


 だからこそ、関わってしまえばまた彼女を不幸にしてしまうのではないか。頭を抱えていたものの、そんな疑念は頭上で渦巻く黒雲が放ったいかづちがいなないた瞬間消し飛んだ。


 遠くで煙の燻るさまを見た男は血色の悪い顔をなお青ざめさせるとすぐさま女を抱えて走りだした。


 そこには懸念や疑念など何もなく、ただ救いたいという純粋な思いだけがあり、それだけが鈍い足を動かしていた。当てもなく走りだした男だったが、やがて何の目的で建てられたか分かりもしない掘っ建て小屋を見つけた。


 窓もなく隙間も多く、不出来で建物と呼ぶのも躊躇われるものであったが、幸い雨は防げた。中で雨宿りをしていた男は雷が降ればまた彼女を抱えて走らなくてはと気を張り続け、そのまままんじりともせず夜を迎えた。


 すこし時が経てば空の彼方で唸る音も次第に遠ざかり、やがて雨音も止みだした。


 ただ女の息遣いは荒くなる一方であった。勢い余って咳き込むばかりか顔も熟れた果実のように赤くなってしまうような有り様だ。どうやら女は風邪を引いたようだった。


 ずぶ濡れた服をそのままに隙間風に当たり続ければそれは至極当然の道理であった。そのことを思い出した男は、慌てて辺りを見渡した。しかし古屋の中にあるのはあまりにもお粗末な、風化した修繕材のみだ。


 困った男はたちまち身につけていた外套を女にかぶせた。外套そのものも濡れているためそれでどうなるわけでもなかったが、ひとまずの安心を得た男はそのまま森の中へと向かっていった。


 食糧と暖を取るための火剤の確保と生まれてこの方感じたことのない焦燥感に、男は初めて足の軽くなるのを感じた。


 自分でもどうしてここまでするのかは分からなかった。ただ足だけが動いたものの、男自身どこかでそれを悪くないと思っていた。

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