王子様、婚約者から聖女に乗り換えようとしたら神罰を食らう。
【主な登場人物】
アーフォン王太子
マトモナ公爵令嬢
聖女ヒイロ・イン
ダイニー第二王子
「マトモナ公爵令嬢!只今をもって、貴様との婚約を破棄し、私は聖女ヒイロ・インと婚姻する事を宣言する!」
国内の貴族だけではなく、周辺諸国が招待された王家主催の夜会にて、王太子アーフォンの声が響き渡る。
アーフォンの横には純白の衣装に身を包んだ美しい少女の姿。その衣装は神聖な魔術紋様が施された品であり、袖を通せるのは唯一、聖女のみ。
「お待ち下さい、聖女様には神殿が認めた婚約者がおられます。そのような暴挙は許されません!」
「黙れ!これは我が父である国王陛下も許した事!貴様が口を出すなど許されぬ!」
国王を観ればアーフォンを止める様子もなく、玉座からマトモナを見下ろしている。やはり国王もグルだというのか。
聖女は青ざめた顔で震えている。アーフォンに腕を掴まれた状態で、周囲には王太子の腰巾着が取り囲んでおり、どう見ても紳士的にエスコートされて来たとは思えない。
なんて事を。
ヒイロは平民の出身ではあるが、聖女は王族と同等の地位にある。いくら王太子と言えど横暴な振る舞いが許される相手ではない。
「愚かな貴様にも良い事を教えてやろう。聖女の婚約者はもはや王都に帰還出来ぬ身!」
王子の言葉に会場にいる貴族達がざわめいた。聖女ヒイロの婚約者は騎士として蛮族の討伐へと出陣している。だが、彼は数々の武功を持つ若き英雄。蛮族などに討ち取られる男ではない。
間違いない。アーフォンは暗殺者を放ったのだ。
「嘘よ!」
静まるホールに聖女の悲痛に満ちた声が響く。
「嘘ではない、これで憂なく私のものになれるのだ!感謝するがいい!」
「嫌あああああ!」
もはや王太子は暴君でしかない。悲しみと恐怖に飲み込まれた聖女の口から悲鳴が発せられた。
「うわあああ!」
「何だ!」
聖女の悲鳴が上がると同時に波打つように床が大きく揺れる。大地が、世界が、聖女の悲しみに共鳴しているのだ。
聖女は聖職者から選ばれるのではない。
国の守護神である女神の寵愛を受ける者が聖女となる。
聖女は女神の愛子だ。
聖女の悲しみは女神の怒り。
このままでは国が滅びる。
「聖女様!」
マトモナは床でうずくまるアーフォンから聖女を引き離すと、悲しみに歪む少女の顔を両手で包み込む。
「聖女様!お聞きください、あの方はご無事です!」
実はマトモナはある筋から情報で英雄の身が狙われる可能性がある事を知り、秘密裏に保護していた。
「今はお隠れになっていますが、ご無事です。信じて下さい!」
「ほ、本当……?」
「ええ、私の命にかけて真実と誓います」
聖女はマトモナの首に腕を回すと、そのまま顔を埋めた。マトモナはあやすように華奢な背中をさする。
「ありがとう、マトモナ様」
揺れは鎮まったが、硝子の破片が飛び散っている。このまま、ここにいるのは危ない。聖女を連れ出そうとすると、アーフォンのうめくような声が聞こえた。
「おのれ、マトモナ、許さんぞ。お前など、私がこの場で処刑にしてくれる……がああ!」
立ちあがろうとしたアーフォンだったが、顔を抑えて再びうずくまる。見れば腰巾着も顔を抑え悶え苦しんでいる。
「一大事で御座います!」
そこへ飛び込んできたのは複数の神官達。神殿の長である大神官の姿もあった。
「先程、女神より神託が降りました。国王、王太子、その一派に神罰を下すとの事で御座います!」
「な、何だと……!」
神官の言葉を聞いてアーフォン王子が顔を抑えつつも立ち上がると、その顔には漆黒の禍々しい紋様が浮かび上がっていた。
「ひぃ!」
「何て事だ!」
「い、一体何をしたら、これ程までに女神のお怒りを受けるのだ!」
アーフォン王子達の顔に記された紋様は神罰が下った証だと神官は語る。
「これは魔術紋様ではなく、神々の文字なのです」
そう説明する若い神官は実はアーフォンの弟である第二王子ダイニーだ。彼は継承争いに巻き込まれる事を回避するため神殿に入り、神学を志している。
「大神官様、陛下やアーフォンに記された文字は何と書かれているのですか」
王妃は大神官に尋ねた。政に興味のない国王に代わり、この国を支えている彼女の顔には、このような事態でも感情は表れていない。
「これは女神がお育ちになった神の国の文字であるため、我々、人には発音は出来ませぬが、意味は判明しております」
「ではその意味は?」
ホールにいる全ての人間が聞き入る中、大神官は答えた。
「”大便男”です」
アーフォン王子達の顔には大きく「糞野郎」と描かれている。
「だ……」
マトモナは言いかけた言葉を飲み込んでしまった。だって令嬢だもの。堂々と口に出来る言葉ではない。
「”大便男”です」
しかし、それを聞き返したと誤解した大神官はさらに大きな声で言った。
「排泄物の事ですよ」
第二王子が補足する。いや、言わなくとも、皆、理解している。
ウ◯コ。
国王と王太子の顔にはウ◯コと書かれている。
それも、守護神によって。
「……別室にて話しましょう」
王妃の提案により、夜会はお開きとなり、関係者は別室に移動した。
「何故だ!何故、私がこんな辱めを!神罰を受けねばならぬのだ!」
切れ散らかす兄に向かって第二王子ダイニーは説明する。
「兄上が嫌がる聖女様を無理やり手に入れようとしたから、女神がお怒りになったんですよ。死ぬ気で反省して下さい」
「私は次期国王として国に有益な婚姻をしようとしただけだ!」
「そもそも殿下は勘違いをなさっています」
聖女を背中に庇いつつ、マトモナはアーフォンの過ちを指摘する。今なら話を聞くだろう。実はこれまでにも散々説明をしてきたが、全て嫉妬と解釈されていた。
「聖女様と婚姻した者が栄光を手にする訳では御座いません」
確かに歴代の聖女の夫達は皆、偉大な人物と記されている。
「聖女様を通じて夫に加護がもたらされるのではありません。聖女様は英雄となる大器を持った殿方に出会い、愛する運命を持っているのです」
ですよね?とばかりにマトモナは大神官を見た。公爵令嬢の視線を受けた大神官も言う。
「左様です。そのため神殿は聖女と聖女の愛する男性を守るのです」
聖女の恋人は英雄となりうる未来を持った男なのだから。
「あり得ぬ!我々は王族であるぞ!」
大神官の言葉を遮るように国王が叫び、父の言葉を聞いてアーフォンも喚き始める。
「そうだ、私は王子だぞ!どんな女も愛さずにはいられぬだろう!」
「ぶっふぅ」
第二王子ダイニーは盛大に吹き出した。
「いやいや兄上、貴方、ご令嬢達に嫌われているでしょう」
「貴様!私が学園でどれほどキャーキャー言われていたか知らぬとは言わせぬぞ」
「アレは“キャーキモーい”って意味ですよ。その証拠にご令嬢達は皆、兄上に近寄って来なかったでしょう」
「何を言うか!私には常に5人の取り巻きがいたのだぞ」
「あの者達は私が手配した娼婦です」
ここに来て巨大な暴露をしたのは王妃である。
「は、母上?」
「貴方がマトモナ嬢や他の令嬢に無体を働かぬよう、制服を着用して潜り込ませていました。これは学園長も把握しております」
「え?え?え?」
「まったく、ダイニーと同様の教育を受けさせたはずなのに、こうも愚か者に育ってしまうとは」
王妃は部屋にいる、宰相や大臣達に目配せする。
「国王の退位と王太子の廃嫡の準備を」
「御意」
王妃の命を受けて各々が動き始める。それを呆然と見ていた国王であったが、数秒後に己の状況を把握する。
「ふざけるな!そのような勝手な事が許されると思うのか!」
「元々陛下は政には関わっていらっしゃらないでしょう、貴方がおられなくとも問題ありません」
自分の妃にあっさり捨てられて固まる国王。
「母上!我が国は長子相続が法で定められているのですよ!」
このまま廃嫡されてたまるかとアーフォンも足掻く。
「親子揃って女神から神罰を下される愚か者を国王とする法律は害しかありません。改正します。ダイニー、すぐに還俗なさい」
「仕方ないですね。畏まりました」
面倒くさそうな顔をしながらも受け入れた弟を見て、アーフォンは再び怒鳴る。
「裏切るのか、ダイニー!」
「裏切るもなにも、元々、我々は不仲だったでしょう。それに兄上、このまま国王になっても、貴方、顔に大便男って書かれてるんですよ。恥ずかしくないんですか?僕は恥ずかしいですよ、大便男の弟である事が。僕が国王になっても、あの王の兄さん、顔に大便って書いてあるんだよなって世界中の人に思われてるんですよ。国王って歴史家に渾名付けられがちですけど、もし兄上が王になったら、後の歴史家に“大便王”って言われますよ、絶対に。僕なら、そう名付けます。いいんですか?大便王ですよ、大便王。本当に気にならないんですか?あっ!」
ペラペラと話していた、ダイニーだったが、ハッと気付いて父親を見る。もういるじゃないか、大便王。
「兄上は大便王二世ですね」
かくして、国王、王太子、王太子一派は神殿へと送られた。慈悲深き女神は心から悔い改めれば神罰を取り下げてくれるのだ。
ちなみにだが、国王も悪あがきをして、王妃にまとわりつこうとしていたが、サクッとフラれていた。
「一応、申しておきますが、私は陛下の事は嫌いです。見合いの際“政略のために結婚するのだ、貴様のような地味な女が愛されるなどと思い上がるな”と仰ったのに対して、“私も愛してはおりません”と答えたはずです」
それを国王は王妃が自分の気を引こうとしているのだと決め付けていた。王妃が国王の執務を全て肩代わりしているのも、愛故にだと考えていた。王妃は単純に仕事が好きなだけだ。
「私が愛しているのは、我が国と民草です。それから貴方の愛人達も私の手配した高級娼婦です。もう暇を出しましたので、ご安心して、女神に尽くして下さいませ」
愛人を許容しているのも、愛故に耐え忍んでいるのだと思っていたが、アーフォンと同様に下半身が馬鹿になっている国王をコントロールするべく、普通の貴婦人と見せかけた高級娼婦を送り込み、飼い殺しにされていただけであった。
己は国中から愛され尊敬されていると思っていた親子は、喚きながら神殿へと連行されて行った。
「あの、何故、元国王陛下と元王太子は、あんなにも自分に自信があったのでしょう?」
神罰事件の後処理が落ち着き始めた頃、マトモナとヒイロは公爵家で二人だけの茶会を開いていた。
「ダイニー殿下が仰るには元国王は母君から愛する王子と呼ばれ、溺愛されて育ったそうです」
「ええ……」
先代王妃は息子を甘やかしに甘やかした。そして、長男教であった彼女の溺愛はアーフォンにも及ぶ。
「アーフォン元王太子はリトル・ラブリーと呼ばれていたそうですよ」
厳しい母よりも、ドロドロに甘やかしてくれる祖母の庇護下でアーフォンの我儘自己中は肥大化していく。
しかし、これまでの厳格な長子継承は改正された。もう大便男が国王となる未来は訪れないであろう。
「マトモナ様、私の結婚式には絶対いらして下さいね!」
「もちろんです」
その後、立太子したダイニー第二王子の婚約者としてマトモナは選ばれる。
「兄上よりはマシだと思うので、僕で我慢して下さい」
などと、ロマンティックさの欠片もないプロポーズをし、新たな王太子は聖女にしこたま叱られた。
「ダイニー殿下って、好きな人に“好き”って言えないタイプなんですね。ダサいです」
「散々、兄と父が迷惑かけて、どのツラ下げて愛を乞えと!?」
だが、拗らせダイニーがちゃんと告白出来た日。
王国の空にハートの形の虹が浮かんだという。
「ふふ、女神様が褒めてくださってますよー」
なろうで初めての恋愛カテゴリーにウ◯コで挑む。
女神は実は転生した日本人女性。
恋愛小説、少女漫画など大好物。
第二王子の名前は「面倒だけど、仕方ないから」と言って軽く国王になっちゃったと言う意味でカールと付けてましたが、分かりにくいのでダイニーに変更しました。
【 短編の後書きとか解説とか 】に、その後の話や人物紹介を作成しましたので、気になる方はぜひ!




