都市伝説のアパート
この物語は幕田卓馬さんとのコラボ作品の2作目です。
全く同じ書き出しで違うストーリーをそれぞれ書こう——というものです。
全く同じ書き出しの、別の小説。
それぞれどんな展開になっていくのか? 幕田さまのと一緒にお楽しみください。
それは、運命のようにそこにあった。
近所の古本屋巡りは僕の日課のようになっている。
チェーンの古本屋の査定はいい加減なもので、あまり出回ってないようなレア度の高い本も、最低販売価格で売られていたりするから面白い。そんな世捨て人みたいな本を見つけ出しては悦に入るのが、ネクラな僕の細かな楽しみだったりする。
そんな僕だから、棚の隅っこに置かれていた『あのマンガ』に魅入られたのは、きっと必然だった。
マンガオタクの中でも、相当にコアなオタクでなければ知らないだろう幻の単行本。
『パイソンカマムシの歌』 著者、栗本吾樹。
10代で衝撃的なデビューを果たし、その後突然行方不明になってしまった謎の漫画家。
その唯一の単行本。
本物だろうか?
そんなレア本が、こんなところにあるなんて。しかも200円コーナーだ。
僕はそれを手にとって開いてみた。
一瞬で引き込まれた。
なんという絵柄! なんというコマ割り!
これが、昭和の時代に描かれたマンガだろうか?
いきなり1ページ全部を使って東京タワーの見える風景が描かれている。AI なんかない時代にペンだけで緻密に描かれた絵。
物語は、普通のOLが巨大なパイソンカマムシに変身して、街を守るために地底から現れる怪獣と戦うという話だった。
息をもつかせぬコマ展開!
僕は夢中になった。
気がつくと、すぐ傍で頭の禿げたおじさんがこれ見よがしにパタパタとハタキをかけている。
いつまでも立ち読みしてんじゃねぇ! って目だ。
「あ‥‥あの、これ、ください。」
気まずくなった僕がそう言うと、途端におじさんは愛想のいい顔になった。
支払いを済ませて店を出る。
20円? めっちゃ安! 200円コーナーじゃなかったんだっけ?
それから僕は妙なことに気がついた。
財布の中身の金額は変わってはいない。しかし‥‥、1万円札が聖徳太子だ。
そして、ふり向けば今出てきた古書店は大手チェーンの店舗ではなく、古ぼけた木造の建物だった。
サッシの上に掛かっている看板にはダサい文字でこう書いてある。
『みらい屋古書堂』
え? あれ?
そしてあたりの風景は僕の住んでいた街ではなく、まるで下町のようで、3階建てのビルの向こうには東京タワーが見えた。
これは‥‥
あの最初のページの風景じゃないか?
僕は思わず単行本を開いてみる。そこにあったはずの絵はなく、ただ真っ白な紙だった。
どうやら僕は、そのマンガの風景の中に入り込んでしまったらしかった。
そう思ったのは、その後とりあえず見つけた仕事の同じ職場に、このマンガの主人公だったパイソンカマムシがいたからだった。
会社の仕事は解体業で、その子(たぶん女の子)は「カマちゃん」と呼ばれていた。
カマちゃんは力があるので、重機の代わりとして重宝されているようだった。
僕は肉体労働は全くダメなので、事務職として雇ってもらっている。身元もはっきりしない僕が雇ってもらえるような会社は、そうそうなかったのだ。
カマちゃんは、普段は内気な女の子だった。‥‥見かけはアレだけど、女の子だろう‥‥と僕は思う。だって、性格や物腰がそうだから。
そして、あのマンガと同じように怪獣が現れた。
カマちゃんは、突然、きりっ、と凛々しい表情になって(パイソンカマムシの表情はよくわからんけど)どこからかGペンを取り出した。
そう。昔の漫画家が使っていたという、あのGペンだ。
その先端がキラリと光ると、ごうっと音がして、カマちゃんが巨大化した。
これも、あのマンガのままだ!
僕は思わず単行本を取り出して、そのページを開いてみる。
そのシーンが、白紙になっていた。
え?
シャギャアアアアアアッ!
怪獣が咆哮してカマちゃんに襲いかかる!
カマちゃんがそれをチョップでかえり撃つ!
怪獣はよろけるが、その体制のまま尻尾でカマちゃんを薙ぎ払った。
ドオオオオン!
カマちゃんはよろけそうになるが、4本の肢で踏みとどまった。
足元に幼稚園がある。
カマちゃんはあれを守っているんだ!
カマちゃん、頑張れ!
僕はカマちゃんを応援したいが、非力な僕にできることなんかない。
‥‥‥‥‥‥
その時、僕は突然ひらめいたのだ。
そうだ! たしか‥‥
僕は単行本のそのページを開いた。
東京タワーと夕陽を背に、怪獣を倒したパイソンカマムシが仁王立ちしているシーン。
僕はそれを、激闘が繰り広げられている現場に向かってかざす。
カマちゃんの手に突如、巨大なGペンが現れた。
「じゅわっ!」
雄叫びとともに、カマちゃんがそれを怪獣に突き刺す!
ギシャアアアアアアッッ!
断末魔の叫び声とともに、どどぉーん、と怪獣は倒れた。
カマちゃんが夕陽を背に仁王立ちになる。
幼稚園は守られた。
あのマンガのままだ。
僕が再びそのページを見ると、そこは白紙になっていた。
カマちゃんは空中に飛び上がり、そのままシュルシュルと回転しながら小さくなると、ぽん、と消えてしまった。
僕はある「仮説」を胸に、カマちゃんがいるはずの方向に走り出した。
もしかして‥‥彼女は僕と同じように‥‥。
だとしたら‥‥
向こうからよろよろと歩いてくるカマちゃんを見つけ、駆け寄って肩を貸す。
「あ、ありがとうございます。タカハシさん。」
会社の玄関の階段に腰を下ろして、カマちゃんは「ふうう」とひとつ息をついた。
僕は自販機で缶コーヒーとカマちゃんの好きな甘酒を買って、隣に腰を下ろす。
「お疲れさん。遅くなっちゃったね。」
カマちゃんは嬉しそうに、甘酒を受け取る。
そのパイソンカマムシの顔に重なるように、ひとりの女性の顔が見えた。
ストレートの長い黒髪にゴツくてダサい黒縁の眼鏡。その奥に遠慮がちに僕を見つめる内気そうな瞳。
やっぱり‥‥。
カマちゃんは故郷の星の話をしてくれた。
通信機を治すことができて連絡がついたら、いつか僕をそのエメラルドグリーンの星に連れて行きたいのだという。
カマちゃんはその壊れたという通信機を見せてくれた。
「これって‥‥」
僕はカバンから自分のスマホの充電器を取り出す。
はたして、そのコネクタはぴたりと合った。会社の事務所でコンセントに差すと、ピロン、と音がしてそれは起動した。
「すごーい! タカハシさん。」
カマちゃんは大喜びでそれを使ってどこかに連絡していたが、やがて事務所の窓の外に眩しい光が現れ、銀色の円盤がヤードの中に降りてきた。
僕はカマちゃんと一緒にそれに乗り込む。
地球が遠くなり、太陽系が遠くなり、人類の住む銀河系を飛び出して、僕たちは星の海の中を進んだ。
やがて、前方に、エメラルドグリーンのそれが現れた。
「着きましたよ、お客さん。」
運転手さんがふりかえって言う。
彼女は僕の肩に頭を乗せて眠っているようだった。
「着きましたよ、栗本さん。」
「ん‥‥?」
栗本さんはぼんやりと目を開け、ストレートの黒髪がさらりと僕の肩を流れる。
僕は料金を支払ってタクシーから降りた。
財布の中の1万円札は渋沢さんになっていた。
「ここは‥‥?」
栗本さんは、ぼんやりと目の前の建物を眺めて立っている。
エメラルドグリーンの塗料があちこち剥げて、薄汚れてしまったボロアパート。
「わたしの‥‥住んでた、アパート‥‥?」
「今は、2025年。ここは、かつて伝説の漫画家が住んでいた、という噂のあるアパートです。今はその噂を信じた僕が借りて住んでいます。」
栗本さんが、よくわからない、という顔で僕を見る。
あの単行本を開いてみると、中身は全部白紙になっていた。
「栗本さんが住んでいた頃の物はもう何も‥‥あ、1つだけ。押入れの隅にあったGペンは今も僕の宝物ですが‥‥。もしかして‥‥よかったら中に入って見てみます? 何が起こったのか、2人で考えてみませんか?」
栗本さんは、少し頬を染めてうつむき加減に小さな声で言った。
「はい。」
どうやら、僕たちはミッションをクリアできたらしい。
そーです。
これは『あの作品』の「タカハシさん側から視点」で書いてみた自分二次創作です。(^◇^)
コラボをきっかけにカマちゃんの「想い」を成就させてしまいました。(^^)v
しいなさんの『瞬発力企画』の中に、これのサテライト物語が2つ紛れ込んでいましたが、気がつかれたでしょうか? (^^)
参考文献 (^^)
https://ncode.syosetu.com/n1687kj/
https://ncode.syosetu.com/n1237km/43/
https://ncode.syosetu.com/n1237km/61/