演技の神様
前回の美咲の彼氏・・・の話
「そう」と言うと俺は美咲を残し席をたった。
金はないけど、一応ここぐらいの支払いはもっているので今日ぐらい払おうとレジに向かう。
手に持った紙を見ると伝票ではなく何かのチラシだった。
戻って伝票を取ろうかと思ったが、もういいかと思い外に出た。
美咲が追いかけてくるのではと思ったが、どうやら伝票を持ちレジに向かっているよう。
俺は居酒屋を後にして夜の街を歩く。
「これからどうしようか」
ついつい独り言が出る。
俺はいわゆる「売れない役者」
一応芸能事務所には所属はしているけど、聞いたこともないような小さな事務所。
仕事は端役やエキストラしかなく、収入はほぼアルバイトと・・・そして美咲だった。
美咲は、中小企業のお嬢様でいつも小遣いをたくさん持ち、親の経営する会社で貰っている報酬が結構な金額なためか今まで俺が「お金が・・・」と言うと何も言わず、万札を数枚渡してくれていた。
「出世払いね」と言いながら。
出世などしないな。
事務所でも「もう無理じゃない?」と言われている。
社長が「君、顔はいいんだよ。でも何か足りないんだ。演技力もな。ちょっと足りない」とよく言う。
今、29歳、もうすぐ30歳になる。
もう限界なのかもしれない。
正直に言うと美咲との結婚も考えてみた。
美咲の羽振りの良さから見て、結婚したら楽に生活できるのではないかと。
売れない役者のまま、美咲に養ってもらう・・・。
そんな甘い考えは最近の美咲の変わりようで、消えることとなった。
どうやら母親が倒れてから、会社の経営状態がよくないようだ。
いつものようにお金を出さなくなった。
俺は本当は別れたつもりはないけど、きっと美咲とは駄目だろう。
「くそっ!」
道に転がっていた小さい木の枝を蹴った。
クルクルと枝は回転して、そこに立っている女性に当たりそうになった。
「あっ!」と叫んで謝ろうと思ったその時
その枝を避けもしない女性がにこりと笑った。
そして枝は、女性の体を通り抜けてポトリと落ちた。
「ふふっ。」
女性が笑う。
年の頃は40代ぐらいだろうか。
いやもっと若く見えるようでもあり、もっと年を取っているような感じもする。
妖艶と言う言葉が思い浮かぶ。
「私が見えるのね」
にまあと赤い唇が動いた。
「私は、演技の神様なの。私と契約すればあなたは演技がうまくなるわよ。さあ契約しましょうよ」
手を差し出された。
俺は思わずその手をつかもうと手を差し出してしまう。
女性の手は触れなかった。
しかし、何かが頭の中に入った気がした。
「さあ、行きましょう」
女性が言って歩き出しその後をフラフラとついて歩く。
でも、到着したのは俺のアパートだった。
「今日からよろしくね。ずっとあなたと一緒に居るわ」
また赤い唇がにまあと動く。
俺は、なんだか間違った選択をしたのではないかと不安になった。
アパートの中に入る前に、その女性が言った。
「一旦、消えるわ。でも、あなたの側にいつも要るから。必要な時に出てくるから」
と言うとスーッと消えた。
酔っているのか?俺は・・・。
美咲と入った居酒屋ではビール1杯しか飲んでない。
いや、きっと酔っているんだろう。
その時、スマホに事務所から連絡が入った。
「明日、急遽エキストラの仕事が入ったから。現地集合でよろしく」と
エキストラでも久々の仕事である。
俺は、さっきまでの事は酔った幻だと思う事にして、風呂に入って明日に備えて寝ることにした。
翌日、撮影場所に行く。
説明を受けて配置につく。
とりあえずリハーサルかららしい。
すると・・・
「はい!わたしよ!」
なんとあの演技の神様だと言う女性が現れた。
「うわっ!」
俺は思わず叫ぶ。
「こら!そこうるさい!」
スタッフから怒鳴られた。
キョロキョロと周りを見るとこの女性が見えているのはどうやら俺だけらしい。
「さあ、始まるわ。私の言う通り動いて」
女性が耳元でささやいた。
今までの俺は、こういった場所では何か足あとを残そうと必死で、いつも怒られていた。
しかし、今はなんだか体が勝手に動く。
「ああ!君いいね!とても自然だ!」
本番で急遽、主人公と少しぶつかり「すいません」と言うセリフを貰えた。
これも、勝手に体が動き自然と言葉が出た。
終わってから事務所に寄ると社長が「とても良かったらしくて次も仕事が入った」と笑顔で迎えてくれた。
運が向いてきた!と俺は喜んだ。
神様に出会えたことはとても幸運だ。
その時は神様は消えていたけど、耳元で
「ふふっ」と笑う声がした。
それからは、仕事はかなり入るようになった。
仕事になると神様が出てきて俺の体を動かす。
収入は安定してきつつあり、生活はそこそこ良くなった。
神様、さまさまである。
このまま下積みでも積み重ねればと希望が持てた。
しかし・・・。
入ってくる仕事が端役かエキストラばかり。
どんなに演技がうまいと褒められても大きな役は入ってこない。
それなのにエキストラや端役の仕事は隙間なく入ってくる。
俺は、段々イライラしてきた。
いったい俺は何を目指していたんだろうと。
事務所の社長に聞いてみる。
「ああ、不思議だよね。君とても演技が自然で良くなったんだけど、自然なので人の記憶に残りにくいようなんだ。だからね、エキストラとか端役だと『主人公』の邪魔にならない役が来るんだ。もうあちこちで評判になって引っ張りだこだよ。
同じドラマでも次に出た時には本当に知らないただの通行人に見えるらしいんだ」
俺は衝撃を受けた。
演技が自然すぎる?主人公の邪魔にならない?
家にフラフラと帰り、一人になった。
怒りがふつふつと沸いてきた。
「出てこい!神様!」
俺は叫んだ。
「あら呼んだ?」と神様が現れた。
「演技の神様って言ったよな。何故、こんな仕事しか入ってこない。俺はもっと売れたいんだ!」
俺がどなる。
「アラアラ、わたしが操ってなければあなたの演技はひどいものよ。いえ、あなたは表現力は少しないのよね。だから人の気持ちが理解できない。いい役者さんって感情の表現力って大事なの。あなたはそれがないから私が「自然」に見えるように操っているのよ。そもそも自分で演技してないんだから文句言わないでよ」
はっ!と気が付いた。
俺はそうだ、演技などしてなかった。
ただ単に神様に操られて動いているだけだった。
「収入は安定したでしょ。それでいいんじゃない?」
神様はまたにまあと笑った。
「消えろよ!もうあんたなんか要らない!」
俺は怒りのまま叫んだ。
「そう?じゃあさよなら」
神様はスーッと消えた。
今まで頭の中にあったちょっとした違和感も消えた。
神様はもう消えたんだと思う。
虚しさだけが残った。
「役者」を目指していたはずが操り人形になっていただけだった。
俺は、そのまま家を出て事務所に向かい社長に「辞める」意思を伝えた。
結構、仕事が入っていたはずなのにすんなり
「そう」と言って契約解除になった。
これも神様のチカラだったのか。
「そう」と言われて、俺が美咲に最後に会った時に美咲に言った「一言」と一緒だと気が付いた。
美咲を傷つけたと今更ながら思う。
涙がボロボロと流れてきた。
泣きながら歩いていて、ハンカチを出そうとジャケットのポケットに手を入れてみると何か紙がある。
そういえば、このジャケットは美咲と別れたときに着たものだった。
シーズン終わりだったのにお金もないためクリーニングにも出さず、消臭剤だけふってしまっていた服だ。
あれから季節が流れてまたジャケットが必要な季節になったんだと思う。
美咲は元気だろうかと、自分から離れていったのに思う。
紙を広げてみると
「農業体験ツアー」の案内だった。
何故か行って見たくなった。
電話をかけて問い合わせをした。
今はツアーは季節的にしてないんだけど大根とかの収穫できるものがあるから来てみては?と言われる。
予約をして電話を切った。
何故、こんな事をしているのかよくわからなかったが、多分美咲の痕跡を追いたかったのかもしれない。
よく晴れた当日。
俺は、山藤さんという人に会っていた。
山藤さんは実は美咲の会社で働いていた人で、辞めて奥さんの実家の農園の経営を任されいるらしい。
「君、もしかして神様にあった?」
と会っていきなり山藤さんから言われる。
なんでも彼も別の神様だが会った経験があり、なんとなくわかるらしい。
電話がかかってきた時になんかふと予感がして、ツアーシーズンじゃないのに了承したらしい。
そして、この農園にも現在別の神様がいるのだとか。
「ただね、いつも彼らは「神様」だと名乗っているけど、別に人間の為に頑張って何かをやってやろうとと思っている訳じゃないんだと思うんだ。
彼らは気まぐれで勝手で、そして自分の好きな事にしか執着しない。だからね、人は神様に頼るのではなく自分の力で自分の欲しい物ややりたいことは手に入れる方がいいんだと僕は思うんだ」
「その通りです」
俺は、これまであった事を山藤さんに話した。
うんうんと山藤さんは聞いてくれた。
「僕の親父の会社にも神様がいたんだ。ちょっとそれに近いね。会社を大きくするわけではなく「存続」をさせるだけの神様、親父は結局従業員や自分の家庭を守るためにその神様を受け入れたんだ。僕はそれを継がなかった」
山藤さんが続ける。
「それで良かったと思っているよ。実はうちの農作物の神様は確かに豊穣をもたらすけどそれは自分の思った物だけ。毎年神様が作りたいものが違うんだ。だから、この農園は種類を広げすぎて大変な事になっていた。
ほらあそこの見て」
山藤さんが指さした畑には、いろんな野菜が植えてあり、この寒さの中で生き生きとそこだけ野菜出来ていた。
「あそこの畑だけ神様に解放しているんだ。神様が植えたいと言った物を少しずつ植えている。どうもそれでうちの神様は満足しているようなんだ。でも勝手だよね」
そういって、笑った。
俺も笑った。
山藤さんは神様と共存することにしたようだ。
その後、大根を抜いてみるという経験をする。
意外と力がいり、ひょろひょろの俺はあっという間に体が痛くなった。
なんだか急に自分で立って自分で動いていると実感して、涙がボロボロこぼれてきた。
俺は今まで何をしていたのか?と。
山藤さんが心配そうに
「どうしたの?」と聞く。
神様の話まではしたけど、俳優を目指すのも辞めて収入もなくこれからどう生きていこうとかと思うと言うと
「じゃあ、うちで働く?これも何かの縁だし」と言われた。
給料はそんなに出せないけどね、とハハッと笑う。
お願いしますと頭を下げた。
山藤さんに肩をポンポンとされて、家の方に案内された。
奥さんと息子さんに会い挨拶をした。
こんなたまたま来た身元もちゃんとしてない者を雇っていいのか?と思ったが
「これもいわゆる神様のお導きてやつ?」と奥さんが笑った。
ちょうど人手も欲しかったしと山藤さんも言う。
朝が早い仕事のため、離れにある1室を貸してもらうことなった。
光熱費込みのとても安い値段でおまけに食事も一緒に作ってもらえることになった。
これは、奥さんのお母さんがされていたので自炊はずっとしていたので、申し訳ないからと手伝う事にした。
奥さんのお母さんが
「こんなイケメンと一緒に料理できなんてうれしい!」と喜んでくれる。
イケメンなんて言われたのって、初めてかもしれない。
あのいわゆる「モブ」の時は人に顔さえ覚えてもらえなかった。
しばらくはここで自分が何がしたいか考える事になった。
一応俳優をやっていたこともあり、話すのはそこそこ得意だと言うと来季からのツアーのガイドをすることになった。
色々と相談をして、農業の事など勉強をする。
季節は巡り稲の植え付けの時期がやってきた。
苗を水田に植えていくのを経験して、秋になって収穫も体験できる。
ある日から山藤さんに「今度の日曜日に会社の福利厚生の一環のレジャーとして申し込みがあったから明日よろしく!」と頼まれる。
俺は、初めての事でいろいろと楽しませようと前日からいろいろと用意をした。
貸し切りだろうかバスが到着した。
「ようこそ!ルミナス農園に!」
大きな声で迎える。
バスの中から最初に女性がおりてきた。
「祐樹?」
目を大きく開けてびっくりした顔の女性は・・・。
女性の後ろにそこだけいろんな野菜が出来ている畑にうっすらと人影が見えた。
その人影はやけに古臭い着物を来ていて、手をあげて
「植えるのだ!」と言った気がした。
俺にもこの農園の神様が見えるようになってきたのかもしれない。
俺は、歩いて行きもう一度
「ようこそ」と言った。
神様、この再会に感謝します。
いや、今度は自分の力でちゃんとしないと。
結局さ、演技は神様がしていたのね
次で終わりにしようか、それとも
もっと広げるか考え中




