会社の神様再び
母が長期入院した。
その途端にいろんな状況が悪化する。
私が今働いているのは祖父が起こした金属会社を父が跡を継いでいるいわるゆる同族経営のファミリー企業。
父が社長で母が専務。
私は大学を中退して就職先がなく、仕方なく父の会社に入れてもらった。
でも、9時から5時までのお気楽社員。
大した仕事もしないけど、お給料はやはりファミリーの為かそこそこいい。
ただ、50人規模の中小企業とはいえ何もない所から会社を起こした祖父とは違い、父は経営の才能や決断力がなく、祖父が亡くなって「自動的」に社長になった典型的な2代目社長。
自ら営業に行き仕事をとってくるのでもなく、現場にもまわらず社長室にこもりパソコンとにらめっこの毎日。
画面からの情報だけで仕事をしている気分になっている。
そんな父に代わってから経営が悪化するのは目に見えていた。
しかし、そこで出てきたのが母。
元々は、この会社の事務員だったらしい。
祖父が亡くなった後は母が父のかわりにいろんな事を担う事になった。
実質の経営は母で父はお飾り社長になる。
母は今専務である。
母が実権を握った途端に経営状態は良くなった。
ただ、見ていると社員の人たちの疲労感が半端ない。
遅くまで長時間労働をしている社員が多々いる。
よく働いているなと思いながらも特に何も思わず。
毎日夕方5時前になると机の物をしまい
「お疲れ様です~~」と退社する。
仕事が残っていても定時から定時って言うのが基本だと思っていたので。
でも、仕事も少ないのでほとんど残る事もないけど。
さっさと退社する私を冷たい目で見ていた社員の人たちの事も気にすることもなかった。
そんな目で見るんだったら自分たちだって、帰ったらいいのにと思うし要領が悪いから、仕事が出来ないから帰れないのかなとさえ思っていた。
そんなお気楽な毎日を何故か疑問なく過ごしていた。
定時であがり、彼氏と会うために会社を出た。
祐樹とは繁華街の居酒屋で友達と飲んでいる時に知り合った。
席が隣同士になり向こうも男性が2人だったため話が盛り上がりその後も連絡先を交換した。
そのあと私に個人的に祐樹から連絡が入り付き合う事になった。
今、丁度半年たったところ。
祐樹は売れない俳優。
ルックスはいいのにな。
まだちゃんとした収入はないのでデート代はいつも私持ちだ。
「ごめんね」と言ってくれるけど「大丈夫よ、これでも私は社長令嬢なのよ」と言うと少し困った顔をしながら「ありがとう」と言う。
その顔が大好きだ。
彼を支えるのが私の使命なのだと思える。
大体、私は恋をすると周りが見えなくなるとよく言われる。
大学を中退した理由も実は当時付き合っていた彼氏と遠距離になったから。
彼氏は地元の大学に行ったけど、学力が足らなかった私はかなり地方の大学に行くことになった。
そこしか行けるところがなかったし、この学問がしたいと言って入ったわけでもないので、入学してからすぐに嫌になった。
そんな中、地元の友達から彼が他の女の子と付き合っているみたいと連絡が入る。
私は、大学を辞めて地元に帰った。
彼氏に詰め寄ると「毎日連絡入れろとか面倒なんだよ」と言われる。
散々罵りあい別れた。
親には・・・特に母にはすごく怒られた。
しばらくはすることもなくブラブラとしていると母が
「うちの会社で働きなさい」と言いそのまま何も疑問を持つこともなく入社した。
簡単な事務仕事を母のサポートとして担当する事になった。
計算をしたり、来客にお茶を入れたりするぐらい。
結構暇な時間もある。
でも、社長の娘だからか、社員の人たちも遠慮があるのか私がぼーっとしていても誰も文句は言わない。
暇な時は5時の定時までの時間がとても長い。
そんな感じで数年過ぎた。
そろそろ結婚も考える時期だなと思う。
祐樹と・・・。
ある日、出勤して仕事していると「うっ!」と言って母が急に倒れた。
父が救急車を呼び私は母の意識を確かめる。
「お母さん!大丈夫!」と。
母は意識はあるようで
「仕事しないと」という。
「駄目よ!もうお父さんが救急車呼んだから!」と。
すぐに救急車がきてくれた。
私が救急車で付き添う事になり、父はとりあえず会社に残った。
ストレッチャーで救急車まで運ばれ病院に向かう。
長く待って診察の結果を聞く。
母は血圧が高く、また心臓が悪いらしくこのまま入院となり手術することになった。
とりあえず入院の手続きや着替えなどの説明を聞く事に。
母は頑なに「会社に行かないと」と言うも「駄目!おとーさんもいるからこのまま入院してちゃんと治して!」と説き伏せる。
とりあえず母の仕事の引継ぎなどをしないと駄目だと思うが、翌日にという事にした。
そうこうしているうちに父と弟がやってきたので説明して一旦家に帰ることにした。
弟も父の会社に入社している。
大学を出て就職先がやっぱり決まらず、父の会社に営業として入った。
母が倒れた時はちょうど営業で出ていたと思うが、戻るのが遅く多分どこかで油を売っていたと思う。
よく考えたら私たち姉弟はなんとも嫌な奴らだ。
家に帰るともう夕方の5時だった。
今日は、そういえば祐樹と約束していたのを思い出す。
慌ててLINEで「母が倒れて今日行けなくなった」と連絡するとすぐに既読になり「OK」とピースサインのスタンプがかえってきた。
大丈夫?とも言ってくれなんだなとふと思った。
会社はとりあえずどうするかを帰宅した父と相談した。
最近入った山藤さんと言う人が、よく出来る人でこの人にまかせておけば大丈夫だと父がいう。
ただ、「肝心」な部分は母がやっていたので引継ぎをしておいてくれと言われる。
心の中で「あんたがしないのか」とつぶやく。
翌日、母の着替えなどを持ち入院などに必要な書類を書き込み病院に行く。
病院で今後のスケジュールなどの説明を聞くと多分1か月ぐらいは仕事に復帰できないと言われる。
母が後で「行かないと大変な事になるわ」と言う。
「何が?」と聞くと
「会社には『神様』がいるの」と。
はああ???なんですそれ?
「会社には『ブラックな神様』と言う人がいて・・・」と話し始めた。
母の話によるとこの神様は従業員を安い賃金で働かせる力を持っているのだとか。
そして、ファミリー企業の「ファミリー」にはその力は出さず、利益を持たせるのだとか。
母は倒れたせいで頭がおかしくなってしまったんだろうか?
その神様の言う通りにしていれば、私たち「ファミリー」は安泰なんだと母は力説した。
そしてその後、他の従業員には見せない書類やデーターの場所を言って帳簿などのつけ方を教えてくれた。
毎日、連絡するようにとしつこく言っていた。
その手術の日はまだなのと完全看護なので翌日から出勤する。
相変わらず弟は「営業行ってきます!」と言ってそのまま夕方戻らず。
従業員はみんな疲れた顔をしながら働いているのに弟は元気だ。
山藤さんから声をかけられた。
「社長から専務がしていた仕事を私がするように言われたんですが」と。
この人は何故うちにきたんだろうと思えるほどの出来る人だ。
「ただところどころ置き場所が分からないものがあるんです」と。
彼が言っているのは母が私に引継ぎをしたものだった。
私には出来ないなと思っていたので、すべて山藤さんに渡すことにした。
その日から山藤さんは深夜まで残って仕事をするようになった。
彼は、父から役職をもらったようだ。
私と言えば今まで通りの仕事に戻った。
定時から定時。
そして祐樹に会いに行く。
たまに母の病院に行って報告。
「ちゃんと出来ている?」と聞くので
「大丈夫よ」と返事をしておいた。
そうこうしているうちに母の手術の日が来て付き添う。
母の手術は成功して、他の病院に転院して1か月ほどリハビリすることになった。
母は家に帰りたがったが、きっと帰ってきたら無理するだろうからと父と相談して無理やり決める。
1か月後に母がリハビリ目的の入院が終わり自宅に戻った。
母の第一声は「神様に会わないと」と。
2週間ほど家に居て復帰する事になった。
母が復帰する少し前に山藤さんが退職届を持ってきた。
「もう専務戻ってこられるし、『美咲』さんも仕事覚えられたでしょうし」
そう、この1か月の間に何故か「仕事をしないと」という気持ちが起き山藤さんに教えてもらいながら仕事を覚えた。
祐樹に会う時間はぐっと減ったが、仕方がないと思えるようになった。
山藤さんは、結婚する人の家の家業を手伝う事になったそうだ。
そのあとチラホラと退職する人が増えた。
そして、あのちゃらんぽらんの弟も仕方なしなのか仕事をするようになった。
一番働いていた営業の人が辞めたのだ。
父もやっぱり1か月前ぐらいから何故か慌てたように仕事をするようになった。
弟と一緒に営業にまわる。
ただ、どちらもうまく営業が出来ないように感じる。
それにしてもかなり忙しくなった。
会社はなんとか祖父がいる時代からいる人たちで持っているが、受注がさばけずかなり危うい状態になる。
ただ、そうなっても以前のように深夜まで残業する人の姿はなくなった。
そうこうしているうちに母が復帰した。
そして、最初に言った言葉が
「神様がいない!」
パニックになっている母が私に向かってくる。
「あなた神様に会った?」と
「えっ?何?やっぱりお母さん、頭おかしくなったの?」と言うと
「私が頼んだ仕事はどうしていたの?」と聞く。
「私じゃわからないから山藤さんに最初は頼んだよ」と言うと母は顔色を無くして、へなへなと座り込んだ。
やっぱり復帰はまだ早かったんだろうか?と疑問に思うが、山藤さんがいない今、私では分からない事が多々ある。
母は顔色をなくしながらも仕事に復帰した。
その後、税務署の監査や労働基準監督署からの聞き取りなどが入りもう大変だった。
忙しい日々を過ごす中、なんとか会社を存続させる目途が着いた頃、偶然山藤さんに出会った。
結婚して奥さんの実家の農園を手伝うというより経営しているらしい。
聞きたいこともあったので誘って喫茶店に入る。
その後の会社や母の病気の事を話す。
そして気になっていたことを聞いた。
「山藤さん、神様っていたと思います?」と。
言ってからちょっと恥ずかしくなった。
すると
「はい、いますね。それにいましたよ。あなたの会社にも」と意外な答えが帰ってきた。
「ブラックな神様が」
唖然とする。
彼の話では母がちょうど手術を終えたころにそのブラックな神様が現れたらしい。
ブラックな神様はどうやって従業員をタダで働かせ、利益をもたらすか教えてやろうと言ったらしい。
本来ならば、ファミリーだけにだけど経理にかかわっているからお前の給料もあがるよと。
でも彼は「要らない」と断った。
それからだった。
会社は「ブラック」ではなくなった。
嘘みたいな話だけど母のあの様子と真面目な山藤さんの話が嘘だと思えず、それになんだかストンと腑に落ちた感じがした。
急に働くようになった父や弟・・・そして私。
そして、サービス残業をしなくなり、辞めていった従業員。
いたのか・・・ブラックな神様。
あれから母はとても大人しくなり、黙々と仕事をしている。
ただ、無理をしたら駄目なので段々私に引き継いでいる。
今は私たちの給料も見直して、ごくごく普通の経営に近くなっている。
父はどうやら愛人に店を持たせていたようだが、それも解消したよう。
ただ、出来る人たちがみんな去って行ったのは痛手で段々取引先が減っている。
そういうと山藤さんが営業にいた斎藤さんに一度連絡してみたら?と言ってくれた。
つい最近会って、まだ仕事が決まっていないらしい。
山藤さんは他にもいろいろと興味にある話をしてくれた。
そして、今うちは農業体験ツアーって言うのをしているんだとチラシを置いて帰っていた。
山藤さんと別れてから久しぶりに祐樹に会った。
この日は高級な店ではなく居酒屋で待ち合わせした。
忙しくて時間が取れなかったし自分自身の給料が減ったので、祐樹に支援するお金がなくなったので会いにくかった。
久しぶりに会った祐樹の第一声が
「今、俺ちょーお金に困っているんだ。貸してくれない?」だった。
「ごめん、今うち会社が大変でお金ないんだ。」と言うと祐樹は「そう」と言うと「じゃあ、時間もないし俺行くわ」と去って行った。
ああ、今別れたんだと思った。
涙がぽたりと落ちた。
会計の伝票の上に落ちた。
支払うそぶりもないんだとなんだか笑いたくもなった。
涙を拭き会計をしてから一度会社に戻った。
何故か弟がいた。
「姉ちゃん、いいところに」
と私の方を向いて行った。
「このじいさんが、経営を手伝ってやろうかと言っているんだけど」と指さす空間には誰もいない。
「えっ?誰もいないけど」と言うと
「えーーっ、いるよ。「会社の神様」だと言っている貧相なじいさんなんだ。どうやって入ってきたのか問い詰めたらそういうんだ」
えっ?ブラックな神様?
でも、じいさんって言ったよね。
母と山藤さんの話ではおばあさんだと言っていたけど。
私は昼間に山藤さんに聞いた話を思い出した。
うちはブラックな神様だったけど山藤さんのお父さんの印刷会社には「会社の神様」がいたらしい。
会社を存続させるけど儲けはそこまでは出ない。
会社の拡大も出来ない。
いい神様なのかそうじゃないのかよくわからないと。
とても貧相なおじいさんの神様だったらしい。
この神様は、山藤自身は見た事はないそうだ。
お父さんが、会社をたたみ山藤さんは会社を継がなかったので。
しかし、山藤さんの所には別の神様が居るらしい。
その神様もやっぱりいいのか悪いのかよくわからないそうだ。
ふと気配がして私にも見えるのか?と思って振り返ると黒いロープを着たおばあさんがいた。
「おや、私が見えるのかい?私は「ブラックな神様」あんたの母親はもう私の事が見えないようだけどあんたには見えるという事は仕事はあんたに引き継がれたんだね。私の力は知っているね。力を貸そうか?」とささやいた。
「姉ちゃん、そっちの方向じゃない。こっちだ」と弟が言っている。
私は、迷わずブラックな神様に
「要りません!」と言った。
「そうかい。じゃあ消えるよ」とおばあさんはイヒヒと言って消えた。
弟が「どこに向かって話しているんだ姉ちゃん、そっちじゃないこっちだよ」と言うので
「あんたも断りな!」と弟に向かって言った。
「これからは姉弟で力会わせてがんばろう。他の力は要らないから」と言うと弟は頷いて
「わかった。要らない!」と叫んだ。
その後「姉ちゃん、消えたわ」と言った。
確かに何かがいた気配がしたけど消えたような気がする。
その後、弟と今日山藤さんに会った話をした。
実際に会った山藤さん以外は誰も信じてくれないだろうから姉弟だけの秘密にもしようと言うので意見が一致した。
そういえばと山藤さんにもらった農業体験のチラシを出そうとしたらなかった。
どうやら落としたよう。
まあ、ホームページでもみれるらしいのでそっちから確認しようか。
そういえば、うちってホームページ持ってない。
山藤さんのところは奥さんがデザイナーで作っているらしい。
依頼してみるのもいいかもしれない。
弟とこんなに話すのは久しぶりだ。
そして弟は困っていた。
私の場合、山藤さんが1か月の間だけでも教えてくれたし今はあまり表に出なくなったけど母がいる。
しかし、弟の場合は何も学ばないままの状態だ。
取引先の引き継ぎさえしていないので訪問もなかなか出来ない。
仕事中にさぼっていたのが災いしたし、先輩からも何も教えてもらえないというより、教えを請わなかった。
父は社長だけど営業に出た事がない2代目なので今弟と一緒に行動はしているが、まったく役にたたないらしい。
ただ、つくづく母と父はもう引退した方がいいんじゃないかと思った。
給料を下げたとはいえ、この二人の分が一番大きい。
また、山藤さんの話を思い出した。
営業で働いた斎藤さんがまだ職が決まってないらしい。
会社が変わったなら一度連絡をしてみたら?と言っていたのを。
弟と相談して私から斎藤さんにメールを入れてみることにした。
「お話させていただきたいことがありますのでご連絡いただけないでしょうか?」と。
やっと続きを書いた。
まだ、読み返してないので後で誤字脱字や文章チェックをすると思う