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農作物の神様

「お前んちに居る神様は、農作物の神様だって」


「えっ?」


夫の隆司と結婚して、私の実家の農園を手伝うようになって半年。

そんな変な事を隆司が言い出した。


「そっか、ラムは見えなかったんだな」


私の名前は、母がつけた俗に言う「キラキラネーム」で来夢ラム

30歳になった今、勘弁してほしい名前だ。

ただすごく流行った漫画の登場人物の名前だったらしく、意外と受け入れられている。

親夫婦がこの漫画のファンだったらしい。

私は、夫の事は「ダーリン」なんて呼ばないけど。


夫は、私と結婚する前に金属加工会社で総務にいた。

その前に銀行で勤めていたが、勢いで辞めてしまいいわゆる中小企業に再就職をしたけどそこがかなりのブラック企業で身体まで壊しそうになり、そして私との仲まで壊れそうになり退職した。

そして、今私の両親が経営する農園に入った。


うちは代々続く農家だ。

私はもうここを継ぐつもりがなく高校を卒業後に上京して専門学校に入り、そのままそこで就職をした。

田舎が嫌だった事もある。

距離が近くて鬱陶しい。

近所で秘密などないようなもの。

家と家が田んぼを挟んで離れているのにである。

ただ、長く一人暮らしをしてまたやはり隆司と一緒で終らない仕事に疲れていた。

深夜までするのはざらで自宅への持ち帰りは日常。

隆司を理由に私も逃げたかった。


その実家だが娘一人の為、先行きはどうなるのかと思っていたら、ここ最近何故か近所の休耕地などを買取ったり、借りたりしてどんどん農業の手を広げている。

近所も後を継ぐものがいなくて、どんどん荒れてきているので喜んで手放してくれるらしい。

農地法で簡単に手放すことが出来ないが、農家のうちの実家ならと。

あれだけ密接だった近所づきあいも人がいなくなり今では少し薄れている。

キラキラネームをつけるような母と仲が悪かった祖母も今はもういない。

ここもまた世代が変わってきているんだと思う。

どんどん広げて当然夫婦だけでは手が足りず、パートで人を雇ったり最近では、海外研修生を受け入れたりしている。

しかし、この夫婦さすが娘にキラキラをつけるだけあって、まったくの行き当たりばったり。

最近では、どうも経営に行き詰まり困っていたところに隆司が入った。


両親は大喜びだ。

早速隆司はいろいろな人事や経理などの改善案を提案してくれて半年でやっとまともになってきた。


ところで何故、こんなに手を広げてしまったのか?

ずっと疑問で父親に聞くと


「農業の神様がやれって言うんだ」と。


とうとう頭がおかしくなったのかと思っていたら、結婚前に挨拶に来た隆司が真面目にその神様の話を聞いていた。

その後隆司は経営の事だけじゃなく、両親から農業の事を学び始め最近では一緒に畑に出ている。

私自身はWEBデザインの仕事をしているが、結婚を機に独立をして自宅で仕事をするようになった。

自宅は借家で実家から車で15分の場所にあり、隆司はここから農園まで通っている。

なので私自身は直接は実家の事に携わってない。


「俺、手伝うようになってから見えてきたんだ。それに神様は俺の実家にもいたらしいし、実は前に勤めていた会社にもいたんだ」


隆司は、その「神様たち」の事を話してくれた。

隆司の実家にいた神様は「会社の神様」

会社と大雑把に名乗ったようだが、小さい会社を守る神様の様で大きな会社にはつかないらしい。

ものすごく儲からないけど、会社が潰れないように守る神様なんだって。

そして、前に勤めていた会社にいたのは「ブラックな神様」

この神様は、隆司の実家の神様と違い経営者はもうかるようだけど、勤めている人たちはかなり過酷な労働をしいられるらしい。

見えるのは経営をしていたり、深く携わっている人だけなのだと。


「で、うちの実家にもいるの?」


信じられないが聞いてみた。


「うん、ラムの実家には『農作物の神様』がいる」


「父は『農業の神様』って言っていたけど?」


そこで隆司はふむって感じで考えながら言った。


「厳密に言うと違うんだ。農作物の神様は田畑で作られる穀物や野菜を教えてくれる神様なんだ」


?????


私の頭に疑問符が並ぶ。

隆司は続ける。


「例えばさ『こんな変わった野菜があるから作りなさい』と言って育て方を教えてくれる。そしてその作物に祝福を与えてきっちりと収穫まで面倒を見てくれる」


「いいじゃない。やっぱりそれなら農業の神様なんじゃない?」


「ところが、次々と新しい物を植えろと言ってくるんだ。なのであの有様だ」


私はどんどん広がる両親の田畑を思い出した。

そういえば、ここ最近毎年「新しい作物」が増えている。

統一性がないし、収穫量にまとまりがない。


「神様ってさ、名前から聞くとすっごく有難い感じがするけど実際はそうじゃない場合もあると俺は思うんだ。前の会社にいた神様は経営者にとってはよくても従業員にとってはよくなかった。厄介な存在だ。でも、俺が見えて「要らない」と言って消えた所を見ると必要とされないと存在出来ないらしい」


「じゃあ、その農作物の神様にも「要らない」と言えばいいんじゃない?だって、うちの実家これ以上増やせないよ。かなりの自転車操業な感じがする」

「いや、この神様の知識や祝福自体はいいものであり害はないんだ。それで俺思いついたんだ」


隆司の計画を聞いた。

なるほどなと思った。

最近、私の仕事もやっと軌道に乗ったがそれだけで、収入は厳しくまた隆司も給料も当たり前だけど低く私も関わることにした。


隆司の案は、畑の一角を神様用の農地にする事だった。

一反に全部植えるのではなく、畝ごとに作物を替える。

そして農業体験ツアーとして売り出してみればどうだろうと。

自分たちが植えたものが収穫が出私も横で植えてみる。来るツアーだ。

毎年違う物の収穫もまた面白いかもしれないと。

神様の祝福があるので、うまく育つので客も収穫が確実に出来る。


面白いなと思った。


私がホームページやチラシなどを作成した。

また、変わった野菜が出来るので、その年の「パック」として通販で売り出すためのサイトを作った。

独立したために自分の営業活動もしなければならず、そういったものをポートフォリオの一環とし手持っていきついでにPRもする。


春になり、両親や従業員、そして隆司が耕した畑にまず第一弾の客たちが来た。

隆司の元会社の同僚だった人の家族も来ていた。

この人もあの会社を一度は辞めたらしい。

奥さんや家族とも別居状態だったそうだけど辞めて元の状態に戻ったそうだ。

しかしその後しばらくして、元の会社にまた戻ったと言っいた。

どういった経緯があったかわからない。


彼のお子さんだろう小学生ぐらいの女の子がニコニコ笑いながら、私の母が教えてくれるのを聞きながら苗を植えている。

今回のツアーは、隆司の両親も来ていて、一緒に参加していている。

義父母も息子と一緒にこういった事をするのは初めてだそうでとても楽しそうだ。

いい年になった息子とでも楽しいものねと義母が笑った。

私も横で植えてみる。

そのままずぼっと植えようとしたら・・・


「あっ、そうやったら駄目だと神様が言っているよ」と隆司が後ろを振り返りながら言った。


ゆっくりと振り返ると・・・うっすらと見えた。

神様が。




『もっと根をほぐして植えなさい』


そう笑いながら言った・・・ような気がした。


ツアーは好評のうちに終わり、収穫の時期にまた来てくださいと言って送り出した。

もし、これなくてもこちらから送る予定だ。


後で一緒に見送っていた隆司に言う。


「私も見えたような気がする」と。


「今もいるよ。後ろで植えた作物の手入れをしている」と隆司が言うので振り返ったが、何も見えなかった。


「きっとずっと関わっているうちに見えてもっと会えるようになるよ。ただ、それもそれで厄介なのは厄介なんだけどね」と隆司が笑った。


その後、両親と相談して主流に栽培する作物を決めた。

米もやはり作りたい。

今まで出荷にばらつきがあったが、他で作っていない珍しいものを特産品として売り出す計画やその品種の改良など神様では出来ない事を自分たちで考える。


神様は、一反だけだが自分が植えて欲しい物があるので満足をしているようだ。

ただ、困ったことにその一反だけが神様の加護があるが、その他の所はやはりいろいろなトラブルがある。

主に天候によるところが大きい。

そして、広げた農地のため「人」の問題も多々。

これは、この神様はまったくの役に立たない。

ただ、苦労して育てたものを収穫して出荷するときの気持ちは格別だと隆司は言っている。


実は、あれから私は神様は見えていない。

あのツアーのあとすぐにお腹に子どもがいることがわかり、広報活動はするけど畑などには関わらなくなった。

本来の自分の仕事が軌道になり忙しくなったこともある。

その後は出産、子育てと並行して仕事で余裕がなくなった。


今年のゴールデンウイークにツアー客がやってきた。

隆司によると今の神様のおすすめは「白いナス」らしい。


ツアー客に混ざり2歳になった息子がうれしそうに苗を植えている。

息子の名前を祖母である私の母が「ラムの息子だから・・・アタル?」とつぶやき、それを気に入った隆司が決めアタルになった。

母よ、それはダーリンだよ。

しかし、私も出来たら漫画の中の普通の名前にしてほしかった。

何故よりによってこの名前なのだ。


陽が「こんにちは!」と誰もいないところに挨拶をした。

ああ、そこに居るんですね。

神様は満足されているようだ。

私もまた見えるようになるんだろうか。

それともこの土地の後を継ぎそうな息子がお腹にいたから前は見えたんだろうか?


太陽を背にして大きな青い空と緑をバックに小さい手を土まみれにした息子が顔をくしゃくしゃにしながら大きく手を振った。

ああ、幸せだなと思った。


10代の頃、この田舎が嫌で都会に出た。

都会に疲れ果てて逃げて戻ってきたんだが・・・。

こんな所に幸せがあったのかと思うのと同時にでも出なかったら見つけられなかった幸せなのかもしれない。

ありがとう、神様。となんとなく思う。


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