第3話 李
妖怪のルールや私の刑期について説明した。結局こいつは理解しているのか?非常に不安である。かなり鈍いから、わかったような気になっているだけな可能性もある。
「若、おやっさんが呼んでます」
襖から李がひょっこりと顔を出す。昨日もそうだったが、空気は絶望的に読めないらしい。私たちが話している最中に乱入してくるその癖はどうにかならないのか。
「李、お前な、少しは空気読めよ…」
虎も呆れ顔でそう言う。どうやらいつものことらしい。
「ほら、さっさと行ってください」
「分かったって」
虎が部屋の扉を閉じた。2人とも一言も発さず、沈黙が流れた。静寂を破る一言は、私の口から出た。
「どうして、貴方がここにいるんです?李さん」
「こちらが聞きたいです。貴女がここにいる気配は、私がここで暮らしていた三年間、微塵も感じなかった」
お互いの目を見つめ合う。以前であれば、腹の探り合いなどしなかった。それほどまでに流れた時間は長く、残酷だった。お互いに何があって、何を考えてここにいるのかわからないため、それがわからないことには警戒は解けない。
「私は、今は人です」
「っ、なぜ!?」
李が信じられないことを言った。以前…およそ280年前、彼の山を訪れたとき、そこでしばらく過ごした時は、李は神だったはずだ。彼ほど力のある神が人間に堕とされるなんて、普通はありえないはず。たった280年の間に、何が起こったと言うのか。
「貴女がここにいることを知らなかったのは私もです。何処にいたんですか?」
「話を逸らすな。貴方がっ、鵬風山の山神である貴方が!神界から消えたらどうなるのか考えたんですか!?」
鵬風山の李———人ならざる者の中では知らぬものはいない。圧倒的な神力、山頂の社から下界を見つめる姿は、さながら鳳凰のようであったと、偶然彼の姿を見た人間は残している。他の神が気まぐれで残した伝説のような気もするが。普通の人間には神力も妖力も、何も感知できないはずだから。
「流石にそのことは考えました。抗議もしました。ですが………どうやら、犯した罪は重いらしい」
皮肉げに笑う彼はとうに諦めた目をしていた。
「そこまで重い罪なのですか!?」
「ええ。神々の中では最大の禁忌、人間界への介入を行なってしまったので」
…………ああ。
私は、もうどうしようもないことなのだと悟った。神々が人間界へ介入するのは、原則禁忌。天罰といった例外もあるが、それは相当に特殊な例だ。人間たちが相当のことをしでかした時に、稀に適応される程度。
「どのような介入を行なったのか、聞いてもよろしいでしょうか」
「私は、5年前、彼を──春ヶ宮勝虎を救いました。この家の稼業もあって、死ぬはずの人間が大勢生き残ることになってしまったらしく……私は神界を追放。彼も密かに地獄行きが確定しています。勝手に救ったのは私なのですから、彼は巻き込まないで欲しかったですね」
「そう、なのですか。相変わらず腐ってますね、神界も」
そう言うと、李さんはくすっと微笑って、
「そうですね。正直に言って、晴々としています」
と返した。その顔は、280年前の彼よりもずっと明るかった。
「それじゃあ、私の話をしますか」
「してくださるんですね。貴女は秘密主義なので、教えていただけないかと思っていました」
思わずムッとする。
「流石に言わないとフェアじゃないでしょう。隠さないといけないようなこともしていないですし」
「ふふっ。貴女ならばそう言うと思っていました」
その後、私は、彼と離れてから起こったことを話した。どんな人に会ったのか、どんな家に住んだのか、どうしてここにきたのか、なぜ隠れていたのか……。
全て話終わると、すでに空は茜色に染まっていた。
「そろそろアイツも帰ってきますか?」
「そうですね。少々時間がかかっているようですが、恐らくはすぐに」
その時、玄関が開く音がした。
「ただいまー」
廊下に出て玄関を見ると、コートを着た勝虎が靴を脱いでいた。
「おかえり。コートは?」
「見られたらまずいからな」
その一言で大体察せられた。一般人に見られたらまずいものは何か、探る気にはなれない。
「虎ちゃん、ご飯よ!」
ちょうど飯の用意も終わったようだ。葉月が呼んでいる。
にしても……虎ちゃん。虎ちゃんか。ぷぷぷ。
「母さん!その呼び方するのやめろって!」
勝虎が焦っている。これはいいネタをゲットした。暫くはいじり倒せそうだ。
「ほら勝虎、行くぞ!」
「おう」




