第2話 300年
「おい、起きろ。起きろっての」
俺は、肩を揺さぶられて目を覚ました。何事かと思ったが、いつも寝ている自分の寝室であることを確認し、ひとまず安堵する。
「急に起こすんじゃねえよ、座敷童子」
「何言ってんの。これでも、だいぶ待った方なんだけど?今、昼の11時」
うっわ、マジかよ。もうそんな時間か。昨日、親父や李、こいつ、組員たちと共に寿司パーティー、もとい飲み会を開いたことは覚えている。そのあと、寿司を爆食いして、酒を酌み交わしたところまでは記憶があるが・・・、それ以降を全く覚えていない。ひょっとして、酔いすぎて寝てしまったのか?少々怪しい妖怪の前ですることではないな。いくらなんでも、油断しすぎだろ、自分。
「あー、そうだ。李さんから伝言。『ちょっと出かけてくるので、家で大人しくしろください、若』だそうだよ。手下にも舐められるなんて、かわいそうだね」
あの野郎・・・。いつも俺のこと舐めてるんだよな。まあ、注意しても聞かねえから、注意の意味ねえんだけど。でも、立場は俺の方が上なのに、いつも命令するのって李なんだよな。いつものことだから忘れてたけど、改めて考えるとイライラする。
「なんかイラついた顔してるけど、どうしたの?」
「いやなんか、李の態度が悪すぎて、イラついてきた」
「なんだ、そんなことか。とりあえず、さっさと着替えてこいよ」
それもそうではあるが、そんなことってなんだよ。まあ、昨日、酔い潰れて寝てしまったせいで、昨日の服装のままである。流石に着替えたい。
「じゃあ、着替えてくるわ」
「行ってらっしゃい。私は適当に待ってるから」
はぁ、風呂が気持ちよかったな。服を着ながら、俺はそう思った。いい湯加減だったし。うちの風呂、熱めの時が多いからな。
風呂に入っているうちに、ちょうど昼飯ぐらいの時間になっていた。朝飯が食えていない影響で、猛烈に腹が減っている。今であれば、いくらでも食えそうな気がする。
「おい、座敷童子。風呂入り終わったぞ」
「遅え」
着替え終わって部屋に戻ると、いきなり悪口を言われた。
「うるせぇなあ。しょうがねえだろ。だって(ピー{自主規制})の(ピー)がなかなか落ちなかったんだから」
そんな会話をしている時、俺の腹の音が部屋の中に鳴り響いた。
「ふ・・・っひひッ・・・・・・。腹の音、デカすぎでしょ・・・・・・っ」
・・ああ、こいつ、俺の腹の音で笑ってんのか。理解するまでに少々時間がかかった。少々ムカつきはしたが、腹を抱えて床を転げ回る座敷童子という、なかなかにレアリティの高いものを見たので良しとしよう。そもそも、ここまで協調性のある妖怪や幽霊自体、かなり珍しい。そういう意味では、存在がレアなのかもしれない。
「おい、笑ってないで。今の腹の音でわかっただろ。こっちはだいぶ腹が減ってんだ」
「・・・こっちはお前のせいで、10年間何も食えてなかったんだぞ」
座敷童子が小声で何かを言っていたような気がするが、気にしない。俺は早く飯が食いたい。
「おら、さっさと飯食いに行くぞ」
「うわ、めっちゃ美味しそう!」
料理を見て、座敷童が目を輝かせている。なぜか、俺の真横の席で。ちなみに、今日の昼食は、ラズベリーソースとメープルシロップがかかったパンケーキである。母さんが『これが食べたい』と、ネットから漁ってきた写真を見せながら言って、料理係に作らせている姿が目に浮かぶ。料理係が周りから憐れみの視線を向けられているところまではっきりと。その証拠に、母さんはとても満足そうな顔をしているし、今日の料理当番であるものはとても疲れた表情をしている。・・・にしても、女はみんなこんなものが好きなのだろうか。座敷童子(自供によると性別は女らしい)も、どうやらこういうバカみたいに甘い食べ物が好きらしく、昨日プリンを食っていた時、『もう少し甘い方がうまい』と言っていた。
「うちでは、昼飯はいつもこんなのなんだよ。母さんがいつもリクエストするせいで」
「あら、何よ。あなただって、朝ごはんは自分の好きなものにさせようとするじゃない?」
・・・。普通に論破された。うちでは、朝飯は俺、昼飯は母さん、そして、夕飯は親父が決めるという謎の暗黙のルールがある。しかし、3年前、うちに来た李のせいで、朝飯に俺の嫌いな茄子の煮浸しが3日に一回ぐらい、出てくるようになってしまった。そのおかげで、みんなナスの煮浸しに関しては食べ飽きている。
「親父だって、もうこんな飯は食べ飽きてるだろ」
「いや、俺は葉月(勝虎の母)の選んだものであれば、なんでも食うぞ?」
・・・こいつ、嫁バカだったわ。嫁が関係してしまえば、そっち第一で、話が通じなくなるタイプ。まあ、このパンケーキも(甘すぎるけど)うまいから、いいけど。
「毎日こんなに豪華なご飯が食べれるなんて、幸せ者じゃん。私が人間だった頃は、一日一食食べれればいい方だったよ。・・・ご馳走様でした。美味しかったです」
「相変わらずお前は礼儀がいいなぁ、華。食うのが早いのも昔から変わってない」
「え、華?どういうことだ、親父。つーか、人間だった頃は、って、どういうことだよ。おい!」
座敷童子(華という名前らしい)は、面倒くさそうな顔をして、
「お前が食い終わったら話するわ。本当は午前中にする予定だったんだけどな。どっかの誰かが寝坊してたから」
んぐうっ・・・。ぐうの音も出ない。でも寝坊したのは間接的にはお前のせいな気もする。まあ、いいか。
「じゃあ、俺の部屋で待っててくれ」
「やっと来たか。遅えんだよ。一つ一つの行動が」
「・・・悪ぃ・・・・・・」
部屋に入った瞬間から、座敷童子はめちゃくちゃに不機嫌だった。朝、寝坊して起こされた時よりも不機嫌な気がする。そんなに食べるのは遅い方じゃないんだけどな。強いて言えば、こいつが食うのがめちゃくちゃに早いだけである。
「まあ、そんなことはひとまず放っておこう。話し始めるから、さっさと座れ。・・・部屋の主が座ってないと、居心地が悪い」
「了解」
一言で言うとすると、幽霊はもちろん、妖怪も元々は人間なんだ。
「はぁ?妖怪もって、どう言うことだ?」
「黙ってろ」
「イエッサー」
幽霊は、自分が死んだことに気づいていない人間や、この世に強い心残りがある人間がなる。しかし、妖怪の場合は、あの世に裁判所ができる前、神話の時代に死んでしまって、なおかつ重い罪を犯した罪人が、罪を償うために妖怪にされ、ここに落とされるんだ。また、重い罪を犯したものほど、弱い力しか与えられず、なおかつ刑期も長い。それは、『こちらの世界で死んだ妖怪は、刑を最初からやり直す』というルールがあるからなんだ。ちなみに、刑期が終わると、転生か天国に行くことができる。どちらに行くかは、元から決められている。
しかし、霊能者によって魂が祓われた場合は別だ。その場合は、転生も天国に行くこともできなくなる。妖怪や幽霊に通じるルールだ。
「私がお前を警戒したのも、それが原因だな」
そして、私の刑期は324年。今は刑が始まってから323年と6ヶ月ぐらいだ。だから、あとおよそ半年で、晴れて転生できる。
「長い300年間だったからな。もう一度やり直すなんて羽目になるのはごめんだ」
そう言って遠くを見つめる座敷童は、確かに300歳以上この世に縛り付けられているのであろうと納得させる、複雑な表情をしていた。
作者はナスの煮浸しが大好物です。超好き。