何かがおかしい
◯
なんだか朝からどっと疲れてしまった。
まだ昼前だというのに、すぐにでもベッドに潜り込んで眠ってしまいたい欲に駆られる。
正面玄関を出て一人校門の方へと向かいながら、先ほど一年A組で起こった一部始終を思い起こす。
結局、あれは一体何だったのだろう?
他の教室とはあきらかに様子の違うクラスメイトたち。覇気のない、どこか情緒不安定だった彼らはしかし、途中からおかしなテンションで大声を上げていた。
——あなたたちはこれから一年間、私の思い通りに動いてもらいます。
脳裏で天上先生の声が蘇る。
思えば彼女があの妙なセリフを口にした辺りから、教室内の雰囲気がおかしな方向へ向かい始めた気がする。
——皆さんには私のこと、だーい好きになってもらおうかな?
先生の言ったことを鵜呑みにして、全員が急に息を合わせて悪ノリしたのか。
にしては、それまでの彼らの様子とはあまりにもかけ離れている。もともとは挨拶一つ返さなかったような生徒たちが、突然あんな風になったりするだろうか。
(あーもう、わからん!)
考えても答えの出ない謎にうんうん唸りながら、校門を出て桜舞う坂道に差し掛かる。
あの場ですぐに疑問を解消できるくらい、俺にコミュニケーション能力があれば良かったのになと思う。けれど俺が話しかけるよりも早く、クラスメイトたちはすぐに帰り支度をして教室を出ていってしまった。先生もいつのまにか居なくなっていて、とても誰かに尋ねられる雰囲気ではなかったのも確かだ。
明日になれば、この疑問も少しは解消されるのだろうか。
かすかな希望を胸に抱きながら坂を下っていると、周りで談笑している生徒たちの声に紛れて、遠くから聞き慣れた声が届いた。
「八尋くーん! 待ってよー!」
その声にハッとして、俺はすぐに振り返った。視線の先には小柄な女子生徒。
無論、乃々だった。
彼女はいつもと変わらぬ笑顔を振り撒きながら、華奢な腕を一生懸命に振ってこちらへ走ってくる。
「よかったー、間に合った!」
今朝と同じように、彼女は息を切らしながら俺の目の前までやってきて項垂れた。そうして呼吸を整えてから顔を上げ、
「一緒に帰ろ? 八尋くん」
無邪気に小首を傾げて、にっこりと柔らかな笑みを向けてくる。
そんな彼女の顔を目にした途端、俺は心のどこかでホッとしていた。
周りにはまだ新入生たちが歩いており、彼らの視線は気になったものの、それよりも今は、目の前に乃々がいてくれることに安堵する自分がいた。
「なあ、乃々。そっちのクラスでは、何か変なことは起きなかったか?」
「え? 変なこと?」
うーん、としばらく考えてから、彼女は首を横へ振った。
やはり様子がおかしいのはあのA組だけらしい。
「乃々……。ちょっと話したいことがあるんだけど、今日は時間あるか?」
「うん。大丈夫だよー。いつもの公園に行く?」
乃々は嫌な顔一つせずに、俺の要望に応えてくれる。
登下校は別々で、なんて言っていたくせに、こうして心細くなるとすぐに彼女を頼ろうとする自分が、ひどく情けなかった。




