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71. 待ちわびる





「愚か者が!!」



 ミランが湖に向かったとの報告を受けたレオナード国王の怒声が、執務室に響いた。



「王家の血筋を、途絶えさせる気か!」



 その場に居たもの達は皆、震え上がった。

 剣聖とも呼ばれた王の覇気は、今尚健在である。




「あなたに、それを言う資格があるとでも?」



 静まり返った部屋に冷たく響いた声に、レオナードは勢いよく振り返った。



「王妃……」



 恐らく同じように報告を受けたのだろう。

 ベルタ王妃の目は赤く、頬には涙の跡が残る。


 イルザが竜の元へ行ってからというもの、溌剌としていた王妃は憔悴していた。

 肉付きのよかった身体も一回り細くなった。

 イルザがいた頃は、よく庭に出て散歩やティータイムを楽しんでいたが、今はそれもない。

 お互いが顔を合わせる時間は元々少なかったが、最近はその姿を見かけることもなく、レオナードがベルタの声を聞いたのも久々であった。



「陛下には身に覚えがあるはず。ミランは、イルザしか選べない」



レオナードには返す言葉がなかった。



「………愚かな」



 王はかさついた手で目元を覆い、大きく息を吐き出した。



「……なぜ、そんな所が似てしまったのだ……」



 小さく呟いたレオナードに、王妃は何も答えなかった。

 黙って背を向けると、美しく背筋を伸ばして部屋を出た。




 独りになったレオナードは窓辺に立った。

 窓から見える景色は普段と全く変わらない。

 たが遠く離れた湖では竜が暴れていて、もしかしたら今この瞬間にも城へ向かっているのかもしれなかった。

 竜が真っ先に殺すのは、自分だろうとレオナードは思う。



(来るなら来い。私は逃げも隠れもしない)



 冷静に考えれば、ミランが湖に向かったのは悪くない選択だった。

 レオナードが死んだとしても、ミランが生き残る可能性が高くなるからだ。

 逆に、ミランが死んでもレオナードが生き残る。


 レオナードは壁に飾られた剣を取った。

 長らく手にしてこなかったが、この剣はただの飾りではない。



(私が相手になる。――だから、()()()来るんだ)



 レオナードは剣の柄をぎゅっと握りしめた。

 睨み据えた窓の外、ベルタ王妃が城の門へ向かって歩いていくのが見えた。

 ミランは既に遠く、その後ろ姿さえ見る事は叶わないだろう。

 王妃もそれを理解しているはすだが、きっとそうせずにはいられないのだ。


 レオナードは、しばらく湖の方を見つめていた。



***



 すぐに王都や王城へ向かってくるかと思われた竜は、さらに一時間を過ぎても現れなかった。

 やがて日が暮れ、竜の姿を視認するのは難しくなった。

 王都の周囲には軍が配備され、無数の篝火を焚いて真っ暗な夜空を警戒し続けた。



 城から派遣された三人の斥候は、夜になって離宮へ到着した。

 離宮では五人の無事を確認できたが、イルザの姿はなく、生存は確認できなかった。


 マリー達は既に何度もイルザを探しに出ていたが、絶えず竜が暴れているため近付けずにいた。

 泣き腫らしたアルマは、イルザを助けてくれと懇願したが、既に辺りは真っ暗で、断念せざるを得なかった。




 眠れない夜を過ごしていると、始終聞こえていた不気味な唸り声や地響きが、突然止んだ。

 間もなく日付が変わろうかという頃だ。

 玄関ホールに集まって休んでいたマリー達と兵士達は顔を見合わせた。

 何も見えない暗闇を何度も確かめながらしばらく待ったが、外はしんと静まり返ったままだ。

 そこで、斥候のうちの一人が周辺を探索することになった。


 だが生憎とその日は月もない闇夜で、手の届く範囲ですら暗く、手探りで進むことしかできなかった。

 さらに大小の木々や岩があちこちに散乱し、道らしき道はなくなっている。

 来た道を引き返すのが精一杯で、イルザを探すどころの話ではない。

 結局、探索に出た兵はすぐに離宮に戻り、じりじりと夜明けを待つことになった。



 

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