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60. 預言者




 ミランがまず入室し、イルザとエルガーが後に続いた。

 イルザ達の服は泥だらけだが、そのまま国王と王妃、ライノアが待つ会議室に通された。

 中にはユリアが、壁際にはクラウスの姿もある。


 挨拶もなしに王が口を開いた。



「イルザ。竜と意思疏通できたと聞いたが真か」


「はい。エルガー卿には只の唸り声のように聞こえたようですが、私には竜の言葉が分かりました」


「竜は何と言ったのか」


「竜が滅びたのが千年昔のことだと、信じられないようでした。……人間を憎み、王国を滅ぼすと……」


「……なんと……」



 王妃の口から声が漏れた。



「しかし慈悲を乞うと、人を故意に傷付けないとお約束いただきました」



 ユリアから聞いてはいただろうが、イルザの報告に僅かに安堵感が広がる。

 だが険しさを増したミランとエルガーの様子に、その空気はすぐに霧散した。



「……かわりに、竜の言葉が分かる私を、望まれました」



 ライノアが息をのみ、王妃は口を覆った。

 ミランは俯いて拳を握りしめ、王は僅かに眉根を寄せた。



「……それは、生け贄か?」


「いいえ。殺しはしないと」



 イルザはそこで迷うように言葉を切ったが、一拍置いて顔を上げ、王をまっすぐ見つめた。



「……明日の日没までに竜の元へ行き、死ぬまで側に侍るようにと、おっしゃいました」



 王妃は思わず、そんな、と声を上げて顔を両手で覆った。

 



 重苦しい沈黙を破ったのは、ライノアだった。

 ライノアは唐突に王の前に出ると、床に平伏した。

 その場にいる皆が戸惑う中、ライノアは苦し気に声を張り上げた。



「――陛下!恐れながら申し上げます。イルザ様を、竜のもとへ行かせるなど、あってはならない事です」


「何故だ?」



 ライノアの身体が震えていた。

 拳を握りしめ、ようやく声を絞り出す。



「………イルザ様は、預言者の血を引くお方です……!」


「――預言者?」



 顔をしかめた王が重ねて問う。

 ミランは茫然とライノアを見つめた。

 まさかと思うと同時に、納得していた。



「――はい。長きに渡り、我が一族は預言者の末裔と言われてきましたが、それは偽りです。真の預言者の血統は、メルジーネ伯爵家でございます。そして、イルザ様は預言者の再来というべきお方です」



 イルザでさえも戸惑ってライノアを見つめた。

 メルジーネ家の誰からもそのような話は聞いたことはない。

 当主であるイルザの父は分かりやすい性格だが、そんな素振りも一切なかった。


 イルザ達の困惑に気付いてか、ライノアは付け加えた。



「メルジーネ家を含め、いまや誰も知らないことです。当家による隠蔽があったのかもしれませんが、何故その事実が当家以外で忘れ去られてしまったのか、もはや知る術はありません。我が公爵家は代々当主に引き継がれる手記と共に、預言者の血統についての真実も知るのです。『決して口外せず、忘れるな』と言われておりました」



 ライノアは更に深く頭を下げ、床に額を付けた。



「……王家すら欺いた罪は如何様にも受けます。ですが、イルザ様を竜に差し出せば、建国の祖に顔向けできません。どうか、お考え直しください……!」



 突然のライノアの告白に、皆が動揺した。

 夢でそんな事実は明かされていなかったので、イルザすら戸惑っていた。


 そんな中で、王は冷静だった。



「――では、どうするというのだ。仮に預言者の再来だとして、竜は今もどこかにおり、この国を滅ぼそうとしている」


「ですが! イルザ様は、その力で厄災を知らせ、国に多大なる貢献をしてきたのです! にも関わらず、それを知る者は未だに殆どおりません。その功績を認められないどころか、その力のために幼少から苦労を重ねてこられました。この上、更なる足枷と重圧を与えようというのですか? ――この方はまだ、十七歳なのです……!」



 ライノアが泣いていた。

 王妃も嗚咽を漏らし、ユリアも肩を震わせている。


 ライノアは初めからイルザに優しかった。

 そこにはイルザに対する同情ばかりでなく、負い目があったのだろう。

 ライノアの態度にはじめは皆が戸惑っていたが、その不器用な優しさがイルザに向けられていることは、すでに王宮の誰もが知っている。

 ぎこちない父娘のような微笑ましさが二人の間にはあった。


 それを知っているのか、いつも感情を顕にすることのない王まで目を伏せた。



「……我らに、選択肢はない。竜の怒りに触れれば、民の命が奪われてしまう。……謗りは甘んじて受けよう。イルザ=メルジーネ。竜のもとへ行ってくれるか」



 皆がじっとイルザを見つめる中、イルザは真っすぐ王を見返した。



「はい。お役目、謹んでお受け致します」



 ライノアはもう何も言わず、声を上げて泣き崩れた。




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