53. 誤算
ミランが入った部屋は、普段会議などで使われる広い部屋である。
たが今、部屋の中はライノアと十数名の補佐官がせわしなくしており、室内の装飾は取り払われていた。
ライノアを囲むように机が並び、文書が山のように積まれ、中央の机には大きな地図が広げられてる。
机よりも少し大きいその地図には、各地の被害情報が書き込まれていた。
王都から離れるほどに書き込みが減っているのは、情報が少ないからだ。
国のほとんどの地域を揺らした地震の被害の全貌は、未だに分かっていない。
何年もかけてありとあらゆる事態を想定して対策をとってきたが、死傷者はゼロではなかった。
ただ、災害の規模を考えれば、現時点では奇跡的な少なさだった。
さらにライノア達は軍を使って早急に物資を送り、炊き出しを行った。
家を失った人の仮住まいの準備もすでに各地で進んでいる。
これまでになく積極的な支援に、王国内にはどこか楽観的な空気がただよっていた。
しかし、厄災は始まったばかり。
これから度重なるであろう災害に、どれだけ耐えられるのか。
ミランとライノアの表情は険しかった。
***
恐れていたとおり、災いはその後も次々と国を襲った。
春の雪は降り続き、雨季には雨が降らず、夏には長雨という異常気象にみまわれ、各地で凶作となった。
長雨と豪雨により山が崩れ、川も溢れた。
洪水が起きたのは、これまで一度も氾濫したことのない川だった。
勿論、ミラン達の対策が全て失敗したわけではない。
凶作は豊富な備蓄のお陰で当面は凌げるだろうし、完成した堤防や遊水池のお陰か、洪水の被害は小さかった。
しかし次々と起こる災いに、じわじわと被害は増え続け、対応に遅れが出始めていた。
厄災後、ミラン達はまず緊急のものを除いて各領地で許可なく工事を行う事を禁じている。
災害の復旧には多くの人員と物資が必要だが、使える資源には限りがある。
国中で被害が出ている中、無計画に各地で工事を行えば、早々に工事は頓挫してしまうからだ。
時間はかかるが、ミランとライノアは領主達から送られてくる山のような嘆願書や報告書を精査し、工事箇所を決めていった。
当然、自領を一番に考える領主達から反発や異論が噴出した。
被害を大きくみせて王家からの承認を得ようとしたり、逆に指示されていた対策をとらなかったために起きた災害を隠蔽した領主もいた。
その確認と対応に、想定より多くの時間を費やしていた。
また、いくつかの領地では、暴動が起こっていた。
一番の原因は、領主による搾取である。
ミラン達は以前から災害に備えて資金を積み立てるよう指示していた。
経営がうまくいっていない領地には減税や低利貸付も行い、古い橋や建物を補強修繕し、備蓄を増やすようにと予算を割り振っていた。
しかしその資金を懐へ入れたり、遊興へ当てた領主がいたのだ。
対策をしないまま災害に見舞われ大きな被害を受け、それに対処するために重税を課したのだ。
領主らは厳罰に処す事になったが、既に災害は起こり、その領地では多くの犠牲者が出てしまった。
財産を没収したいのに、金庫にあるのは借金の証文ばかりで、それらの領地への支援には多くの資金が必要だった。
不正がなくとも、頻発する災害に一部の領地では財政が破綻しかけている。
一部では必需品の買い占めが起こり、それを禁ずる令を出したり、王家で買い上げなくてはならなかった。
そうこうするうちに、災害に充てるため積み立てていた王家の資金は半分以下になっていた。




