21. 処分
「殿下、発言をお許しください」
声を発したのは、いつもこのような場では気配を消しているマリーだった。
「アルマは王宮に来てまだ日が浅く、私の指導が足りませんでした。イルザ様にこのような傷を負わせてしまったのは、私の落ち度です。どうか私に御処分を」
アルマは頭を下げたまま、泣きそうになった。
貴族令嬢としての基本すら危うかったアルマに、それはもう厳しく、徹底的に指導したマリーが、身を呈してアルマを庇ったのだ。
そこに、震えるイルザの声が続く。
「……殿下! どうか、お許しください……! マリーもアルマも、何も悪くありません。二人はその場に居なかったのです。アルマには、私が口止めいたしました。だから私が悪いのです。どうか、罰は私にお与えください……!」
イルザの手は、ドレスを握りしめて震えていた。
懇願するイルザをじっと見つめて、ミランは溜め息をついた。
「……マリー、アルマ。処分はなしだ。今は人手がないし、君達以外にイルザを任せられない。……私も迂闊だった。二人は若いから侮られる」
アルマはほっとして、無意識に止めていた息を吐いた。
「イルザ。君の立場がまだ弱い事は分かっているが、時には毅然と下の者を律する術を学ばなければ。優し過ぎれば、綱紀が乱れる」
ミランの声は責める口調ではなく、静かだった。
「はい。肝に、銘じます」
俯くイルザの顔色は白い。
これまであらゆる嫌がらせを受けても、アルマが気付かないほど平然としていたイルザが、ひどく動揺していた。
そんなイルザの手を、ミランはそっと持ち上げた。
イルザが顔をあげると、ミランの厳しい顔は一転して、心配そうな顔だった。
「もう一度、傷をよく見せて」
イルザが頷くと、ミランは椅子から降りて膝を付き、傷に触らないようにそっとイルザの足を取った。
確かめる様にじっと見つめるミランの長い指が足に触れると、イルザは少し震えた。
貴族女性が素足をさらすのは夫に対してだけというのがこの国の常識だ。
真剣な表情のミランの様子を見れば他意はないのだろうが、イルザの耳は赤い。
傷を被う布をそっと元に戻すと、後悔が滲む声でミランは言った。
「……痛むだろうな……早く対応すべきだった……。イルザは、もっと自分を大切にしてほしい。傷付いた君を見るのは辛い」
間近で碧の瞳にじっと見つめられたイルザは、息をとめた。
傷に障らぬ程度にそっと手を握られて、顔が赤くなっていく。
「……あの……申し訳ありません……これからは、気を付けます……」
イルザのたどたどしい返事に、ミランは少し笑った。
「……今日はもう部屋に戻って。しっかり休んで」
「はい」
こくりと頷いて、靴を履くために足元を見たイルザには、きっとそんなつもりは無かったのだろう。
いつの間にかミランが直ぐ真横にいて、肩に触れたので吃驚していた。
イルザが驚いて固まっているうちに、ミランは膝裏に腕を入れて、ごく自然にイルザを抱き上げた。
「ーーで、殿下! いけません! 私、歩けます……!」
イルザは真っ赤になって上擦った声を上げた。
「駄目だよ。傷に障る。このまま部屋まで連れていくから、掴まって」
きっぱりと言い放つミランに、羞恥に涙さえ浮かべたイルザはもう何も言えなかった。
震える手をミランの肩に乗せ、少しでも負担にならないようにと、身を縮めてミランに身を寄せた。
マリーは手際よくイルザに靴下を履かせ、アルマはイルザの靴を抱えて、瞬きもせず二人を凝視していた。
少し離れた場所で様子を伺っていた侍女達は、戸惑いながら互いに目を見合わせた。
イルザは王太子を誑かした性悪だと聞いていた。
だが、目を閉じて首まで赤くしているイルザは、全く悪女に見えなかった。
何より、完璧だがいつも一線を引いてどこか冷たいミランが、イルザへの好意を顕にしていることに驚いていた。
すがるイルザに向ける表情は溶けるように甘く、しっかりと抱き締めて慎重に運ぶ仕草は、あまりにも優しかった。
***
もう一度侍医が呼ばれ、先程より厳重に布を巻かれたイルザは、アルマとマリーに謝罪した。
「自分の役目を甘く考えていました。間違った判断で二人の立場を危うくしてしまって……ごめんなさい……」
無表情だが、アルマとマリーにはもう分かる。
イルザはとてもしょげていた。
マリーは微笑み、アルマは明るい声をあげた。
「イルザ様、今度何かあったら、必ず仰って下さいね」
「……ありがとう」
丁寧に礼をするイルザを好ましく思いながら、アルマは気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば、下女は虫や蛇を部屋に放ったと言っていたんですが、片付けは誰に頼んだのですか?」
アルマはイルザの部屋で虫、ましてや蛇など見たことがなかったのだ。
「私が捕まえて、庭に放しました」
「「………え?」」
アルマとマリーの声がきれいに重なった。
「毒のあるものでは無かったので……いけなかったでしょうか?」
少し首を傾げて尋ねてくるイルザは、相変わらず天使のように美しい。
そんな彼女が、一体どうやって虫やへびを捕まえたのだろう。
もしかして素手だろうか。
「……いえ」
アルマは驚きでそれしか言えない。
マリーが見かねて言葉を継ぐ。
「……次は、……無いとは思いますが、誰かに声をかけてくださいね」
「分かりました。よく考えれば、私が知らないだけで、危険な生き物かもしれないですね」
それもそうだが、そうじゃない。
マリーの意図は伝わっていないようだった。
***
翌日、嫌がらせを主導していた侍女長と、イルザに湯を掛けた侍女の二名他、嫌がらせに加担した数名が罷免された。
王妃がイルザの部屋まで出向いて謝罪し、生国から連れてきたため目を掛けすぎたと落ち込むので、イルザは恐縮した。
結局、王妃の立場を考慮して、この件は内々に幕引きとなった。
厳刑は免れたが、王太子の怒りを買った彼女達は、貴族社会で死んだも同然だった。
この一件により、ミランの寵愛が深いことが知れ渡ったせいか、イルザは悪女ではないという噂のせいか、嫌がらせはぱったりとなくなった。
アルマはこれまで以上に、日中はほとんどイルザの側にいるようになった。
元々世話好きなのだろうが、イルザが朝起きてから夜眠るまで甲斐甲斐しく世話を焼く。
笑わないイルザを気にしすぎることなく、明るい笑顔を向けるアルマに、イルザも気を許しているようだった。
一族にも本人にも、王太子に取り入ろうという野心がなく、弟妹が多くておおらかな性格のアルマ。
彼女ならイルザを放っておけず、親身に世話するようになるだろうと見込んで彼女を推薦したマリーは、二人の様子を見て満足げに微笑んだ。




