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16. 婚約式



 赤みを帯びたレンガが規則的に積まれた壁に、屋根にも赤茶の瓦を重ねた教会は、王城の森の中にひっそりと建っていた。


 昔は王族の洗礼式や結婚式なども全てこの教会で執り行ったそうだが、今は王都の大聖堂を使うため、婚約式だけに使われるという。

 こじんまりとしていて大聖堂のような華やかさはないが、歴史を感じる佇まいだ。



 その教会の前に、ミランとイルザは手を繋いで立っていた。

 クラウスが扉を叩く音を聞きながら、ミランはちらりとイルザを見た。

 イルザの目元は、まだ少し赤い。


 イルザが泣き腫らした目で馬車から降りてきたことに、ミランはかなり動揺していた。

 少し休もうとか、式を遅らせようと言うミランに、イルザは恐縮しながら大丈夫ですと返した。

 その問答を、ここまでで十回は繰り返しただろうか。

 イルザはかえって冷静になれた。


 まだ落ち着かない様子のミランは何か言おうとして口を開きかけたが、声を発する前に教会の扉が軋む音を立てて開いた。

 現れたのは、立派な白髭を蓄えた司教だった。

 白い服の司教をみて、イルザはなぜか赤くてもこもこした服が似合いそうだと思った。




 司教に導かれるまま中に足を踏み入れると、二人はきらびやかな装飾に目を奪われた。


 教会内部は、外観とうってかわって色とりどりの石や色ガラス、金や宝石まで惜し気なく使ったモザイク画で埋めつくされていた。

 壁だけではなく、天井には星空が、床や柱は植物文様や幾何学文様で飾られている。

 この世の全ての色を使ったかのような装飾だが、不思議とぎらぎらとした派手さはなかった。

 興味深い様子で室内を眺めるミランとイルザに、司教は瞳を輝かせて教会の歴史を語り始めた。




 建国前から始まった司教の話を聞きながら、イルザは壁の上部にある絵をじっくりと眺めた。

 そこには太陽や月、動植物の他に、人物や風景が描かれている。

 高い位置に小さめの窓が並ぶ構造なので少し暗いが、今は窓から入る光がちょうど壁の絵を照らしていた。


 王冠を頂き、深紅のマントを肩に掛けた人物は、おそらく初代の国王だろう。

 王の傍らには、青いローブを身に付け、手に杖のようなものを持った預言者らしき人物が立っている。

 特に預言者は顔や胸など、一部が剥がれ落ちてしまっていて判然としないが、視線を横にずらしていくと、王と預言者は何度も描かれていて、壁画が建国神話を表しているのだと分かった。



 イルザは壁に沿ってゆっくりと視線を巡らせていった。

 そして先ほどくぐった入口の扉の上まで辿ると、ぎくりと体を強張らせた。


 そこに描かれていたのは、黒い大きな竜だった。

 竜の鱗を模した細かな黒い欠片が七色に輝き、宝石が嵌められた瞳が光を反射して黄金の光を放っている。 


 神話の中で、人と対立する“悪”として登場する竜はよく描かれる題材だ。

 別段珍しいものではないのだが、イルザの脳裏には悪夢が甦る。


 人々の断末魔の声が、全ての音をかき消していく。

 教会は炎に包まれ、司教の声はもう聞こえない。

 黒い巨体は火をものともせずに建物を破壊し、徐々に近付いてくる。

 なのに、イルザは逃げることもできない。

 やがて、炎と同じ色の目がイルザを見つけたーー




 ぎゅっと手を握られて、イルザは現実に引き戻された。

 

 温かな手の感覚と共に、司教の声が戻ってくる。

 炎は消えて、教会はどこも破壊されず、元のままだ。

 震える息をそっと吐いてもう一度見上げれば、ただ美しい竜の壁画がそこにあった。



 ほっとするイルザの隣で、ミランが心配そうに見つめていた。

 笑みを浮かべることができたなら、平気だと伝えられるのだろうが、イルザにそれはできない。

 なのでゆっくりと頷いて、それからミランをじっと見つめた。


 握られた手をほんの少し握り返すと、ミランの手が緩んだ。

 同時に、晴れ渡る日の湖のような碧の瞳が細められ、薄めの唇がきれいに弧を描いた。

 安心したような、柔らかな笑みだった。


 イルザの鼓動は、また少し早くなった。



***



 司教は国王夫妻と宰相が来るまで嬉々として話を続けた。

 長い話がようやく終わり、ほっとしながら国王達と挨拶を交わすと、ミランとイルザは祭壇の前へ進むよう促される。


 輝く太陽と月の壁画を背に司教が立ち、その前に二人が並ぶと、司教の祈りの言葉と共に婚約式は始まった。


 出席者は国王と王妃、宰相だけである。

 司教の言葉を繰り返す形で誓約を立て、書面にサインした後、婚約指輪を贈り合う。

 王家に代々受け継がれる金の婚約指輪は、中央に大きな碧の宝石が嵌められ、細かな装飾が彫られている。

 ミランがそっと通した指輪は、イルザにはまだ大きい。

 少し重い指輪を落とさないようにしっかりと握り込んだイルザは、同じようにミランの手をとり、指輪を嵌める。

 イルザのものより幅広で石が小さいが、殆ど同じデザインだ。


 少し弛いその指輪を、イルザが手を震わせながら通し終えると、司教が再び祈りの言葉を神に捧げる。


 教会に司祭の声がよどみなく響き、膝間付いて頭を垂れる二人に、丸窓から光が差し込んだ。

 目を閉じて祈りを捧げるイルザの髪には、青紫色のリボンが煌めいていた。





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