鬼神と男
「ひゃー!デカイな!流石だ!!」
「お兄さん!そんな所に立ってはいかん! 早く馬車に戻らんと鬼神様に連れ去られるぞ!!」
「ハハッ!いやいいんだよ!俺は途中下車だ!! 俺は!鬼神様とやらを呪いに来たのだから!!!」
「はぁ!?何を訳の分からんことを、、ちょっ!兄さん!何してんだ!」
男はただ立っていた。
御者の静止も聞かず有りし森の大木、その枝に。
落ちたら確かにタダでは済まないだろう、でも、御者が青い顔をしているのは何も落ちたら危ない、なんて生やさしい理由じゃない。
有りし森に現れると言われる悪鬼、鬼神様が、その枝に登ったものをさらって喰ってしまうからさ。
「鬼神! 俺はここだ!!! 食いたいだろ!腹ペコだろ!俺は逃げないぞ!!お前も逃げるな!鬼神!!!」
「お兄さん!あんまり鬼神様を挑発するものじゃな、、、さて、そろそろ出るとしよう。 はて、ワシは何故こんな不気味な場所に来たのだったか、、」
男が枝の上から消えた。
否、この世界から彼とゆう一つの存在が削り取られた、と言った方が正確だろう。
男が目を閉じる。
「お久しぶり!鬼神!」
「また貴様か、どうしてそうワシに構う? ワシは不吉で気持ちの悪い不吉の象徴たる悪鬼じゃぞ?」
「不吉?気持ち悪い?不吉?ハッ!俺の知ったことじゃないな!!」
「どうしてワシなのだ! ワシは、もうここから出れんのだぞ、? ここに長居しては、餓死してしまうのだぞ、?」
「安心しろ鬼神! アンタのために死んでから来たんだ!」
「な、なんじゃと!? なんてことを、、」
鬼神と呼ばれる少女は、困惑する。
これで数百回目だ。
この男がここに現れるのは。
その度に、菓子を持ち込み、玩具を持ち込み、童話を持ち込んで鬼神を楽しめた男は、この日その身を持ってきた。
「ほら、供物だ鬼神、文句ないだろ?」
「文句、文句じゃと、? おお有りじゃバカもん!!! わ、ワシなんかのために、人生なんぞ捧げおって、!そんなことされても、ワシは、ワシは、、嬉しくなんかないぞ!!!バカもん!!」
「む、鬼神よ!俺は何度も言ったな? 俺のことはアナタと呼べと」
「んなっ!? バカもん!嫌に決まっておろうが!!! ワシなんかと繋がっても、なんも楽しくないぞ!!」
「構わないって!何っっっっっ百回いえば分かるんだこの鬼神は!?」
「分かってたまるかバカもん!バカもんバカもん!!! 帰れ!ワシにもう関わるな!!貴様は貴様の愛したものと現世で繋がれば良かろうが!!」
「ん?そうは言ってももう死んできてしまったぞ??」
「あ、ほんっと、このバカもんは、、」
「ずっと一緒だ!鬼神!!」
朱色の頬を隠して寺の中に逃げていく鬼神を、男は楽しそうに笑って眺めた。
来る日も、来る日も。
日が登って暮れる様に。
春夏が回れば秋が来るように。
それが、そうある事があるべき姿であると自らを偽るように。
ーーーーー
「鬼の子め! 貴様なぞどこへなり行ってしまえ!!!」
「あぁ、あぁそうかよ! 分かったよクソ野郎ども!! この俺が鬼の子? ハッ!望むところだ馬鹿野郎!!! この村を!呪って呪って、呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って、呪い尽くして、帰ってきてやるから!!覚悟しとけ!!!鬼を生み出したその身は!鬼の神なのだ!!!きっとそうだ!!! 死んでくれるなよこの馬鹿者が!!!うあぁああああ!!!!!!!!」
その日、男は両親に鬼の子と名を奪われ川を渡った。
その目に燃え上がる村が、その耳に阿鼻叫喚の地獄が、こだまする。
男は帰る道を失った。
振り返るべく過去を失った。
縋るべき全てを、失ったのだ。
「鬼神よ、俺は幸せ者だな? お前といられる、こんなに幸せな事が他にあるだろうか、、」
「ん? どうした?泣いているのか? ハハっ! まったく鬼神ともあろうものが、こんなに涙もろくては俺が支えてやらねばならんではないか」
「ん? 俺の過去?そんなもの聞いてどうするんだい? なるほど!それは魅力的だ!」
男は今日も語りかける。
有りし日の夢と共に、御神木に寄りかかって。
鬼の神に語りかけるのだ。