「だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ」
外は風がゴウゴウと音を立てて吹いていて猛吹雪。
上空5000メートルに居座るマイナス200℃の寒波の影響で、ただでさえ地上はマイナス150℃の極寒の地なのに風のせいで体感温度は更に低くなっている筈。
それを僕は核の冬に備えて建てた普通の家に見せかけた核シェルターの中から、モニター越しに眺めている。
見せかけの家は兎も角、核シェルターは鉄筋コンクリート製で、壁や天井には1メートルの厚さで断熱材が貼られているのに僕は寒さに震えていた。
断熱材だけじゃ無い、南極大陸探検隊の越冬隊員の為に開発された防寒着を着込んでいるのにもかかわらずだよ。
と言っても僕がいるのは南極や北極なんかじゃ無くて、北関東の山沿いの田園地帯。
去年のクリスマスの数日前に北極圏から南下して来たマイナス200℃の人類が体験した事の無い凄まじい寒波が、北半球の大部分を覆っている。
その1週間程前から各国の気象庁は、可也低い温度の寒波が北極圏から南下してくる事を予想して警戒し注意報を発令していた。
しかし寒波が南下を始め、北極圏に近い国の地方や国々が次々と氷漬けとなり音信不通になって初めて、最悪な寒波が南下しつつある事に各国の気象庁は気がつく。
気がつくと各国の気象庁と政府は即座に警報を発し、テレビやラジオで国民に外出せず屋内に留まるように要請した。
テレビやラジオで人類が体験した事の無い凄まじい寒波が到来する事を知った各国の国民の大半は、要請に従わず車や鉄道或いは徒歩で続々と南を目指して移動を始める。
そして僕は惨劇を目撃した。
クリスマスの数日前の昼過ぎ、僕の家から見える街の中から突然サイレンが響き渡り、南を目指す車列の誘導に当たっていたパトカーから「屋内に避難しろ!」と指示が流れた直後、徒歩で移動していた人たちが立ったまま、車の運転手が運転席に座ったまま一瞬で凍りつく。
運転手が一瞬で凍死した車はブレーキが踏まれずにあちらこちらで衝突事故を起こし、そのまま凍りついた。
空からは凍りついたカラスやスズメがボトボトと落下。
鳥だけで無く、寒さで何らかのエンジントラブルか機器のトラブルに見舞われた飛行機やヘリコプターが落ちて来て、地上に激突し爆発炎上すること無く砕け散る。
惨劇はこれだけに留まってはいないと思う。
僕のように核の冬に備えた設備、家を建てるとき掘り当てた温泉を家の中に循環させ暖房を確保、温泉の地熱を利用して地熱発電を行って電力を確保するなどして生きながらえている人たちなら兎も角、普通の家の屋内では生きながらえるなんて不可能なんじゃないのかな。
屋外で凍死した人たちとの違いは、屋外で凍死した人たちが一瞬で凍死したのに対し、屋内に避難した人たちはジワジワと凍死して行くって違いぐらいだと思うんだ。
それに食糧だって、僕のように僕1人なら100年は籠っていられる程の備蓄があるのと違い、せいぜい10日から2週間程度の備蓄しか無い筈だしね。
南半球の国々の放送局やネット民からの情報では、北半球の上空に居座っている寒波のせいで推定だけど、30億から40億人以上の人たちが犠牲になっているらしいんだ。
犠牲者の数は今も増え続けている。
例えば、船で南を目指した人たちが乗った船から、海が凍結して脱出出来ないという救出を求める無線があちらこちらから入っているらしいんだけど、救出に行くなんて自殺するのと同じだから無理、「頑張れ!」って励ましの言葉しか掛けられないのだって。
その救出を求める無線も日一日毎に減っているらしい。
寒波が到来したとき北半球にいた人で生き残れたのは、形振り構わず何もかも家族さえ捨てて飛行機に飛び乗り、南半球に逃げて来た民間や軍のパイロットぐらいだろう。
寒波は到来してから2週間経つのに未だ上空に居座っている。
ラジオやネットの情報では寒波が後退するのは、1月の終わりから2月の初めくらいだと南半球各国の気象庁は予想しているらしい。
まあそんな事はどうでも良い。
寧ろ僕には今、気になっている事が有る。
惨劇が起きたとき家の周り1キロ四方で凍死した人の姿は無かった筈なのに、今はチラホラと一瞬で凍りついた人の姿が見えるって事だ。
最初はゴウゴウと音を立てて吹いている風に押されて移動して来たのかと思ったんだけど、風は西から吹いているのにそれ以外の東、南、北など四方八方から移動して来ている。
近寄って来る凍死体の顔は一瞬で凍りついたせいか能面のように無表情なんだけど、目は違う。
なんでお前だけ生きているんだ不公平だと言わんばかりに憎しみのこもった目で、僕を睨みつけているんだ。
近寄って来る凍死体全てがだよ。
で、此奴等、僕がモニターを覗いている時は全く動かないのに、僕が寝ていたり食事をしていたりゲームをしていたりしてモニターを覗いていない時だけ動いているんだ。
子供のお遊び、達磨さんが転んだのようにね。
まあ此奴等が僕のシェルターに群がって来ても、放射能が核シェルターの中に入らないようにコンクリートの厚さだけでも1メートルあるこの中には入って来れないだろうけど。
だから僕は鬼の役を買って出て、近寄って来る凍死体共をおちょくる。
モニターから目を離して後ろを向き言ってやった。
「だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ」