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過去の僕からの贈り物

作者: ウォーカー

 タイムカプセル。

手紙や思い出の品などを容器に封印し、後の時代まで保存しておくもの。

願いを込めて入れられたものは、年月を経て、何をもたらすのだろう。



 ある資格試験の合格発表。

難関として有名で、多くの人たちが挑み、そして夢破れていく。

その男もまた、そんな難関資格試験に挑んだ一人で、

真剣な表情で合格者番号の数字と睨めっこをしていた。

ずらっと並べられた合格者番号を指差し確認して、

それからその男はがっくりと肩を落とした。

「・・・駄目だ。

 やっぱり僕の番号は無い。また不合格だ。」

その男にとっては何度目かの不合格通知だった。


 その男には夢がある。

弱い人たちや困っている人たちを助けてあげられるようになりたい。

そのためには、難しい資格試験に合格する必要がある。

その男は学校を卒業した後、その資格試験に合格するために、

もう何年も勉強漬けの生活を送っていた。

朝、目が覚めたらまず勉強。暇さえあれば勉強。

その合間に、細々とした仕事をして生活費と学費を稼ぐ。

勉強と仕事の両立は至難の業で、

そのせいか成績は伸びず、試験は何度もずっと不合格。

そんな生活が続いて、金銭的にも苦しくなって、

他人を助けるよりもまずその男自身の生活が困窮していく始末だった。

「学校を卒業してからもう何年が経っただろう。

 今年の試験もまた駄目だった。

 やっぱり、僕の能力じゃ合格は無理なのかも。

 いっそのこと、夢なんてもう諦めてしまおうか。」

次の資格試験は来年。

それまでまた勉強と仕事の日々が続くことになる。

いくら苦学しようとも、

資格試験に合格できなければ何もしなかったのと同じ。

苦学を積み重ねても、試験に合格する保証は得られない。

・・・それでも。

もう一度、もう一度だけ挑戦しよう。

来年もう一回試験を受けて、それでも駄目なら、その時は諦めよう。

そうして今日、その男は、

延びることになった勉強生活の学費の足しになればと、

金に替えられる物を探して家の中を引っ掻き回していた。


 勉強とは金がかかるもの。

その男は、もう一年勉強を続けるため、家の中の不用品を集めていた。

読まなくなった本を本棚から抜き取って、床に積み上げていく。

使用頻度が低い家電製品の埃を払って床に並べる。

そうして、次は押入れの中を覗き込む。

押し入れの中の衣装箱を開けて、程度のいい古着を見繕って集めていく。

すると、押し入れの中で、

見慣れない古い箱のようなものを見つけたのだった。

その古い箱は小包みほどの大きさで、

もう何年も開けられていないのか、

蓋にはテープなどで厳重に封が施されていた。

「何だこれ?

 こんな箱、押し入れにしまってあったっけな。

 まあいいか、開けてみよう。

 何か金になる物が入ってるといいんだけど。」

乱雑にテープを剥がして箱の蓋を開ける。

すると、古い箱の中からは、

閉じ込められていた空気とともに、

古めかしい品々が姿を現したのだった。

小学校の頃の名札。

お気に入りの色鉛筆。

きれいな折り紙。

思い出の品々との不意の再会に、その男は顔をほころばせた。

「わぁ・・。

 これ、タイムカプセルだったんだ。

 そういえば小学生の時、タイムカプセルを用意したっけな。」

もっと何か入っていないかと古い箱の中を漁る。

すると、見慣れないカセットテープが収められているのを見つけた。

「うわぁ、懐かしいな。

 これ、古いビデオテープだ。

 子供の頃、父さんがビデオカメラを買ったっけなぁ。

 中に何が録画されてるんだろう。

 確か、ビデオカメラも押入れのどこかにあったはず。

 テレビに繋げばビデオテープの中身も見られるだろう。」

さらに押し入れを引っ掻き回して、

古いビデオカメラも発見することができた。

ビデオカセットをビデオカメラに入れてテレビに繋ぐ。

電源を入れて再生ボタンを押す。

すると、テレビ画面に白黒の砂嵐が吹き荒れて、なにがしかの映像が見えてきた。

ビデオテープの再生が進んで、徐々に映像が鮮明になっていく。

テレビ画面に姿を現したのは、一人の子供の姿。

その子供は、こちらに向かってちょこんと頭を下げて、口を開いたのだった。

「大人になった僕へ。伝えたい事があります。」


 押し入れの中で見つけた、古いタイムカプセル。

中から出てきたビデオテープを再生すると、

テレビ画面の中に一人の子供が姿を現した。

それは、かつて小学生だった頃のその男自身の姿。

タイムカプセルによって時間を超えて、

その男はかつての自分と再会したのだった。

幼き自分の姿に、その男は気恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。

「これ、子供の頃の僕か。

 こんなビデオを撮ってたなんて、もうすっかり忘れてたよ。」

そんな様子を知る由もなく、テレビ画面の中の子供は話を続けていた。

「大人になった僕へ。

 元気にしていますか?夢は叶いましたか?

 大人はきっと大変だと思います。

 今の僕には、大人になった僕のために何ができるのかわかりません。

 だから、困った時のために、願いが叶うおまじないを教えます。

 このおまじないは、踊りを踊った後に願いを口にすると、

 その願いが叶うそうです。

 これからその踊りを見せます。

 よく見ていてくださいね。」

すると、テレビ画面の中の子供は、珍妙な踊りを踊り始めた。

両手を広げて蝶の真似をしたり、天を仰いで指先を複雑に絡めたり。

傍目には滑稽な動作なのだが、テレビ画面の中の子供は至って真剣な表情。

額には汗を浮かべ、息遣いは激しく、一生懸命な様子が伝わってくる。

そうして数分の後。

踊りが終わったようで、テレビ画面の中の子供は汗を拭って言った。

「これが願いを叶える踊りです。

 難しいと思うけれど、この踊りは必ず正確に真似してください。

 踊りを踊った後で、叶えたい願いを口で言います。

 すると、一生に一度だけ、願いが叶います。

 その代わり、願いが叶えられた場合は代償として、

 おまじないの記憶が消えます。

 これは、同じ人が何度もおまじないを使うことを避けるためだそうです。

 僕にできるのは、ここまでです。

 それでは、さようなら。

 大人になった僕が夢を叶えられることを願っています。」

テレビ画面の中の子供が頭を下げたところで、ビデオテープが終端に行き着いた。


 願いが叶うおまじない。

テレビの中の子供は、たしかにそう言っていた。

他愛もない子供の遊び。

そのはずなのだが、子供の真剣な表情に、

それ以上の何かを感じずにはいられない。

あるいは、その男の現状が為せる業かもしれない。

大人になったその男は今、夢を叶えられていない。

資格試験には不合格で、苦学の日々はもう一年続くことが決まった。

その男は生活に困窮しているのだから、

おまじないなどに飛びつきたくなるのは無理もないことだった。

「願いが叶うおまじないなんて、子供の遊びだよな。

 でも、本当にそんなおまじないがあったらいいのに。

 そうしたら、おまじないで試験にも合格できるし、

 夢が叶って生活も楽になるだろうに。

 ・・・せっかくだから、ちょっと試してみようか。」

そうしてその男は、願いが叶うおまじないの踊りを確認するために、

ビデオテープをもう一度最初から再生することにした。

巻き戻しボタンを押すと、キュルキュルとビデオテープが巻き戻されていく。

そうして最初から再生を始めると、

再びテレビ画面の中に子供の頃の自分が姿を現した。

おまじないの踊りを踊る様子を、

大人になったその男はメモを片手に確認していく。

そうしてビデオテープが終端に行き着くと、

もう一度ビデオテープを巻き戻して、

今度はそれに合わせて自分もおまじないの踊りをやってみることにした。

両手を広げて蝶の真似をしたり、天を仰いで指先を複雑に絡めたり。

テレビ画面の中の自分を見よう見まねで同じ踊りを踊ろうとする。

しかし、月日が経って体格が変化したせいもあって、中々上手くいかない。

足がもつれたり、家具に体をぶつけたりして、何度も失敗してしまった。

「ああっ、また間違えた。

 この踊り、正確に真似をするのは意外と難しいな。

 どうしても画面から目を離さないといけない場面がでてくる。」

失敗すれば、また最初から。

何度も何度も繰り返し、試行錯誤の連続。

テレビ画面の中の子供と同じく、

大人になったその男もいつしか額に汗を浮かべていた。

そうして、何度目かも覚えていないほどの繰り返しの末、

その男はようやく、おまじないの踊りを一通り再現することができた。

「よし、これで踊りはできただろう。

 えーっと、そうしたら次は、叶えたい願いを口で言うんだったかな。

 ・・・試験に合格できますように。

 これでいいのかな?」

おまじないの踊りを終えて、叶えたい願いも口にした。

しかし、何の変化も感じられない。

しばらく様子を伺って、その男は軽く吹き出した。

「何も起こらないな。

 やっぱりあれは、ただの子供の遊びだったんだ。

 無駄な時間を使ってしまったな。」

願いを叶えるおまじないなんて存在するわけがない。

その時、その男はそう納得していた。

後に、それが間違いだったかもしれないと、その男は実感することになる。


 願いが叶うおまじないを試してから。

その男は、おまじないの効果を実感することもなく、日々の生活を送っていた。

勉強と仕事のつらい毎日。

次の資格試験までは間があるが、それまでには模擬試験がいくつもある。

勉強の成果があれば、模擬試験の成績も上がっているはず。

あるいはおまじないの効果があれば、

それも模擬試験の成績に現れるかもしれない。

数ある模擬試験の一つを受験し、結果を受け取って、その男は首を傾げた。

「これ、おまじないの効果か?」

模擬試験の結果は、不合格判定。

もしも今の状態で資格試験を受験すれば、おそらくは不合格であろうという結果。

0か1かで言うならば0。

しかし点数の方を見ると、僅かではあるが成績の向上が見られた。

今まではいくら勉強しても成績は似たりよったりだった。

それが今回の模擬試験の結果では、多少なりとも成績が良くなっていた。

「結果は不合格だけど、成績はちょっとよくなってるな。

 これが、願いを叶えるおまじないの効果か?

 いや、違うよな。

 ビデオに映っていた子供の頃の僕は、

 おまじないで願いが叶ったら記憶が消えるって言ってた。

 今の僕は、おまじないをした記憶は残ってるんだから、

 おまじないの効果ではないんだろう。

 でも、じゃあどうして成績が上がったんだろ?」

その男には、長く上がらなかった成績が上がった理由がわからない。

考えた末に、こんな結論に行き着いた。

もしかしたらこれは、おまじないが半端に叶った結果かもしれない。

おまじないの踊りが不完全だったので、効果が少しだけ現れて、

その代償として消えた記憶も少しだけなので、自覚がないのではないか。

だから、記憶をほぼ保ったままで成績が少しだけ上がったのかもしれない。

そう考えれば辻褄が合う。

それならば、

もっと正確におまじないの踊りを再現できれば、

さらに成績が上がるかもしれない。

真実か否かに関わらず、成績がよくなる見込みがあれば、

勉強と仕事のつらい生活にも耐えられるというもの。

「・・・勉強もおまじないも、もう少し続けてみようか。」

そうしてその男は、勉強と仕事とおまじないの生活を続けた。


 成績が多少上がったとしても、合格には程遠い。

勉強と仕事の生活がつらいことには変わりがない。

それでも、目に見える形で成果が現れれば、続けようという意欲にも繋がる。

その男は、勉強の合間に、仕事の休憩時間に、

おまじないの踊りを試すようになった。

おまじないの踊りを踊っていると、

テレビ画面の中の子供の顔が頭に浮かんでくる。

誰にも応援されることがない、苦行のような勉強も、

子供の頃の自分はたしかに応援してくれている。

そう思えば、もう少しだけ続けようと思えてくる。

すると、続ければ続けるほど、成績も僅かにだが着実に上っていった。


 何回かの模擬試験を重ねて、年を越えた翌年。

次の資格試験の本番の日がやって来た。

資格試験は瞬く間に過ぎ去って、合格発表当日。

その男の結果は・・・、不合格。

またしてもその男は試験に合格することができなかった。

合格を数字の1とすれば、1に届かない数字はいくら大きくても無意味。

残酷な結果にその男は、がっくりと項垂うなだれてしまった。

「やっぱり駄目だったか。

 今年は、おまじないの効果なのか成績も上がってたから、

 ひょっとしてと思ってたんだけど。

 もう、これ以上は無理かもしれない。

 金銭的にも、これ以上は続けられる気がしないよ。」

度重なる不合格の結果に、心が挫けそうになる。

顔を上げられない。

そんな時、その男の脳裏に浮かんだのは、

タイムカプセルから出てきたビデオテープに映る幼き自分の姿だった。

テレビ画面の中の自分は、大人になった自分のために、

一生懸命におまじないの踊りを踊っていた。

大人になった自分がどうなっているのか、子供の頃にはわかりようもない。

おなじないなど不要で、全ては無駄かもしれない。

それでも、テレビの中の子供の自分は、未確定な将来の自分のために、

できることを一生懸命、精一杯やろうとしていた。

そして、そのおまじないの結果は、

大人になった自分の成績に確かに現れていたと思う。

子供の頃の自分も、大人になった自分も、同一人物のはず。

今の自分に同じことができないわけがない。

その男は唇を噛み締めて、うつむいていた顔を上げた。

「子供の頃の僕は、大人になった僕のために、できる限りのことをしてくれた。

 おまじないの効果となって、大人になった僕を支えてくれた。

 そこから先、結果を出せるのは今の僕しかいない。

 目に見えなくても、毎日を生きているだけでも、

 積み上げたものが確かにあるはず。

 その積み上げたものを結果にするために、今の僕がいるんだ。

 もう一年。

 もう一年だけ、勉強を続けよう。」

そんな悲壮な覚悟をもって、その男は、

つらい生活をもう一年だけ続けることにした。


 勉強と仕事の両立の日々。

つらい日々は、もう一年だけでは済まなかった。

その男の成績は、たしかに少しずつ上向きではあった。

それでも、合格には足りない。

結果を1とすれば、1に届かない数字はどんなに大きくても評価されない。

確かに成績は上がっているのだが、1には届かなかった。

まだ足りない。もう一年。

また足りなかった。もう一年。

不合格を重ねれば重ねるほど、勉強しなければならないことも増えてくる。

それでもその男は諦めなかった。

自分は一人ではないと知っていたから。

過去の自分が時を超えて、おまじないという形で応援してくれているから。

そうして、数年の歳月が過ぎ去った後。

その男に待ち望んでいた結果がやっともたらされたのだった。

もう何度目かわからない合格発表の日。

羅列されている受験番号の中に自分の番号を見つけて、

その男は飛び上がって破顔したのだった。

「やった!あった!合格だ!

 やっと、やっと合格できた!

 それもこれも、あのおまじないのおかげだ。」

飛び上がって喜んで、しかし矛盾に首を傾げた。

「あれ?いや、待てよ。

 おなじないが叶ったら記憶が無くなるはずだから、

 今の僕におまじないの記憶が残ってるってことは、

 この合格は願いが叶うおなじないのおかげじゃないのか。

 じゃあ、何で合格できたんだろう。

 ・・・まあどっちでもいいか。

 これから忙しくなるぞ。

 早速、新生活の準備をしないと。」

そうしてその男は、夢への第一歩を踏み出した。

駆けていくその男の足取りは軽やかで、

資格試験に合格できた理由など、もはや気にならないようだった。



 主が出かけて誰もいない、その男の部屋。

ビデオカメラがひとりでに動き出し、テレビ画面に光が灯る。

テレビ画面の中にいるのは、かつて子供だった頃のその男の姿。

テレビの中の子供は、大人になった自分の夢が叶ったのを悟ったのか、

光に包まれながら嬉しそうに微笑んでいた。



終わり。


 未来の自分に贈り物をするタイムカプセルの話でした。


何事も結果として形にしないと評価してもらうのは難しい。

でも、結果を1とすれば、1に満たない数字も決して0ではないはず。

結果になるのがみえなくとも、続けていればいつか1になるかも。

そうなって欲しい。そんな願望を物語にしました。


作中で男が資格試験に合格できたのは何故なのか。

おまじないの効果だとすれば、それはいつお願いした結果なのか。

いくつかの場合が考えられると思います。

あるいは、おまじないなどなくとも、

続けることが大事だったのかもしれません。


お読み頂きありがとうございました。


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[一言] 自分が自分を救うという話が好きです。 私は現在の自分がトラウマを乗り越えることで過去の自分を救う……という方向性に行きがちなのですが、現実にありそうな形で過去の自分が現在の自分を救うというス…
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