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歴史小説のためのノートブック  作者: 久志木梓
「記憶のなかの肖像画」
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■読書案内

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●松枝茂夫ほか訳『記録文学集 中国古典文学大系第五六巻』(平凡社、一九六九年)


『西京雑記』の訳注・解説はこの本を参照しました。


 この本が構成する中国古典文学大系は、戦後の全集・叢書(そうしょ)ブームのなかで出版された中国文学叢書のひとつです。そのなかでも、研究のさいに参照する専門書としてではなく読み物として編まれたシリーズだと筆者は考えています。漢文や書き下し文を排し、注釈も最小限にし、(一九六〇年代の翻訳、それに中国文学の翻訳ということを加味して考えれば)かなりやわらかい、わかりやすい日本語で書かれています。


 特にシリーズ全六〇巻のなかの第五二巻『戯曲集 上』から始まる一連の本は、読み物として編集するという中国古典文学大系の特色が色濃く出ているのでは、と筆者は勝手に思っています。


 というのも、第五六巻である本書ではことさらそうなのですが、収録されている作品の年代がみごとにバラバラです。収録内容はさきほど簡単な解説を書いた、東晋ごろに編纂された『西京雑記(さいきょうざっき)』にはじまり、さいごは(しん)末、一九世紀の太平天国(たいへいてんごく)の乱に捕らえられたさいの獄中記、李圭(りけい)思痛記(しつうき)』で終わります。中国文学のなかの記録文学、というジャンルだけを縦糸として、およそ一六〇〇年の時と、有名どころでは蘇軾(そしょく)から、本書に収録された本人が記した書物以外の情報が残っていない王秀楚(おうしゅうそ)(『揚州十日記ようしゅうじゅうじつき』)、女性の陸莘行(りくしんこう)(『老父雲遊始末(ろうふうんゆうしまつ)』)まで、有名無名の著者をよりあわせて、本書は編まれています。筆者の浅学、寡聞のせいもありますが、ちょっと聞かない構成です。これだけ多様な作品、七人もの翻訳者(実に豪華絢爛な顔ぶれですし、解説で佐藤春夫の名前も出てきてちょっと驚きました)、おもしろいことはもちろん、なんて贅沢な本なんだ……資本の香りがする……と筆者は戦慄します。


 中国古典文学大系シリーズ、おすすめです。




●關尾史郎「内乱と移動の世紀 : 4~5世紀中国における漢族の移動と中央アジア」『専修大学社会知性開発研究センター古代東ユーラシア研究センター年報』巻5、二〇一九)


「僕」も遭遇した戦乱(歴史用語では八王(はちおう)の乱、永嘉(えいか)の乱といいます)ではたくさんの流民が発生したことは、史書に書いてあります。では彼らはどこからどこへ向かったのか。その謎に主に考古学から迫るのがこの論文です。副題にあるとおり、北から南へ、華北(かほく)地域から長江(ちょうこう)流域への移動ではなく、中央アジア地域もふくむ西北地域(前涼(ぜんりょう)の支配域など)を主眼としているのが特色です。


 残念ながら今日でも見られるように、戦乱が発生すると人々は戦乱そのものやあるいは支持できない支配者の支配から逃れるため、避難を開始します。避難民も避難民を受け入れた土地の権力者も、最初は避難を一時的なものと考えます。しかし予測に反して避難が長期化したときさまざまな問題が発生することは、やはり今日と何も変わりません。


 当時の史書も考古学資料も積極的に語ってくれる問題ではありませんが、地名や発掘物に残されたわずかな痕跡をたどるこの論文は、しみじみ歴史学っておもしろいなあという気持ちを思い出させてくれます。


 それと第一章はこの時代の概略として非常にわかりやすくまとめられています。おすすめです。




●土門拳『土門拳の風貌』(クレヴィス、二〇二二年)


 写真集『風貌』の作品と、雑誌などのために撮られた人物写真をあわせて収録した写真集です。『風貌』からは八三点の作品中、四七点が収録されています。


 B5変形版の見開きの左ページにはモデルの直筆署名、土門拳の撮影記、モデルの略歴、撮影情報が、右のページには肖像写真が掲載され、「写真の鬼」土門拳の観察眼の冴えを写真・文章の両面から味わえる写真集です。


 


●土門拳『鬼の眼 土門拳の仕事』(光村推古書院、二〇一六年)


 土門拳の代表作を網羅した写真集です。


 戦前から戦後の一五年間に撮影された「尊敬する人、好きな人、親しい人たち」の肖像写真集『風貌』。


 戦争の激化するなか大阪の文楽座に通い詰めて撮影され、一九四〇年に空襲で焼失する以前の文学座の姿を今に伝える『文楽』。


 一九五七年の広島を撮影し、原爆投下一二年を経てなお「生きていた」惨禍を伝え、国内外を震撼させた『ヒロシマ』。


「もはや戦後ではない」という文言が経済白書に載ってから三年後の一九五九年、燃料が石炭から石油・天然ガスへ急速に切り替わった第三次エネルギー革命のなかで、閉山があいつぎ厳しい生活へ追い込まれた炭鉱の町・筑豊を取材した『筑豊の子どもたち』。


 四〇年にわたり撮影され第五集まで刊行された、畢生の作品である『古寺巡礼』。


 といった主な写真集からはもちろん、日本における報道写真の草分け的存在である日本工房に入社して一〇日目に撮られた七五三の写真から始まり、写真家・土門拳の作品が時系列順に収録されています。


 リアリズムを徹底し真実を見抜き捕らえる「鬼の眼」は子どもたちに向けられるとき、底にある優しさが前面に出てきます。写真家・土門拳の魅力に触れられる写真集です。


 


●土門拳『風貌・私の美学 土門拳エッセイ選 酒井忠康編』(講談社、二〇〇八年)


 戦後の日本写真界を牽引し、後進の育成も含め大きな足跡を残した写真家・土門拳は、当時から名文家としても知られ、多くのエッセイを書きました。


 そのエッセイの選集が講談社文芸文庫から出版されています。


 写真の奥から貫き出る土門拳の鋭い眼光と同じが光に貫かれたエッセイを読むことができます。

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