着想元について――さとうきび・そーど
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この話の着想は主人公である曹丕の自伝「自叙」に書かれたエピソードから得ました。
歴史にふれると感じるのは「人間って変わらないなあ」という共感か、「どうしてこんなことを……なぜ……意味わからん」という疑問のどちらかが多いと思います。
そして「自叙」のこのエピソードは「意味わからん」のほうではないでしょうか。なんでこのエピソードを自伝に書こうと思ったの……?
このエピソードを自伝に書いた曹丕の動機や理由は残されていないのが残念です。
「自叙」には他にもさまざまなエピソードが載っています。
三国志の当時に生きた曹丕自身が語る、三国志の時代の話はとても魅力的です。
董卓や黄巾賊、張繍といった勢力との戦いの日々、人物との交流や個人的な趣味の話などがつづられています。
曹丕の自伝「自叙」は曹丕が書いた論文『典論』のなかの一篇です。
『典論』は中国における初期の文学論のひとつです。
「文章は経国の大業にして、不朽の盛事なり」という一文が有名です。
(訳「文章は国政にかかわりを持ち、永遠に朽ちることがない偉大なる営みである」。訳は伊藤正文、一海知義訳『漢・魏・六朝・唐・宋散文選』より。以下同じ)
この一文は『典論』の「論文」篇に書かれています。
「論文」篇の内容は大きく三つにわかれます。
最初は作家論です。
文学の形式にはいろいろあり、文人それぞれ得意な形式は異なると述べます。
そして文人はお互いを軽蔑し相手の不得意な点をあげつらい、自分の不得意からは目をそむけがちだと指摘します。
実例として曹丕は同時代に活躍した七人の文人をあげ、美点と欠点を批評します。
この七人がのちに当時の年号をとって「建安七子」と呼ばれるようになりました。
また曹丕本人と、曹丕の父である曹操、曹丕の弟である曹植もすぐれた文人だったため、この三人を「三曹」と呼びます。
「三曹」と「建安七子」を中心としたこの時代の「建安文学」は、中国文学における黄金時代のひとつとして歴史に残りました。
『典論』の「論文」篇にもどると、次に得意・不得意は文人個人の生まれつきの資質によるものだと、曹丕は述べます。
資質は後天的にどうこうできるものではなく、誰かに伝授できるものでもないと述べます。
そして最後に「文章は経国の大業にして、不朽の盛事なり」、「文章は国政にかかわりを持ち、永遠に朽ちることがない偉大なる営みである」と述べます。
そして「人間の寿命には尽きる時があり、栄耀栄華もその享受は当人自身に限られる。後の後者(筆者注・寿命と栄華のこと)には必ず訪れる終末があり、文章が永遠の生命を保つことに比すると、及ばぬものがある」と文章の価値とその永遠性を論じました。
文章の価値をここまで高く評価した考えは中国文学の歴史において画期的でした。
『典論』の「論文」篇は曹丕の生きた時代からおよそ三百年後にできた、傑作を集めたアンソロジー『文選』にも収録されています。




