貧乏令嬢と成金令息の歪な関係
「リヒト様!愛しております!結婚して下さい!」
「いや無理だけど」
「ついでに、お小遣い下さい!」
「いくら?」
「えっと…私、頭が良くないのでいくら必要かわからないです…」
「今度は何に使うの」
「我が領内の孤児院に使います!」
「具体的には」
「孤児院の建物自体が古く、設備も整っていないのと、服やタオルもボロ切ればかりなのでその補充もしたいですね。それと、食べ物も栄養満点にしてあげたいです。あと、教育も受けさせてあげたいです!」
「ふーん…」
クレア・パトリス伯爵令嬢。金の髪にピンクの瞳を持つ端正な顔立ちの彼女が恋するのは、リヒト・ロドリグ男爵令息。銀の髪に青い瞳の彼は、男性からは必ず嫉妬され女性からは必ず好意を向けられる美男子だ。おまけに、嫡男である彼は将来を約束されている。男爵家とはいえ、ロドリグ家はかなりの大金持ちだ。リヒトの祖父が立ち上げた商会がかなり稼ぐようになり、爵位を賜った。だからリヒトは、商会も継ぐことになる。下手に爵位だけ高い家に嫁ぐより確実に楽ができると打算で近づく女性も多い。
そんな彼は、性格が非常に捻くれている。リヒトが唯一心を開いた令嬢が、クレアだった。クレアはいつも一生懸命だ。『本当はリヒトに恋などしていない』のに、自分に必死に自己暗示をかけてまでリヒトにアピールしてくる。そして、お小遣いをせびってくるのだ。バカだなぁと思う。
あれは、夏の日。蝉がうるさく鳴く中で、授業をサボって木の下で涼んでいたら突然クレアが話しかけてきたのだ。
「ご機嫌よう」
「…なに」
内心びっくりした。人形のように美しい、爵位も上の女性から声をかけられたのだから。それを隠すようにぶっきらぼうに対応してしまう。しまった、謝らなければ。だけれど次の瞬間さらにびっくりさせられて謝る機会が失われた。
「私、クレア・パトリスと申しますの!好きです!結婚して下さい!リヒト様!」
「は…?」
リヒトは困惑する。こんなに美しい、爵位も上の女性からプロポーズされるなど…そもそも、クレアの目には他の女性から向けられる熱っぽさがなかった。
「なに?金目当て?」
「はい!リヒト様のお金持ちなところに惹かれました!是非結婚して下さい!ついでに今すぐお小遣いを下さい!」
耳が壊れたかと思った。取り繕いもせず開き直りやがった。しかも金までせびってくるのだ。バカなのかな。
「で、お小遣いはどう使うの」
「とりあえずお母様の病気の治療費に。それと実家の借金の返済と…もし余ったら日頃苦労をかけている領民達の為に何かしてあげたいですね。とりあえず装備を買って森に入って、魔獣をたくさん狩って魔獣肉でジビエ料理なんてどうでしょう。魔獣による作物への被害も減りますし、領民達が普段食べられないお肉をたくさん食べられます。…どうかしましたか?」
「…いや…なんでもない…」
天才的なバカを発見してしまった。これは楽しくなる。笑ってしまいそうになるのをなんとか堪え、リヒトはクレアに微笑んでみせた。
「結婚は無理だけど、お小遣いならあげるよ。その代わり、装備を買って森に入る日は俺も誘って」
「…是非!」
その数日後、母親を治療術師に治してもらい借金を返済して装備を買ったクレアはなんと、同じような装備を身に付けたリヒトだけを連れて森に入った。リヒトはまあどうしても危なければ自分の魔法で撤退させようと考えていたが、そんな心配はいらなかった。
クレアは、魔獣を見つけるやいなや速攻で魔法攻撃を仕掛け一撃必殺をかました。どんなに大きな魔獣でも必ず一撃で。そしてアイテムボックスという、どんなものでも収納出来ちゃう魔術師御用達の箱に、バカデカイ魔獣を大量に突っ込んだ。うん、これだけ狩れば確かに畑への被害は減るだろうよ。それでいて生態系が崩れないように加減しているのもお見事だ。だが、これ、三日三晩パーティーを開けるのでは?
そして当然のようにリヒトはパーティーにもお呼ばれした。そこでまるでクレアの婚約者のような扱いを受ける。あ、外堀埋められたと思ったが、本当に嬉しそうに、全部リヒト様のお陰です、なんて言う可愛らしいクレアに当てられてとうとう婚約者じゃないですとは言えなかった。
その後もクレアは何度もリヒトに会いにきた。そしてプロポーズしてくる。その度にお小遣いをせびられる。でも、それは私利私欲ではなく家族や領民達のためのお金だった。ある時は幼い弟に教育を受けさせるため、ある時は使用人達にお給料を払うため、ある時は水害に見舞われた領民たちを助けるため…。その度にリヒトはプロポーズは断ってお小遣いだけ渡した。
断ったらもうこの可愛らしいバカと会えないかもしれないと思うと断れなかったし…何より、お小遣いの範囲内での援助は恩も売れるから問題ない。そう言い訳していた。ただ正直、パトリス伯爵はもうちょっと自力で頑張って欲しいなぁと思い、パトリス伯爵家に特別に資金提供をした。もちろん自分のお小遣いの範囲で、だが。
すると意外なことに、パトリス伯爵家は新規事業で一山当ててかなりの大金持ちとなった。それでも、贅沢を良しとしないパトリス伯爵の意向により今までと変わらない生活を送るクレア。
たまには自分のためにお金を使わないのかなと思ったが、本人にはその気はないようだった。そして、お金持ちになった今も何故か自分の元に足しげく通う。まあ、お小遣いなんて有り余っているので構わないし、なんならそろそろこっちから攻めてやろうかとも思っているが。
「はい、お小遣い」
「ありがとうございます!」
このふんわりした笑顔。これが好きでついお金を渡してしまうのだ。
「あとこれ、プレゼント」
「…え?」
リヒトはクレアの手を取り、その手首にブレスレットをはめた。
「え、こんな高価そうなもの…!」
「これまでお小遣いせびっておいて今更?」
「でも、あの…」
「俺は君に喜んで欲しくて買ったんだけど?」
「…あ、ありがとうございます!」
クレアの満面の笑みにリヒトは満足した。
「ところで、ブレスレットをプレゼントする意味って知ってる?」
「え?不勉強で申し訳ありません。わからないです」
きょとんとするクレアも可愛らしいと思うリヒトはおそらく末期である。
「あなたを私のもとから離さない」
「…え?」
ぽかんとしているクレア。どんな表情でも、本当に可愛い。リヒトはキスをしたくなり、理性を総動員する。
「ここまで俺を本気にさせたんだから責任取ってよね」
「えっ…あ、私…」
戸惑った様子のクレアは、しかしその瞳に熱を含んでいた。それを見てリヒトは勝利を確信する。
「好きだよ、クレア。愛してる。どうか、俺の唯一になって」
「…はい、リヒト様!」
こうして二人は付き合うことになり、両家に婚約も認められた。その後もリヒトは定期的にお小遣いを渡そうとするが、クレアが遠慮するのでお花やアクセサリーなどを贈るようになった。
またクレアもリヒトのために今まで貰った分の倍返しになるのではないかと言うほど贈り物をした。今のパトリス伯爵家はお金持ちであるし、そのための資金提供をしてくれたリヒトへのプレゼントは倹約家の父も反対することはなかった。むしろ喜んでお金を出していた。
そんなこんなで歪な関係から始まった二人は、今やおしどりも真っ青な幸せカップルである。
「リヒト様、大好きです。はやく結婚したいです!」
「俺も、愛してる。こんなに幸せでいいのか、不安になるくらいだ」
「ふふ。でも、これからもっと幸せになるんですよ」
「そうだね。楽しみだ。はやく君に口付けしたい」
「リヒト様…」
ああ、この熱を含んだ瞳が好きだ…。