サリーちゃん達の運命
新田成幸に口付けした後、気を失った私が目覚めた時には、人間界ではなかった。
正確には天魔郷と呼ばれる、天界と魔界の狭間に存在する場所だそうだ。
私がここにいる理由は、天魔裁にかけられるのだと、堕天使で監視者であった狭間ミカエが、お目覚め早々に教えてくれた。
「人間界で問題を起こせば、取り締まってる上の連中にとって、不愉快極まりない事。一度ならまだしも、お前達は幾度も繰り返してきたんだ。もはや龍の逆鱗に触れたのと同義だ」
新田成幸が本物の天使であり、悪魔である私が接触したせいで、新田成幸も巻き添えになってしまったんだ。
人間界留学に天使がいるなんて、一切合切知らなかったが、過ぎた事を言い訳にするなんて出来ない。
狭間ミカエと会場へ移動中、私は自分の浅はかさと後悔で、頭が一杯だった。
「ここだ」
厳かで重厚な扉が開かれると、小会議室程度の空間で天使姿の新田成幸が、椅子に座っていた。
やっぱり夢じゃなくて現実なんだな……。
「サリーさん! もう平気なの?」
「あ、うん……」
自分の事よりも私を心配するなんて……。
こんな時でも、胸がキュンとなっちゃうんだもんな……。
「両界の上の連中が、もうじきやってくる。大人しく座って、嘘偽りなく連中の言葉に答えるのが、お前達の出来る事だ」
狭間ミカエの報告書と照らし合わせるだろうから、言い訳は一切通用しない。
だからもう、何も出来ない。
新田成幸も私も……もしかしたら狭間ミカエも……。
私達どうなっちゃうんだろう……。
失意のどん底で、ただただ待つしかない空気の中、会場の扉がいきなり開かれた。
「やっほー! 時間通りご到着じゃん? イエーイ!」
「もう♪ 流石、天ピッピ♪」
「まーちゃんのお陰だし! マジ……最高」
「やーん♪」
な、何だこの場違いなイチャコラカップルは。
見るからにチャラい男と、頭のネジが緩そうな露出多めギャル……。
ツンと張り詰めた空気が、一瞬で崩れたのは有難いのだけど、絶対来る場所違うよな?!
新田成幸も狭間ミカエも、鳩が豆鉄砲を食らった馬鹿面になってんぞ!?
「あ、あの……場所間違えていませんか?」
「いいんや? ちゃんと合ってるし、ミカエ・テン・エンジェちゃん」
「わ、私の真名を……」
真名を知ってるだと?
真名は界を統べる者と、身内しか知ってない筈……。
「天使の君がナリユ・ホリ・エンジェ君。悪魔の君がサリー・サタ・デビィちゃん。パーフェクトじゃね?」
「天ピッピすご~い♪ ご褒美にチュ♪」
「うほぉぉおお! 嬉しさ爆盛りMAXだ! まーちゃん!」
ま、まさかこの馬鹿ップルは……。
「おっと! 俺らも自己紹介自己紹介っと! はい! 天界王やらして貰ってまーす! 気軽に天ピッピって呼んでくれよナ♪」
「同じく魔界王のまーちゃんでーす♪」
「「「な!?」」」
こ、このへんちくりんなカップル達が、両界の頂点に立つ存在だと言うのか?!
も、問題っちゃ問題だけど、今目を向けるのはそこじゃない!
相反する両界のトップが、イチャコラしながら口付けしたんだぞ?!
天使と悪魔の接触はご法度だと、狭間ミカエが教えてくれたぞ!?
「ちょ、天使と悪魔は相反する者同士であり、接触は許されない筈です!」
「そんなもん、俺達決めてないよ。ミカエちゃん」
「え?!」
て、天界王達が決めてないって、どういうことだ?!
情報が錯綜し始める中、天ピッピが急に、私の手に触れてきたんだ。
「!?」
「ほら。天界トップの俺がサリーちゃんに触れても、何ともないでしょ?」
「え、あ、本当だ……へ?」
新田成幸と接触した時は、体に電撃が走るか、気を失うかの衝撃があったのに、何でどうして?
「ほらほら♪ 私がナリユ君に触れても問題ないでしょ?」
「お、おっふ……」
て、手に触れられながら谷間見てんじゃねぇよ!? おい!?
私の谷間を見せてやるから、今すぐこっち向きやがれ! なぁ!
いざ曝け出そうとした時、天ピッピから思いもよらぬ言葉が放たれた。
「てか、そもそもみんな、天使と悪魔のハーフだろ?」
「「「え」」」
は、ハーフ?天使と悪魔の? この場にいる新田成幸と狭間ミカエ、そして私が?
え。ママとパパが? へ?
「え? 知らなかったの? ……そうなのね……天ピッピ」
「あぁ」
向かいの椅子にようやく腰掛けた2人は、先程までとは異なる威厳ある面立ちに変わってた。
私達も自ずと姿勢を正してしまうぐらい、緊張感が走ってる。
「……まず第一前提として、君達が天魔裁にかけられることは無い」
「でしたら、何故私達はここに?」
「落ち着いてミカエちゃん。まず根本部分を説明するわ」
天魔裁にかけられないと知れただけで、肩の重荷がスッと降りたが、今度こそ本題なようだから、しっかり耳を傾けなければ。
「俺らの部下、つまり君らの上の連中ね。が、自分らにとって都合の良い偽造報告を、今の今までしてきたって訳」
「! で、では私の報告書も……」
「俺らの下に届く頃には、全てノープロブレムだった」
真摯に訴える報告書ですら、上の連中がいる限り、天ピッピ達に届かないって事か。
しかも今の今までって事は……数え切れない偽造報告をされてたのか。
「それらを鵜呑みして、世界は現状維持でノープロブレムなんだって、俺らは部下に任せっきりにしてしまった」
「それが上の連中の思う壺……って事ですか」
「そうね。でも、ミカエちゃんが強制帰還してきたお陰で、事態がようやく明るみになったわ」
狭間ミカエがまとめた今件の報告書を目を通し、流石に強制帰還と辻褄合わせをすれば、いずれ天ピッピ達に悟られると思った上の連中は、天魔裁にかけ私達を消すつもりだったそうだ。
だが、いつも姿を見せない天ピッピ達が偶然顔を出し、人間界留学で天魔裁にかけるのはおかしいと感じ、直々に調べたところ報告書が偽造されてるものだと判明したと。
それからは芋づる方式で、上の連中がひた隠し続けたものが、全て明るみになった
「そもそも既存の留学ルールは、俺らは廃止してた」
「けれど、君らにルール伝えたのは私達の部下なの」
決定権があっても、正確な情報が拡散されなかったのか。
人間が如何に欲深い愚かな存在なのか、人間界学で学んだ事は、全てまでとは言わないが嘘に塗れていたんだ。
「で、では人間界での天使悪魔が、素性を隠さなくても良かったと?」
「元々、留学の目的は、人間との交友関係を築く為だったからな」
「けれど同時に、築き上げた信仰される上位者である事を、自ら捨て去るんだと、地位を築いてる部下達は許さなかったわ」
確かに天使と悪魔は、人間達の信仰があってこそ存在意義があるものだ。
そんな私達が交友関係を築き、身近な存在へとなってしまえば、率先して人間達と同格まで成り下がりに行くのと同じ。
甘い汁を啜り続けたい連中には、価値の薄まる行為は面白くない話だもんな。
「君達がハーフなのを知らなかったのも、口外すれば天魔裁にかけられると、部下が君達の両親に釘刺したからだ」
「信仰に大きく関わる事だからね」
信仰が白黒はっきりしてる天使と悪魔だから、ハーフの私達が公になれば、それこそ信仰が崩れる。
くそ……ハーフってだけで、ママとパパも巻き添えにしやがって……。
「そしてハーフにしかない特性を、部下達は利用すると決めた」
「天使なら陰が表に出やすい、悪魔なら陽が表に出やすい特性をね」
陰と陽の特性……言われてみれば、私の周りの悪魔は陽キャじゃなく、どちらかと言えば陰キャ寄りだった。
私が抜きん出て明るかったのも、ハーフの特性だったのか?
「円……エンルが傲慢だったのも……」
「うん。ナリユ君のインドア性格も、特性が影響してるからだね」
新田成幸の妹の態度があんな風だったのは、そう言う事だったのか。
また会える日が来たら、今度はちゃんと挨拶したいな。
「で、留学でより信仰を高める為、特性持ちのハーフの子が選ばれ、捨て駒にされてたんだ」
「「「す、捨て駒?!」」」
「私達には報告せず、独断でね」
信仰は極々一部だけ人間に広まってるが、ハーフの特性を利用すれば、それ以外の人間も取り込めるって魂胆か。
ましてや留学は、信仰に疎い学生メインだ。
尊い私や、陰キャの新田成幸にしか築けない、若年層への信仰を狙ってたんだ。
「それに今件は実験でもあったんだ。ハーフ同士を同じ留学先に設定した場合の、信仰の振れ幅がどうなるかのね」
「ミカエちゃんもハーフだったから、終末テストの不正を利用されて、監視者って選択肢を選ばせたの」
狭間ミカエの定期報告で実験状況を確認しつつ、自分達は信仰を得続けていたのか……。
データを充分集めた暁には、文字通りハーフの私達なら処分しても問題ない、そんな具合だろうな。
「……連中は今、どうしてますか」
狭間ミカエの言う通り、両界のトップに、今までの事が知られたんだ。
ただで済むとは思えんが、私も顔面の一発でもぶん殴んないと、気が済まない!
「もういない、どこにも」
天ピッピ達の面構えが本気だ。
つまり……天魔裁にかけられる前に、直々に処分されたのか。
「……そうですか。ありがとうございます……」
「やめてくれミカエちゃん。任せっきりにした俺らが原因なんだ」
天ピッピ達が席を立ち、私達に申し訳ない顔を見せてる。
「これからは何事も怠らないと、この場を借りて宣言すると共に、君達に謝罪を……本当にすまなかった……」
「二度と同じ事は起こさないわ……本当にごめんなさい……」
両界のトップである2人の、頭を深々下げる誠心誠意の謝罪。
原因がどうあれ、決して許されない事に変わりないが、私はもう許してる。
消される筈だった私達が、こうやって存在してられるんだから。
頭を上げた天ピッピ達は、今度こそトップの相応しい面構えに変わってた。
「……俺達はしばらくツケの清算に追われるが、君達を含めたハーフの子をバックアップする」
「だから安心してね」
ちゃんと説明も謝罪もして貰ったんだ。
これ以上天ピッピ達が、ここにいる必要はな……あ。
めっちゃある。
私にとって重大な事を、知ってる筈だ!
「あ、あの! もう一つ納得いってない事がありまして!」
「なんだいサリーちゃん?」
「わ、私がナリユ君と接触すると、どうして体に電撃が走ったり、気を失ってしまうんでしょうか?」
天ピッピに触れても、私は何も反応が無かったんだし、何かしらの理由が必ずあるんだ!
「それって単に……気を失うぐらい相性がバッチリ過ぎるだけじゃねぇ?」
「「そ、それだけ?」」
「てか、2人で確かめて行った方がいいんじゃね」
えぇえええええ!?
ま、マジで言ってるのぉおおおお!?
私が新田成幸……ううん!ナリユ君と相性バッチリなら、それってもう……。
あ。ナリユ君と目が合っちゃった……めっちゃ嬉し恥ずかし過ぎるんですけどぉおお!?
「最後に俺からも一ついいか」
「へぇ!? な、何でしょう!?」
「……無責任に思われるが、君達の未来を変えるのは君達だ。だから、俺達は土台にして貰って構わない」
「天ピッピ様……」
心強い言葉に背中を押される中、天ピッピ達は部屋を去って行った。
私達の未来を変えるのは私達か……。




